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魔物がいない……?

 人の頭蓋骨を丸呑みにできそうな大口を開いて襲いかかる〈筒口〉という魔物の腔内に、得意の投槍を突き込むと、セザーは返す刀でもう一匹に切りつける。

〈筒口〉は人間同様の四肢を持つが、その胴体そのものは身の丈六尺六、七寸(約二メートル)のどす黒い肉の円筒をしていて、人間でいう頭頂の部分に口が付いている。

 丸い口には、わきわきさせた人の指のように気持ち悪く動く長い歯が夥しく並び、眼は白い複眼が四つついている。

 俺には八目鰻に手足がついたようにしかみえない。

 たいした力はないのだが、一旦、その不気味な口に噛み付かれると二度と離れてくれないという厄介さを有し、近寄らせないようにするのが最善の戦い方だった。

 面倒なことに人も馬も区別せずに襲ってくるため、馬から降りて、陣を作りつつ戦わなければならなかった。

 その点、警護役たちは本来徒歩での戦いがメインであり、騎馬での戦闘はどちらかというと不得手だったおかげで助かった部分もある。

 俺は、遠方を確認し全体に指示をだすためにあえて馬上に残り、近寄ってくる〈筒口〉の動向を伝え続けた。

 でっぷりとしたタツガンは三股の矛を縦横無尽に振るいまくり、一度の旋回で二匹の魔物を切り裂き、渾身の突きは三匹を同時に貫く。

 トゥトの剣法は力任せの一刀両断ばかりなのだが、剣を上段に構える再装填といもいうべき時間が異常に素早く、まるで薪でも切るかのように機械的なザクザクと屠り続ける。

 ワァンの剣法もまた異質で、ちょこちょこ動く短足を器用に動かして、身体の重心をまったく動かさずにすっと相手の間合いに入り、短めの双剣でもって刺突を繰り返す。

 それだけでなく、時折、双剣を逆手に持ち替え、逆袈裟で切り裂くなどというトリッキーな技も使いこなすので見ていてとても面白い。

 同じ双剣使いのタナが、たまに手合わせを願いに詰所までいくほどだ。

 そのせいか、ワァンは騎士の中でも極端なタナ推しで、彼女のブロマイドを何枚も持っている。

 この三人が前衛となり、作業でもしているかのように容易く何十匹もの〈筒口〉を殲滅していく。

 セザーとあとのひとりは、俺の左右に並んで撃ち漏らしたものを確実に仕留めていた。

 俺の手の中で最初は震えていたレレも、ここ何回かの魔物の襲撃に慣れてしまったのか、じっと警護役達の戦いを見つめ、時には「ガンバレ……」などとつぶやいて応援したりする余裕が出ていた。

 血なまぐさい戦いなど幼女には見せたくないのだが、さすがに辺境に生きるだけあって、レレも並の神経を持ってはいない。

 たったの二日程度でかなり俺たちに馴染んでいる。

 そして、逃げ去っていった〈筒口〉を残して、ほぼ全滅させた俺たちは、他の魔物の接近を恐れてすぐにその場を離れた。


「しかし、思ったよりも遭遇率が低いですな。もう少しひっきりなしに襲ってくるものだと予想していやしたが」

「麓とはいえ、〈呑竜嶽〉に入ったというのにな。トゥト、どう思う?」

「……なんともいえやしませんが、あえて意見を出すのなら、でかい魔物がいやせんね。〈筒口〉や〈蛾猿〉なんて質より量の小物ばかりで、こないだの〈牙顎獣〉みたいなのがまったく姿を見せやせん。そこが気になりまさあ」

 

 確か、トゥトの言うとおりだ。

 往路の聞き取りでも、難民窟の長老の話でも、魔物の数が極端に減っているというのは聞いていたが、実際に〈呑竜嶽〉にいたってまだ少ないというのはさすがに薄気味悪すぎる。

