第十五話 エルフの事情
「シラノ様、そろそろ……」
「ああ、そうだな」
カノンに促され、シラノは立ち上がった。その場から立ち去る際、カノンはシラノがしゃがみこんでいた場所を振り返る。カノンは彼がその地面に何らかの魔術を施していたのは分かったが、その詳細までは分からなかった。
シラノは最初の村を出て行く時から、アードラース内各地の村を回ってはこうして魔術を施している。
ここはアードラース南部にある村であり、彼が最後にこの村を回っているのには理由があった。村人総出で見送りをされるなか、シラノ達は村の入り口に待機させてある馬車に乗り込んだ。
「さて、残るは最後の案件だな」
「え……もうこのままお城に帰るんじゃ?」
全ての村を回ったはずのシラノの言葉に、エレナが恐る恐る訪ねた。彼が突拍子もないこと言い出したら何か面倒事が起こる前兆なのだと、長旅の中でエレナもさすがに理解していた。
「いや、上がってきていた報告書の中に、エルフが森の入口付近で目撃されているとあったのでな。見たことは無かった故、観光ついでに少し見てみたいと思っていたのだ」
「今行っても見れるかどうかわかりませんし、帰りましょう! 今すぐ帰りましょう!」
厄介事のにおいしかしないシラノの発言に、エレナは帰宅を提案する。彼女の言っていることは事実で、エルフが森の入口で発見されているとは言っても、頻度で言えば数日に一度程度である。無論報告書にもそう書かれており、シラノは百も承知だった。
「無論、確実にあえるとは言えない……だが、今日行けば何となく会える気がしてな」
シラノはエレナの抗議をぬらりくらりと交わしながら、御者に森へ向かうように命じた。
村からエルフ達の住んでいる森はそれほど離れておらず、朝村を出て昼には森の入口へ到着した。だが、あたりを見渡してもエルフらしき人影は見えず、風による森のざわめきだけが聞こえていた。
「ほら、やっぱりエルフなんて見あたらないじゃないですか」
「君の目は節穴かね?」
シラノは呆れたような眼差しでエレナを見つめ、森の中を指さした。エレナは目を細め彼が指さす方向を訝しげに見つめるが、そこにはなにも発見出来ない。
「カノン、エレナは発見できないようだ。君があれを捕まえてきてくれないか?」
「はい、シラノ様」
恭しく頷くと、カノンは右腕を四本の触腕に変化させ、そのうち一本を馬車の小窓から森へ向けて伸ばした。その触腕は瞬く間もなく森の中まで到達し、そこで何かに巻き付くようにとぐろを巻くと、その形を保ったまま触腕を馬車の手前まで引き戻した。
「さて、そろそろ姿を見せてはどうかね?」
シラノは触腕のとぐろを巻いている部分に向かって話しかけるが、反応は返ってこない。
「ふむ、あくまで姿は晒さないか。全く、可愛い抵抗だ」
哀れみすら含んだような微笑みを浮かべながら、シラノは煙たがるような動作で手を振り払った。
ガラスが砕けるような音が響きわたる。砕けたガラスが剥がれ落ちるようにして、とぐろの内側に男の姿が現れる。
「なっ……そんな……」
男は愕然とした様子で呟いた。彼は緑の髪に民族衣装を着ており、その耳は長くとがっている。
その男はまさにシラノが探していたエルフだった。
「ああ、不安にならなくても良い。君に聞きたいことがあってな。姿を見せてはくれないものだから、少々強引な手段を取らせてもらったが」
そんな事を白々しく言うシラノを、エルフの男はきつく睨みつけた。
シラノはそんな彼の指先が密かに動いているのが目に入るが、特になにをするでもなく話を進める。
「さて、君たちが度々森の入口まで顔を出しているとの報告があってな。領民が少々不安がっているのだ。私はこれでもアードラース領の領主なので、領民が困っているのを見過ごせないのだよ」
「どの口が言ってるんですか……」
手振り身振りを付けて大げさに語るシラノに対し、エレナが小声で文句を漏らす。
「それで、是非情報提供として事情を話してもらえると」
