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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第十一話 激突、十三期対十四期
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決着に向けて

[第三者視点]


 西方鎮守聖士女騎士団十三期・十四期合同演習は、始まってから二刻の間に、そのほとんどの騎士が敗北し、得点という数字に成り下がっていた。

 多くの激戦が各所で繰り広げられたが、中でも大金星と言えるものがひとつある。

 それは、教官である十二期の参謀役アラナ・ボンが、マイアン・バレイに敗れるというものだった。

 教官としては、あまり十三期の双璧だけに活躍させたくないとの考えから、演習後を見据えて、双璧を陥落させる予定で動いたのだが、あにはからんや、返り討ちにあう結果となったのである。

 だが、それはアラナが油断をしていたり、手を抜いていたということにはあたらない。

 おそらくはその覚悟の違いがあったのだろう。

 アラナが教官としてやや余裕を持って挑んでいたのに対して、マイアンは何もできなかった自分の弱さを克服するための試練として強い気概を抱いていたことが勝負を決めたのだ。

 マイアンほどの猛烈な意気込みが、アラナになかっただけだった。


「……しくじったあ」


 模擬剣で袈裟懸けに切られ、爆発音を耳元で鳴らされたアラナは実戦のようにどっと倒れた。

 別に痛くはなかったが、とりあえずやられたということの演出をしてみただけだ。

 悔しくないわけではない。

 彼女だって騎士。負けず嫌いは他に劣るものではない。

 ただ、自分が完敗したことぐらいは受け止められる度量があった。


「ありがとうございます、アラナ先輩」

「マイ、貴女も強くなっているわね」

「……拙僧は、いつまでたっても弱いままですよ」


 謙遜、ではない。自信を失いかけている、訳でもない。

 求道者のように上を求め続ける謙虚な心が、彼女に傲慢さや満足心を与えないのだ。

 アラナの長身を生かした敵を突き放すような連撃を凌ぎ切り、そこから、懐に一気に飛び込む。

 それから空にしていた右手を使い、アラナの二の腕を押し上げて剣による反撃を遅らせて、最後に獣の咆哮とともに正面から切り裂く。

 いつも冷静なマイアンのものとは思えぬ、怒涛の迫力を持った動きであった。

 捨て身ともいえるだろうか。

 少なくとも、アラナが虚を突かれたことに間違いはない。

 ひと月前とは明らかに違う。


「いや、貴女はここに入団してからもう何度も別人のように成長し続けています。最初からあれだけの実力がありながら、今になっても成長が続けられるというのは、少々羨ましいぐらいですよ。……後輩を捕まえて、敬意に値する相手なんて思ってしまうのはちょっと複雑な思いなのですが」

「アラナ先輩……」

「そんな顔をしないように。まだ先は長いのですから。貴女のライバルは本当に強いですよ。タナ、ナオミ、エイミー、アンズ隊長、そして将軍閣下。これからも西方鎮守聖士女騎士団最強を目指しなさい。その肩書きを手に入れて、さらに上を目指して戦い続けなさい。大丈夫。挫折なんて、息継ぎの時間みたいなものですから」


