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三題小説

三題小説第七弾『デビュー』『山間』『二番手』

作者: 山本航

 ユウコは今日も遅刻だった。入学式に遅刻する奴など世の中にはほとんどいないだろう。小中高と三度目の入学式に遅刻する奴となるとこれはもう全くいないだろう。


 ユウコは俺の大切な幼馴染だ。遅刻しないよう最大限手助けしてあげたい。だから電話をかけた。家の呼び鈴を鳴らした。最大限というとこれくらいのもんだろう。いくら幼馴染とはいえ女子の部屋に無断で入り、優しく時には厳しく起こしてあげるイベントなど発生させられない。逆ならともかく。いや、逆も経験ないけどさ。


 そういうわけでユウコには申し訳ないが今日もまた俺は一人で登校するのだった。

 この山間の小さな町には同世代は数えるほどしかいない。全員が顔見知りで全員が中学まで同じ隣町の中学校に通っていた。高校はもちろん別々になった。さすがに全員の進学先は覚えちゃいない。だが俺とユウコの進学先と同じ者はいない。それは間違いない。それだけが重要なんだ。

 俺はいわゆる高校デビューをする。それも世間で言うところの意味とは逆だ。俺は目立たない存在にならなくてはならない。


 この町の入口、国道にあるバス停でバスを待っているとケータイが鳴った。ユウコだ。


「おそよう。今起きたのか? 先に行ってるぞ」

「カズヤ? ううん。私ももう出てるよ。今日は早く起きたの」


 驚愕の事態だ。そんな事がありうるのだろうか? しかしユウコが嘘をつく事態と比べればあり得そうな事ではある。ユウコほど正直な人間もいない、良くも悪くも。


「先に行ったって。始発のバスにでも乗ったってのか?」

「そうだよ。多分だけど」

「今日は高校の入学式だぞ? 間違えて中学の方に行ったなんて事はないだろうな?」

「いくら私でもそんな失敗しないよ」


 どの口が言ってるのかと言おうと思ったがやめた。確かにそういうミスは覚えにない。中学の入学式の時も遅刻はしたがちゃんと来た、ランドセルを背負って。


「ならなんで?」

「私だってもう高校生だし、自分なりにちゃんとしようと思っただけだよ。もう遅刻はしないの。カズヤはそうやっていつも私を子供扱いするんだから」


 俺達はまだ子供だろう。子供という立場に甘んじていてはいけないのかもしれないけれど。


「ちゃんと高校の制服着てるか?」

「着てるよ。スカートも履いてるよ」


 バスが来たので乗り込む。何人か他の学校の新入生もそこにいた。誰も俺に気を払ったりはしない。


「本当にその高校であってるか? 俺達は同じ高校に行くんだぞ?」

「何度も何度も確認したよ。間違えるわけないでしょ」


 何度も確認した奴の言っていいセリフではないだろう。


「それなら、まあいいけど」

「私だっていつまでもおんぶに抱っこに肩車じゃないんだよ。寂しい?」

「別に。ようやく親離れした子の親の気持ちってなもんだ」

「どうだかねー」


 よく考えたら寂しいって言ったようなものだがユウコは気付かなかったようだ。


「それにしてもまだほとんど誰もいないんじゃないか?」

「うん。誰もいないし暇だからぶらぶらしてる。時々通りかかる人に声かけられて説明したら驚かれるよ」


 あまりない事だろうからな。


「まぁ遅刻じゃないだけ良かった。ちょっと見直したよ」


 ユウコは電話口で照れ臭そうに笑った。


「じゃあ、変なことせずに大人しくしてろよ」

「うん。心細いから早く来てね」


 それならなおさら何で早く行ったんだよ。

 通話を切られた。




 中学まで俺はただただ目立ってきた。それこそ中学デビューするまでもなく。何故って俺がイケメンに類する男だからだ。また物腰も柔らかくさらに気配りもできる。それなりに鍛えてもいるし頭も悪くないし清潔感もある。結果として何度か告白された事もある。すべて断ったが。

 対してユウコはあまり頭の回る女子ではない。天然なところもあり空気が読めない。マイペースであり、身だしなみにも無頓着だ。正直なところ顔もまずまずのところだ。愛嬌でカバーされてはいる、はずだ。写真では微妙でも動画では可愛い類の女子なんだ。