シラノの言葉は突然地面から生えた岩の杭によって遮られた。男の指先が光ると同時に、岩の杭がシラノに向かって地面から突き出てくるが、それはカノンの触腕によって叩き潰され阻止された。
その攻撃を防いだカノンは、その男に巻き付いている触腕に少しずつ力を込める。
その男は苦悶の声を上げながら、軋むような音を立てる体に恐怖していた。
「シネ」
カノンは幼いその容貌に見合わない冷たく機械的な声音でエルフの男に死の宣告をし、彼に巻き付く触腕に一気に力を込めようとする。
「カノン、待ちたまえ」
その一言で、カノンの動きがピタリと止まる。
「この程度の事で彼を殺すのはもったいないな。彼には聞かなければならない事があるのだから」
それに、と付け加えるように彼は続ける。
「人の蘇生は面倒なのだ。必要な者は可能な限り生かしておくべきだと思わんかね?」
その言葉に、カノン以外の者達が一同に動揺する。何時も寡黙に従っているカインですら、その言葉に信じられないといった様子で口を半開きにしている。
だが、それにもっとも驚愕し、そして恐怖していたのは間違いなく襲いかかったエルフの男だろう。彼はシラノの発言を全く信用していなかったが、人の蘇生を可能だと言い切るシラノの姿に、背筋の凍るような狂気を感じていた。エルフの男はそんな狂った人物に捕まってしまったのだと、自身の行いを悔やんだ。
「さて、私はなぜ君たちがこんな森の端まで出てきているのか知りたいだけなのだ。おとなしく教えてくれさえすれば、君の安全は保障しよう」
それでも、エルフの男は口を開こうとしなかった。彼が口を開くことは、彼が住む村のききに直結するためだ。彼は自分がたとえ死んでも秘密を守り抜くのだと決意する。しかしその決意は、シラノの前では余りにも意味をなさない行為だった。
「ふむ、それでも話さないか。よほどの事があるのだろうが、私もこのような些事に時間を掛ける訳にはいかないのでな。少々失礼させてもらうよ」
シラノはゆっくりと男へ近づき、彼の頭を鷲掴みにする。そして一つの魔術を発動した。
シラノは意識の一部をその男の記憶へと潜らせた。流れるように見えてくる食料事情や親族の関係性、エルフの習慣など、男自身に関する情報からエルフ全体の情報まで多種多様な情報を盗み見ていくと、シラノはエルフの抱える一つの情報に行き当たる。
エルフの死守する世界樹と呼ばれる木が、近年加速的に衰弱しているのだ。世界樹はエルフの住む森全体に結界を張っているが、衰弱したことにより自身を守る結界しか張れなくなってしまっている。
そして男の記憶の中から、シラノは世界樹の姿形に関するイメージを抜き出した。
その樹は世界樹の名に相応しく神々しい輝きを放っていたわけではなかった。巨大な樹木には変わりないが、枝葉がゆっくりとうごめいていること以外は普通の樹だった。そこからは、いかなる恐怖も神々しさも感じない。
一見見ればただ巨大なだけの樹である。しかし、シラノにはそれが何なのか予想が付いていた。なぜなら、彼は以前それに会ったことがあるからだ。
「なるほど。そういうことか……」
男の頭から手を話すと、シラノは一人で納得したかのように何度も頷いた。
「カノン、その男を放してやれ。それにもう用はない」
カノンはシラノに命令されると、すぐさまエルフの男を解放した。
なにが起こっているのか分からない男は、突然の解放に少しの間呆然としていたが、すぐに正気を取り戻し、姿を消し去っていった。
「本当にエルフを見たかっただけ何ですか?」
「ああ、元々そのつもりではあったが、彼等の様子は尋常ではなかったのでな。少し事情を聞いてみよう位のつもりだったのだが、思った以上の収穫があった。これで気分良く帰れるな」
「やった! やっとお風呂に入れる!」
これから帰ると言う言葉を聞いて、エレナは飛び跳ねて喜んだ。嬉々として主より先に馬車へ乗り込む彼女のことなど全く気にせず、シラノは世界樹がある森の方向を眺めながら呟いた。
「久しいな。イスの偉大なる種族よ」
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