第5話 襲撃
爵位協会にイーストラ家の侯爵。自分の爵位、男爵、準男爵の爵位を返納した。
――本当に宜しいのでしょうか?
何ども念を押されたが、爵位を持つ意味を完全に失ってしまった俺には必要なかった。
爵位を継ぐ目的の1つに親の存在があったから……。
貴族と言う物は、付き合いだ。爵位の階級によって付き合いも変わってくる。
侯爵家を基準に考えると、他の貴族から晩餐会や舞踏会へのお誘い。
こちらから、招待をする必要もある。
更にパーティーへのお誘い。
子爵から、王国主催の饗宴に呼ばれる。
これは、食費が掛からずいいのではと一般人は思っているようだが。
最初の第1礼装、第2礼装、最初に比べれば楽だと言われる。平服への着替え。
王族の結婚式かと言うほどに、服を形式のつど着替える。
エンセクター王国だけのマナーだ。
服の数が、権力の象徴だったときの名残。
アリステラド国際儀礼教典にも載っている。
男性なら燕尾服、タキシードや紺色のスーツ。
女性はイブニングドレスにディナードレス、ワンピースやスーツ。
一着、数万~数10万グート以上の物を使用するから礼服代が、ばかにならないとお父上は言っていた。
若し子供がいれば、その子に堅苦しい礼儀作法を教えなければいけない。
教えるのは、爵位協会認定の家庭教師だがな。
更に貴族は王国への義務と言う物も発生する。俺は自由になりたかった。
3000年以上の歴史がある、イーストラ家。
爵位があっても、なくても俺はイーストラ家の人間だ。
一応、言っておくがイーストラ家を滅亡させる気はない。
全て清算した。
長期の旅用装備を購入し現在。ギルドカードをズボンの右ポケットから取り出して、見る。
【新人冒険者】
【依頼成功回数】【0回】
【依頼失敗回数】【0回】
【一般モンスター討伐数】【体】
【ダンジョモンスター討伐数】【2983体】
【アリステラド暦6173年3月21日生誕】
今日はアリステラド暦6190年4月。
グランデ背嚢とグランデ鞄袈裟懸け式(2つとも新たに購入した)を装備した俺は、エンセクター王国から北へと向かう。取り敢えず、最終目的地をガリグラトム王国とし、今はイーストラ草原を目指していた。
心地よい風が、顔や体に優しく当たる。
風によって木々が、何とも言えない音を立てた。
魔力を感じて木々の間へ視線を向けると、アナウサギ。
小麦色に黒色が混ざったような体毛を持ったウサギは、どこかへ走りさっていった。
ダンジョン以外で見るのは、初めてだな。
装備類。
小型テント一式に寝袋2個、魔法発動式発熱鉄平板2枚。
魔法発動式発炎石20個、保存袋に容れた150日分の食料類。
調理器具、食器、食事用道具全般。回復薬として、若竹色の液体。ポーションとマジッククリーム。
止血錠剤。その他諸で125万3100グートの出費。
現在の所持金は、810万652グートだ。
王国から、定期的に慰労金が振り込まれていたことを思い出し、王国銀行から全額引き出した。
それらを合わせた金額によって、兵站運搬とダンジョン攻略で手に入れた合算金より多くなっていた。
余談だが、グランデ鞄に品物を容れた状態のグランデ鞄は入らないようできている。
膨張率の問題らしいが、詳しくは知らない。
イーストラ草原までくるのに8日掛かった。1日40~43kЯは歩いたと思う。
エンセクター王国の国境から、320kЯ位の距離に位置する。
イーストラ草原、そこは退却中のイーストラ大隊が全滅した場所。
1面、草。それが風に揺らされ、なびく。
膨大な魔力が、辺りに渦巻いていた。普通に見れば、気持ちがいい草原だ。
魔力のみを見れば、魔力が草原内に溜まって暴れ回り続けていた。
手を合わせ、立ち去る。
元戦場はぬかるんでいた。外套に雨が当たり弾かれる。
外套に当たった雨は、独特の音を発し続けた。
水分を含んだ地面は茶黒く、足を進めるたびに体力を奪っていく。
草、木、1つと無い地面に降り注ぎ続ける雨。
戦いで生まれた憎しみや怒り、悲しみを雨で洗い流せるとは思えなかった。
ガリグラトム王国の国境まで、あと200kЯ位。
