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第十二話 目覚め

 シラノ一行は約三日を掛けて、予定していた最初の村へ到着した。その村の人口はおよそ百人ほどの小さな村だった。彼等は馬車を村の入り口付近に停車して降車する。

 村の人々は煌びやかな馬車が来たことにより、何事かと集まってきている。しかし貴族の馬車だと分かっているため、近くには寄らず遠巻きに見ているだけだった。

 到着して少しすると、一人の老人がよろよろしながらシラノ達のもとに走ってきた。


「ようこそ……おいで……くださいました……」


 その老人は呼吸困難になりそうな程息を切らしていた。シラノは右手を軽く振るい魔術を掛ける。すると、先ほどまでの息切れが嘘のように老人の呼吸は収まった。


「これはッ!?」

「私の魔術で治療させてもらった」

「……ほ?」

「全力の運動は体に悪いぞ? 気を付けた方が良い」



 シラノの心配に、老人は何を言われているか分からない様子で驚いている。

 通常、貴族が平民に対して何かを気にするということはない。あるとすれば親しい者や貴族に仕えている者に対してだけだ。それ故に、彼はシラノが初対面の平民に対して心配するという行為が信じられなかった。


「これはこれは。ご心配して頂きありがとうございます」


 老人は曲がった背筋を限界まで延ばし一礼した。


「私がこの村の長を勤めさせて頂いております」

「私は新たにアードラース辺境領を納めることになった、シラノ・アードラースという」

「辺境伯様でしたか!?」


 突然の大貴族の訪問と、その余りの若さに老人は驚愕した。


「私どもの村が何かしましたでしょうか。こう言ってはなんですが、私どもは何か悪いことをするような余裕などございません。皆この不作を乗り切ろうと必死になっています」

「何か勘違いをなされているようなので説明しておくが、私は別に貴方達を裁きに来た訳ではない。その不作が改善出来ないかと視察に来ただけだ」

「そうなのですか……?」


 シラノの申し出に村長は半信半疑と言った様子で応じる。その反応から、前領主が全く問題に取り組んでいなかったことは火を見るよりも明らかだった。


「私はこれでも忙しいのでね。早速畑に案内してもらえると助かるのだが……」

「それは失礼しました。畑は点々としているのですが、すべて回りますか?」

「まずは一つ見てみるとしよう。案内してくれ」

「こちらです」


 村長に案内され、シラノは村のあちこちにある畑を順に回っていった。


「これ……私たち必要だったんですかね?」

「……知らん」


 愛想笑いで訪ねるエレナに、カインは仏頂面を崩さずに答える。その近くには置いて行かれたカノンが落ち込んだ様子で膝を抱え座り込んでいる。彼女たちは馬車の近くで待機して、暇なら見張りを一人残して村を回っても良いとシラノに言われていた。しかしここは、城下町のように栄えてはおおらず、宿屋すらない小さな村だ。年頃の娘が回れるような店はなく、ただ木造の民家と畑が広がっているだけだった。


「はぁ……私は騎士とは言え年頃の乙女ですよぉ。こんなところで何時間も待つことになったらそれこそ死んでしまいます」

「そんな事シラノ様に聞かれたら、鍛え方が足りないとか言われかねませんよ」


 エレナの愚痴にカノンが答えると、エレナの体が緊張で固まる。

 彼女は城に到着したその日にカノンに叩きのめされている。そのことからか、馬車の中でもカノンの事は苦手そうにしていた。

 エレナは不吉なことをいうカノンに恐る恐る訪ねる。


「えっと、カノンさん……まさかシラノ様に報告したりは」

「しませんよ、そんなこと。あと、何を怖がってるか分かりませんが、何かない限りあなた方を攻撃するなんて事はありませんからご安心を。あの時だって私の意志ではなく、シラノ様にそう暗示を掛けられていたから攻撃しただけなんですから」

「そうなんですか?」

「そうですよ。あのときの記憶は一応ありますが、自我は全くありませんでしたからね」


 カノンの精神がルルイエから帰ってきたとき、彼女はシラノに暗示をかけられており自我など無かった。訓練場まで来るように魔術を掛けられており、彼女は無意識下でその触腕を振るったのだ。


「……あのとき私達は気絶してましたが、兵士に聞いたところによると辺境伯様があなたを止めたらしいんです。あの方は一体何者なんですかね」

「とても強大な魔術を扱う魔術師、と考えておくのが無難な気がします。そもそも、あの方を理解しようなどということ自体がおこがましい。あの見ただけで狂ってしまいそうな都市を理解し、魔術に組み込んでいる時点で常軌を逸しているのですから」

