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第十四話 帝国の影

 シラノ達はその夜、村長宅へと泊まることになった。このような村に貴族が泊まり込みで来た場合、一番格高い建物に泊まるのが慣例であるためだ。

 勿論男女は別になっており、容易された二部屋のうち、シラノとカイン、エレナとカノンという部屋割りになった。カインが貴族であるシラノと同じ部屋なのは、実際はどうであれ名目上は護衛を兼ねてのことである。

 いつものように独り言を呟くシラノに対して、カインは全く反応しなかった。彼は扉のそばで壁に寄りかかり、目をつぶって黙り込んでいる。


「しかし、これはまた困ったものだ。まさか私の知識がここまで役に立たないとは思わなかった」


 シラノは全く困ってなさそうな、むしろ嬉しそうな表情で呟いた。

 彼が有している農業の本による知識がまるで役に立たなかったのだ。それも、この世界の虫や植物病は前の世界とは全く違うものだったからだ。


『解析が終了しました』


 それ故に、彼は自身の知識での解決を早々諦め、ナビを使って原因を探っていた。


「どうだった?」

『人体に影響を及ぼさない微生物が原因と判明』

「微生物?」

『極めて非自然的な微生物で、風に流されながら移動し、植物に付着すると体が破裂するまで葉を摂食しながら移動します。そして破裂すると同時に体液をまき散らし、植物を溶かし始めます』


 その説明に、シラノは一つだけ引っかかる点があった。


「非自然的とはどういう意味だ?」

『自然界では発生することのない生物だと推定。おそらく人工のものだと思われます』

「人工……か」


 シラノの目付きが鋭くなる。しかしそれでも口元は微笑みを浮かべており、不気味さが際立っていた。


「カイン、カノンとエレナを呼んできてくれ」

「分かった」


 指示されると、カインは二つ返事で了承し部屋を出ていった。

 彼は部屋を出てからしばらくすると、二人を連れて戻ってきた。カインとカノンは普通に入ってくるが、エレナは左右を何度も確認するような動作をしながら、恐る恐る入ってくる。


「エレナ、少し君に聞きたいことあって呼ばせてもらった」

「……何でしょう?」


 彼女は少し警戒したように答える。


「少し噂話を聞きたくてな」

「噂……?」


 何を言っているのだと言いたげな顔で首を傾げるエレナ。そんな彼女の様子を全く意に介さないシラノはそのまま質問を続ける。


「ああ、私はそう言ったものにとても疎くてね。君はそういうのに詳しそうだったからな」

「そりゃ人並みには噂位しますけど……」

「知っている噂をすべて教えてもらいたい」

「全部ですかっ!?」

「不満かね?」


 シラノは依然として笑みを浮かべているが、エレナはそれがかえって見えない圧力に感じていた。渋々といった様子ではあるが、彼女は自身の知っている噂話を全て話だした。

 城下町の知り合いの女性が離婚しそうなどといった身近なことから、帝国が異世界から英雄を召喚し大陸制覇を目論んでいるといった陰謀論めいたものまで。彼女は一時間以上語り尽くした。


「……たぶんこんなところです。これ以上は思い出せませんよ」

「そうか……なるほどなぁ……」


 そういって、シラノは目をつむり黙り込んだ。そこにいつもの軽薄そうな笑みは無く、ただ無表情で俯いている。

 静まりかえった室内の雰囲気に、エレナ達は気まずい雰囲気を感じた。いつも軽薄に笑っているシラノがこれほどまでに冷めた表情をしているのを、彼女達は今まで見たことが無かったからだ。

 数秒して、シラノが顔を上げたときには、いつもの軽薄な笑みが戻っていた。


「なるほど。とすると帝国は……」

「あの……私の聞いた噂話が役にたったのでしょうか?」

「ああ、君は私の耳になってほしいほどすばらしい話を聞かせてくれたよ。帰ったら、褒美に金一封を包んで渡してもかまわない」

「え……えッ!?」


 ただの噂話を伝えただけで降って沸いたような報償の話に、エレナは驚愕に目をむいた。


「驚くことはない、私にとってはそれだけ重要な話だったというだけの話だ。おそらく、他のものが聞いても眉唾な話としか思わないだろう」

「はぁ……そうですか」


 全く納得いっていない様子のエレナだが、シラノに何を聞こうとしても無駄だろうと判断しそのまま引き下がる。そのまま彼女たちは部屋を後にしていった。

 室内に残ったのはカインとシラノのみとなり、部屋に静寂が訪れる。

 シラノは窓際のベッドに腰掛けると、申し訳程度に備え付けられた窓から夜空を見上げる。


「帝国が生命創造の禁術を行っている……か」


 彼は先ほどエレナから聞いた噂話のうち一つを呟く。


「これはまた、この世界もおもしろい事になっているな」


 その言葉とは裏腹に、彼の表情は全く笑っていなかった。




 そこは帝国国内某所。深夜遅くに一人の男が断末魔のような悲鳴を上げた。悲鳴の響くその部屋は、絵画壷などの高級な嗜好品が多数飾られ、床にはきめ細かなシルクの絨毯がしかれている。

 そして、数秒続いたその悲鳴がピタリと止む。先ほどまで悲鳴を上げていた男はベッドからゆっくりと起き上がる。

 そのまま立ち上がった男は、今度はフラフラと歩きながら自身の机の上に置いてあるペンを手に取った。


「いあ いあ あざとーす」


 そんな言葉を延々とつぶやきながら、男は手に持ったペンで自身の右目を突き刺した。

 悲痛な叫び声を上げながら、なおもその男は手を止めずペンを刺したままかき混ぜるように動かし続ける。それでは飽きたらず、今度は左手の指を目玉と瞼の隙間に突き刺した。彼は突き刺した指を眼孔の中でひっかけるように曲げ、そのまま引き抜いた。

 引き抜かれた目玉はそんまま落下せずに、一部の繊維が紐のように繋がっており、胸元でぶら下がる。

 苦痛の声を上げながらうつ伏せになった男は、手探りでテーブルの上に置いてあるペーパーナイフを手に取った。それをそのまま振り上げると、男は自らの喉を貫いた。


「がッ……いぁ……あ、ざ……」


 机に引っかかった男の体は、徐々にずり落ちながら地面に倒れていく。

 その体は跳ねるように痙攣しながら、最終的には動かなくなる。すると、その男の頭からずるりと巨大な昆虫が這い出てくる。

 無数の粒が集まって出来たような大きな目。不気味な光沢のある触肢に覆われている10本の足。青白い腹部に、背中から生える半円の堅い羽は三角形の鱗に覆われている。

 脳の代わりに入っていたのではないかと思うほど大きなその体は、昆虫というには余りに不自然で、それだけの大きさのものは見る者に恐怖を与えるほど威圧感がある。

 月明かりが差し込む室内で、その昆虫の目だけが赤く光っていた。


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