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第1話 継承

 小さな村。

 ところどころ、隙間だらけの木造建築が16棟ほどある小さな村だ。

 1棟だけ、違った。  

 イーストラ家の表札が掛かった。木造建築だけは、隙間なく丁寧に建築されていた。

 家に住んで居るのは、100年ほど前に全王国を掌握した魔人。

 更に新婚生活を送っていようなどとは、誰1人。

 想像できないだろう。

 しかも、結婚相手が異世界より召喚されし勇者。

 2人は数年間にわたって死闘を繰り広げた仲だと知ったら、その話だけで人を倒せる。

「アリステラド暦1310年のときに受けた傷は、このとおり癒えていない」

 189cЯの身長。筋肉隆々の男が服を脱ぐと、体の中央に貫かれた傷跡が生々しく塞がっていた。

「イーストラさん。その話はしない約束を3年前にしたじゃないですか」

「悪かった……涼菜(すずな)。おっと、スズナだったな」

「絶対。(わざ)とだー! まったくもう……。あのとき、命に関わる傷より先に私の神超えをした。魔力の制御をしてくれて、ありがとう。感謝しています」

 イーストラが(うなず)く。

「『それでは、お楽しみの時間と行こうか』」

 この世界の言語ではない言葉をイーストラが発した。

「『なんで! 日本語が話せるんですか!』」

「『魔法とだけ、言えば解かるだろ』」

 日本語と呼ばれた言語で2人が話す。

 彼の妻が両手で顔を覆い、しゃがみ込んだ。

「『嘘でしょ……。恥ずかし過ぎる……』」



 アリステラド暦1315年から4847年の時流れ。



 舗装されていない、砂地の広場。

 広場を囲うように石造建築の建物や木造建築。

 それらの建物が乱立していた。

 広場に人が大勢集まり出す。風が吹けば、砂埃を発生させる道路だった。

「カン、カン、カン、カン!」木の板を打ちつけ、乾いた音を辺りに流し注目を集める。

 だが、この広場に集まった人の半数は広場を囲むように出店された、露天商が目当てだ。

 ここぞとばかりに、高価な絹の布地を売りつけようとする店主もいれば。

 鉄製鍋の修理をおこなうぞと声を荒げる、鍛冶屋の青年。

 武器店を見れば、古今東西の武器を揃えたと言葉巧みに買わせようとする(いか)つい店主もいた。

 1人の少年が人込みをすり抜けながら、前へ、前へと走る。

 少年の服が絹という高価な布で、製作された服だと言うのに誰も気づかなかった。

 浅葱色あさぎいろの髪を揺らしながら、少年が広場の中心へと走って向かう。

 王国公示人が、木製の台に登る。

 口々に話していた群衆を、王国公示人が見回した。

興国こうこくー! センラカド王国からの発表ーー!」

 木を打ち合わせた、青年が声を伸ばす。

 群衆が静まり返り、風も意図したように止んだ。

「我等の興国は進撃を止めることなく、東の隣国。アグリアガス愚国ぐこくを占領し、憎き凡国ぼんこくにして仇敵きゅうてき。エンセクター王国との決戦は近い――」

 王国公示人が両手を振り上げ、熱く語るのを先ほどの少年が最前列で熱心に観ていた。

「この中には、戦いにかりたてられた。身内がいる者もあるだろう……なぜ? 確かにその通り。だが! この戦いに勝たなければ、女子供は奴隷として売られ。男は強制労働をさせられることだろう。そうならない為にも、尊い犠牲が必要なのだ……。今ここに居る人たちよ。王国のことだけを思って欲しいなどとは言わない。

 家族を、恋人をこの戦いは守りたい者を守る為の戦いなのだ!」

 その瞬間、歓声が巻き起こった。


    §  §  §


 アリステラド暦6182年、センラカド王国。

 エンセクター王国に対し宣戦布告。

 それを受理しエンセクター王国受諾。

 アリステラド暦6182年5月4日開戦。

 その3年後、センラカド王国はエンセクター王国の進撃を止めることができず。

 王国全土を占領され、エンセクター王国の統治改革によって滅びた。

 あの広場にいたとき。9歳だった少年は、今では16歳。

 現、アリステラド暦6190年。

 偉大なる目標を持った、青年が走っていた。



 走る、ところどころ窪んだ大地を全力で走る。

 両手に持った束袋。

 その中には、矢が入っていた。

「シィテシィ、ナッィシテ!」

 土属性魔法と火に覆われた矢が降り注ぐ。

 階級を証明する帽子を被り、高価な対魔法軍服を着た。

 馴染みの尉官(いかん)は、俺の前で『防御魔法!』と叫んだ。

 元敵国エンセクター王国で俺は、仕事をしていた。

 この世界は、昨日の敵が今日の友など日常茶飯事(にちじょうさはんじ)

