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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第十一話 激突、十三期対十四期
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捕獲

「あれは、クゥ……なのか?」


 俺が喉から搾りだしたかすれ声と疑問に返答したのは、キルコだった。

 そういえば、俺をここに連れてきたのはこいつだ。

 であるのならば、あの異様な様相の少女が既知の騎士であるかどうかを答えられるのは彼女しかいない。


「うん。さっきまではあんなに酷くなかったけど、教導騎士の小屋の周りを飛び回ったり、妙な動きばかりしていた。演習にも参加している風ではなかった」

「……クゥさんとは思えない怖さがあるんスけどー」


 油断せずに、おそらくはクウだろうと思われる獣のような人犬を睨みつけるのは、さすが鍛え抜かれた精鋭だ。

 むしろ、俺の方が動揺していると言っていい。

 なにしろ、さっきまで一緒に訓練をしたりしていた仲間が、いきなりこんな風に変貌を遂げていたら動揺しないほうがおかしい。

 しかも、相手はクゥデリア・サーマウ。

 吃り癖があって、内気な、誰よりも馬を愛する優しい少女なのだ。

 いったい、あいつに何が起こったというのだ。

 野犬のようにぎらついた瞳でカイを睨めつけている姿は怖気さえも感じさせるほどだ。


「……魔導だと思う」


 キルコは王都でいくらかの魔導を学んでいる。

 良家の子女の基礎教養程度の内容だったそうだが、それでも一般人よりは詳しい。

 そのキルコの指摘だ。


「〈騎士の森〉に魔道士が忍び込んでいるのか? そいつが、クゥをあんな目に合わせたのか!」

「多分、違う。おそらく、王都でやられたのだと思う」

「……なんだと?」

「王都での休暇の時、騎士クゥだけは一人で実家に戻っていた。あの休暇のときに、三日以上、独りでいたのは彼女だけ」

「そうッスね。私やナオミ姉さんでさえ、タナさんちで遊んでいたけど、クゥさんだけは実家に戻ってましたもんね」


 確かに、そうだ。

 王都に実家のあるものは一日ぐらいの帰省をしていたが、それ以外はほとんど誰かと一緒にいた。

 王都から少し離れたザッカスまでユニコーンを使って帰省していたクゥだけは、何日も独りで動いていたはずだ。

 今考えれば、かなり軽率な行動をとらせてしまったのかもしれない。

 まさか、こんな魔導をしかけられるとは思わなかったが。


「……あれが魔導によるものなら、一角聖獣(ユニコーン)のもとに連れて行って〈絶対魔導障壁〉を張らせれば解除できるだろう。よし、俺がなんとかする。キルコ、アオ、援護しろ」

「了解ッス」

「わかった」


 俺は隠れていた茂みの中から立ち上がる。

 同時に、二人の年少の騎士たちは左右にわかれて展開し、それぞれ自分の特技を活かして俺へのサポートの態勢に入った。

 立ち上がったときに大きく音を鳴らしたので、人犬のようなクゥと十四期のカイ・セウが同時にこちらを見る。

 二人はさっきから互いに睨み合ったまま動かなかったので、いい感じで目を引き付けることができたようだ。


「クゥ、いったいどうした? そんな風な醜態を晒すような女じゃないだろ、おまえは。しっかりしろよ」

「グルルルルぅぅぅ」


 喉から発する声さえ、飢えた獣のようだ。

 だが、妙だな。

 さっきまでの状況からすると、このおかしくなってしまったクゥは騎士カイを狙っていたもののように見える。

 しかし、発炎筒によって潜んでいた場所から追い出され、結果として対峙することになったカイに対して、積極的になにかをしようとする気配はない。

 それどころか、この場から立ち去るような素振りさえみせている。

 魔導によるものだろうと思うが、こんな状態に陥らせた理由がわからない。

 これを仕掛けた相手は何を考えてこんな真似をしでかしたのか。


「……少年騎士だぁ」


 カイが満面の笑みを浮かべて呟く。

 対峙しているクゥのことなどすでに、眼中にない様子だった。

 かけている眼鏡のレンズが発光しているかのように表情が輝いている。

 なんだ、こいつ?