 少なくとも、この山は名前の由来からしても、かなりの魔物がひしめいている魔境のはずだからだ。


「……お兄ちゃんが前に言ってた。このあたりに魔物が少ないのは、理由があるって」


 突然、レレが大人の会話に口をはさんできた。

 普通なら叱りつける大人もいるかもしれないが、ある意味で残念な大人である俺たちはレレの話に真摯に耳を傾けた。


「どういうことだ、それは?」

「お兄ちゃんが薪の採れない時に、猟のために遠くの山に入ったら、竜を見たんだって。怪我をしていたから、すぐには逃げないで様子を見てたらしいの」


 竜の種族はこの世界では滅多に遭遇しないが、かなり凶暴なトカゲだ。

 皮が硬い上、吐炎という毒液を放つので、普通は相手にしないで逃げるのが一番だとされている。

〈呑竜嶽〉の逸話に登場するのは、それだけ凶暴な魔物さえも喰らい尽くす恐ろしい場所というのを強調するためなのだろう。

 それだけ魔物の中でもトップクラスの危険さを誇るのである。

 ちなみに〈聖獣の森〉では習性として木々を燃やすため、ユニコーンたちに嫌われており、ほとんど生息していなかったせいか、俺もこの目で見たことはない。


「それで……?」


 俺は続きを促す。


「そうしたら、その竜の前に黒い大きな馬に乗った騎士様たちが現れて、簡単に退治してしまったそうよ」

「まさか……」

「嘘じゃないわ」


 嘘とは言わないが、手負いとは言え竜を簡単に退治するなんて普通の騎士ではできない。

 魔導のこもった剣の持ち主か、かなり秀でた気功術の使い手でなければ。

 例えば、うちの十三期でも上位陣ならばなんとか……。

 しかし、それほど強力な騎士がこんな辺境にきているとは、またおかしなこともあるものだ。


「お兄ちゃんが言うには、その騎士様たちは死んじゃった竜を引きずってそのままどこかに持って行ってしまったんだって」

「戦利品ということか。だが、それが魔物の少ない話とどう結びつく?」

「実はね、お兄ちゃん、その騎士様たちを他でも何度も見つけたらしいの」

「なんだと?」

「うん。竜ほどじゃないけど、おっきい魔物を見つけてはその騎士様たちが狩り立てて、どこかに持って行ってしまうらしいの。不思議に思ったお兄ちゃんが一度後をつけていったら、なにかでっかい馬車が用意してあって、そこに乗せて帰っていくんだって」

「……どこにいくか、兄貴は言っていたか?」

「ううん。ただ、西ってだけ」

「西へね……」


 俺はレレの話が真実であることを前提に考えていた。

 伝聞であることから、実際にはレレの兄貴に反対尋問をして真実性を確保する必要があるとしても、それほど複雑な話ではない。

 嘘がはいっても大した影響はなかった。

 だが、話の内容自体におかしな点が多々ある。

 どこかの騎士が頻繁に魔物狩りをしているということはわかる。

 しかし、レレの兄貴の実感ではそれが原因で魔物の数が減っているというのだ。

 絶滅指定危惧種でもあるまいし、そんな数の魔物が多量に狩られていたら、さすがに誰かが噂をするだろう。

 もっとも、バイロンでは少なくとも聞いたことがない。

 タツガンたちもやや首をひねっている。

 わりと機密が筒抜けの酒場の噂にもなっていない話ということだ。

 であるならば、バイロンの騎士によるものではなく、他国の騎士の仕業だろうか。

 だが、こんな西端の辺境に他国の騎士がいるはずはない。

 国境から西の地方にはすでに人の国家は存在しないのだから。

 では、その騎士たちはどこから来たのか?