ここまで、42日経過した。
ただ、歩き続ける。
§ § §
馬車の車輪と人の足跡で形成された、無舗装の道。
今は、ガリグラトム王国領内だ。
左右に魔力を感じる。草木を揺らさず音を立てず、監視されていた。
6の魔力体、色は青色。
人は興奮時に魔力を変化させる。
性的興奮なら無色透明から珊瑚色や橙色。
犯罪や戦いにおける副次的興奮や精神の高まりだと、青色や赤色へと変色する。
地図を取り出す。
北の大国ガリグラトム王国。
広大な山脈を背後に持ち、領土の大半が農業に適した土地。
鉱物資源に限って言えば、王国随一で水資源も負けていない。
ガリグラトム王国とエンセクター王国の中間に位置していたのが、元センラカド王国。
横に長い領土を所有していた為、敵が多かった。
ガリグラトム王国は4年前突如、国王が急死。
その後、ヤスレク・ガリグラトム=バシャルという王族の血を引くと自称する人物が国王になった。
ヤレスク即位後の王国は、センラカド憲法をお構いなしに破っていった人物として有名だ。
戦争に負けた直後のセンラカド王国への侵攻。
戦場で古代石を使用したことや、占領した住民を奴隷にしたこと。
センラカド王国の元友好国だったとは、今言えば笑われそうだ。
背後から聞こえてくる、馬の足音で我に帰る。
道を譲る為、左端へよった。
空気を切り裂く音が耳に流れてくる。
地図に穴が開く。
地図を捨て素手で倒そうと考え、目の前に現れた男たちへ向かって地面を蹴った。
「風波」
目先に弓を構えていた男が、飛んでくる。
右足で蹴りつけると地面に沈んだ。
気絶していた。
矢を弓へつがえる少年。
視線を上げると、少年が盗賊らしき人物へ向かって矢を射る。
2人の太腿に矢が刺さった。
「ギィーガク、ハンドリーと新人!」
太腿を両手で押さえ矢が刺さった場所を見ながら叫ぶ。
少年?
一瞬、昔の俺と弓を持った少年が被った。
弓が地面に置かれる。馬車の向こうへ走り出した、少年を見失う。
剣を抜剣する音が、4回聞こえた。
走って追いかける。
「お前、魂で後悔しやがれ」
悪党らしい台詞が、聞こえてきた。
「……口は閉じてろ」
剣が交差こと無く、1人地面に沈んだ。
馬車から降りていた商人が、戦いを観戦していた。
盗賊や重度の犯罪、殺人等を行った犯罪者の命は重さが、変わる。
犯罪者の命は殺しても問題無いとアリステラド憲法に記されていた。
今はどうなっているのか、解からない。
余り強くないのに盗賊を行う時点で、頭大丈夫かと言いたいがこのまま殺させる訳にもいかなかった。
剣を砕かれた盗賊が、逃げようとする。
先回りし、盗賊を殴り飛ばし地面に倒す。
赤色の魔力を立ち昇らせた少年は、俺を睨みつけた。
「片付ける」
「何を片付けるつもりだ」
「そこをどけ!」
剣を振り上げ、威嚇する。
右手を柄に掛け。
「人の命だぞ。こいつに戦闘意欲は残っていない」
強風で、髪がなびく。
「文句でもあるのか」
「少年、いや。若し16歳だったら大人だな」
「……だから」
不機嫌な表情をした。
「命の重さは、全て同じだ。人間も何かの命を受けて生きている。だが」
「何が言いたいんだよ!」
話を止められる。
「単刀直入に言おう。こいつは、王国刑務所へ送らせて貰う」
怒りを顔で表現。
「盗賊は、数年でまた一般の盗賊生活へ戻る。いつか、人を殺すかもしれないなら!」
振り上げた剣を地面へ向け、振り下ろした。
魔力をまとった風圧で、砂埃が巻き起こる。
「ここで、殺すまで」
威嚇と解かる薙ぎ払いを、僅かに抜いた刀身で止めた。
「ちっ!」
こっちが舌打ちしたい。
「何かに執着しているな。だとしたらその強さは、紛い物だ」
この状況を嫌って、心も体も少年な人物が地面を右足で蹴って後退した。
「黙れ、退けよ!」
「心も体も子供だな」
「五月蝿い、邪魔だ!」
迫ってくる、剣を完全に抜剣する。
「技術も経験も。浅いし甘い」
剣同士が交差。剣で打つ合う。
動きが楽に読める。
「くっ……。不快だ!」
剣速が早くなった。
「俺は、強くなければいけないんだ」
