第21話 イラスト買い
目的のお洒落なカフェを、覘く前から解かる。店の前にできた行列は、数10人程度ではなく。
ざっと、数えただけでも60人以上は店の前。
歩道を占領するかたちで、行列をつくり席が空くのを待っていた。
「やっぱり、多いな~」
弓菜は残念そうに、呟いた。
この店、情報番組で紹介されたことがあったな。
【パラティ】の洒落た看板が、光を反射する。
パラティは確か、ギリシャ語で宮殿。
「ここの、プエッラ・ボゴールパインソース掛けパンケーキ。北海道乳アイスのせが、美味しいって聞いていたけど。今日は、難しいかもな」
「へー、意外です。と言うより、詳しいですね。甘いものは、わたしも好きだな」
通行人が俺や弓菜の近くを、通り過ぎていく。
「プエッラって、どこかで聞いたこと。無いですか?」
「月刊少女マンガ雑誌の、プエラか?」
「そう、それです。あれ?」
「プエッラは、ラテン語で少女。あのプエラは、たぶんそこから。来ていると思う」
隠し事を話し合ってから、終了式があり。
4月から新学期。2年1組の新しくない教室で、新しい同級生の中に勾玉川一と心山琴咲。
新しく開絵弓菜が、加わった。
一応。言っておくが撰振理高校は、異世界往来監視局の私立高だ。
中間試験も終わり、平日の休みを満喫中。
「今日は、諦めた方がいいかな」
「この近くに、回転寿司屋があるけど。どうだ?」
弓菜を見詰める。勿忘草色の、小さな水玉ワンピースを身につけていた。
誕生日は5月6日。
10日前に弓菜は、17歳になっていた。誕生日の祝いを込めてのデート。近頃、モンスターが湧かなくなり時間に余裕ができている。
「直さん。今日は寿司屋に行こ、人生。諦めることも大事だからね」
付き合い始めて4ヶ月と数10日。新年最初の学校で、付き合おと弓菜に言われてからそれだけ経過したんだな。
回転寿司屋へ向かおうと思ったら。
【パラティ】に入りたい客の行列は、いつの間にか歩道から隙間を奪っていた。
ここは、手を引いていくべきか。
直久は開絵の右手を、左手で優しく握り。回転寿司屋へと向かって一緒に歩き出した。
魚流転寿司の店内は、ほとんど満席だった。
「カウンターでしたら。直ぐに、ご案内出来ます」
女性店員がおしぼりと小さなバインダーを、2人に渡そうとする。
「カウンター席、でもいい?」
直久は頷いた。
「6番と7番にどうぞ」
紙のおしぼりをふたつと小さなバインダーを弓菜が受け取る。
§ § §
寿司が運ばれてくるレールの上にタブレッドが、設置されていた。
弓菜は、左腕を伸ばしてデザートの表示に指で触れ。更に押し、何かを注文したようだ。
「何、頼んだんだ」
「くるまでの、お楽しみです」
2人分。頼んだことだけは、解かっている。
弓菜は微笑んでいた。まあ、楽しいならそれでいいか。
「お待たせしました。北海道乳のソフトクリームを、お持ちしました」
俺と弓菜の前に、ガラス製のカップがひとつずつ置かれた。
「食べよ」
スプーンを右手で持ち、ソフトクリームに刺し。口に運んだ。
濃厚さの中に、しっかりとした甘さがある。これが、牛乳本来の甘さだな。
舌の上で溶かして飲み込み、熱を帯びたスプーンをソフトクリームに刺した。
今回は、奢らさせて貰ったが出費は4860円。
寿司屋、高過ぎだろ……。
「美味しかったですね。お寿司もデザートも」
4860円の、価値があったと思うしかない。
「そうだな」
魚流転寿司から出た俺たちは、帰宅する前に書店へと向かっていた。
「ライトノベルって。面白いですね」
弓菜の言葉に、反応する。
返答しつつ、周りを見た。最後に空を見上げると、何となく雨が降りそうな予感。
歩きながら、話し掛ける。
「弓菜さん。少し、コンビニによってもいいか?」
「いいですよ」
車道を挟んで、右前にあるコンビニを見た。
信号機の前で進路変更。歩行者用横断歩道の信号機が、変わるのを待つ。
それにしても、車道を走っているのは多種多様な車種とメーカーのハイブリッドカーばかりだった。
