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第十一話 出発

 その日、シラノは執務室で上がってきた報告書を眺めて頭を抱えていた。

 近年の不作による餓死者の増加。それによる盗賊の増加。衛生環境の悪化による疫病の蔓延。各地方官僚の不正等々。上げ始めたらきりがない問題の数々に、さすがのシラノも頭を抱えるしかなかった。


「一体前領主は何を……ってそうか。前領主は不正で処刑されたんだったか。全く……」


 シラノは様々な報告書や資料を眺めながら、まずは何から改善したものか考える。

 そんな中、一つ気になる報告書に目が止まる。本来は森に籠もって出てこないはずのエルフが、アードラース南部の森の出入り口付近にて頻繁に目撃されているという。


「何か面白そうな予感はするのだが……先にこっちを片づけなければ」


 シラノは一つの報告書に目を移す。それは不作による餓死者が出ている旨が書かれているものだ。


「これと衛生環境はどうにかしなければな……」


 シラノは報告書に書かれている村や町を記憶し、執務室を後にした。そして向かったのは訓練場。

 訓練場に入ると、騎士だけではなく一般の兵士達もただならぬ気迫で訓練を続けていた。騎士達は以前奴隷の少女に手も足も出ずに負けてから気合いを入れて訓練していた。しかし、ここ最近になって一般募集の兵士達にもその空気が移っている。以前に一度、真面目に訓練していて、なおかつ強い一般兵をシラノが騎士に取り立てたのが原因だった。

 定期的に契約を更新しなければならない一般兵とは違い、騎士になれば契約は自動更新され、実質終身雇用である。その上給金も格段に上がり、与えられる部屋や衣類も全く違う。基本的に騎士には爵位を継げない下級貴族の次男や三男、または騎士家系の生まれのものが着くのが慣例ではあるが、シラノは一般兵を騎士に格上げをした。もしかしたら自分も、と思うのも無理はない。

 シラノは訓練所の騎士達を呼び集める。騎士達は集合の合図がかかった瞬間、駆け足で彼のまえに整列し、両足のかかとをきっちりそろえて直立した。


「何でしょう、辺境伯様!」

「ふむ。しばらくの間城をあけようと思ってな。お供に二人ほど連れて行こうと思ったのだ」

「お出かけになるのですね。しかし、護衛が二人では少なすぎる気がいたしますが」

「護衛ではなくお供だよ。まだ君達は私の護衛を勤めるには未熟すぎる。しかし、辺境伯の私が一人で視察しても格好が付かない。騎士が二人ついているのなら、お忍びとでも言えば通るだろう」

「これは大変失礼しました!」


 半人前などと言われれば、普通の騎士なら激怒しそうなものだが、彼等は自身が半人前だということを自覚していた。その為、特に文句も言わず従順に従っている。


「そうだな……そことそこの騎士、着いて来てもらえるか?」


 シラノは二人の騎士を適当に指名した。


「……はい」

「は、はいっ!」


 選んだのは二人の男女。男の方は二メートルはあるだろ大男で、フルプレートがその威圧感を助長している。落ち着いた声音だが芯がしっかりしており、その声は訓練中の兵士の声が行き交う中でもしっかりと聞こえていた。

 対して女の方は緊張で体を堅くして、下手をすれば手と足が同時に出てしまいそうなほどぎくしゃくしながらシラノの元に駆け寄る。


「名前はなんという?」

「カイン……」

「エレナですッ!」

「ではカイン、エレナ。悪いが旅支度をしてくれたまえ。一時間後にエントランス前に集合だ」

「了解」

「了解しましたッ!」


 用件をすませると、シラノは次の場所へと向かう。彼が向かった先は中庭だった。

 そこには、メイドの一人とメイド服を着た奴隷少女――カノンがいた。彼女は先輩メイドと一緒に洗濯物を干していた。

 突然現れたシラノにカノンは目を丸くするが、先輩のメイドは全く動じずに恭しくお辞儀をした。


「これは辺境伯様。このような場所へいかがなさいましたか?」

「ふむ、ちょっと様子を見にな。どうだ、カノンはもう一人前にはなったか?」

「まだ度々ミスが目立ちますが、人前に出しても恥ずかしくない位には成長したと思います」


 シラノの問いに少し辛口評価で答える先輩メイド。そんな評価に、カノンは若干落ち込んだ様子だった。

 彼女は奴隷から解放され、この屋敷でメイドとして過ごすようになってから、日に日に表情が豊かになっていった。それと同時に顔色が良くなっていることから、シラノは彼女にとってそれはとても良い変化なのではないかと思っている。

