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手のひらに騎士の証を

「お兄ちゃん!」


 レレの叫びを受けて、俺たちは人犬に対する作戦の転換に入った。

 まず、セザーがレレの護衛に入り、その脇をトゥトとワァンで固める。

 俺とタツダンが前衛だ。

 ただし、タツガンは短槍の石突部分をメインに切り替える。

 俺も〈瑪瑙砕き〉を手放して、〈猛蛇鉄〉のみにする。

 つまりは捕獲作戦ということだ。

〈催眠〉の被験者との戦いはクゥとの間で経験済みであることから、動きや速度については十分に把握している。

 元々の肉体が持つ能力そのものも影響するとしても、十三期の精鋭であったクゥよりも上ということはあるまい。

 問題は捕獲後の話だが、まずは捕まえてからでないと話にならないことから、今は考えないことにした。


「カボ、出番だぞ」


 俺は、レレの護衛に入っていない五人目の警護役に声をかけた。

 無言で前に進み出る。

 カボは肌の黒い男である。

 黒人というほどではないが(この世界では黒人らしい人種は見たことがない。マイアン程度の褐色がほとんどだ)、ひと目で他との区別ができるぐらいには浅黒い。

 短めの髪がチリチリして、ある意味ではわかりやすい風体の持ち主だった。

 今までほとんど存在感がなかったのは、極めて無口というだけでなく、道中でその特技を温存させてきたからである。

 カボが、今回の探索行において、もしかしたら遭遇するやもという期待をこめて人選されたことは最初からわかっていた。

 こいつに期待されているのは、ただ一つ。

〈催眠〉術者の捕縛であり、そのための武器を持っているからだった。

 カボが背中のずた袋から取り出したのは、一見、黒く丸まった布袋のようだった。

 だが、その両腕が振るわれると、すぐに黒いものはぱっと地面に広がり、絨毯のように伸びる。

 それは、網だった。

 しかも、ただの網ではない。

 編んだ金属紐を軸として、魔物の筋を伸ばして錬金加工した、魔道具のごとき大網。

 これは先端にジャラジャラと重りがついていて、それを頼りに広がる構造をとった投網の一種なのである。

 さらに、普通に刃物で切りつけただけでは切断できない丈夫さも備えている。


「……あっしの前に誘い込んでくだせぇ」


 魔法のような手の動きをすることで、一度は地面に広がった投網がカボの手元に戻ってわだかまる。

 正直、どういう技術なのかさっぱりわからないが、この秀でた投網術と剣技を持つことで、カボは騎士団全体から一目置かれている存在なのであった。

 ただし、本人は目立ちたがらないので、あまり表に出ることはない。

 不器用な男、と俺は呼んでいた。


「わかった。俺が正面から受け止める。タツガンは進路を変えてきそうな時に先回りして退路を塞げ。クゥにかけられたものと同じなら、無理な仕掛けはしてこないはずだ」

「……てことは、ハーさん。クゥ様に戯けた術をかけたのと、同じ奴の仕業でやすか、こりゃあ?」

「〈催眠〉というのは希少な技術らしいからな。同時期に、同程度の術者が二人いるとは思いにくい。十中八九そうだろう」

「……わかりやした。この優男をふんづかまえて、そのあとでクゥ様の仇をとらせてもらうとしやしょうか」


 俺は、人犬の前に立った。

 クゥの時と同様に、かけられた命令はわからない。

 ただし、想像はつく。

 真っ先に考えられるのは、「追跡者の抹殺」だろう。

 それならば条件も容易いだろうし、間違いも起こりにくい。

 アクシデントによってレレの兄貴が死んだところで懐は痛まない。

