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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第十一話 激突、十三期対十四期
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胸に懐く小さな憧れとともに

 十三期と十四期合同の演習はここで幕を閉じる。

 それでも獲得した得点はとりあえず後で集計されることになった。

 だが、それよりも騎士団全体に与えた負の影響の方が強かった。

 クゥデリア・サーマウという騎士が〈聖獣の乗り手〉の中で替えのきかない戦力であったことと、その彼女が何者かに利用されたということの二つが少なくない衝撃を与えたのである。

 特に共に〈雷霧〉を消滅させた戦友たちが受けた衝撃は、場合によってはトラウマになりかねないほどに深刻だった。

 それだけではなく、彼女たちは自分たちに対して何らかの攻撃を加えてくる勢力が存在することの不気味さも思い知ってしまったのだ。

 今までの彼女たちは、〈雷霧〉と戦うことだけを中心に考えていた。

 政治的な駆け引きさえも、それほどは深刻に考えていなかったのだ。

 彼女たちが命をかけて戦えば、皆が幸せになり、いつか平和な時代がやってくると信じていた。

 西方鎮守聖士女騎士団を非難する心無い人々がいたとしても、いつかは彼女たちの戦いを理解してくれ、きっと応援してくれると希望を抱いていた。

 だが、今回の件で明確な敵の存在がはっきりとしてしまったのである。

 人類の希望でもある〈聖獣の乗り手〉を敵視するものたちがいるということを。

 例の凱旋式以来、自分たちのことを〈雷霧〉から世界と国を救う英雄とみなしかけていた騎士たちにとって、同じ人間から恐ろしい敵意を向けられ、残酷な工作を仕掛けられたという事実は大きなショックとなってのしかかっていった。

 十三期の騎士たちの面持ちは沈痛だった。

 表向きだけでも冷静なのは、ごく数人だけだった。

 一方で、十四期の騎士たちはまた別のことで落ち込んでいた。

 なぜなら、演習で最後まで生き残った十四期はわずか三人しかいなかったからである。

 しかも、獲得した得点は隊長と副隊長が手を組んで獲得した四得点と、あと仲間同士で対決したことで獲得した二得点のみ。

 惨敗どころの騒ぎではなかった。

 ただの一人の十三期も倒せもせず、それどころか最大の使い手であるシノとエレンルの二人に至ってはタナの実力に飲まれて落ち込み続ける結果に終わっていた。

 たった一期の差が、これほどまでに大きいとは……。

 最大規模の〈雷霧〉をたった一人の犠牲者のみで切り抜けた猛者たちが、どれほどのものなのかを彼女たちは己の肉体で理解したのである。


「……どうだった?」

「騎士クゥデリアにかけられた〈催眠〉の命令内容はおそらく、騎士団所属の騎士の面々の殺害のようです。発動条件は、クゥデリア個人だけでなく全員が離散したときだと思われます。多分、〈雷霧〉に突撃した後を想定しているのでしょう。今回の演習のような出来事がなければ、かなり危険な命令だったと思われます。作戦遂行中に、後ろから射たれるのは致命的ですからね」

「そうか」

「解除するためには術者本人を見つけ出すか、それとも命令を成就させる必要があると考えられます」

「……そうか」


 オオタネアは椅子の背凭れにだらしなく寄りかかった。

 ユギンとハカリからの報告は予想通りとはいえ、素直に受け止められるものではなかった。

 例の〈洗脳〉術者を捕らえるのは難しいことが予測出来る以上、騎士団はクゥという計算できる戦力をその間失うことになることは確実だった。

 数ヵ月後に、既存の〈雷霧〉の一つを消滅させる作戦を準備していた彼女にとっては痛い損失といえた。

 補充予定の十四期は前述の通りに、先輩たちとの力の差が著しい。とても、次の作戦に使えるレベルではない。

 育成計画の立て直しも視野に入れる必要がある。

 ため息を付きたくなったとしても仕方のない話である。


「では、しばらくの間、サーマウは本部の独房で軟禁ということにする。放っておいたら仲間たちを死に至らしめてしまう可能性を秘めたままで放置しておくことは、本人にとっても団にとっても良くないことだろう。……我々としては一刻も早く件の術者を捕縛するように努める。今、可能なのはそれだけだ」

「はい」

「……わかりました」


 ユギンはともかくハカリには納得いかない結論だった。

 騎士と医療魔道士という職種の違いはあっても、同じ西方鎮守聖士女騎士団の仲間だ。

 仲間を理由があるとは言え長期間も軟禁しなくてはならないという事実に、歯噛みせずにはいられないのである。

 それは同席していたアンズにとっても同様だったようだ。

 不満げに唇を尖らせている。

 