店の中に入ると、店員から「いらっしゃいませ」と言われる。
光沢感のある白い床が、照明の光を映していた。
入り口近くにある、透明なビニール傘を掴み取る。
「傘、買うんだ」
コーヒーが注がれた、紙コップを左手に持った30代ぐらいの男性と擦れ違う。
ビニール傘の会計を済ませ、店の外に出る。
「ありがとうございました!」
背後から店員の声が、聞こえてきた。
「直さん。名前の呼び方について、ですけど。さん付け以外で、呼んでくれない。
人生経験では、フェトルさんの方が長いですよね」
しまったと言った顔をした弓菜は、続けてごめんなさいと謝った。
「じゃあ。弓菜ちゃん」
ちゃん付けで呼んでみる。自分でも、しっくりこなかった。
「う~ん、何か違うと思いません」
その通りだったので、頷く。
「弓菜」
しっくりくるが、呼び捨てなんだよな。
「やっぱり、これですね。これからは、この呼び方でおねがいします」
この後も弓菜と話しながら、書店へと向かった。
§ § §
太陽はまだ沈んでは、いなかったが暗灰色の雲によって薄暗くなっていた。
外の看板に明かりが灯り、多久戸書店を一層、目立たせた。
書店の中で直久と弓菜は、ライトノベルについて話し合っていた。
「『桎梏のドルイド』は、日本人がドルイドの家系に転生する話だな」
開絵は、その本を掴みあげる。
「可愛」
微笑みながら、表紙を見詰めた。
「その表紙に書かれた。ムササビのことか」
行き成り、体ごと直久へ向けた開絵は口を開く。
「違います。これは、ムササビではなく。ニホンモモンガです。先ず飛膜の大きさが違いますし、体の大きさは全然違っていて。尾のかたちにも見分けられるほどの特徴があります。
もっと、解かり易く言えば、色が濃ゆいほうがムササビ。
体毛に白色が多く見えるのが、ニホンモモンガですよ」
一呼吸を置いた開絵は、話を再開した。
「この表紙から、体格が小さい。体の横に白色が多く見える。
これらから、この動物はニホンモモンガと思われます」
表紙のイラストは、主人公の右肩にのる、ニホンモモンガと言う構図だった。
(動物のこと、かなり詳しいんだな)
「説明してくれて、ありがとう。勉強になる」
桎梏のドルイドを手に持ったまま、開絵はマンガ本コーナーへ足を進める。
「桎ド買うのか? それwebで読めるんだが」
ライトノベルを両手で、優しく掴んだ開絵は文庫を見詰めた。
「出合いは、大切にしたいから」
「弓菜は動物が、好きなんだな」
マンガ本コーナーに向かっていた足を止め、開絵は直久を見詰める。
「好きですよ。直さんの次にですけどね」
言い残し、足を進めた。
(俺が一番だって……。本当にまじ嬉しい)
直久は、弓菜を追いかける。
会計を済ませた2人は、多久戸書店の自動ドアの前にいた。
地面にとめどなく雨粒が降り注ぎ、音を奏で続ける。
「うわぁー、土砂降りですね」
開絵は、左手に持っていた本が入ったビニール袋を右手に持ち替えた。
「傘、準備しといてよかった」
「1本しか、ありませんけど。あー! 狙ってたやつですかー」
(雨が降りそうな気はしていたけど、本当に振ってくるとは……)
「相合い傘の、リアルな話をすると。傘が小さいと肩が濡れるんですよね」
(誰から、聞いたんだろうか)
「あ、その顔は知りたいんですね。琴ちゃんに教えて貰いました」
「心山さんだったか」
「これよく考えたら。どっちかの家まで、ついて行かないといけないですね」
(コンビニかどこかの店で、買うと言う選択肢はないのか。いや、気づかなかったふりをしとくか)
ドアが開き、外に出る前に直久は傘を開く。
弓菜はビニール袋を持った方の腕を、直久の傘を差している左腕に絡めた。
「これなら、濡れなさそう」
「……あれ、意外に歩き難く無い」
「家に帰りますよ」
傘に大きな雨粒が当たり、大きな音を立てる。
腕を組んで、相合い傘をしている2人は誰が見てもカップルだと思う筈だ。
結局、直久は開絵の家まで相合い傘で送り届けるのだった。