 そんなユウコに全く友達がいない事に気付いたのは中学三年生の夏休み直前の事だった。

 ユウコには夏休みの予定が一つとして無かった。俺との予定と身内との予定しかなかったのだ。

 元々友達はちゃんといた。この山間の町の出身者、つまり同じ小学校だった者達だ。俺にとっても友達だ。しかし小学生時からの友達も中学に上がると、一人また一人と少しずつ疎遠になっていた。


 幼馴染とはいえ全てをさらけ出しているわけではない。俺には俺の生活があり、ユウコにはユウコの生活がある。だからユウコには俺の知らない友達が何人かはいるのだろうと思っていた。そのように具体的に頭の中で思考した事はないが、自然とそう思い込んでいた。俺とユウコは別のクラスなのだから、学校生活のほとんどをお互いに把握していないのは至極当然のことなのに。


 それを知ってから俺はたまに学校や家でアドバイスしていた。友人の作り方や関係の維持し方。残り少ない中学校生活を少しでもマシに出来るように。ユウコは愚直に実践している様子だった。しかしそのようなアドバイスをした事は逆効果だったようだ。


 そもそもユウコに友達がいない原因は俺だった。


 控え目に言ってもそこそこ人気のある俺と違うクラスであるにもかかわらずよく絡んでいるユウコに嫉妬した者がいたらしい。事あるごとにアドバイスで俺に話しかけられる事は有難迷惑だっただろう。


 良くも悪くもユウコは鈍感で自分が意図的にハブられていたとは思っていない。単に自分のコミュニケーション能力の問題である、と。そう思い込んでいた。真実を知れば俺から離れていたかもしれない事を考えれば俺にとっては不幸中の幸いだ。




 バスが目的の駅前の停留所に着く。ここから電車でさらに20分程で学校最寄りの駅に着く。切符を買い、改札を過ぎ、丁度やってきた電車に乗り込む。ユウコには少し難度の高いこの手順も卒業してから何度か練習して身体に覚えこませた。別に馬鹿な訳ではない。ただ切符販売機のボタンをついつい押し間違えたり、反対路線の電車にうっかり乗ったり、ホームのベンチでついうっかり寝過してしまうだけの事だ。


 とにもかくにも俺はユウコと同じ高校に行って、逆高校デビューをし、人気でも不人気もない目立たないカップル(予定)になる事を決意した。


 何より苦労したのは同じ高校に行く事だ。これはそもそもユウコの友達関係の問題とは関係なく志していた事ではあるのだが。いかんせん呑み込みが悪い。努力を欠かさない人間ではあるが物覚えが悪い。予習復習をして宿題を忘れるような女子だ。しかし勉強自体はただひたすら努力を重ねればいいだけの事だ。


 問題はユウコの不注意さだ。ケアレスミスの申し子といってもいい。名前を書き忘れる事は何度もあった。名前を書き間違える事も何度かあった。これは日常的な物事からチェック表を作り、チェックを習慣づけさせた。多少は改善したと思う。


 俺は俺で逆高校デビューの計画を練った。計画とは言ってもそんなに大げさなものでもない。逆に目立つって事がない程度にダサくなれば良いだけのお話だ。中学在籍中は具体的に動く事は出来ないので決行は卒業してから入学するまでだ。さらに言えば重要なのは入学してからなのだろうけれど。


 とりあえず身だしなみに無頓着になった。髪型の流行を追うのをやめた。眉は整えず髭も雑に剃った。寝不足になって目の下に隈を作る。立ち居振る舞いにも気をつける。猫背とか視線とか身振りとかで自身の無さを表現する訓練をした。ユウコには悪いが、参考にさせてもらった。少しやり過ぎかもしれないというくらいにやっておく。所詮演技、修正はいくらでも出来る。

 あとは学校での生活態度だろう。出しゃばらず控え目にしていればいい。何の事は無い。誰も俺には興味を持たないはずだ。




 学校の最寄り駅との中間に位置する駅に電車は滑り込む。朝の通勤ラッシュで電車内はかなり人が増えてきた。俺が電車に乗った時には既に空いている椅子もなかった。

 つり革に掴まり、何となく外を眺めていると見知った顔が通り過ぎた。それは中学の時の同級生、クラスメイトの女子だった。整った顔立ちをつんと澄まして窓を横切る。こちらには気付かなかったようだ。