「それは一体……?」

「あなた方もアードラースに来る途中でおぞましい魔術を見ていると聞きましたが」


 その言葉に、エレナは数百のゴブリンと遭遇した時のことを思い出していた。

 地面に広がる沼のような灰色の塊。そこから延びる無数の手足に引きずり込まれるゴブリン達。

 エレナはあの光景を目撃してからずっと考えていることを口に出した。


「あれを見てからずっと考えているんです。本当にあの方に仕えていいのかどうか」

「仕えたくなければやめればいいんです」


 悩みを打ち明けるエレナの事を、カノンはばっさりと切り捨てた。


「たぶんあの方は止めませんよ。そういう人ですから」

「……っ」


 エレナはカノンの言葉に絶句した。自分は毎日の過酷な訓練に耐え続け、命を懸けてシラノを守ろうとしているのに、シラノはそんな自分がやめるのなら止めないと言われたのだ。騎士道精神を持っているエレナにとって、それは何かを裏切られたようなショックだった。


「たぶんシラノ様には何か基準があって、それ以外には基本的に無関心なのだと思います。他の事には興味がなくて、その基準を満たす為なら私の命も、あなた達騎士の命も、領民さえ、彼は切り捨てると思います」

「そんな……」


 悟ったようにシラノの事を語るカノンに、エレナは二の句を継げなくなった。


「確かに今は普通に領主をやっていて、領地の危機にこうやって遠出までして政策を考えている良き領主なのでしょう。でも、たぶんそれは基準に沿っているからそうしているだけであって、この先どうなるかは分かりません」

「……一つだけ。一つだけ聞いてもいいですか?」

「どうぞ」

「そこまで分かっていて、どうしてあなたは辺境伯様に従っているのですか?」


 エレナはカノンに疑問を投げかける。彼女の言うことが確かなら、彼女がやめようとシラノは全く気にしないという。ならばなぜやめないのかとエレナは問うた。

 その問いに、カノンは無言で立ち上がった。そしてゆっくりとエレナの方を振り向きながら、彼女は妖艶に笑った。少女とは思えぬその笑みに、エレナの背筋が凍り付く。


「城をでる前に、お前は人外だとシラノ様に言われました。事実としてその通りで、私はすでに人ではありません」


 彼女はそう語りながら、右腕を四本の触腕へと変化させる。右手が伸びて四つに分裂しながら変化するその様子に、エレナは再び絶句する。


「でも後悔はしてないんですよ。手を差し伸べられたときに、私は自分の意思でその手を取ったのですから。そのおかげで、奴隷という弱者から、その気になればあなた方騎士を片手間に捻り潰せるほどの強者へとなったのですから」


 そこで、カノンは泣きそうな表情を見せる。


「でも、私には強者としての生き方が全く分からないのです。私は生まれてからずっと、這い蹲って生きてきたのですから。だからあの方に仕えてその生き方を学ぼうと思ったんです。圧倒的な強者であるあの方に」

「そんな……辺境伯様の真似などしなくても、あなたはいつも楽しそうに仕事をしてるじゃないですか」

「ええ、確かに仕事は楽しいですし、他のメイドの方々のおかげで普通の生き方というのが少しずつ分かってきました」

「それなら……」

「でも、彼女たちと私にはどうしようもない壁がある。この腕もそうですが、シラノ様に言わせれば、私は自殺するか殺されない限り半永久的に生き続けることが出来るそうです。そんな私では、あの城を出たところで普通には生きられない」

「そんなことッ!」

「その辺にしておけ」


 これまで沈黙を貫いていたカインが、ここにきて初めて口を挟む。

 反論しようとしいていたエレナに睨まれるが、カインの視線は険しく別の方向を見据えていた。


「……来るぞ」


 その言葉と同時に、複数の矢が彼等に飛来する。カインは自らに向かってきた矢を剣で打ち落とし、カノンはエレナと自身に向かってくる矢を四本の触腕ではじき返した。

 その矢が飛んできた茂みから五人の男が飛び出してきた。男達はそのままカノン達に切りかかる。

 数度切りかかっては下がり、別方面から他の者が攻撃する。その男達はとても手慣れた様子でカノン達を攻めていき、彼女達は徐々に押されていく。カノンが触腕を振るうも、剣でいなされたりかわされたりで全く当たる様子がない。

 そしてそんな攻防が続いてくと、エレナの右腕が矢で射抜かれ、鋭い痛みに彼女は小さな悲鳴を上げる。その様子が丁度カノンの視界に映っていた。カインが敵を一人斬り殺し助けに走るが、すでに敵はエレナの首を刎ねるために剣を振り上げている。

 エレナが殺される。カノンはそう悟った瞬間、瞳が紅く染まり上がった。

 その瞬間の出来事を知覚出来た者が、その場にどれほどいただろうか。

 エレナの首を刎ねるために剣を振り上げている男の首がそこにはなく、空高く舞い上がっていた。次の瞬間には首のないその男の体が、空から降ってきた槍のようなものによって串刺しになる。

 その槍の持ち手は長く上へと繋がっており、その場にいる全員がそれを辿るように視線をあげる。その先には、まるで退化したコウモリのような翼を生やしたカノンがいた。その槍は彼女の右肩に繋がっており、残り三本の触腕は変幻自在に長さと形を変えながら、まるで各々が意思を持ったかのように蠢いている。

 カノンは男の死体からから槍状の触腕を引き抜き他の触腕と同じ長さまで戻すと、三日月のように口を歪めて笑った。

 その様子を遠くから眺めていたシラノも同じように笑っていた。

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