 解りやすく言えば、負けても恨むなだ。

 今は余計なことを考えて、いいときではない。

 高価な剣を帯剣しているが、どうせ使用することも無いんだろうなと思いながら、前線へ急ぐ。

(ロッハス)い壁(ロッファイ)!」

 魔法兵が右手の杖を前へ傾け、魔法発動。

 目先に空色の壁が現れ、俺を妨害する。

 俺の前で壁に石が激突、瞬時に爆ぜた。更に矢も壁に当たり炸裂し、爆破音を撒き散らした。

『危なかった……』

「フェトル(くん)か……。相変わらずの、幸運少年だな」

 恵まれた過去の影響で、読み書きや高貴な人物との会話はらくに行えた。

「有り難きお言葉。レヒツ中尉(ちゅうい)

 アリステラド語で返答。敵国のガリグラトム王国語も、日常で使うことができる程度には喋れる。

 上官に対しての姿勢は、左腕を背中へ右腕は真っ直ぐ体に沿って伸ばすだ。

「フェトル君は何故、下士官かしかん試験を受けない。君の知識があれば出世できると思うのだがな」

 姿勢を少しだけ、崩す。

「私には、行いたいことがほかにあり。王国軍内での出世を望んでいません。それでは、失礼します」

「そうか、用は以上だ。君の仕事をしたまえ」

「了解しました」

 目の前に、展開されていた壁が消える。

 前線へと走って向かう。

 俺の名前は、フェトル・イーストラ=スズナ。元男爵(もとだんしゃく)にして元準男爵(もとじゅんだんしゃく)にして騎士。

 行いたいことは、没落貴族。イーストラ侯爵(こうしゃく)家の再興(さいこう)だ。

 その為に。

 巨万の富が手に入る、冒険者になると言う目標がある。

 矢が唸り、接近してくる。突如、進行方向が変わり後方で炸裂した。

 土が降り注ぐ、今はただ。前線へと向かって走る、それが俺の仕事だから。




 ベッドから起き上がり、木組みの3段ベッド。一番上の段から飛ぶ降りる。

 小屋の扉を見つめる。あと少しで3年間の従軍が終わる。

 親父が2年以上前に戦死してから、今現在の戦争相手。ガリグラトム王国に少しでも復讐したいと思い。

 王国軍に入ろうとしたら、15歳以下は兵站業務のみしかできないと知り。

 死亡時の保険は王国から支払われないと言う書類に署名し、その後。

 前線に武器類や食料を、送り届ける仕事を与えられた。

 両親から剣術を教えて貰っていたが、実戦で鍛えられた歴戦の猛者と手合わせしたら。

 最初は秒殺、1年後も秒殺、最近は引き分けまで持っていけるようになっていた。

 残り1ヶ月、毎日。命懸けの仕事とはあと少しで、お()らばできる。

 14歳になりたてで、3年間の契約だったから17歳まで。

 よくここまで、生き延びられたと本当に感銘する。

 毎日が地獄だ。頭から、思い出しそうになった記憶を追い出す。

 扉が勢いよく開いた。

「起きろ! 兵站運搬員(へいたんうんぱんいん)ども!」

 扉へと向かいながら、指導員のロントラに挨拶をした。

「帰ってくるぞ!」気合を入れる。

 昔、寝るときだけ着ていたパジャマが懐かしい。あの心地よい感触を、もう一度……。

 今では、合計4着の上下と下着だけだ。

 外に出ると酸化した鉄のような臭いが、鼻をついた。




 王国軍需品おうこくぐんじゅひん倉庫の窓口に、俺はいた。

背嚢(はいのう)には、水筒5本。ライ麦パンと干し肉4人分だ」

 背嚢をからうと全身で、重さを感じる。

「1(たば)に50(じょう)の魔法含み矢だ。合計12束、6束を束袋に入れてある」

 無言で受け取り、戦地へと向かった。

 息が荒くなる。

 後方で衝撃、瞬時に衝撃波が飛んできた。

 背中を衝撃波に押され、転びかけるが右足で地面を踏みつけ。体勢を整える。

 右上空で矢が炸裂。

 味方の魔法含み矢が誤爆したようだ。

 轟音と衝撃波よって、空間を飛ばされながら思った。

 巨大な石が、上空を飛んでいく。

 前方の遠い場所で土属性の魔法が地面を抉った次の瞬間、炸裂。

 体の力を抜く。合わせるように、衝撃波と土砂が飛翔してきた。

 体が地面に強くぶつかる。

「ぐっ……」

 歯を食いしばり痛みを堪えた。右手を地面につけ立ち上がる。

 先ほどから『キィーン』と言う耳鳴りが止まらない。

 視界が歪んで、足取りも覚束無(おぼつかな)い。

(動けー!)

 地面を強く踏みしめる。

戦況せんきょうは、我等エンセクター王国が優勢ゆうせいも兵員の損失多し」

 いつの間にか、目の前に居た。戦況観察報告員が小さな紙へ呟きながら書きなぐった。

 地面に置いていた鳥篭(とりかご)から、鳩を取り出し、左人差し指へ誘導。

 鳩の右足につけられた、小さな筒へ紙を丸めていれる。

「行け!」

 鳩がエンセクター王国へ向かって飛び立った。

 突如、戦場とは無縁のローズマリーの香水。その香りで、心が少しだけ安らいだ。

 黒髪の女性。装備も一般王国兵とは違うが、高性能な武器や防具だと見て解かる。

 異界からの勇者だ。

「ミリ単位で、瞬間転送ができるようになりましたか……」

(ミリ? 数学用語かな……)

「精霊魔法。《流化(りゅうか)》」

 黒髪の女性が出現したと思ったら行き成り、消えた。

 女性がいた場所から砂埃。

「ごほっ、ごはっ……」

 目に砂が入って辛い。

 砂埃のせいで咳き込んだ。呼吸を整え、足を進める。

 俺は凹凸(おうとつ)のある、戦場を走り出す。

 前線へ向かいながら思うのだった、綺麗な黒髪だったと。


    §  §  §


 ここが前線だ。

 最前線まで、残り120Я。Яはロスと呼ぶ。アリステラド暦以前はメートル法なるものを使用していたらしいが、異界からの知識だった為。封印されЯなる、メートル法と寸分たがわぬが、呼び方を改めたЯが距離の単位だ。