 こちらとしては生け捕りにしなくてはならないという面倒があるが、うまくすれば相手の情報が手に入る。

 よく考えてみると、悪くない遭遇だった。

 兄貴がああなった姿を見なければならないレレの教育上よくないとしても。


「さあこいや」


 俺は諸手をあげて、人犬を誘った。

 鎧は着ていても武器は手にしていない。

 鋼の槍をもったタツガンに行くよりも、当然俺の方にくるだろう。

 予想通りに、レレの兄貴は俺に襲いかかってきた。

 鋭い爪は人のものとは思えぬ関節の盛り上がりをした指に相応しい。

 それで俺の首を薙ごうとする。

 クゥと違い、完全に本能の赴くままだ。

 体技というものはない。

 レレの兄貴はただの杣人の少年なのだから、あたりまえか。

 俺はその攻撃を両手でがっちりと捕らえ、右側に放り捨てた。

 空中で受身をとる人犬だったが、足元を待ち構えていたタツガンに払われる。

 そのままどっしりと地面に落ちた。

 だが、近づこうとする俺に対して、すかさず反撃に出る。

 反対側の手で俺の足首を薙ごうとしたのだ。

 しかし、その攻撃は〈阿修羅〉の脚甲ではじかれる。

 俺は上から人犬の頭を押さえつけた。

 そして、一気に持ち上げる。

 頭だけをもってネックハンギングするのであるから、普通ならかなりの馬鹿力がいるところだが、〈阿修羅〉にこめられた魔導がそれを可能ならしめてくれる。

 そして、砲丸投げの要領で一気に後方に投げた。


「グギャァァァァアアアァ!」


 と聞くに耐えない悲鳴を上げて宙を舞う人犬の落下地点を、同時に放たれたカボの投網が包み込み、全身を覆い隠す。

 カボの投網にかけられた錬金加工は、ただ丈夫にするだけの効果しかないが、網というものの利点は獲物に絡みつくというところにある。

 そして一度巻きつかれたら、網そのものを切り裂くぐらいしか脱出の手段がない。

 半ば獣と化しているものにとっては、もがけばもがくだけ絡みつき、逃げ出すことは不可能になるに違いなかった。


「さすがだ、カボ。いい腕をしている」

「手抜かりはありゃしません」


 と、少しだけ照れたあと、もういつもの無言状態に戻った。

 そういや、ビブロンで飲んでいる時もほとんど喋らないから、どんな趣味をもっているのかさえ知らないんだよな。

 今度はもう少し飲ませて聞き出してみるか。

 ただ、この前、できるだけさりげなく、あることを聞いてみたところ、


「ところで、カボ。おまえ、誰推しだ?」

「ナオミ様……」


 と恥ずかしそうに言っていたことだけは覚えているのだが。

 ……俺はそのまま投網に絡まれ、もがき続けるレレの兄貴のそばに行き、鳩尾に向けて〈猛蛇鉄〉の〈気〉を通して失神させる。

 無防備な急所に〈気〉を通せば失神させることができるのは、以前、説明したとおりだ。

 例え、それが〈催眠〉で凶暴化した人格であったとしても。

 俺たちはぐったりとしたレレの兄貴の四肢を縛りつつ、網の中から引っ張り出す。

 改めて様子を見ると、ケガらしいものはない。


「お兄ちゃん!」


 兄貴にすがりついて泣き出したレレの面倒を、またセザーに押し付けると、俺たちは善後策を話し合うことと、野営の準備に取り掛かった。


「あれ、元に戻りますかね?」

「クゥの場合は、一度目が覚めた時点で条件付が解除されたのか、自分を取り戻していた。だが、レレの兄貴の場合はわからない。ただし、元に戻ってくれれば、敵の情報が手に入る。そうすれば、鬼芥子の群生地まで行くヒントもでるだろうし、場合によっては帰途についているところを襲えばいい。どのみち、例の術者を捕縛したほうがいいという方針は動かせないんだから」

