第6話 偽善
豪華な部屋に彼らが、現れた。
「お帰りなさいませ、ヴォット様。シュティレ様とご一行様」
オールドローズ色の髪が揺れる。
「助けていただき、感謝申し上げます」
リヒトの顔が少しだけ、緩んでいた。
然も宮廷とした豪華な部屋だった。
高価な調度品。ガラスの仕切りがあり、観賞用のお皿を並べる棚。
有名な画家が描いたと思われる、油絵。
峰から昇る、日の出。
カーテンは絹製でレース入り。
「あの、お久し振りです。フェトルさん……」
「はい、数年振りでしょうか」
「そうですね」
暫しの沈黙。
「フェトルさんは、元気にしていらっしゃいましたか?」
「ええ」
「フェトルくん。本名はフェトルだけでは、無い筈だ」
「ヴォットさん。言ってませんでしたか」
「本当の自己紹介をしては、くれないか?」
そう言えば、リヒトにもヴォットにも全ての名前を名乗っていなかったな。
辺りを見回し、フェトルが口を開く。
「俺の本名は、フェトル・イーストラ=スズナだ」
「あのイーストラか!」
リヒトは考える。
(イーストラ家は、貴族の中で最強だと最初の師匠が言っていたな)
「元侯爵家の長男。元男爵にして、元準男爵で騎士です」
「と言うことは、本家のイーストラだな」
フェトルが頷く。
使用人たちが一斉にかしましくなった。
リヒトは驚愕したと言う表情。
「あの、アルセ・イーストラ=スズナのご子息!」
使用人が一騒ぎした後、使用人は退室した。
ヴォット、フェトル。
リヒト、シュティレ。
改めて自己紹介を済ませた後。4人で向かい合って座っていた。
「お訊ねしてもよろしいでしょうか? ヴォット卿」
「何でも聞きたまえ」
フェトルは左右を見渡す。
「ヴォットさん、この城館には50人以上の私兵がいますね。一体、何を行うつもりだ」
静寂。
「それは」
ヴォットが腕を出して止める。
「我われは、挑戦者だ」
「挑戦者? 何に挑戦する」
フェトルが椅子から立ち上がる。
コン、コン、コン、コン。
扉を叩く音が、部屋の中に届く。
「1時間後にまた来てくれ!」
「畏まりました」
壁の向こうから声。
「どこまで言っていたかな……」
「何に挑戦する。だ」
数秒の沈黙。
「ガリグラトム現国王に退場して貰う」
「それは……エンセクター憲法では、犯罪行為に」
ヴォットがまたも、腕を前に出し口を開く。
「フェトルくん。それは、現国王が清潔な人物だったらの話だ」
「証拠もちゃんとある」
椅子に座ったフェトルを見た後。リヒトとシュティレを見る。
「前国王。マリート・ガリグラトム=ウォームをヤスレク現国王が、魔法暗殺した証拠を持っている」
§ § §
全ての話が、彼らに衝撃をもたらした。
前ガリグラトム国王を暗殺し、ガリグラトム王国全域に大規模精神魔法を発動したこと。
それは途方も無い話だった。
要約すれば、フェトルとリヒトには挑戦者に入って欲しいだった。
晩ご飯後にリヒトはヴォットと数分話して。
リヒトだけ部屋を出ていった。
「ヴォットさん。この作戦で犠牲者は出るか?」
「だろうな」
リヒトは決心したようだと、フェトルは気づいていた。
「少し時間をくれないか」
「いいだろう。心が決まったら、アリステラド協会の入り口にくるんだ」
「解かった」
ヴォットはフェトルに近づき、右肩に左手を載せ詠唱。
フェトルだけこの部屋から消えた。
フェトルの消えた部屋へシュティレがやってきた。
「葛藤があるんだろう……」
「フェトルさん。あなたは、体にも心にも傷を負ってしまったんですね」
「明察眼を使用したのか」
数秒の間。壁時計の針は止まらない。