 100(センチロス)Яが1Яだ。

 エンセクター王国兵が剣から魔力を振り飛ばす。

 魔法戦術弓兵の周りを守る、王国兵。

 まで、あと100Я。

「魔波!」

 顔を下へ向ける、人の体が宙を舞う。それは、観ていて気持ちのいいものでは、ないからな。

 鉱物の金すら魔力で切断する、魔力浸透剣術。対モンスター用に特化した剣術だが、そんな優れたものを戦争で使わない訳がない。

火炎連戟(かえんれんげき)!」エンセクター王国兵が魔法を発動。

 敵国、ガリグラトム王国兵が剣から発生した炎に焼かれた。

 うっかり、見てしまった。慣れていないということが良いのか悪いのか、今でも良く解からない。

 口の中へ酸っぱい物が昇ってくる。無理に飲み込むと、酸っぱさを余計に感じた。

 チェインメイルに剣が当たり金属音。

 剣と剣が交差。

 敵味方が入り混じっていた。

 ここにいる人間は人を殺す為。剣を振るい、魔法を発動する。矢を飛ばす。

 ここは前線だ。気を抜けば死に、運が悪くても死ぬ。

 それが現実だ。

「我、求める。精霊の力により《石撃弾(せきげきだん)》発動!」

 前線の更に先で、石の雨が降り注ぐ。

 衝撃音、打撃音、斬撃音。

 音が止めば、どちらかが敗れたか。撤退したかだ。

 即ち、音が止んだときこそ。戦いが終わるときだ。

 水分を含んだ土が舞う。

「補給、未だか!」

 目の前に弓兵指揮官がいた。

「持ってきました」

 魔法含み矢が入った、束袋を弓兵に渡した。

「早く、全弓兵へ行き渡らせろ!」

「行き渡りました!」

 待機伝令兵が告げる。

「構え」

 全弓兵がコンポジットボウを敵陣へ向け構え、ボウの真ん中を左手で掴む。

「つがえ!」

 矢を右から左に弓と(つる)の間へと差しながら(やじり)を左に掛け弦まで引く。

魔力込(まりょくこ)め!」

 弦を顔の中央当たりで固定。

 矢が象牙(ぞうげ)色に発光。

 後方で土属性魔法が着弾し、炸裂。

「全弓兵、魔力充填(まりょくじゅうてん)完了。魔法疑似発動(まほうぎじはつどう)!」

 伝令兵が大声で発した。

「射れ!」

 銀鼠。その色へと変わった矢が曲射で放たれる。

 異様な速さで矢が、敵陣目掛けて飛翔していく。

「つがえ!」

「退却して!」

「何を言うか!」

 ローズマリーの香り。

 後ろへ、振り返ると黒髪の女性がいた。

「退却してください。誘導性の大規模魔法円(だいきぼまほうえん)が、発動されました!」

 静まり返る。彼女の発言力。信用性は、国王に準ずるからだ。

 彼女は勇者だから。

「退却命令は、出ていない。我等(われら)の勇者よ」

「命令って、退却しなさい! 万が一。拒絶した場合、貴殿(きでん)のことを王国へ報告しますよ」

 音は()まない。戦場だからな。

(それは、脅しに近い気がするのだが……)

「あと少しのところで……」

 弓兵指揮官が、深呼吸をした。

「ぜ、全弓兵に通達。上級退却命令! 防衛線まで走れ!」

 伝令兵が立ち上がる。

「全弓兵に通達、上級退却命令ー! 退却命令ー!!」

 伝令兵が大声で、声を伸ばしながら発した。

 各弓兵が弓と矢を持ち、退却し始める。

 


 周りを見れば、王国兵。敵兵すら消えていた。

「君も早く、退却したら? 兵站運搬員さん」

 気づかれた。

 左腕を見る。上腕に巻かれた白い布。

 民間人の印。

 民間人は攻撃しないという、暗黙の了解があるとかないとか……。

「見せて貰おうか。大規模魔法を!」

 先ほどの戦況観察報告員が、右側にいた。

「いつの間に……。退却命令、聞こえませんでしたか?」

 戦況観察報告員は、動かない。

魔法円(まほうえん)を甘く見ると、命を失いますよ。早く退却を……」

「不味い。展開速度が、予定より早い!」

 巨大な魔力を感じる。

「おぉーー。これほどとは!」

 辺り一面に大規模な魔法円が刻印された。

対人用防魔膜たいじんようぼうままく!」

 戦況観察報告員の体が桜色の膜に覆われる。

 体を見てみると、俺の体にも同じ膜で覆われていた。

 見渡す限り魔法円、生成り色に発光する魔法円。

 遅すぎだ。

 この魔力量は、1(キロロス)Я以上は破壊する力があると思う。

 目蓋を閉じる。俺は怖くて目蓋を開けておくことができないかった。

 今まで、聞いたことも無い音と感じたことも無い熱を感じる。

 刹那、意識が何かに吸い取られた。



 空の上に立っていた。

『フェトル、その線を越えるな』

 目の前に居たのは、お父上だった。お父上を挟んで白い線が空色の空間に引かれていた。

『お父上。生きていらっしゃたんですか?』

『……現世ではない。ここは、死後の一歩手前の領域だ』

『何と語れば良いかな……。お父上に言いたいことが一杯あって、そうだ――』


    §  §  §


 お父上が、亡くなってからのことを全て話した。

『冒険者になりたいのか……。大変だぞ』

『貴族になるには、莫大なお金と維持費が必要ですから。そういえばお母さんは昔、冒険者だったんですよね』

『それについては、お母さんから聞いてくれ。この空間には何時までも居るということは、できないようだからな』

『そうでしたか……』

『ところで、縁談の話はどうなった?』

 お父さんは嬉しそうな顔をする。

 10歳のときにお見合いした。グリュック伯爵(はくしゃく)家のご令嬢。

 名をシュティレ・グリュック=ファルコメン。1つ年上。

 押し黙る。俺にとって初恋の相手だと言うことが余計に押し黙らせる。

『グリュック伯爵(はくしゃく)家はイーストラ戦役で没落しました。イーストラ家もグリュック家共に莫大な資産を掛け、私兵や傭兵を雇い戦果も挙げたのに王国は碌な戦利品さえ俺たちに与えなかった』