「……案内役を捨てたってことは、そういうことですかい?」

「あいつが何も役に立たなかったか、それともすでに場所の見当がついたか……。それにしたって、すぐ傍に術師と兵士どもがいることは確かだな」


 俺たちは、とにかくしばらく休憩をすることにした。

〈呑竜嶽〉に入って戦い通しということもある。

 魔物の巣のど真ん中とはいえ、多少は休まないと色々と差し支えるだろう。

 俺は縛られて芋虫状態のレレの兄貴の元へ行った。

 レレが兄の胸に顔を埋めて泣いている。

 子供が背中を震わせているところを見るのは、正直言って辛い。


「……兄貴の様子はどうだ?」


 優しく声をかけると、ぐずりながらも顔を上げた。

 昨日の生意気さはどこにもない。

 兄が無事でほっとしている反面、おかしな術をかけられていることが不安で仕方がないのだろう。


「大丈夫だと思う……。でも、目を覚まさないから、心配なだけ」

「悪かったな。強制的に眠らせるのが一番だとやっちまったんだ。後遺症はないと思うが、なにかあったら俺の責任だ」


 レレは泣きはらした眼をゴシゴシとこすり、


「ううん。あんたたちは頑張ってくれたってわかってる。ホントにありがとう。……それに、お兄ちゃんがこんな目にあったのは、元はといえばあたしのせいだから」

「どういうことだ?」

「お兄ちゃん、あたしとバウマンに行くために無理してお金を貯めようとしていたの。難民窟にいるよりも、王都の方がいいって……。でも、あたしは王都なんてどうでもいい」

「そうか……。おまえは〈紫水晶の公国〉に戻りたいのか?」

「……あそこの皆は帰りたがっているけど、あたしたちはどうでもいい。だって覚えていないんだもん」

「だったら、王都で暮らしたほうが生活できるだろうに」

「きっと無理だと思うけど。お兄ちゃんがそう思っていただけ。あたしはお兄ちゃんと暮らせればそれでいいのに。ママもパパももういないんだから」


 たった一人の肉親がいなくなり、それを追って棲家をでてくるのだから、よほど心細かったのだろう。


「……そうか。そうだよな。家族が一緒に暮らせれば、それでいいよな」

「わかってくれるの?」

「ああ。俺も、たぶん、妹がいたと思うからな」

「あんたの妹さんはどうしたの?」

「覚えていない。俺には記憶がないんだ。十年以上前のことはほとんど記憶にないから、妹がいたらしいことしか覚えていない」


 レレは驚いた顔をした。

 自分で言うのもなんだが、なかなか重い境遇の持ち主だよな。

 こんな小さな子には言うべきではなかったかもしれない。

 ただ、レレはこういうことも受け入れられる強い子供な気もする。


「そっか。ごめんなさい」

「別にいいぞ」

「いつか、思い出せたらいいね」

「まあ、妹みたいな連中には不足していないけどな」


 俺は十三期や十四期の連中の顔を思い浮かべた。

 そうか、あいつらなら……。

 そして、レレに向き直り、


「……よし、おまえ、今日で何歳だ」

「数えで十一歳だけど」

「なら、なんとかなるか。この〈呑竜嶽〉での探索が無事に終わったら、おまえ、兄貴を連れて、俺たちんところに来い。騎士見習いとしてなら、〈騎士の森〉に入れるだろう。そして、ゆくゆくは西方鎮守聖士女騎士団の騎士を目指せ」

「……え」


 俺はユニコーンの乗り手の証たる徽章をレレの掌に乗せた。


「これ……?」

「おまえにやるよ。何かあって俺たちとはぐれたりしたら、これを持ってビブロンの街まで来い。そして、これをまともそうな大人に見せればすぐに西方鎮守聖士女騎士団に連れてきてくれる。そうすれば、もう衣食住の心配はしなくてよくなるぞ」

「だ、ダメだ、騎士……になんてなれないよ」

「なれる。いや、なろうと思え。それだけで全てはうまくいく」


 俺は身をかがめて、レレの頭を撫でた。

 幼女のさっきまで泣いていた顔は呆然としていた。


「いいか、まず、おまえの兄貴をさっきの変な術から解放する。そうして、難民窟に戻ったらよく考えろ。うちにくるか、こないかを。このまま、あそこで待っていても、数年後には俺たちが〈紫水晶の公国〉も〈赤鐘の王国〉も、西の果ての〈白珠の帝国〉だって解放してやるが、もしお前が望むのなら、おまえにも戦う術を叩き込んでやる。そうすれば、他人の顔色ばかり窺わずに、自分の生き様を貫くことができるはずだ。家族とも離れ離れにならずにすむだろう、な」

「う、うん……」

「いいな、レレ。約束だ」

「ありがとう、セシィ……」


 そうして、俺はまだ何も知らないちょっと小生意気な幼女を、騎士へと勧誘したのだった。


          ◇


 翌朝、レレの兄貴―――ロランは、目を覚ました。

 当然のこととして全身をきつく縄で縛っておいたが、意識だけはもとに戻っていた。

 クゥと同じように全身に痛みが走り、動くこともままならない状態だったが、それでも口を利くことぐらいはできた。

 手短に話を聞くと、どうやら例の〈催眠〉術者は歩き回ることで鬼芥子の群生地をつきとめたらしい。

 そして、用済みとなったロランを兵士たちに押さえつけさせて、〈催眠〉をかけたとのことだ。

 クゥの時と違って、術をかけられた記憶も人犬状態の時の記憶もあるらしく、ロランは淡々と俺たちの質問に答えてくれた。

 さらに幸運なことに、ロランは〈催眠〉をかける際の方法まで覚えていた。

 うろ覚えではなくはっきりと。

 手順とやり方の知識を、ある程度持っていれば、術師を捕縛できなくてもなんとかすることはできるかもしれない。

 ただし、鬼芥子だけは必要なことは変わりないが。

 ここで、俺たちの方針はまたも変更された。

 なんとしてでも術師を捕らえるか、鬼芥子を手に入れるということだけでなく、いざとなったら術師を殺すことも視野にいれることができることになったのである。

 再び、誰かが〈催眠〉をかけられて、西方鎮守聖士女騎士団に害をなされるリスクを排除しなければならないのだから、それも当然だった。


 そして、午後になり、なんとか歩くことだけはできるようになったロランとレレを抱えて、俺たちは再び〈呑竜嶽〉を登り始めた。

 今日こそは、例の術師を捕縛するか、鬼芥子を手にいれなければならないと、心に誓って。

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