「はい。2人の闇は深淵まで根ざし、彼らの価値観と行いが相反し合っています」
「彼、だったんですね」
「どのような選択をするか。リヒト次第だがな……」
§ § §
あれから2日経った。お腹が空くまで、町を歩き。眠くなるまで、歩き続ける。
夜の繁華街。その場所だけは、光を放っていた。魔力が媒介を通して発光する。
その輝きが瞳に入り、視界を眩ませた。
どうでもいい話かもしれないが、エンセクター王国では風俗系商売は全て登録制。
普通の飲食店以外は、一見の客はお断りされる。
店に入るには紹介が必要だ。
お見合い結婚が全体の4割を占める。この時代にあって、一般人にはまったく関係無い話しだ。
以外に自由恋愛が少ないんだよな。
確か、本の題名は【農村における、婿嫁事情】だったと思う。
8歳で何て本。読んでんだよと思うが、全てはお父上に知識で勝つ為。
俺は勉強が嫌いでは、無かった。5歳からずっと、勉強してきた。
迷惑なお父上だ。
ただ、親としては嫌いだったが人としては優れていた。
喧騒。
若し国王が変わっても、国民の暮らしは変わらないんだろうな。
『王国とは、何だ』これもお父上がよく言っていた。
王国は良くも悪くも、一番上にいる国王のことでは無い。
王国は、税を納める王国民の集まり。そのものが王国。
国とは、すなわち国民のものだ。
レヒツ中尉の言葉だが、これ以上の正解は存在しない。
『国王が王国を自分の国と、勘違いした国は滅ぶ』
笑えないことに、この名言を残した国王は初代センラカド国王だ。
宿屋に戻る。
冒険者ギルドの扉を開き、建物の中へ。
建物の中は以外に人が少なかった。
懐かしい初老の老人がいた。
「依頼が無いだろう」
どうやら、新人冒険者に話しかけているようだ。いかにも新人冒険者然としてる女子だった。
「そんなかわ!」
俺を見る。
扉が開く。
背後から2人の男が現れ、前に出る。
「通り名。ダンジョンで服を失った男女に服の押し売りをする老人。通称、剥きの老人」
話しをした男が、深呼吸をした。
(通り名、長過ぎだろ!)
「脅迫罪、強要物品売買罪違反等により。逮捕令状出ている」
「む……。お縄になるしかないか」
杖を水平に構える。
「だが、王国の犬共に負けはせぬわ!」
くわっと眼光を加えてきた老人が、抜刀。
仕込み刀か!
鞘を抜ききる前に、老人に迫る。
頭を右手で掴み、床に叩きつけた。
軽い衝撃を右腕に感じる。
落下した杖が、刀身を覗かせていた。
「……確保!」
「ご協力感謝します」
王国騎士に敬礼される。
「行くぞ、立て」
強制で起こされた、老人がしぶとくもゆっくり扉へと向かった。
頑丈な老人だ。
§ § §
好天、その下を走っていた。
12ロス左前方から、2人の少年がゆっくりと歩いてくる。
聞こえてくる単語から、軍事の話しをしているようだ。
「築城において、施設科と輸送科の連携が大事じゃん」
「敵の詳細な情報。敵情に合わせた軍の展開能力も忘れるな」
時代だな……。
適切な軍事教育を抜いて、平和は語れないからな。エンセクター王国軍でも、戦後のことも考えた戦略を考えている。
戦争は起こした後のことも考え戦術の構成を行うのが、最新の軍事学だ。
だから、正確な魔法円展開能力を各国は競って魔導師に身につけさせようと鎬を削ってきた。
軍事学を適切に教えることは、難しい。
「セイヴィアス兵を、どのように片付ければいいと思う?」
王国の価値観がどうしても、出てしまい易い。
こんな感じで、仮想敵国を作ってしまうことだな。
王国軍内で仮想敵国を意識して切磋琢磨するのはいいと思うが、学校でそれを教えるのはどうだろうかと言う話がこれから到来する筈だ。
俺の空耳か?
