最終話 剣術と夢
魔法練習場で、弓菜と対峙していた。木剣を下段に構える。
わずかに、空調の音が聴こえた。
弓菜は、同じ木剣を正眼の構え。木剣の長さは、ショートソードぐらいだ。
無音の空間に俺たちの息遣いが、流れ続ける。
これは、1本試合だ。相手に有効な一撃を、寸止めで入れた方が勝ち。
弓菜から、肩の動きを感じとる。
瞬時に弓菜は地面を蹴って、迫り。体の前で溜め、木剣を払う。
少しだけ、右足を前に出し剣を持ち上げ、薙ぎ払いを受け止める。
木剣と木剣がぶつかり合い、魔法練習場に乾いた音を流した。
交差した木剣が十字を現す。
垂直に木剣を固定する。肘を曲げ、肩を締め、関節を使い固定している為。
弓菜の力押しだけでは、崩せない。
体全体に、血が廻る。それすら、この状況では刺激的に聞こえた。
「打ち込むとき、もう少し。足の動きに意識を向ける」
「はい」
目先で、弓菜は体の力を抜く。弓菜は木剣を体に引き戻しながら、木剣を振り動かす。
右下から木剣が、振り上げられてくる。左で地面を軽く蹴り、跳んで躱した。
木剣が、空気を切り裂く音。
俺は、右膝を曲げ地面を蹴り弓菜に迫る。左から木剣を振り、袈裟斬り。しかし、木剣が交差し、乾いた音を流すだけで終わった。
突きを行うが、地面を蹴って後退される。
「しつこい人は、嫌いです」
「俺も同じく」
空気中の魔力が、体中に当たる。弓菜の体表魔力は、緋色。
その色は、弓菜だけでしか観たことがない。平常心で、木剣を振っていると言うことか。
強いやつの条件は、どんな状況でも本来の力を発揮できるかだ。
木剣が打ち合わさり、打音が鳴る。
上に弓菜の木剣を弾き、薙ぎ払う。
打音。木剣を復帰させるのが、思っていたより速い。
間髪入れず、打音。
先ほどより、剣速が上がっていく。
新たな打音と共に、空気が振動した。
木剣を振るたびに、動きに合わせて風が巻き起こり音を立てる。
こんなかたちのデートは、どうなんだろうとは思う。
だけど、俺は弓菜と一緒にいられるだけで幸せだ。
純愛、初恋の相手と付き合える。
夢物語だと、思っていた。
右足を前に出し、踵を少し上げる。左足の力を抜き、全身の脱力と同時に右肩から、左肘、右手へ力を込めつつ。力を伝え、左から右へ薙ぎ払う。
弓菜の木剣が振り下ろされ、交差。打音を、部屋に鳴り響かせた――。
夢があった。普通の人生を送ろうと思っていた。
これまでは、そうだった。
人は、刻を重ねるたびに変わっていく。
叶えたい夢すら、同じだ。
右ポケットに入れていたスマートフォンが、振動する。
左ポケットには、俺のスマートフォン。
最後の白ご飯を飲み込み、お箸をトレーに置いた。
「「ごちそう様でした」」
弓菜と同時に言ってしまった。恥ずかしかったのか顔を少し下へ向け、はにかむ。
先にトレーを持って、返却口へ向かい始める。
春服と夏服の中間。今は、そんな時期だ。弓菜の制服は、襟に勝色ラインが2本。同じ色のリボンでブレザー風半袖ブラウスとスカート。
どうでもいい情報を提示するとしたら。
このブラウスは雨に濡れても透けにくい素材で、できている。
食器が載ったトレーを左手で持ち上げ、返却口へ運ぶ。
勾乃川一と心山琴咲は、2人共。体調を悪くしたらしく、学校を休んでいた。
そんなことを考えながら、返却口へ弓菜と向かうと数人の生徒とすれ違った。
ステンレス製の棚に置き、トレーを返却する。
左側にいる弓菜は、スマートフォンを操作しながら歩く。
「ゴブリン5体。湧いた場所は、撰振理高校内運動場」
「直ぐに……。てっ、本当かよ!」
「大変ですよ!」
走って校内食堂の外に出て、廊下を走る。「弓菜、教室にライトノベル置きっぱなしだ」
「先に教室へ向かって。その後に」
ガラス窓が、走ることで発生した風圧で振動した。
すれ違った生徒に驚かれるが、反応している余裕はない。
ライトノベルを右手に持ち、靴を履き校舎の外へ出る。
多数の生徒が校舎へ向かって、走ってきた。運動場の方から、金切り声が聴こえてくる。
急いで、運動場へと向かった。