まだ、余力を残していたか……。
「今まで、行ってきたことや経験が俺を形成したんだ!」
突きを流す。
薙ぎ払いを跳んで躱し、剣を振る。
これは、気を抜くとやられかねない。
「偽善だ。だから?」
それにしてもよく喋りながら、剣を振れるな。
その体力には恐れ入る。
剣が交差。剣の交差により魔力が、飛び散るのを感じた。
「復讐したいのか?」
「……最強になりたいだけだ」
数13センチロスも離れていない距離で、会話する。
「復讐は、碌な結末も生まないのが定説だ。そして本当の自分を失う」
「……よく知っているな。なおのこと、そこを退け!」
「お前と俺は、似ている。ひとつ、いいことを教えてやろう。単純な復讐は永遠に終わらない」
力を抜き一気に力を込め、仮称復讐青年を弾き飛ばす。
目の前で、地面に尻餅をつく。
「強くなりたいか? 復讐、大いに結構。だがな関係ない人物だけは巻き込むな。原因をつくった人物のみに復讐しろ。どんな結果になっても全て背負えるなら。もっと強くしてやる」
「手を取ってもいいのか?」
まさか、本当に取るとは思わなかった。
「ああ」
左手を差し出す。握られた手を持ち上げ、体を起こしてやる。
「取り敢えず。盗賊の腕を縛って、王国騎士駐在所まで連れて行くか」
途中、アナウサギが飛び出してきた。
動きが、飛び跳ねているみたいで可愛かった。
アファロ村の王国騎士駐在所で盗賊を引渡し、ガリグラトム王国王都に俺たちはいた。
ここまでくるのに3ヶ月経過。剣術の指導をして、解かったことがある。
見所のある青年だ。
身につけている技術も高い。
普通に俺並みに強かった。
「アリステラド憲法なき今。戦術において、奇襲、挟撃、大規模戦に備える必要がある」
青年の名前はリヒト・ウォーム、16歳。
「本当にアリステラド憲法が、無くなったのか?」
リヒトは、俺が思うに頭は良く。一般人に比べたら、全体を見ることができる青年だった。
「入れば、解かるだろ」
目の前にある、豪華な石造建築の建物を見上げる。
「人気がないな」
「行くぞ」
頷いたリヒトと一緒に白色石段を登って、建物の中へと入った。
魔力はまだ供給されているらしく、中は意外に明るい。
人は1人もいなかった。
大理石の床を歩くたびに、足音が反響する。
もちろん、大理石は高価な鉱物だ。
人がいないことでより一層、音を大きく感じた。
アリステラド協会の中を歩き続ける。
書類の1枚と見当たらない。机、椅子、備え付けのカウンター以外は何一つ無くなっていた。
1部に四角い埃の模様があるところに、机などが置かれていたのだろうと考えることができる。
「何も無い。人もいない」
2階にある最後の部屋。執務室と扉に札が貼られていた。
中から物音が聞える。
「誰かいるようだな。話が聞ければいいが……」
それにしても、リヒトと俺の個性が被り過ぎなのが何とも……。
扉が開かれる。
「ヤー!」
箒を持った老人が、強襲してきた。
箒の柄を、リヒトは簡単に捕まえる。
抵抗を直ぐに止めた髪はまだある老人が、行き成り。語りだした。
「やつ等じゃなかったか……。
聞いてはくれぬか、ことの始まりは数ヶ月前じゃ。
そこから職員が可笑しくなっていった――」
訊ねていないのだが、と心の中で俺は思った。
同意した覚えは無いのにアリステラド憲法が失効し、その後。
ガリグラトム王国騎士が、アリステラド協会の全ての物を持ち去るまでを。
話がとてつもなく長かった為。
昼ご飯を抜いてしまい。
冒険者ギルド内にある食堂で、アリステラド協会の老人ヴォットに晩ご飯を奢る羽目に……。
「今現在は、エンセクター憲法が発効されているのか?」
噛んでいたものを飲み込み、話し始める。
「エンセクター王国が製作し発効された。王国民法、エンセクター軍法。エンセクター憲法の3つだ」
それにしても仕事が早いな。
「どこでそれを見ることができる? ヴォット」
「ガリグラトム王国図書館で閲覧できる。だが憲法を見たいと言ってもアリステラド憲法しか閲覧できないようだがな」
そらなら、どうやってエンセクター憲法を閲覧するんだ?