 そう言って、後輩の手を取って立ち上がったアラナは、マイアンを抱きしめて頭をぽんぽんと叩いた。

 アラナ自身、あまり万能型ではない。

 高い身長を活かしてなんとかやりくりしてきたタイプだ。

 だから、この不器用な元僧兵の少女のことが愛しくて仕方のない時がある。

 華満載の太陽のごときタナと比べられて、やや下に見られているところも、エースのエイミーと比較されていた頃の自分を思い出してしまう。

 だけど、それでもいいとアラナは考える。

 マイアンは多くの挫折を味わい、それでも腐ることなく訓練し、そして教官である自分を凌駕した。

 これから先も彼女はいい方に変わり続けるだろう。

 できることなら、〈雷霧〉のない時代で幸せに生きる彼女を見守ってみたいとさえ思う。


「……わかりました。先輩」

「じゃあ、さっさとここから離れて次の敵を落としてきなさい。わかっていると思うけど、残っているのは上位陣ばかりよ。私を相手する以上に、気を入れて挑みなさい」

「はい」


 そう返事をすると、少しだけアラナを気にしながら、マイアンは離れていった。

 後輩であり、教え子に完敗したとはいえ、アラナだって修羅場をくぐり抜けた戦士だ。

 すぐに精神を切り替え、自分のなすべきことを思い出す。


「あとは、オオタネア様の仕掛けがどうなったか確認しないと……」


 アラナは模擬剣を杖代わりにしてゆっくりと立ち上がった。


        ◇


 ナオミは木陰でうんうん唸って寝転んでいる友達を見つけて、用心しつつ近づいていった。

 どうやら演技の類ではなく、本当に苦しんでいるらしい。

 顔を押さえているので、木の幹にでもぶつけたのだろうか。

 いや、彼女に限ってそんなことはないだろう。

 なぜなら、山奥の密林のような場所に産まれ、獣とともに成長した狩人の少女が、そんな初歩的なドジはしないだろうから。

 しかし、いったいなにがあったというのか。


「ハーニェ、ちょっと大丈夫?」

「ううーん、ん、……ナオちゃんか?」

「ええ、そうだけど……」

「……水筒ある?」

「あるけど、何があったの?」

「……変な煙が広がって、目に入った。さっきから涙が出て止まらない」


 言われてみると、なんとなくすえた嫌な臭いがこの辺りにはこもっている。

 火事でもあったかのようだ。

 しかし、焦げ跡などはどこにもない。


「大丈夫、はい」


 領地内の演習ではあったが、やはり水分の補給は欠かせないと考えて念の為に準備しておいた水筒を出す。

 そして、傍らに座ると、横たわるハーニェの頭をそっと膝の上に乗せて、ナオミはじっと彼女の顔を見る。

 目が完全に開かない状態のまま、涙が止まらないようだった。

 膝枕の形になってしまい、最初は抵抗したハーニェもすぐにやめる。

 ナオミが優しく目を押さえた手を外したからだ。


「じっとしてて。動かない」


 それから、少しずつ眼に水を垂らす。

 懐から取り出した清潔なハンカチで目尻を拭く。

 喉に何か引っかかっているのか、たまに咳をしたりもするので、やりにくかったが、ナオミは辛抱強く介抱を続けた。

 何度か繰り返すと、なんとか薄眼程度は明けられるようになっていった。

 ハーニェの視力が回復し、その先に少年のごとく凛々しいナオミの美貌があった。

 たださっきまでの優しい介抱の仕方からは、慈愛に満ちた母のようだとしか思えない。

 胸が熱くなった。


「悪い、ナオちゃん」

「気にしないで。苦しんでいる仲間を見捨てるわけにはいかないわ」

「よくタナちゃんが、ナオちゃんのことをお母さんと言っている気持ちがわかったよ。とても安心できた」


 にっと微笑むハーニェの頭を、ナオが軽く小突く。

 まだ未婚の少女に、お母さん呼ばわりはないでしょう、と。


「もう少し動かないでおきなさい。……ところで、何があったの? 煙がどうとかいっていたけど」

「……十四期のカイとかいったかな。そいつを仕留めようと思って付けていたら、いきなり白い煙が足元から吹き出して。それを思いっきり、目に入れて、口から吸い込んでしまったんだ。あれ、多分、魔導の道具じゃないかな」

