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逞しくて、不屈で、頑丈で

「これは……美味いな」


 俺は難民窟の住人に振舞われた、何を煮込んだのかもしれない汁をかっこみながらつぶやいた。

 ちなみに、中心にある大きくて黒い肉は、さっき俺たちが倒した〈牙顎獣〉のものだ。

 魔物とは言っても肉の構造などは、普通の動物と変わらないこともあり、その肉や皮、そして筋や骨はそのまま解体して再利用されることになる。

 あれだけ大きいとは言っても、難民窟全体に行き届く訳ではないので、特に被害を受けた小屋の持ち主たちを中心にして、肉などは配られた。

〈牙顎獣〉によってでた死傷者は十三名。

 死んだものやその遺族には申し訳ないのかもしれないが、死んだ魔物とて資源として活用しなければ、こういうスラムは維持できないのだろう。

 後日、難民窟の指導者たちが鞣した革などを商人に売って、遺族にいくらかの見舞金が支払われることになるという話だった。

 俺たちに振舞われたのは、そういった経緯で集められて料理された肉を煮込んだ汁である。

 難民窟の実質的な指導者である長老と、その家族とともに焚き火を囲みながら、俺たちは料理に舌鼓を打った。

 正直な話、まったく期待していなかったが、思っていた以上に魔物の肉は旨かった。

 若干骨っぽいが、全体に脂も乗っていて、とてもジューシィである。

 特に塩がよく効いていた。


「……少しいったところに塩湖がありましてな。岩塩だけには不自由しとらんのですよ。ここの住人もそれを採ってきては商人に売って生計をたてております」

「なるほど。塩の少ないメシはまずいですからな」

「魔物の肉は久しぶりに食うが、やはり脂がのっていて旨いのお」

「たんと召し上がってくだされ。皆様方のおかげですわ」

「なんのなんの」

「んだんだ」


 長老と警護役達はすっかり意気投合したらしく、話に熱中している。

 俺は俺で、歓待のために用意された酒をちびちびと飲みつつ、肉を頬張っていた。

 この酒だって、この難民窟の連中にとっては秘蔵の品だろうが、せっかく出してもらったものを断ることはできない。

 それに、この煮込みがまた絶品過ぎて、酒なしではいられないほどだったのだ。

 あとで代金として銀貨を数枚おいていくとしても、ここはなんとしてでも一杯やるべきだろう。


「……ところで、兵隊さん方はどこへ向かわれているので。ここいらの駐屯兵ではないようですが」


 まず、口を開いたのは長老だった。

 それに対して、何気なくトゥトが目配せをしてきたので、俺が答えた。


「〈呑竜嶽(どんりゅうがく)〉へ行く予定ですよ」

「……ほお、貴方がたもですか」

「も? 俺たち以外に他に誰かいるんですか?」

「いるというか、いたというべきでしょうか。ちょうど昨日の朝に出発した兵士たちのことですよ。……なんでも、魔物の生態の調査と言っておりましたが、まあ、十中八九嘘でしょうな」


 長老はきっぱりと断言した。

 嘘をつかれたことを気にしている訳でもなく、それを別段指摘する気もないという無関心な態度だった。


「……なぜ、長老には嘘だとわかるんだい?」

「見た目はバイロンの兵士風にしておったが、一番偉そうな男の言葉の端々にツエフ訛りがあったんです。本人は隠しているつもりでしょうが、ここの住人はもともと〈紫水晶の公国〉の出身ばかり。隣にあった〈妖帝国〉の訛りに気づかないはずがないんですわ。まあ、何年経ってもあの国の連中の尊大な態度は改まらないということを、しみじみと勉強させてもらったというわけですな」

「〈妖帝国〉訛り……ね」


 ピンときた。

 頭の中で閃いたものがあったのだ。

 それは、例の〈催眠〉術師のことだった。

 あれはもともと〈妖帝国〉の技術である以上、その使い手もツエフ人である可能性が高い。

 そうであるのならば、俺たちにとってクゥの仇といえる相手と、昨日までいたという旅人が同一である可能性がある。

 俺たちは目配せをし合った。

 さすがに用心深く骨の硬い戦士たちだ。

 全員がその可能性に思い至ったのだろう。


「ご老人。そいつらは何かをしでかしたのかね?」

「それはない。ワシらにはほとんど関心がないようだったからな。ただ、〈呑竜嶽〉に詳しいという(そまびと)人を一人、案内役として雇っていった。ただの案内役としては、破格の金額だったという話だ。しかも、即金で前渡しだ。珍しいこともあるものだと、皆が噂しておる。ワシにしてみれば口止め料というよりも、口封じされることを前提とした金としか思えんのだがね」