「技があるのだよ。特別な技がね」
§ § §
夜が明けて、朝の7時。
板張りの室内で数10人程が、書籍を探していた。
受付のカウンター。その先に髪を肩まで伸ばした女性が椅子に座って彼らを見つめる。
3人がゆっくりと受付へ向かう。
「本当に大丈夫なのか、ヴォット?」
老人が答える。
「単語を書くだけで、いいのだよ」
青年2人が訝しげな表情をした。
女性の前に到着した3人の瞳に女性が映る。
「どういった、御用件でしょうか?」
「書庫に行きたい」
「書庫の書籍を御覧になりたい場合。こちらの書類に氏名をご記入ください」
名前を記入した3人。
「ところで、エンセクター憲法の閲覧はできるかな?」
受付嬢は表情を一変させた。
作った笑顔でヴォットへ答える。
「伝えておきます」
そんなこんなで、薄暗い書庫へ彼らは案内された。
フェトルたちは今、案内された第1書庫でエンセクター憲法、王国民法を閲覧していた。
「殺人罪、致死障害罪、傷害罪、暴行罪。違いが結構多いな」
フェトルは王国民法を頭の中に刻む。
「決闘法と自己防衛法の変更は大きい」
ヴォットは、持ち込んだ白紙に書いていく。
「指定の場所でのみ決闘を認め、双方の同意の上で行うことか……」とリヒト。
「これからは、犯罪者を殺すと場合によっては罪となりうる」
「何?」
ヴォットの話にリヒトは表情を変えた。
「君のことを特定して、言った訳では無い。自己防衛法において、アリステラド憲法から大幅な変更が行われたと私は言いたかった訳なのだが……。気分を悪くしたのなら謝ろう、申し訳無かった」
リヒトは困惑する。
「気にして、無い」
彼らは、満足するまで憲法と民法を閲覧。
昼を過ぎた現在、彼らは宿屋を目指していた。
「おっ、雀だ」
リヒトの言葉で2人が上空を見上げる。
昼下がりの晴れた空。
「あれは、ハタオリドリ科の入内雀だ」
ヴォットは入内雀を指差す。その差した指を下ろした先に、馬車。
「あの馬車、人に囲まれていないか?」
フェトルが2人に訊ねる。
「フェトル、リヒト行ってみるか」
2人が顔を見合わせる間にヴォットは健脚を誇示するかのように走って向かった。
彼らも馬車まで343センチロスの距離を走り始めた。
§ § §
馬車の前で帯剣した男たちが騒いでいた。
「馬車の荷台から出てきて貰おうか。ヴォット卿関係者さん」
『拒否させていただきます』
年若い声が中から聞こえてきた。
「どうします。馬車ごとは、転送魔法円巻物でも無理ですよね」
この中で、1番偉い人物が考える。
「もういい。扉ごと破壊しろ!」
「「は! 了解」」
敬礼した後に、気をつけろと偉い人物が叱りつけた。
男たちがグランデ鞄から、小型の斧を取り出す。
「ヴォット卿って……。あんたのことだろ、一体何をしたんだよ」
「……王国の連中か」
荷台の扉に斧が、減り込んだ。
馬車馬は素晴らしい調教のおかげか手綱を持った人物と共にじっとしていた。
フェトルは、何か思うところがあるようだ。
「どうする、フェトル師匠?」
答えない。
規則正しく煉瓦が、敷き詰められた道の上。特に馬車の周りに、人が集まりだした。
「このままでは、我われが王国騎士のお世話になる恐れが……」
「急いで、扉を破壊しろ。確保しだい、連行する」
荷台の扉に斧が減り込み、木片を飛び散る。
『この行為は法律に違反していませんか?』
フェトルは気づく。
(この声は、シュティレ・グリュック=ファルコメンさん……)
「急いで破壊しろ!」
風が吹いた。
神速の動きをフェトルが見せる。
風の吹き終わりと同時に、周りにいた人たちは3人組の男。彼らが倒れていることに気づいた。
「やりやがった」
「ほう」
ヴォットは、高らかに声を伸ばす。
ヴォット卿は素晴らしき健脚を披露し、馬車へと近づいた。
「伯爵嬢。片付いたので、これより離脱する」
傷だらけの扉が地面に落下し、そこから見目麗しい女性が現れた。
「美しい……」
無意識でリヒトは呟く。
「ボークさんヴォット卿。行きましょう」
ボークは手綱を、優しく置き馬車から降りた。
シュティレとボーク、ヴォット卿の3人へフェトルとリヒトが駆け寄る。
「了解した。フェトル、リヒト。私の近くに来てくれ。
オールドローズ色の髪を、両手でうしろに持っていく。
「若しかして……フェトルさん? 本当に、フェトルさんなんですか」
6人がヴォット卿の周りに集まる。
「古代魔法《嫉妬》《親切》《寛大》」
「《小規模瞬間転送魔法》発動」
月曜掲載