 およそ場にそぐわない対応を見せるカイだったが、それでもクゥは彼女に飛びかかろうとしない。


「カイ、油断するな。今のクゥは何かに操られている状態だ。魔導かもしれない。気を抜いたらやられるぞ」

「ああ、大丈夫ですよぉ。これ、魔導じゃないですからぁ。おそらく〈催眠〉でしょうね」

「……なぜ、そんなことがわかる?」

「私ぃ、魔道士でもありますからぁ。〈催眠〉についてはちょっとパパに聞いたことがありますぅ」

「なんだと……」

「うーんと、先輩にかかっているのは、〈催眠〉という術で、魔導とは違いますぅ。だから、〈絶対魔導障壁〉では解除しきれません。でも、解除する方法もありますよぉ」


 クゥがいきなり獣のように後方に飛び退り、逃げ出そうとしたとき、その進行方向に二人の影が現れた。

 十四期のシノとエレンルだった。

 このバトルロイヤル的な演習において、一緒に行動している理由はわからないが、どちらもいいタイミングできてくれたものだ。

 その隣に顔を出したアオが、二人に指示を与える。


「十四期の二人、あの妙な様子の騎士を逃さないように行く手を遮るッス。これは演習に関係ないッス。十三期からの命令ッス!」

「は、はい」


 わりと素直にアオの言うことを聞き、そちらの方面への逃走は完全に塞がれた。

 俺はカイに話の続きを促す。

 カイは知っている限りの〈催眠〉の情報を俺に伝えた。

 その具体的な解除方法を除いて。


「……では、どうすればいい」

「〈催眠〉は与えられた命令を成就させればその効力を失いますぅ。ただ、その命令がわからないと……如何ともしがたいですがぁ」


 なんとかしてクゥはあんな状態からもどしてやりたいが、その命令とやらがわからない。

 カイは仕組みがわかっていても、相手方の意図が読み取れなければ具体的な案は呈示できないのだ。

 四方を囲まれた状態から逃げ出そうするものの、騎士六人に囲まれてはいかに人犬でも脱出はできない。

 しかし、無理やりに強行突破されれば今度は別の問題が生じるかもしれない。

 ただ睨み合いだけが続きそうな緊張の中、少しだけ呑気な声が上から聞こえてきた。


「まったく、なにやってるのさ、クゥ」


 頭上の木の枝から、滑るように一つの影が降ってきた。

 両手には模擬剣を握り、いつものように構えもなく自然体な姿のままで全員の前に降り立つ。

 着地の際に音も立てない。

 やや苦手としていた〈軽気功〉をも極めだしている証拠だった。

 そして、にこりと太陽みたいに微笑む。

 それはタナ・ユーカーだった。


「さっきいきなり襲ってきたからどうしたのかと思えば、こんどは変な感じになっちゃって。大丈夫なの。……あれ、セシィたちもどうしたの? みんなで集まっちゃって」


 どうやら、クゥ以外は眼中になかったらしい。


「まあ、いいや。どうせ面倒事なんでしょ。……クゥを制圧すればいいの?」

「……あいつは誰かにおかしな術で操られている状態だ。クゥの身体に傷をつけずに取り押さえたい。手伝ってくれ」

「ふーん、そゆこと。誰だか知らないけど、私の大切な友達にふざけたまねをする奴がいるのね。……いいわ、このタナちゃんがちゃっちゃと片付けてあげましょう。キルコもアオも手を出さなくていいから」


 タナは普段通りになんの躊躇いもなく前に進む。

 それが彼女の恐るべきところだった。

 どんな外連も必要がない。

 正道を歩み、強靭な意思を持ち、瞬時に覚悟を決めて迷わない。

 光あるうちに光の中を進み続ける生粋の騎士。

 

「私の友達に舐めたことをした奴はあとでぶち殺すとして……、クゥ、痛くしたくないけどちょっとだけ覚悟しなさい」


 タナが近寄ると、人犬となったクゥはその分だけ下がる。

 明らかに新たに登場した騎士の彼女を警戒している。

 俺たちに対するものよりもはるかに強いのは、先程の話からすればタナに手を出して撃退されたからだろう。

 タナもそんなクゥを追ってきたらしい。

 手にしているふた振りの模擬剣の片方は、クゥのものだと思われる。

 奪ってもってきたというよりも、拾って使っているという感じだが、やはりタナが双剣を携えていると迫力が段違いだ。


「……さっき、私を後ろから襲ったくせに、こんどは怯えるんだ。ちょっと一貫性がないわね」


 恐ろしいほどに冷静な物言いだったが、その口調にはやや怒りが滲んでいた。

 タナは仲間想いの少女だった。

 その彼女が友達をおかしな風にされて我慢できるはずがないのだ。


「グルルルィゥゥ!」

 