 最初は彼の元で働きたいと言っていたカノンだが、シラノは自身が彼女に良い影響を与えるとは思っていない。いきなり自分の元で働かせるよりも、メイド達に混じえて働かせて良かったと彼は思った。


「それなら丁度いいか。カノン、私は少し遠出をしなくてはならなくなった。それに伴って、君を連れて行こうと思うがどうかね?」

「わ……私をですか?」

「ああ、他のメイドでは有事の際に心配だが、君なら安心して連れていける。連れて行くのは君の他に騎士二名だけなのでね。荒事が起きても大丈夫な君を連れていきたい」


 それにそろそろその触腕を使った戦闘も教えておきたいという企みを隠しながら、シラノはカノンへ視察のお供を提案した。


「分かりました。シラノ様のためというなら是非もありません」

「よろしい。では一時間以内旅支度をしてエントランスまで来てくれ。騎士の二人にもそう連絡してある」


 カノンにそう伝えると、シラノはその場を後にした。彼はすぐにエントランスへと向かった。

 エントランスには隅の方に客人用のテーブルとイスが置かれてる。シラノはそこに腰をかけると、虚空に手を差し込み本を取り出した。

 その本のタイトルは農業の基本というものだった。


「前の世界をすべて取り込んでおいて正解だったな。まさかこんなところで役に立つとは思わなかった」


 シラノは前の世界すべてを崩壊させると同時にそのすべてを取り込んでいる。彼の内には世界中の本が取り込まれている。しかし、それは取り込まれているだけで理解はしていない。自らの内に書庫があるようなものだった。


「ただ不作を解消したいというだけなら、魔術と錬金術で黄金の土を作ってやればいいんだがな。それだと、私がなんらかの理由でここを離れたときに対処出来なくなってしまう。やはり知恵を与えてどうにかしてやるべきか」


 広いエントランスで、シラノはぶつぶつと独り言をつぶやきながら考える。


「どちらにしろ、当面の食料は与えてやる必要があるが……」


 彼はそのまましばらく読書を続けていた。農業に全く触れたことのない彼にとってはその本はとても新鮮なもので、カイン達やカノンが来るまで機嫌良く読書をしていた。

 約束の時間が近づくと、まずはじめに到着したのはカノンだった。


「お待たせしました、シラノ様!」

「まだ大丈夫だ。時間まではしばらくある。君もイスに座るといい」

「いえいえ、シラノ様と同じ席になんて着けませんよ!」


 最初は拒否していたカノンも、シラノから命令という形で言われ渋々と座った。


「最近はどうだね。仕事は順調か?」

「はい、毎日がとても楽しいです。それもこれも、全部シラノ様のおかげです!」

「ほうそれは良かった。私も君の意志の強さには感心するよ。なにせ、クトゥルフから四本も触腕を奪って来たのだからな。全く、欲張りな女だ」

「あのぉ、その言い方だと私が卑しい女みたいじゃですか」


 カノンはシラノの言葉に頬を膨らませて反論した。


「違うのかね?」

「違いますよ。シラノ様は私をなんだと思っているんですか」

「四本の触腕を持つ人に擬態した人外だと思っているが」

「そうですけどぉ。もう人ではないですけどぉ」


 彼女はこの数日の間に、自分がもう人ではないのだと自覚していた。そして開き直ったが故に、今の明るい彼女がある。


「なるほど。私の専属メイドは人でなしか」

「その言い方、外では絶対しないでくださいね」


 ジト目で見ているカノンの事などどこ吹く風で、シラノは楽しそうにからかっていた。


(やはりこういうのも楽しいものだ)


 前の世界では失敗したが、今度の世界ではうまくやれそうだとシラノは思った。

 彼がカノンと雑談をしていると、時間ギリギリになってカインとエレナが到着した。


「遅くなって申し訳ありませんでした!」

「……申し訳ない」

「別に大丈夫だ。時間までは後三分ほどある。勿論、時間に遅れたら罰はあったがね」


 その言葉に、エレナは遅刻せずに済んで本当に良かったと安堵した。

 シラノは彼等を連れたって外へでると、そこには屋敷中の使用人がいた。


「準備がいいな。それに馬車も用意してある」


 そこには金装飾を施され、辺境伯の家紋が大々的に飾られた馬車が容易されていた。それはシラノが今まで見た馬車の中でも一等いいもののように見える。


「これではお忍びでは通じないが……まあいいか。別にさして問題もないだろう」


 シラノが馬車の中へ乗り込むと、カノン、エレナ、カインが順に乗り込む。


「では、行こうか。初めての視察だ」


 御者が馬にムチを打つと、馬車は小刻みに揺れながらゆっくりと走り出した。

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