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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第十一話 激突、十三期対十四期
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高みの見物と洒落込みますか

[第三者視点]


 突然、森のど真ん中に煙が立ち上った。

 しかし、煙にしては空に登っていかない。

 木々の高さを越すとしても、ふわりとキノコのように傘をつくり、そのままわだかまり続けている。

 まるで、〈雷霧〉のようだ。

 と、嫌な想像が脳裏に浮かぶ。

 枝から枝を飛び移って、〈騎士の森〉を移動していたモミは、隣に並ぶ同僚のユギンに問いかけた。

 さっきまで話していた内容に関わる異常かと考えたからだった。

 

「ユギン、あれはまさか?」

「いえ、あれはただの煙幕でしょう。錬金を扱う魔道士が製法を知っている道具ですね」

「……それはそれで問題ですね。なぜ、うちの領内で魔道士の道具が使われているのか。先程の話に関係しているのですか?」

「とにかく、あそこに行ってみましょう」


 ユギンの〈軽気功〉は、モミのそれよりも数段上である。

 初対面(同じ間者としての立場での)のとき、それは痛いほど思い知らされていた。

〈軽気功〉の中でも最上位の技である〈浮舟〉を使いこなすうえ、間者退治の間者である〈影狩り〉なのだから、当然といえば当然なのだが。

 ただの年上の同僚として接してはいるが、この年増の間者が騎士団で二番目に強い猛者であろうことも。

 

「ところでさっきの話ですが、それほど効果があるのですが、〈催眠〉というものは?」

「ええ、魔道士の魔導とも気功術とも違う特殊な技術ですから、ほとんど使いこなせるものはいませんが、〈妖帝国〉には数人の術者がいたらしいです」

「また、〈妖帝国〉ですか」

「はい。もしかしたら、私たちの本当の敵は〈雷霧〉ではないのかもしれません」


 ここしばらくの間に起こった事件のうちの幾つかを思い出した。

 例の噂のこともある。

〈雷霧〉の発生には〈白珠の帝国〉が深く関わっているというものだ。

 そして、西方鎮守聖士女騎士団では以前から秘密裏にツエフについて探りを入れていた。

 少なくとも指揮官のオオタネアはすべての事件に〈妖帝国〉が絡んでいるという可能性を疑っているのは間違いない。


「で、その〈催眠〉というのはどこまで効果があるものなのです? 人を意のままに操ることなど、可能なのですか? あなたの説明によると、〈支配〉よりも強力なもののように聞こえますが……」

「そんなことはありません。ただし、設定された条件を満たすことで術者の思いのままの行動をとらせることができるようです」


 二人は風のように宙を舞い、あっという間に白い煙の充満する地点にたどりついた。

 樹上から降り立つと、さすがに白煙は薄れかけていた。

 もっとも、それをばら撒いたものはどこにも見当たらなかった。

 目ざといモミは、すぐに円筒状の物体を草むらの中から見つけ出した。

 指でつまんで持ち上げてみると、薬物特有のすえた臭気が漂っている。


「なんでしょうか、これ?」

「さっき言った魔道具の残骸ですね。これに煙を封じ込めていざというときに開放させて使うのです」


 とても珍しいものだと考え、モミは懐にしまいこんだ。

 それから、ユギンに向き直り、


「〈催眠〉という術ができることについて知りたいのですが」

「例えば、ある人物と二人きりになったとき、という条件のもとでその人物を殺すように命令することができるらしいです」

「まさか。人の意識というものは、そう容易く他人のいいなりにはならないものです」


 修行時代に不屈の意志を叩き込まれる間者であるモミには信じられない話であった。

 それに人殺しが完全な禁忌ではないこの世界においてでも、やはり同種族である人間を殺すということは可能な限り避けるべきことという概念はある。

 人に命じられるままに、どんな相手でも殺すなどということはさすがに抵抗があった。


「……貴女の言うとおりです。普通の場合なら、他人のいいなりになって人を殺めるということはできるものではありません。ですが、〈催眠〉が操る対象というのは、本人ではないのです」

「本人ではない?」

「ええ。〈催眠〉は人を強制的に眠らせ、その潜在意識の奥底に隠れているもう一人の自分ともいえる人格を呼び覚まし、そちらを自在に操るというものなのです」

「そんな……」

「もともとは、〈白珠の帝国〉で犯罪者や政治犯の訊問に使われていた技術らしく、皇族直属の訊問師のみが継承していたものだそうです。ですから、詳細は今でも不明なのですが……」