『争いが無ければ優れた領主(りょうしゅ)になったんだろうな。フェトル』

 左右に首を振る。

『解かりません。エンセクター王国に、宣戦布告したセンラカド王国の間で。戦争が始まってから毎日、王国図書館へ通いましたから。争いが無かった場合にそこまで勉強したか……』

『フェトル最後に何個か言わせてくれ。復讐しようなど、考えるな。未来で後悔するような人生を送るな、フェトルの行いたいことを、行え。好きに生きるんだ、フェトル!』




 目蓋を開かずとも解かった。ふかふかの布団に、ほどよい弾力の枕。

 懐かしい心地よさのパジャマ。

 久し振りによく寝た感覚を覚える。

 何だ夢見(ゆめみ)だったのか。勉強が嫌いな僕に勉強するよう、神様から変な夢を見させられたんだ。

『男なら家の発展を第一に考えろ!』と言っていたあの、お父上が『好きに生きるんだ!』なんて。

 言う訳がない。

 長い夢だったな。


 現実。

 現実は男爵にして準男爵にして騎士のフェトル・イーストラ=スズナ(きょう)

 ではなく、エンセクター王国兵站業務用員だった。

 右掌にある、矢に射られた傷跡が見えたからだ。

 これが変えようの無い現実。俺は、お父上を亡くしてから……変わって、しまったのかもしれない。

 若しだが、お父上のことを嫌いだったならこうは、ならなかったのでは。

 そんなことを思う時がある。

 天井にあるシャンデリアへ右掌を向けると掴み取れそうだった。

 重たそうで装飾過多な、扉が開く。

「おはよう、起きてる。おっ、意識。戻ったみたいだね」

 豪華な部屋に対して、はしたない言葉遣い。

 急いで記憶の整理を行い、適当てきとうな返答を導き出した。

「おはようございます。この件に対し、ご厚意に感謝申し上げます。ご令嬢(れいじょう)

