ゲームの達人
[第三者視点]
「今のところ、十四期が五人、十三期が六人、あと私たちと教導騎士が健在ということですね。食堂で待機していてくれているベスさんからの情報ですと」
「開始一刻ほどで、半分以下か……。かなり速いな」
「ええ、中でもハーニェが凄いですね。六人を仕留めています」
「……内訳は?」
「十四期を四人、同期を二人です」
「合計で八得点か。教導騎士をやられたら挽回は難しくなるな。次点は?」
「三得点が二人。タナとマイアンです」
アンズ・ヴルトは天を仰いだ。
予想通りと言えば、予想通り。
彼女としては、もう少し他の面子に期待していたのだが。
さすがに十三期最強の双璧は崩れないということだろうか。
優勝は番狂わせでハーニェになるかもしれないが、それだけでは物足りない。
「……仕方ないか。自分か貴様で、あの二人を仕留めるとしよう」
「教官の立場としてはこれほど早い介入は如何かと思いますけど、アンズ先輩」
「この演習の目的の一つは本命ではなく、穴馬に期待して実力をつけさせて伸ばすことだ。いつもいつも、双璧が美味しいところをかっさらっていくのは避けたい」
とはいえ、タナとマイアンが共に実力者なのは周知の事実だ。
他の発奮を期待したいところではあるが……。
「注目点は他にあるか?」
「面白いものはありましたよ」
「なんだ?」
「シノとエンリが手を組みました。得点は分けあっているので二得点ずつですが、実質、二位です」
その二人はさっきの食堂での騒ぎの当事者で、今回の演習の原因となったものたちではないか。
それが手を結ぶとは。
形だけので同盟だとしても、なかなか大胆な発想だった。
暫定的とは言え、十四期の隊長と補佐の組み合わせは、こちらの予想外の動きだ。
「……二対一は反則というルールはなかったな」
「確かにそうですね」
アンズは腕を組んだ。
その姿を見ると、まるで女学生のようだった。
二十二歳になる彼女だったが、騎士団の中では際立って背が低く、最長身のアラナと並ぶと一尺ぐらいの違いがある。
そのため、どう見てもミィナたちと同い年ぐらいにしか見えない。
騎士団全体を見ても、かろうじてハカリ・スペーンより高いというだけで、はっきり言えばチビである。
むしろ、ユニコーンの騎士は専門の騎手であることから、身体の小さい方が望ましい。
だが、彼女の真価はそこにはない。
十一期と十二期を統率し、三度の〈雷霧〉突撃を成功させた類まれなる指揮能力と、卓越した戦闘センスを持った、生まれながらの戦闘人こそが彼女の真の姿だった。
粘り強く諦めず、常に相手を一撃死させる急所を探り続ける。
『小蛇』と呼ばれる所以である。
もっとも、バイロンにおいては『蛇』という通称は戦士の誉ではあるのだが。
「で、本来の目的の方はどうなっているんだ?」
「……ユギンさんとモミさん次第ですからね。私の方ではなんとも」
「こればかりは仕方ないか。うまくいけばよし、失敗してもよし。ダメだったら、次の策を閣下が練り直してくれるだろう」
「そうですね」
軽く頷くと、アラナは模擬剣を手にした。
四肢がスラリと長いアラナが持つと、やや刃が厚い剣は無骨そのものに見える。
「では、私も狩りに行ってきます。先輩と会敵した場合は遠慮なく襲いますからね。覚悟していてください」
「笑わせるな。自分と試合して、貴様が勝てた試しはないだろう」
「女子も三日合わざれば刮目するかもしれませんよ。努努、お忘れなきよう」
そう言うと、休憩所に使っていた木陰から出て、森の中に入っていく。
振り向きもしないのが、多少小癪だった。
「あのアラナが大人になったもんだ」
三年前に、騎士養成所であったときのアラナは背が高いだけの泣き虫だったというのに、歳月というものは大した仕事をする。