「敵の機動力を奪って、魔法含み矢で制圧するとか」
可笑しい、そこまで早く指導法の変更が出来るわけ、無い筈。
「違うって、敵兵の急所を攻撃して速く片付ける方法。例えば、首筋、両脇、太腿。静脈、動脈を切れば1撃で片付くんじゃないか」
「急所狙いって、エグイな」
少年とすれ違う。今まで感じたことのいない震えに襲われた。
この王国は、軍事と殺人法を同等の物として教えている。
「魔法でやれば早いぜ」
王国が可笑しいのかそれとも俺なのか、可笑しいのは?
§ § §
グランデ背嚢とグランデ鞄を装備し、アリステラド協会の入り口の前にある。
石段に座っていた。
風を感じる。
目の前にヴォットはいた。
「偽善だ!」
叫ぶ。
話さずにはいられなかった。
「逃げれば後悔し、行っても後悔する」
「それに対する答えは、もう知っているんだろう。フェトル」
前方を通り過ぎる人。誰1人として、俺たちのことなど気にも止めない。
王国民は、エンセクター王国にガリグラトム王国が負けたこと知っている。
アリステラド憲法が失効していることだけは、知らない。
勝っても、負けても、暮らしが変わるのか?
表面では、何も変わっていない。
裏で何か取引が行われたこと位、俺は気づいている。
これでは、なぜ戦争を現国王が起こしたのか理解に苦しむ。
戦争は、欲が全て。
領土を増やしたいから、資源が欲しいから。貴族の突き上げによって。
ヤスレク現国王は何をしたかったんだ。
戦争が終わったあと、戦場で家族を失った王国民以外からは忘れ去られることがひとつだけある。
俺でも、意識しないと忘れかけることだ。
王国民は、一般人の犠牲には嘆き、王国に文句を言う。
だが、戦場で散った兵士数のことなど覚えてはいない。
センセクター王国とガリグラトム王国の間で起こった戦いでは、双方で26247人の戦死者を出した。
戦いが終わった後。慰霊碑の数が王国内に増えるだけ、休み無く訪れる戦争が国民から平和の大切さを喪失させた。
国王に話を聞き。
「決着をつけたい」
ヴォットは優しく、フェトルの肩へ両手を載せた
§ § §
机に人型の駒が置かれ、その下に地図が敷かれていた。
「先ず、第一部隊が宮殿正面玄関を制圧。これは陽動だ」
机に敷かれた地図の宮殿が描かれた場所に、俺たちの青い駒を新たに置く。
「時同じく。小規模瞬間転送魔法を使用。ヤスレク氏の拘束または、殺害も認める」
「最終目標は、新国王を立てる以上」
「「「把握しました!」」」
周りにいた18人が大声で、発した後。部屋から退室した。
「新国王とは、一体誰なんだ?」
「フェトルそれは、ヤスレクの件が片付いてから教える。どこで、情報が漏れるか解からないからな」
(お父上?)
一瞬、お父上の面影がヴォットに被った。
老人なのに……。
「明朝、5時。作戦開始だ」
3人同時に頷く。
壁時計の針が淡く発光し、暗闇の中で時刻を教えてくれた。
【10時12分】
ふかふかの布団をめくり、ベッドから飛び降りる。
早朝2時までには、起きておけと言われていた。
装備の点検、確認。体調の確認。
この戦いで俺は人を殺さない。
偽善だ。
俺は答えが知りたい。
ガリグラトム王国が戦争を仕掛けた理由を知りたかった。
ヤスレク国王なら答えられる筈だ。
§ § §
グランデ背嚢はおいていく。
グランデ鞄とバスタードソード。投げナイフ3本。
ポーションの入った瓶を8本。
形見のショートソード。
時刻は、早朝4時。
朝食を済ませ。
装備類の点検を済ませた俺は、壁に背中を合わせていた。
「フェトル師匠、今回は……」
途中でリヒトが押し黙った。
声を掛けようと思って止める。
リヒトもヤスレク国王に対して思うことがあるのではと。
リヒトは部屋から出ていく。
入れ替わりでヴォットとシュティレ。
「集合の時間だ」
深呼吸をし、気合いを入れる。
3人で部屋を出た。