 ベッドから降り、会釈。

 黒髪の勇者はお食事を持ってきたようだ。俺の前でお食べになるつもりかな……。

「随分、堅苦しい話し方ができるんだね」

 返答に困る。

 金箔が貼り付けられた、お盆にある。お食事を白塗りの洒落た机に並べ始めた。

 お茶碗に高価な白米。お皿に玉子焼き、お椀に味噌汁。一膳のお箸をお盆から机へ。

 貴族において、これを来客に出すことができる人物は(うやま)われる。

 それほどに、高価な食事だ。

「2日間も意識が、無かったのに随分。元気だね」

「有り難き、お言葉」

 黒髪の勇者に見つめられる。

「これは、君が食べていいよ」

 そこは、どうぞ召し上がってください。

 少し違うな。自分より身分が高い、人物用だった。

「頂いて、宜しいでしょうか?」

「どうぞ」

 机の椅子に座り。

「頂きます」

 お箸を持ち、左手でお茶碗を持ち上げる。

 白ご飯を一口。

 4年振りに食べる、白米はほんのり甘みがあり。程よい粘りで体の芯から、明日も生きねばと思えるような美味しさだった。玉子焼きはふっわふわ。

 黒髪の勇者に食事中。ずっと見られていたことが、少し恥ずかしかった。




「勇者様!!!」

 開いた扉から、お盆を持った使用人が急ぎ足でやってきた。

「勇者様。あなた様のお食事を、お客様へ。お与えになられていませんでしょうね?」

 俺と食器を交互に見る。

「胃の中が空になられたお方には、お粥を先ず。食べさせましょうとお伝えてしていましたのに……」

 中年女性の持ったお盆から熱い湯気が立ち上っていた。

 よく見ると、お粥らしきものがあった。

「大丈夫です。料理長には、お食べになられましたとお伝えください」

「ありがとうございます。フェトル、様」

 様付けで呼ばれたのは、3年振りか……。

「お粥、頂きます」

「どうぞ……」

 お粥はそこそこ美味しかった。

 戦場へ戻りますと、話を切り出そうとしたら。

「はい。これ、3年分の給料。私が色々やって、3年間働いたことにしたから。

 これからは、親元へ帰って自由に生きたら、ね?」

 前線への軍需品運搬は1日3000グート。

 3年間で1日3000グート×1095日。


 暗算。


 328万5千グート。

 宿屋に一泊、3食の食事込みで宿泊費450~1200グート。

 戦場では生還できる保障が存在しないことを考えると、王国兵站運搬業務用員の仕事を選んだのは、完全な失敗だった。

 仕事の正式名は、やたら長く。

 エンセクター王国軍第1輸送科、第756部隊。運搬業務要員民間人部門所属。

 認識番号、8334号。王国兵站運搬業務要員だ。

 硬貨で膨れ上がった布袋。中を見ると、懐かしき10万グート紙幣。

 机の上で数えてもいいですか? と訊ねる。

 了承を貰った。


 10万グート紙幣28枚。

 5万グート金貨8個。

 1万グート銀貨8枚、1000グート紙幣2枚。

 100グート硬貨20枚。10グート硬貨100枚。

 使い辛い、紙幣ばかり……。王国銀行へ預けておくか。

「勝手なことしたとは思っているの……」

 黒髪の勇者は悲しそうだった。

「子供が戦地で生きるか死ぬかなんて、そんな人生。送らせていい訳が無いでしょ」