「……レレの兄貴はその騎士たちが、大型の魔物を狩っているからこのあたりでは魔物が減ったと言っていたんだな」

「うん」


 魔物が狩りつくされたとは思えない。

 ただ、結界内に鉄で武装した騎士たちが度々潜入してくるようになって、縄張りを作っていた大型の魔物が嫌がって逃げ出したということは考えられる。

 昨日の〈牙顎獣〉ももしかしたら、その類かもしれない。

 そうすると、大型の魔物がいなくなった場所に、小さな魔物たちが押し寄せてきたということはありえる。

 小型ばかりならば、武装した人間の集団を襲うほど血迷うことも少ないだろう。

 さっきの問題提起に対する推理としては筋が通っている。


「わかった。とりあえず、その騎士たちが何者かはおいておくとして、魔物が少ない理由については理解できたとしておくか」

「ところで、ハーさん。そろそろ、徒歩でないと登れない山道に入るぜ。馬はどうする?」

「繋がないで放しておけばいいさ。馬笛が届く範囲内であれば、すぐに呼び戻せるしな」

「了解」


 俺たちは、途中の野原で馬たちを放すと、そのまま〈呑竜嶽〉の道なき道を登り始めた。

 山菜採りが専門だったといはいえ、ワァンは山における獣道をみつける技術を持っていたので、それなりに歩きやすい場所を行くことができた。

 ただし、それだけでは鬼芥子の群生地まではたどり着くことができない。

 この巨大な山のどこにあるかわからない場所にどうやって行くのか。

 多少の考えはあったが、それが正解とは限らないとしても、事前の調査ではおおよその見当ぐらいはつけていた。

 まずは、それを頼りにして進むことにしよう。


(このあたりの森林限界は五百里(約二千キロ)、植物だとしたらそこが限界だろう。芥子の一種だとすると、水が必要だからな、そんなに高い場所では生息できないだろうし。すると、山肌がみえてる山頂の可能性は少ない。……しかも、鬼芥子は群生しているという話だ。狭い場所ではなくとも、人目にはつきづらいはず。すると、捜索地は結構絞れる。さらに、ハカリたちにも占いなどをしてもらっているし、それも参考にしておこう)


 ……おおよその場所にたどり着くまでは、約一日ほど。

 途中でかなりの数の魔物と遭遇すると予測できるが、それは力尽くで突破するしかない。

 俺はレレの面倒をセザーに一任することにして、〈阿修羅〉を身にまとった。

 ただし、今回は〈瑪瑙砕き〉を振るうことにしているので右手だけは〈猛蛇鉄〉をはめておく。

 左手には分厚いだけが取り柄の鉈に似た刀を用意しておく。

 陣形については、徹頭徹尾、俺が最前衛を務める。

〈妖魔〉の全戦力を駆使してでも、前を破壊しつつ進むと決めたのだ。

 ……そして、立ち塞がる魔物たちを片っ端から排除しつつ、多少開けた場所にたどり着いたとき、ワァンが俺を呼び止めた。


「ハーさん、人の足跡があるべ」

「なんだって」

「これ、しかも十人ぐらいはいるべ。たぶん、例の兵士たちのだべ。やっぱりオラたちと同じ狙いだったんだべ」

「どうして、ここにこんなに足跡があるんだ?」

「おそらく、ここで野営したんだべ」


 すると、すぐにタツガンが焚き火のあとを見つけた。

 が、やや顔をしかめている。

 その理由を尋ねると、


「焚き火のあとを隠そうとした跡がありやす。追跡者を警戒しているからでしょう。我々のことを勘づいているかもしれやせん」

「魔物相手に痕跡を消しても意味はないしな。タツさんの言う通りでしょうや」

「警戒されているのか。意外と傍まで近寄ったということか?」

「おそらく」


 俺は周囲を見渡してみた。

 どうやら不意の奇襲のようなものはなさそうだ。

 相手は十人ほどだし、俺たちの戦力で劣るとは思えないが奇襲されることだけは避けたい。

 これからは伏兵についても用意しないとならないか。


「よし、対人戦の用意も怠るな。あと、索敵もしっかり。例の兵士より先に姿を捉えられれば、こちらが有利に運ぶ」

「よっしゃ」

「戦闘になっても幾人かは生かしておきましょうや。口を割らせないと」

「そうだな。あと、レレの兄貴は一般人だ。なんとしてでも無事に確保しろ」

「この嬢ちゃんに泣かれては堪りませんからな」


 ガハハと笑うタツガンを見て、頭を撫でられたレレがやや不服そうに唇を尖らせた。

 そんな子供じゃないとでも言いたいらしい。

 まあ、今までの激戦中も平然とついてこられるこいつの肝っ玉は認めてやるけどな。


「じゃあ、俺たちもここで休息するか。さすがに疲れたしな」


 そう言って俺が腰を下ろそうとした時、抜け目なく周囲を警戒していたトゥトが抜刀した。

 また、魔物かと俺たちが身構えると、茂みの向こう側から一つの人影がまろびでてきた。

 人間のようだ。

 少なくとも〈筒口〉のような人形の魔物とは違う。

 だが、その極端な前傾姿勢と、踵を浮かせた妙な立ち方、そして双方の掌を何度も閉じたり開いたりする仕草。顎をむきだした獣欲に溢れた表情。

 なにより、爛々と輝く赤い眼光。

 かつて〈騎士の森〉でみたクゥが変化させられた人犬に類似した姿。

 間違いない。

〈催眠〉をかけられた被験者だった。

 だが、俺たちを驚愕させたのは、その人犬の登場にではなかった。

 傍らにいたレレの叫んだ、


「お兄ちゃん!」


 という言葉だった。

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