「サーマウの様子はどうだ?」

「未だ、例の人犬の状態のままです。軟禁されたとしても気づかないでしょう。……そう思うと、少しだけ気が楽になります」

「そうだな」


 騎士団の主幹たちの会議が終わろうとした時、オオタネアはさっきから無言を貫いていた俺が誰にも悟られないように、ゆっくりと席を立とうとしていることに気がついた。

 鋭い目のまま詰問してきた。


「何を考えている……?」

「いや、別に。大変なことになったなと」

「ほお、珍しく他人ごとのようだな」

「……そうでもない。これでも、事態を真剣に受け止めているぞ」


 昔からの付き合いのある彼女には、俺の二面性というものがどのように作用するかわかりきっているようだ。

 昔馴染みというのはこういうときに厄介な存在に変わる。


「何をするつもりだ」

「……」

「答えろ」

「まだ、するつもりはないよ」


 俺のとぼけたともいえる返答に対して、オオタネアが重ねて問いを発せようとしたとき、将軍執務室の扉が勢いよく開いた。

 モミとともに今回の顛末を後輩たちに説明していたはずのアラナだった。

 慌ててはいないが、非常に困ったような顔をしていた。


「失礼します、オオタネアさま」

「なんだ」


 つい今朝も似たようなシチュエーションがあったな、と俺は思った。


「また、決闘騒ぎです。しかも、今度もジャスカイとジイワズの二人が発端です」

「……この忙しいのに、なにがしたいんだ、あいつらは」


 ぼやいたのはアンズだった。

 オオタネアは渋い顔をしたままだ。

 さすがに呆れているのだろう。


「いえ、今朝の騒ぎとはちょっと違っていまして」

「何が、だ?」

「十四期の二人が絡んだのは、騎士タナなのです」

「……どうして、ユーカーなんだ。あいつら、喧嘩を売る相手を間違えているぞ。錯乱でもしたのか?」

「さあ、そのあたりは。私が気がついたときには、両期ともにぞろぞろと中庭に出て行ってしまったので、なんとも」

「わかった。面倒だが、止めにいくか。事情によっては、あの二名は団から追放だ。こちらが色々と頭の痛いときに、何度も厄介事を引き起こす生粋の問題児どもとははっきりいって付き合いきれん」


 ……俺たちが中庭に着くと、十三期と十四期がまるで対岸でにらみ合うように二つに分かれて、中央で対峙するタナとシノ、そしてエレンルを囲んでいた。

 三人の手には、それぞれ自分たちの得物といえるものが握られていた。

 模擬剣を使った演習とは違う。

 本物の決闘のようだった。


「貴様ら、一体、何をしている?」


 オオタネアが獰猛に叫んだ。

 クゥの件で腹の虫が収まらない状況だというのに、またも厄介事を引き起こした部下たちについて怒髪天をつく状態なのだろう。

 中庭にいた全員が震え上がるような声色だった。

 だが、三人だけはそのオオタネアの怒気を正面から迎え撃った。


「この西方鎮守聖士女騎士団のためです」

「これが必要だと判断いたしましたわ」


 シノが叫び、エレンルが追随する。

 傍から聞くとなんのことか意味がさっぱりわからない台詞だが、その表情にはさっきまでとは比較にならない必死さが浮かんでいた。

 少なくとも、功名心等のくだらない理由でタナに喧嘩を売ったわけではなさそうだった。

 そのことはオオタネアにも十分に伝わった。

 将軍閣下はわずかだがその怒気を抑え、


「では、なぜ、こんなバカ騒ぎを起こした。端的に説明せよ」

「はい」


 シノが手にした斬馬剣の剣先をわずかに下げ、


「あたしたち十四期は、先輩たちに手も足もだせませんでした」

「……ただの一人も倒せませんでしたわ」

「ですが、そのこと自体はかまいません。現状において力の差があることを認識できたことは、あたしたちにとってもいい結果だと思いますから」

「では、なぜ、改めて十三期に挑む? その小娘はヘラヘラしているが、うちのヒヨコの中では最も強いかもしれない騎士だぞ。貴様らが二人がかりでもどうにかなるとはとても思えん」