 2人共、押し黙る。一応言わせて貰うと俺は、大人だ。

「私の価値観のせいで、余計なことをしてごめんさない」

 頭を下げられる。

「頭を下げないでください。身分が違うんですから、でも。本当にありがとうございました。俺も戦地からは逃げたいと思っていましたから」

 俺も頭を下げた。

「最後にひとつだけ訊いても、宜しいでしょうか?」

「どうぞ」

「勇者エクラは本名では無いですよね。宜しければ、教えて貰えないでしょうか? あなた様の本名を」

「……。確かに日本にも、まだそんなキラキラネームの子は知りませんし。たぶんいないでしょうね」

(ニホン? キラキラネーム? 何だそれ……)

「私は、勇者。一香いちか 恵菜えな、20歳。彼氏の詩川うたかわ 頼夢らいむと婚約しました」

「それは、おめでとうございます。エナ様とご家族双方、益々のご発展を心より深くお祈り申し上げます」

 うっかり、結納ゆいのうした相手に言う言葉でいってしまった。

「あっ! 身の上話で、ごめんさないね。て、ええ!! 君、やっぱり。一般人じゃないでしょ!」

 気づくのに時間が、かかり過ぎな気がする。

 勇者エナに追及され、元爵位持ちで。家が元侯爵家と話してしまった。


 長い話が終わり、3日後。大金を持った俺は、2年と11ヶ月前に家出した家へと帰ってきた訳だが……。

 扉が地獄の門に見えた。

 取っ手に手を掛ける。

 扉を開いた。

「ただいま帰りました」

 母親は仕事をしているだろうと思い、手紙を書いて送っていた。

 薄暗い通路を進む。

 誰の気配もしない。

「置き手紙ひとつで、随分と長い家出でしたね」

 背後に気配を感じた。

 癖で、前方へ跳び距離を取る。

 その瞬間に、前にお母様。

「心配を掛けすぎです。フェトル」

 目の前から抱きしめられた。

「ごめんさない」

「だから、あれほど。私は言ったのです、戦場に行けば。今までの暮らしができませんよと……」

「本当にごめんなさい……」

 お母様の両腕が放される。

「今。フェトルの行いたいことは、何ですか?」

「イーストラ侯爵家を再興する為。冒険者になりたいです」

 お母様の返答が少し遅れる。

「その決意は尊重しますが、気を抜けば命が無い危険な仕事です。それだけは忘れないでください」

「はい」

「昼ご飯を食べてから。冒険者ギルドへ、お行きなさい」

 食後。

「ごめんなんさいね。餞別のお金も品物も無くて、何時でも帰ってきていいから。頑張ってきなさい」

「はい。行ってきます!」

 王国宮殿内にある仕立て屋で新調した服は、快適な着心地だった。しかも無料で4着の上下と8枚の下着を作ってくれた。

 少しだけ上品な服を着ていながらも、大きな背嚢を背負う。先ずは魔法で容量が増大した鞄。

 グランデ鞄を買いに行こう。



【商店サミ】へと入った。

「親父さん。グランデ鞄を1つ」

 白い髭を剃っていた、商店の店長から鞄を渡された。

「5万グートだ」

 5万グート金貨1枚で一括購入。

「一応説明しておくが、最初に鞄を開いた奴に使用権利が発生する。あと、家族や恋人にも使わせたい場合は使用許可範囲拡大と鞄に手を載せて言えば。次に鞄を開いた奴にも使用させることができるぞ」 