 すでに獣と区別がつかなくなっているのか、クゥは激しい威嚇の声を上げる。

 三つ編みの美少女から放たれる咆哮に、他の面子はきつく眉をしかめた。

 ……鋭い爪を振り回して、近づくなという意思表示をする。

 普通なら近づくのは躊躇われる光景だが、タナには効かない。

 淡々と前進するだけ。

 一瞬、身体が沈み込み、クゥは弓なりになった身体を浮かせ、宙から襲いかかった。

 硬く節張った指の関節がガチガチに伸びる。

 視線を外せばそれだけで消えてしまうかのような素早さだった。

 まさに獣のごとき跳躍。


「おっと」


 それに対して、余裕のある口ぶりでタナは相対する。

 それどころか、下方から薙ぐように左右二段の斬撃を放つ。

 模擬剣に込められた魔導による二回の爆発音が轟く。

 刃がなく殺傷力のない木製の剣であったとしても、タナに振るわれれば受けるダメージは甚大だ。

 クゥは地面に背中から落下する。

 ところが、普通ならそれで呼吸などができなくなり立てなくなりそうなものだが、やはり人犬化した彼女にとっては大したダメージではないようだった。

 落下してすぐに、回転足払いの要領で蹴りを入れてくる。

 ところが、その蹴りは軌道を見切ったタナの足の裏で簡単に受け止められる。

 そして、受け止めた足はそのままで上から大上段に模擬剣で背中から無造作に叩き切る。


「……すごい」


 シノの呟きが耳に入ってきた。

 その気持ちは俺にもわかる。

 今の一連の攻防において、タナは一歩たりとも動いていないのだ。

 軸足の左に至っては、踵を浮かしてさえもいない。

 

「……やっぱり、クゥじゃないんだね。まったくお話にならない」


 背中を模擬剣で斬られて地に伏したクゥだったが、くるりと横に回転するとまたも脱兎のごとく逃げ出そうとした。

 勝てないと判断したのだろう。

 だが、そうなることは読めていた。

 俺は逃げ出そうとするクゥの腰に渾身のタックルをかました。

 正面からのものではなく、横からの迎撃的なタックルなので、右手さえうまく引っ掛けることができれば完全にキャッチすることができた。

 男と女の体重差のおかげで、俺はクゥの華奢な身体を抱きとめることができる。

 そのまま大地に押し倒した。

 左手は首筋に巻きつけ、右手は股のあいだに差し入れることで、横に十字の形で押さえ込む。

 激しく動く右手は太腿で挟んで止めた。

 頭を何度も殴られるが、力のこめられる体勢でないことからほとんど痛くない。


「先生!」


 キルコが寄って来て、クゥの右手を固定する。

 仲間たちが次々とクゥを押さえつけてくれたので、なんとか俺はクゥから身を離すことができた。


「……ふぅ」


 俺が肩で息をしながら立ち上がり、周りを見ると、なんとすべての生き残った騎士が揃っていた。

 アンズとアラナの教官二人も、ナオミ、マイアン、間者の二人、そしてどういうわけかオオタネア。


「よくやった、セシィ。他の騎士たちもだ」

「将軍閣下……」


 押さえつけられたクゥは、間者の二人によって簀巻きにされていた。

 ロープや拘束具を持参していたあたり、やはり裏で動いていたのだろう。

 オオタネアは歩み寄って、クゥの様子を見る。

 痛ましげな様子だった。


「……クゥデリアはいつごろ元に戻せる?」

「解除というか、騎士クゥデリアにかけられた命令さえ突き止めれば、なんとか……」

「命令か……」

「それについては、まず、演習に入ってからの騎士クゥデリアの足跡をおう必要があります」

 

 白装束を着て正体を隠したユギンが意見を具申した……。

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