「魔導具? もしかして、魔道士がいるの?」

「ううん、多分、魔道士くずれなんだと思う。見た目に騙された」

「カイとかいったわね。あの、眼鏡の華奢な子かしら」

「それ。……あーあ、せっかく八得点もとったのに、ここで終わりか。もう少し暴れたかったな。残念」

「まだ、やれるじゃない」


 ハーニェはちょっと笑って、


「あんな煙で戦闘不能になった時点で終わりだよ。〈雷霧〉の中では。ナオちゃんだってわかっているだろ」

「そうね」


 これはただの演習。

 だが、〈雷霧〉の中で孤立したときを想定したものだとすれば、動けなくなった時点で終わりというのは当たり前のことだ。

 彼女たちは常に実戦に備えなくてはならない。

 実戦とはすなわち、〈雷霧〉との戦いであるのだから、それにそった行動をとるべきであった。


「でも、十四期に得点を上げるのは業腹だから、俺のトドメはナオちゃんがさしてよ。今、何点?」

「五点よ」

「じゃあ、俺を仕留めれば七点か。あと一人で優勝できるかも」

「さて、どうかしら。タナとマイアンがどれだけ稼いだかわからないし」

「結局、教導騎士の点数が勝敗をわけるのかな」


 そう言うと、ハーニェは起き上がり、腰に手を当てて向き直る。


「さあ、切ってくれ。これで俺はナオちゃんの得点になる」

「まったく不思議な光景ね」


 ナオミはためらいなく剣を振るった。

 爆発音が鳴り響く。

 さっきまでの追跡劇で疲れていたのか大きく伸びをすると、ハーニェは外に向けて歩き出した。

 手にはまだナオミのハンカチが握られている。


「あとで洗って返すから、しばらく貸しておいて」

「いいわよ。ハーニェにお洗濯ができるのならね」

「じゃあ、一緒に洗ってよ」

「タナみたいなことを言わないの」

「はーい」


 十三期随一の狩人が去っていくのを見送ると、ナオミはまた演習の続きをするために歩き出す。

 そろそろ人数は絞られているはずだ。

 あとは数人。

 最後まで気を抜けない。


        ◇


「セスシスくん、これ」


 と言って、アオが差し出してきたのは、彼女の愛用のナイフだった。

 丸腰の俺を気遣って、何も無いよりはマシということで用意してくれたのだろう。

 軽く頷いて、そのまま受け取る。


「……キルコ、その怪しい奴はどこだ」

「森の中。アオは先生の左に並んで。私が先導する」

「了解ッス」


 俺たちはそのまま足場の悪い森の中を駆け出していく。

 緑の草木に覆われた道なき道を進み、木々にたくましく絡みついたツタを引きちぎりながら疾走する。

 清々しい緑の葉も俺たちの邪魔はしない。

 相も変わらず美しい森だった。

 だが、果たしてキルコはどこに俺たちを連れて行こうとしているのか。

 そう思ったとき、キルコの足が止まる。

 彼女が音もなくしゃがんだのにあわせて、アオとともに続く。

 繁茂する緑の先に、壊れた東屋があった。

 朽ちた様子から見て、ここに西方鎮守聖士女騎士団の本部が引っ越してくる以前から、ここにあったもののようだ。

 屋根も壊れ、雨粒さえ凌げるかどうかわからない。

 そこに一人の少女が立っていた。

 十四期の黒い太縁の眼鏡をかけた、本でも読むのが似合っていそうな華奢なタイプだった。

 さっき俺の恥ずかしい演説を聞いて、真っ先に場を離れていった娘だ。

 まだ生き残っていたのか。

 確か、名前はカイ・セウといったか。

 かなりの問題児という話だ。

 だが、キルコのいう怪しい身内とは、もしかしてあいつのことなのか。


「……いい加減、出てきてくださいぃ。アタシ、はっきり言って騎士としては弱弱なんでそうやって追いかけられると困りますぅ」


 空気が抜けるような喋り方をする奴だ。

 知的そうな顔立ちとは裏腹におっとりとした性格の持ち主らしい。

 だが、おっとりした人間が騎士団の施設を爆破するのだろうか?

 見かけと性質が一致していないタイプかもしれないな。

 何か言おうとすると、キルコが口に指を当てた。

 お口にチャックという仕草だ。

 この世界にチャックはないのだけど。


「出てこないと、また、煙幕を食らわせますよ。さっきは直撃して大分きつかったんじゃないですか?」


 煙幕だと?

 どういうことだ。

 誰と話している。

 ガサ

 俺たちとは反対側の位置の茂みが音を立てた。

 そこに誰かがいるのは確かだ。

 カイを狙う演習の参加者だろうか。


「……そうですかぁ。どうしても顔を見せてはいただけないのですねぇ。では、失礼して」


 カイは手にしていた円筒形の物体をいかにも女の子という投げ方で、さっき音がしたあたりに放り投げる。

 あの仕草は昔どこかで見た覚えがある。

 あれは、確か、映画の中で……。

 そう俺が記憶を探ろうとした時、ボワッと空気が震動し、茂みの一部が白い煙を放ちだした。

 火事かと思ったが、それとは違う。

 大量の煙が雲のように広がっていく様子だった。

 

(発炎筒みたいなものか!)


 この世界ではみたことのない道具の登場にさすがに驚いた。

 まさか、こんな剣と魔法の世界にそんな化学的なものが存在するとは。

 だが、それよりもさらに驚いたのは、茂みから飛び出してきた獣のような姿勢を取った人間だった。

 しかし、それは単純な前かがみとは言えない前傾姿勢を保ったまま、両方の踵を浮かせるという、人の身体では困難な格好をして、掌を開いたり閉じたりしている。

 とてもではないが、楽な姿勢とは言えない姿かたちをしているが、紛れもない人間だった。

 いや、獣だった。

 例えるのならば2本足で歩く野犬。

 人と犬の合いの子。


「まさか……」


 アオが息を飲んだ。

 それはそうだろう。

 誰もが不気味な怪物と感じるであろう、あの人犬には俺たちのよく知る顔がついていたからだ。

 その三つ編みは紐が解け、黒い髪には木の葉がこびりつき、白目が青みがかった瞳がそれ以上に赤く血走っていた。

 何よりも、いつもは伏し目がちな美貌が、顎を剥き出し、ガタガタと歯ぎしりをするほどに歪んでいる。

 

「そんな……」


 俺は口元を覆った。

 言葉が出ない。


 なぜなら、そこにいたのは、騎士クゥデリア・サーマウ。

 西方鎮守聖士女騎士団では替えのきかない馬術の天才だったからである……。

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