 モミは顎に手を添えて考える。

 なるほどという感じだった。

 魔導を使ったものでない以上、王都から帰還する際にユニコーンに騎乗したときにも、彼らの敏感な察知能力に気づかれるおそれはない。

 また、条件を満たさない限り、隠された人格が表面化することもないということは、いつまでも騎士団の中に爆弾を抱えさせたまま、いざというときに爆発させることもできる。

 獅子身中の虫ならぬ、毒の袋を体内に仕込まれたようなものだ。

 今回だって、オオタネアが陰謀を突き止めなければ、その毒袋はいつまでも騎士団の腹中にわだかまり続けていたことだろう。

 だが、わからないのはどうしてその〈催眠〉とやらが使われたことを突き止めたのか、ということだ。

 その内容からして、相手方にとっても相当秘密裏に行われたはずだ。

 それが一ヶ月もしない間に露呈するというのは、いかにもおかしな話だ。


「……色々と思い当たったようですね。さすがは、モミさん。いつか、間者の星になれることでしょう」

「そんなものになりたくありません。どうして、今回の〈催眠〉による工作に気がついたのです。教えてください」


 ユギンは後輩に当たる年下の娘の眼をじっと見て、おもむろに言った。

 口調も変わっている。


「私と教導騎士が捕まえた暗殺者を利用したのよ」

「利用って?」

「細かい内容は秘密だけど例の〈毒使い〉を使って、情報を集めさせたの。その中に、その〈催眠〉術者の居所の情報があったのよ。残念なことに、本人には逃げられたけれど、連れていた情婦の身柄は拘束できたわ。妊娠していたからすぐには逃げ出せなかったのよね。あとは、その情婦を拷問するだけ。半刻で吐いたわ」


 モミとて間者の端くれだ。

 その程度の残酷な話を聞いても、眉一筋も動かない。

 むしろ、腹が立つのはその〈催眠〉術者だ。

 なぜ、そんな陰謀に加担しているというのに、情婦を連れてのこのこと王都に居座っていたのだ。

 すぐに逃げ出すべきであったろう。

 それだけではない。そもそも、身重の女を連れまわしているというのはどういうことだ。

 妊婦の安全を守るのは、男の勤めではないか。

 そんな男の子を妊娠する女にも腹が立つが、ユギンの話を聞く限り、おそらくは無残な結果となったことだろう。

 何も知らぬ彼女が責めるのは酷すぎる話だ。


「さすがに術者本人ではないから、本当に精度の高い情報は手に入らなかったけれど、いくつかの大事な話を入手できたわ。まずは、西方鎮守聖士女騎士団に敵対する行為に手を染めていたこと、次に被験者になにを命じていたのか、ということ。これだけでも大分助かったわ。はっきりとした対策が打てるもの」

「それで、オオタネア様とどんな対策を打ったのですか?」

「簡単よ。命じた内容から逆算して、その命令をこなすための条件をわざと整えるように仕組んだの」

「それが、この演習ですか?」

「ええ。騎士の一人一人が個人としてバラバラに動き、しかも、それなりに距離を置くことになるからね。多分、条件を満たすだろう、と予測していたの」

「で、実際に動いたと」

「ええ。では、そろそろ追うわよ」


 二人は宙に飛び上がった。

 モミが枝に乗ると、衝撃で葉が数枚落ちるが、ユギンの枝はピクリともしない。

 それが二人の技量の差だった。


「……まさか、彼女の第二の人格があんな人狼もどきだったとは思いもよりませんでしたね。一回、見失ってしまったぐらいですし」

「そもそも、あの人は騎士様たちの中でもっとも〈軽気功〉を使いこなしていますから……。しかし、こんなにのんびりしていていいのですか? その……〈催眠〉で命じられた目的を遂げられてしまうかもしれませんよ」

「それはどうでしょう。かなり難しいとは思いますし、それに……」

「それに?」

「さっき、騎士キルコが教導騎士を連れて森の中に行くのを見かけました。彼が動いたのならば、なんとかなるでしょう」


 なんという楽観論だろう。

 とても現実的な判断と価値観を追求していき、修羅場をくぐり続けた間者のものとは思えない、根拠のない発言だった。

 なのに、モミはつい頷いてしまいたくなった。

 間者というのは、実用主義者(プラグマティスト)である。

 物事はすべて経験によって判断し、経験によって得た効果しか認めない者たちだ。

 幻想は抱かないし、夢は見ない。

 ユギンもモミももともとはその思想に沿って生きていたはずだ。

 誰かがいるから、すべてはうまくいく等というふざけた空想は持たないはずだった。

 だが、今の彼女たちは違っていた。

 ほんの数ヶ月の付き合いしかないというのに、普段は本当に頼りなく見えたりするのに、どういうわけかある人物を信じてしまうのだ。

 間者は現実的であるがゆえに、非現実的な人間を苦手とする。

 その人物がそうだった。

 異世界からやってきて、わけもわからず世界を放浪し、いつのまにか一国の王に寵愛され、聖獣・魔獣と友誼を結び、生死の境目からいつも帰還し、死神たちに地団駄を踏ませ続け、そして自分を慕う少女たちを地獄の底から救い出す。

 非現実的すぎて、はっきりいって理解できない。

 だからこそ、最近の彼女たちは諦めて受け入れていた。

 間者としてはあるまじきことだが、あの男のことだけは何があっても信じよう、と決めてしまったのだ。


「では、私たちは行かないのですか?」

「何を言っているの? 行くに決まっているじゃない」

「でも、教導騎士が行くのならばきっとなんとかしてくれるでしょう。だったら、私たちが行く必要性はないのでは?」

「高みの見物よ。どう、あの人が事態を収拾するかをおてなみ拝見と行きましょうか」


 そう言うと、ユギンはぱっと樹上を駆け出した。

 まるで(ましら)のようだった。

 置いてかれてなるものかと、将来は絶対に追い越してやると決意している相手の背中を追った……。

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