「だからこそ、です」

「……?」

「だからこそ、わたくしたちは自分たちの強さを示して、ここに居場所を作らなければならないのですわ!」

「この西方鎮守聖士女騎士団の戦力になれる! ここの騎士たちの手助けができる! 〈雷霧〉と戦う決意がある! その意気込みだけでも証明しなければ、あたしたちはただの案山子になりさがる! あたしたちは、惨めな足でまといになるために、ここに志願してきたんじゃない!」


 吠えた。

 客観的に見れば、これは負け犬の遠吠えだ。

 演習でこっぴどく負けた連中が、なにを強がっているのだ。

 そんな感想しか出てこないかもしれない。

 だが、惨めな敗北を経て立ち上がり、そこでまだ終わっていないと叫ぶ負けん気は悪くないと、俺は思った。


「……その意気やよし。で、喧嘩を売る相手にユーカーを選んだ理由は?」


 ややオオタネアの放つ怒気が減少した。

 シノたちの意気込みを察したのだろう。


「最強だから」


 二人の十四期は何のてらいもなく答えた。

 マイアンが一瞬だけ反応したが、すぐに普段のままの冷静な彼女に戻る。

 今の十三期で最強はタナだと、マイアンの理性が認めてしまっていたからだ。

 だが、それは「今」だけだ。

 まだ完全に負けたわけではない。

 そう思うことで、十四期の二人の言い分にも理解が示せる気がするのだろう。

 後に俺がマイアンに聞いたのはそういう話だった。


「勝負、お願いします。タナ先輩」

「わたくしたちの底力を貴女にぶつけて、絶対に勝利してみせますわ」

「……西方鎮守聖士女騎士団十四期の騎士の力を、受けてください」


 悲痛なまでの二人の叫びは、彼女たちの後ろに並ぶすべての十四期の願いでもあった。

 彼女たちはそもそも志願して〈聖獣の乗り手〉になったのだ。

 ここで戦力にならないという烙印を押されて終えることは決して許されない。


「別にいいよ。最初からやる気だったし。でないと、〈月水〉と〈陽火〉を用意した甲斐がないもんね」


 一方のタナはかなり余裕の表情であった。

 あっけらかんと後輩たちの挑戦を受ける。

 どんな相手からでも挑まれて逃げることはないという王者の風格があった。


「アンズ先輩が見届け人をやってよ」


 そう天衣無縫に言い放つと、タナは愛用の双剣を鞘から引き抜いた。

 二対一を卑怯だとは思ってさえもいないらしい。

 いかにも、彼女らしい振る舞いだった。

 ……そして、勝負が始まった。


        ◇


[第三者視点]


 二人の十四期の苛烈な攻めに対して、さすがのタナにとってもやや不利な状況が続いていた。

 そもそもシノはあのキィラン卿の娘であって、その斬撃は女性のものとしては桁違いに重すぎてまともに受け止められないほどであり、また、エンリことエレンルの変則的な両側に穂先がついた短槍の攻撃は玄妙で、しかも常に急所を狙ってくることから、対処に非情な苦労をさせられる。

 どちらも並大抵の騎士ではなく、双方の攻撃手段が違いすぎているという点もタナにとっては厄介だった。

 唯一の救いは、これまで時間をかけて訓練していないことから連携がとれていないというところだったが、長引けばそこも修正してくるおそれがある。

 実際に一手ごとに鋭さが増して来ていた。

 長引かせれば待つのは敗北の文字だけだ。

 そのため、タナとしてはそろそろ勝負を決めたいところだった。

 だが、そうはさせじとさらに攻勢をかけてくる二人。

 一旦引いたタナに対して傘にかかって攻め立ててくる。

 あまりの猛攻に、もしやあの天才児が決闘で敗北するのかと仲間たちに嫌な予感が走ったとき、タナが唸った。

 笑いをこらえるときのように二の腕で口元を押さえながら。

 ぎょっとして二人の後輩は手を止めた。

 はっきり言って薄気味が悪かったからだ。

 とても決闘で追い詰められている最中の行動ではない。

 しかし、タナとしては仕方のない行動だった。

 タナは自分が〈手長〉になった気がしたのだ。

 それも初陣でやりあった、あの時の〈手長〉に。

 

(あの魔物はこんな気分だったんだろうなあ)