 難民窟の長老の直感は正しい。

 おそらく、その杣人は適当なところで殺されるだろう。

 相手が俺たちの予想通りだとすれば、鬼芥子の繁茂している場所にたどり着く前に始末されるだろうな。

 ツエフの国風に染まった連中のしでかしそうなことだ。


「他に何か言っていなかったか。老人、例えば、名前とか」

「いいや。……待て、確か、うーん、ツエフ訛りの男がオーヌと呼ばれていたような。あとで誰かに聞いておきましょう。その男以外には十人ほどいましたが、ほとんどワシらには接触してきませんでしたよ」

「服装は?」

「貴方方と同じようなバイロンの兵士服でしたな」


 その怪しい兵士たちの話は、それ以上は何も聞き出せなかった。

 しかし、こちらが追う立場であることを知れたのは助かった。

 もし、その兵士たちのことを知らずに〈呑竜嶽〉を登っていたら厄介なことになっていた可能性があるからだ。

 それからあとは、長老や彼の孫たちと談笑をして過ごし、最後には小屋の一つを借りて眠らせてもらった。

 テントで野宿をするよりは快適な宿だった。

 セザーの歯ぎしりがうるさかったので、あいつだけは小屋の外に寝てもらったが。

 

          ◇


 翌日の早朝。

 俺たちはわざわざ早起きをしてくれた長老とその家族に挨拶をして、出発した。

 長老一家だけでなく、他にも多くの難民たちが見送りに来てくれたのは、とても嬉しかった。

 昨日の子供たちも眠そうな目をこすりながら、また手を振ってくれた。

 俺たちはできるかぎりそれらに応えて、改めて〈呑竜嶽〉めがけて出立した。

 これからの方針ははっきりしている。

〈呑竜嶽〉で鬼芥子を手に入れることだ。

 その際に出る魔物に対しての対処についてと、先行している怪しい兵士たちへの対処の二つをそれぞれ分けてどちらについても対策を検討しておいた。

 特に後者は、ただの魔物よりも厄介な人という獣だ。

 慎重にいかないと、どんな痛い目を見るかわからない。

 二日ほど先行されているが、なんとか追いつけるだろうとは思っていた。

 なぜなら、奴らは案内役を雇っているからである。

 つまり、〈呑竜嶽〉についての土地勘のようなものを有していないのだ。

 その不足を補うための案内役だろう。

 そうであるのならば、山に入ったとしてもすぐに目的地にたどり着けるとは限らない。

 むしろ、案内役だって鬼芥子の群生地を知らないはずだから、探し出すには相当の苦労がいるはずだ。

 そう考えると二日先行されていたとしても、追いつけない数字ではないといえそうだった。


「ワァン。例の兵士どもの足跡を追跡できるか?」

「……難しいですね。出発直後にも言いやしたが、ハーニェの嬢ちゃんと違って、オイラにできるのは山菜採りのやり方程度ですぜ」

「構わないよ。相手は獣じゃない、山に慣れていない人だ。痕跡はたくさんあるだろうさ。むしろ、おまえに高山植物採取の知識を活かしてもらいたいんだから」

「そっちは任せてくださいな」

「頼むよ」

「んだ」


 ワァンは三十絡みの顔の丸い男だ。

 球というよりも楕円形をしていて、眼もまぶたが半分閉じていて普段からジト目をしているようだ。

 そのくせ動きは俊敏で、短足なのに踏み込みの速度が他を圧倒するという奇妙な戦い方をする男だった。

 ちなみに、普段から「んだんだ」言っているのはこの男である。

 山奥の農家の出身で、山歩きについては相当に詳しいことから、オオタネアが襟首を掴んでメンバーに突っ込んだという話だ。


「……普通、芥子というからには水の綺麗な平地に咲くものですけど、鬼とつきますからねぇ。相当、高い場所に咲く、でっかい花なんだと思いますぜ。登るのに三日ぐらいかかるかもしれやせん」