4段のコンクリート製階段を降り、俺たち以外の生徒がいない。運動場の砂を踏みしめた。
ゴールネットが風に煽られ、揺れる。
小石ひとつない運動場は、野球部の部員が昼休みに小石を集めてくれたおかげだ。
「直さん! 気の緩みは、良くない」
「気をつける」
軽く息を吐き、緑青色のゴブリンたちを観察する。
距離は、数10メートル離れていると思う。
中央にショートソードを帯剣した、ボスらしきゴブリン。
その左右に、メイスを右手に保持したゴブリンが2体。
左右の一番後には、ショートスピアを構えた2体。
合計5体。ボスゴブリンが、抜剣するのと時同じく。ショートスピアを構えていたゴブリンが、突撃してくる。
「我が魔力を変換形成し発動せよ《火燐》」
左掌上に出現した、青白い火炎をショートスピアを構え。突撃してくるゴブリンへ向けて放つ。
火燐がゴブリンに当たった瞬間、火炎に体中を覆われ砂化。
「わたしの魔力を変換形成し発動せよ《火燐》」
ショートスピアを構えていたゴブリンは、運動場から消えた。
残り3体。
ボスゴブリンは、残りの2体に首を振り指示を出す。
「「魔力供給《事実》!」」
弓菜と声が重なる。少し意識を奪われるが、目の前に迫るゴブリンへ意識を向ける。
一瞬で間合いを詰められ、メイスを振り回してきた。
左側のゴブリンは、弓菜の方へ向かい。1対1で戦うようだ。
律儀なやつらだな。
地面を蹴って後退したら、間髪入れず迫ってくる。
右に跳んでメイスを躱し、ショートソードを振り下ろす。剣の軌道に合わせ砂が飛び散った。
弓菜が先に、ゴブリンを砂化させる。
ショートソードを体に引き戻し、左から薙ぎ払いゴブリンを砂化させた。
「魔力流下《突撃》」
縮地で地面をすべるように迫り。ボスゴブリンの右脇腹から、ショートソードを薙ぎ払う。
大量の砂が、目の前に撒き散らされボスゴブリンは砂化した。
「「魔力供給《終了》!」」
声が先ほどと同じように、重なった。思わず俺も、はにかんでしまう。
右手に保持していたショートソードが消え、ライトノベルへと戻る。
新しく備わった、武器化解除機能。
「そう言えば。あと、数ヶ月後には夏休みですね。どこか行きたいところあったりする?」
「まだ、行ってないところは」
「え~と……。水族館、花火大会、テーマパーク、温泉かな」
その例え、全部いってみたいところか。最初に言ってきた水族館に、一番いきたいんだな。
水族館の入館料。ライトノベルほぼ3冊分なんだよな。
「水族館。俺も行きたいと思ってた」
弓菜は、軽く息を吐き。目を合わせられ見詰められる。
「『ラノベ・マンガ・ラノベ』の登場人物たちは、作中で夢を語っていましたよね」
「確かに」
ラノべ・マンガ・ラノベはメッセージ性の強い作品だ。この作品に俺は、何度も救われた。
いろんな意味で。
右靴の爪先を後に少し上げた弓菜は、地面に爪先をつける。
「わたしの夢は、何だと思います?」
何だろうか、その思いと同時に弓菜の夢について考えてみた。
「そうだな。動物園の飼育員」
「違いま~す」
それなら。
「ペットショップ店員」
首を左右に振られる。これも、違うなら。動物から離れた方がいいのだろうか……。
「『夢を語ることは正しい。けど、夢が叶った後の妄想をしたやつほど夢はかなわねえ。実現の為に努力し、その過程を考え実行した人にだけ。夢は実現するんだ』」
弓菜。ライトノベルの台詞を暗記することは、オタクの一歩なんだぞ。
「これ、良い言葉ですよね」
確か、ラノベ・マンガ・ラノベの主人公。無了才矢が言ったやつだったな。
頷いて同意するが、内心で川一と心山に恨みを述べた。
「じゃあ。これは、俺とずっと一緒にいたい」
自分で言って恥ずかしくなる。
弓菜は、なにかみ答えてくれた。
「――やっぱり、秘密です」
最初に『せい』って、確かに聴こえた筈。
追及しようかとも思ったが、心に仕舞うことにする。
風によって、珊瑚色の髪がなびく。
そのはにかむ仕草で、弓菜の問いに正解したのでは。
見目麗しい、彼女を見惚れつつ。
校庭に吹く独特の風に当てられながら。俺は心の中で、思いを馳せた。