「どうも、ありがとう」



 背嚢の中身は、小さなベルト式鞄に全て入れた。グランデ鞄のことだ。

【武器店ロガシ】の看板が掛かった店内へ入った。

「いらっしゃい……。新人冒険者か?」

「ええ。今日ギルドに登録しようかと思っています」

 筋肉隆々な鳶色の髪をした店主が、俺の体をじっくりと観る。

「実戦経験はあるようだな。店の中にある好きな刀剣類を構えてみろ」

「どうも」

 目に付いた、バスタードソードの握りを右手で掴み持ち上げる。

「軽い……」

「お前は、今まで。どんな剣を使用してきた?」

「サーベル、バスタードソード。王国正式軍剣改だな」

「王国正式軍剣改だと。あの撲殺剣を使ったことがあるということは、軍役経験者か?」

「いえ、元王国兵站業務員です。兵士から剣術を教えて貰えただけです、確かにあの剣は重かった」

「それなら、剣をよく振り込んでおけ。ここにある商品はまったく、あれとは違うものだからな」

 バスタードソードを抜剣。普通に片手で持てるが、両手持ちでも使用することができる剣だ。

「それは、6万グードだ。いい品だが少し高いぞ」

 説明を聞かずに会計を済ませ外に出る。

 目の前に冒険者ギルドへ向かった。

 



「800グート支払われたので、登録完了だ。フェトル・イーストラ=スズナ、で。これが冒険者ギルドカードになる」

 柑子色こうじいろの鉄製板に名前が刻まれていた。

 裏返すと。



【新人冒険者】

【依頼成功回数】【0回】

【依頼失敗回数】【0回】

【一般モンスター討伐数】【0体】

【ダンジョモンスター討伐数】【0体】

【アリステラド暦6173年3月21日生誕】



「冒険者ギルド利用規約書は、読み上げた方がいいか?」

「字は読める、必要ない」

「冒険者ギルドカードの裏面は基本的に自動で更新されていく。又、依頼を行って冒険者ギルドに報告しても更新される。他に質問は?」

「特に無い」

「ご武運をお祈りする」

 筋肉野郎に言われてもな。

「……どうも」

 


 早速依頼の紙を見てみる。依頼手配書だ。

【サンドゴブリンのサバスカ地区に於いて討伐依頼】

【討伐数7体】

【依頼受託資格/上級冒険者から】


 これは駄目だ。視線を動かす。


【ゴブリンの集団討伐】

【討伐予定数122体】

【危険度未確定の為。依頼受託資格/中級冒険者からパーティのみ】


 これも駄目だ。


【ボガード強化種の討伐依頼】

【討伐数1体】

【依頼受託資格/上級冒険者】


 これも駄目。


 依頼手配書はここまで……。

 仕事がじゃなくて、依頼が無い!

 聞いていた話と違う。

 これでは、巨万の富を手に入れる以前に依頼が無い。

 これは、不味い。

受託じゅたくできる、依頼が無いだろう」

 突如、背後から話しかけられた。

「ええ……。依頼が無いな」

 初老の男性だ。

「新人用の依頼は、入ったら直ぐに無くなるからのう。わしがそんな可哀相わかいそうな新人に助言をひとつ。マリトガス区の森にある。古代遺跡に行くことをお勧めしている」

「マリトガス区か、うん? そこにダンジョンがあったか?」

「最近出現したから、知らなくて当たり前だ」

「そこのダンジョン、へ行くといいんだな?」

「ああ、そうだ。あそこのモンスターは倒すと、お金を落とすからな」

 なぜか笑い声が、聞こえた。

「急いだ方がいい。あそこは人気だからな」

「悪いな」

 冒険者ギルドの外へと出る。

 元センラカド王国の宿舎があった場所だ。

 目的地へと走って向かった。

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