「魔物の巣に三日か。つらいな」

「ですがね、ハーさん。昨日も長老たちに聞いたんですが、このあたりの魔物の出現率はそうとう低くなっているらしいですよ」

「そうなのか?」

「ハーさん。子供と遊んで、酒ばっかり飲んでいないで、ちゃんと情報を集めてくださいよ。……昨日の〈牙顎獣〉みたいなのは久しぶりだったらしいっす。あそこに難民窟を開いてられるのも、そういう出現率の低下の影響と、長老なんかは推測してやしたね」

「それは朗報だな」

「凶報でもありやすぜ。例の兵士もどきだって楽に先にすすめるんですから」

「文句を言ってもしかたないだろ。こっちは一歩ずつ進むだけだ」


 全員が肩をすくめた。

 事実は事実なので、そこで納得したのだろう。


「まあ、そうっすね。騎士クゥデリアのためにも、堅実にいきませんとね」


 そう言うと、セザーは懐から一葉の写真を取り出した。

 じっと見つめている。

 誰のものかと横から覗こんでみると、なんとクゥのブロマイドだった。エリに騎乗して、凱旋式のために大通りを歩んだときの晴れやかな笑顔のものだった。

 もちろん、騎士団が闇で販売している例のものだ。

 ユギンが手配しまくった写真家が大量に撮影したものの一葉だろう。

 うん、なんといえばいいのか、聖士女商法とでもいうのだろうか、とにかくおまえは踊らされているぞ、オオタネアに。


「……おまえ、タナ贔屓じゃなかったっけ。浮気者め」

「ひ、人聞きが悪いっ! 俺はすべての騎士様の忠実な下僕なだけですっ! 今回は騎士クゥのための戦いだからこそ、あえてクゥ様の写真を用意してきただけだというのに……。まったく、心の汚れたハーさんにとやかく言われるのはまことに心外でありますっ!」

「そうですねー」

「ハーさんはもっと騎士様たちみたいに、純真で可憐、楚々として清らか、誇り高くて痺れるほどに美しい、あんな風になって欲しいものですねっ!」

「俺が美しくなってどうするよ」

「心持ちの問題ですっ!」

「……じゃあ、写真いらねーじゃん」


 と、抗議しようと思ったが、ぶっちゃけた話としてアイドルファンに非ファンがなにかをいったとしても通じるわけがないという過去の経験則を思い出して、俺は何も言わないことにした。

 よく考えると、この手の輩の扱いは、ユニコーンどもに対するものと共通しているような気がしないでもない。

 とにかく俺を疲れさせるという点で。

 本人たちは本当に熱心で生真面目なのがとても腹が立つのだが。


「まあまあ、坊ちゃん、あまり目くじら立てなさんな。嬢ちゃんたちが人気なのはいいことじゃないですか」

「そうか?」

「ええ。兵士や騎士は、いくら正しくて、いくら真剣に戦っていても、理解されずに罵倒されることが往々にしてあるものでさ。そういう時の戦士が拠り所にできるものは、自分と仲間の持つ誇りだけで。だが、今の嬢ちゃんたちは、多くの国民が理解して応援してくれておりやす。……それは戦士の本懐ですぜ」

「ああ、そうかもな」

「……手柄や名誉のことばかりを考えて、守るべきものをおざなりにするような、そんな騎士じゃない。だからこそ、嬢ちゃんたちは俺たちが守る価値のある宝でもあるんでさ」


 トゥトの頭の中には、彼の故郷を見捨てたに等しい天装士騎士団のことがあったのだろう。

 彼の立場からすれば、手柄や名誉のためだけに戦う騎士なんてものは決して許せないに違いない。

 だが、西方鎮守聖士女騎士団の騎士たちは、きっと最後まで誇りにかけて人々のために戦うだろう。

 タツガンやトゥトのような者を出さないためにも。

 だからこそ、警護役たちも命をかけてくれるのだ。

 こんな危険しかない旅にも付き合ってくれるのだ。

 俺は進行方向を見上げた。

 巨大な山がある。

〈呑竜嶽〉だ。

 最初は高すぎる山のようにも思えたが、今はどうということのない程度の高さとしか思えなくなっていた。

 何故だろう。

 答えはすぐにでた。

 それは、俺とともに旅する連中がいたからだ。

 逞しくて、不屈で、口数の減らない頑丈な男たちがいるからだ。

 

 そうだとすると、たかが魔物の巣窟程度、どうということはないな。

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