 無我夢中で斃したあの魔物のことと、あの必死だった戦いのことを思い出すとなんとも言えない高揚した気分になる。

 そんな彼女に討ち取られた〈手長〉には迷惑な話だったろうが。

 そんなことを考えてしまったら、どうにも楽しくなってしまったのだ。

 タナはあの初陣以来、爆発的に戦技が伸びていった記憶がある。

 それまでにも『なんでもできる娘』と言われて天才の称号を欲しいままにしてきた彼女だったが、ある一定のラインからの伸び悩みは味わっていた。

 天才に固有の欲のなさから、躍起になって強くなる努力をしてこなかったこともあり、その時は我知らず満足しきっていた部分がある。

 だが、あの戦闘で得たものは、彼女を勝利に対して貪欲にさせた。

 魔物の存在、オオタネアの戦いぶり、仲間との一体感、そしてセスシスの献身。

 あらゆるものが彼女に味わったことのない刺激を与えたのだ。

 つまり、あの戦いが彼女の眠れる才能をさらに開花させたともいえる。

 そう思うと、この決闘で眼前の二人も飛躍的に伸びる可能性がないわけではない。

 強すぎる敵と戦うことが、戦士をさらなる高みに引き上げるのである。


(……こうやって人は強くなっていくんだね)


 少しだけ上を見すぎていたような気がした。

 足元で隙を窺うものや自分のあとを追うものの存在を決して忘れてはいけないのだ。

 これからも最強を目指す方針に変更はないとしても、タナは久しぶりに初心を思い出していた。


(この二人のおかげかな)


 タナは眼前の二人に感謝した。

 その代わりに、いいものを見せてあげよう。

 タナはからりと笑った。

 その笑みのあまりの見事さに周囲の視線がタナに集中する。

 皆が察した。

 彼女から発される剣気が、竜巻のように荒れ狂いだしたのを。

 騎士よりも魔道士よりであるおかげで、戦技というものに疎いカイ・セウでさえも肌で感じられる、清浄にしてかまいたちの疾風のような鋭い気。

 タナは双剣を握った両手を前方に突き出した。

 切っ先はシノとエレンルを指している。

 耳も聞こえず、目も見えず、戦いの気だけを皮膚で感じる。

〈雷霧〉の中で魔物たちに囲まれた時にタナが陥った恍惚ともいえる脳が蕩けそうな陶酔状態。

 今の私なら誰でも倒せる。

 齢わずか十七歳にして、この領域に至るものはほとんどいないであろう。

 マイアンは胸の奥で強く嫉妬した。

 ナオミは舌打ちをした。

 ハーニェは涙をこぼした。

 戦友でありつつ、ライバルである彼女たちにとって、そこに顕現したのは信じられない奇跡だった。

 だが、残念なことにシノとエレンルにはわからなかった。

 それだけの次元の違いがあることを。

 だから、何も考えず宣言通りに勝つために、短い人生において最高の踏み込みと最高の力加減、そして最高の連携を持って、二人はすべてをこめた一撃を送る。

 むしろ、それでよかった。

 タナの突出した実力を図るためにも。

 斜め上から振り下ろされた斬馬剣は同じような軌跡を描いた〈月水〉の峯に沿って勢いをそがれ、何もない中庭の土を抉った。

 心臓めがけて突き出された短槍は、ほんの一寸、痙攣ていどの身震いをされただけで躱され、下方から稲妻のごとく跳ね上げられた剣尖に柄を真っ二つにされた。

 そしてその信じられない結果を二人が認識する前に、タナの両腕は左右に広げられて、シノとエレンルの首筋を抱きかかえられた。

 何が起きたかわからず、いつのまにかタナに抱擁される形になったのだ。

 圧倒的な実力差がそこにはあった。

 そのまま、タナは優しく囁いた。


「……二人共、合格だね。いい連携だったと思うよ。ぐっじょぶ、ぐっじょぶ」


 耳元で囁かれる褒め言葉に、シノは目頭が熱くなる感動を覚え、エレンルは今まで経験したことのない胸の高鳴りを知った。

 かつて少女たちが懐いた美しい憧憬が万感の想いとともに蘇る。


 ―――ボルスアで目撃した満開の花のような穢れなき栄光の勇姿。

 ―――誰よりも優しく月光よりも儚い誇りを戦友とともに散らした従姉妹への想い。


 悲鳴にも似たどうしようもない喚き声をあげながら、二人の十四期の騎士は泣き出した。

 他の十四期もつられたのか同様にすすり泣いている。


「……なんとも、ユーカーは人をたらすのがうまいものだ」

「昔のあんたも似たようなもんだったぞ」


 オオタネアは少しだけ天を仰いで、


「私の場合は……演技だよ」

「そうか。そういうことにしとくよ」

「そうしてくれ」


 セスシスたちはそこで顔を見合わせて笑いあった……。

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