 ヒナガは当時男子の間で一番の人気を持つ女子生徒だった。俺にとっては二番手だったが。

 噂では彼女子こそがユウコに嫉妬しアンタッチャブルに貶めたのだそうだ。それを知った時には受験も終わっていたので追求するのはやめにした。波風立てず高校で生まれ変わる方が良いだろう。それは俺の独断だ。自身を取り巻く状況をユウコには教えたくなかった。

 そもそも噂の域を出なかった。ヒナガが俺に好意を寄せているというのも実感は無かった。


 だが、今はそんな事はどうでもいい。ヒナガが着ていた制服はユウコがこれから三年間着る制服と同じものだった。


 高校デビューというのは過去を知る人間がいない、いても過去を喋らないのが必要条件だ。過去そのものもそうだが高校入学を機に変わるという事自体からかう絶好のネタになってしまうものだ。


 ヒナガは少なくとも表面上は良い子だったので率先して俺をからかうような事はしないだろう。しかし噂が事実ならその情報は瞬く間に広まってしまう事になる。


 とりあえず気休めに伊達眼鏡をかけてみる。これも高校デビューの一環だ。一般的にダサいとされる丸眼鏡だ。俺程ともなれば似合ってしまう懸念もあったが、かけないよりはマシだ。というかマシじゃない、だな。しかし三年間気付かれずに済む訳もない。入学初日にして最大のピンチだ。




 解決法が見つからないまま、最寄駅に着いてしまった。どうやらヒナガは同じ車両の前方に乗り込んでいたらしい。そして制服も見間違いではなかった。俺の数メートル前方を学校に向かっている。他にも数人の生徒が学校へと続く道を歩いていた。


 数分も歩くと、これから三年間通う高校が見えてきた。敷地内に咲く桜は満開で新入生を歓迎する雰囲気を醸し出していた。


 突然、ヒナガは校門の前で立ち止まった。腕時計を見、今来た道を振り返る。誰かを待っているようだ。

 俺は俺で立ち止まる、訳にもいかない。まだ気付かれたくはない。俺は丸眼鏡に賭ける。気付かれない可能性に任せて突き進む。既に視界に入っている。目が合っている気さえする。だが、何でもないふりをする。

 手を伸ばせば触れる距離。俺は校舎を一点に見つめた。視界の端でヒナガがこちらの顔を検分している気がする。しかし俺はそのままヒナガの横を、校門をくぐり抜けた。


「カズヤ! こっちだよ!」


 ユウコが馬鹿でかい声で俺を呼びやがった。あの馬鹿。

 ヒナガがこちらに気付いた。俺はヒナガに気付かないふりをしてユウコの姿を探して辺りを見回す。玄関の手前にユウコらしき女子が手を振っていた。目だけは良いんだあの馬鹿は。


「ちょっと……」


 ヒナガが声をかけてきたが、俺は聞こえなかったふりをしてユウコのもとに駆ける。

 そこにいたのはいつも以上の美少女だった。幼馴染補正を抜きにしてもヒナガより遥かに可愛い。


「あの、どうしたんですか?」


 ユウコは顔をほころばせて大きく笑うのだった。


「あはは。何で敬語?」

「いや、だって凄い変わってるし。あのみすぼらしかったユウコが」

「うわ。ひどーい。これでも私なりに頑張ったんだよ!」

「いや、今の事は悪く言ってないだろ。かなり美人になってる」


 とは言ってもぼさぼさだった髪だの眉だのを整えて軽く化粧をしているだけだ。背筋を伸ばし胸を張っているが無理をしているのはばればれだ。色気も減ったくれもない。けど愛嬌でカバーできているな。うん。

 ユウコは面映ゆげに髪をいじる。


「カズヤは口が軽いんだから。私はただ高校デビューしたかっただけ。カズヤにいっぱいアドバイス貰ったのに何にも変わらなかったからね。今度こそいっぱい友達作るから乞うご期待だよ」

「期待せずに待ってる」

「ふうんだ。ところでカズヤ。目悪くなったの?」

 気付いたのは眼鏡だけか。いや、つまり俺のかっこよさは隠しきれなかったという事か。

「変装してユウコを驚かそうとしたんだ」

「変なの。そんなの誰でも気付くよ」

「まぁな」


 丸眼鏡は片づけてしまう。短い付き合いだった。

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