肩をすくめてアンズも立ち上がる。
さて、自分は誰を狙うべきか。
負けることは決して考慮しない、不遜で不敵な十一期の隊長は悠然とアラナのあとに続いていった……。
◇
カイ・セウはさっきから誰かに追われているような気がしてならなかった。
振り向いても、誰の気配もないというのに、どうしても何処からか見られている気がしてならないのだ。
何度確認してもそれは変わらない。
「むぅ、もう嫌ですぅ」
少しだけ泣きたくなった。
はっきりと襲いかかってきてくれればまだマシだというのに、この状態が長らく続くと精神的にまいってしまう。
必ずしも肝が太いとは言えない彼女としては、この状態は出来る限り早く打破したいところだった。
そして、彼女には現状を打破できる手段がある。
カイは背中のずた袋から、円筒型の物体を取り出した。
先端には油を湿らせた縄が付いている。
合計三本。
彼女の経験上、それだけあれば作戦は達成できる。
そのあとのことはあまり考えなければ。
「あとは火打石を叩いて、着火すれば……む」
左手のスナップをきかせるだけで、火打石が火花を発し、縄に引火した。
三本全ての縄に火を付け終わると、カイは自分ならばそこに隠れるだろうというところに二本、そして、自分の足跡を消すために足元に一本放り捨てた。
同時に前に向けて全力で走り出す。
縄に引火した炎が導火線となり、円筒の中の物質を燃焼させると、白い煙が発生する。
その物質は尿を蒸発させた残留物から見つかるもので、いくつかの種類があるが、今回はようしているのはその中でもっとも出回っている白いものだった。
発生した煙は、一気に周囲を白く染め上げる。
木と茂みに覆われた森の一部を隠すには充分な量の煙が立ち込めていく。
広範囲に拡大するように、カイが苦労して調整した甲斐があるというものだ。
視界が完全に覆われる前にその場を逃げ出すと、何があったのかわかっていないだろう追跡者の声が響いてきた。
物凄く大きな声だった。
獣か、魔物のような。
とりあえず、罠にはまってくれたらしいことを確認すると、今度こそ後ろを見ずにカイは逃げ出した。
自分が生成し使用した煙幕筒の使用で、あとで大目玉を食うとは欠片も思わずに。
「ふう、よかったよぉ」
カイ・セウは一言で言えば、落ちこぼれた魔道士でもある。
魔道士であった父は、家計を湯水のように研究に費やし、彼女と母親は塗炭の苦しみを味わったものだ。
だが、その父によって教わったいくつかの魔導の知識は今では彼女を助けている。
バイロンでは珍しい魔導の実践知識を持った騎士というのが、彼女の最大のウリなのだから。
彼女が騎士団の施設を爆発させて倒壊させても、一年間の蟄居処分で済んだのはそのためである。
もっとも、そのせいで当初から志願していた西方鎮守聖士女騎士団に配属してもらう期間が遅くなったのはやや計算違いではあったのだが。
ただ、彼女の問題は、しでかしたことの引き起こす結果についてまったく頓着しないという楽観的な部分にあった。
精神が高ぶるとすぐに気絶してしまう悪癖と、悪意なく問題を引き起こしあまり気にしない向こう見ずな性格、二つのあまりにも尖った面倒さゆえに、カイ・セウが十四期でも様々な事件を引き起こすのは、これからすぐのことである……。
◇
「死ねえや、コラァァァ!」
「ちょっとタンマっ!」
「問答無用ッス!」
俺は窓から飛び降りて、なおも追撃の手を緩めないアオに怒鳴りつけた。
オオタネアの執務室は二階にあるおかげで、運良く着地の時に足を挫いたりはせずにすんだ。
しかし、俺とは好対照にアオは軽々と地面に降り立つ。
手には模擬剣を握っているが、俺の手にはない。
誰も来ないだろうと気を抜いていたせいで、突然の強襲に驚いて床に置いてきてしまったのだ。
おかげでアオから身を守るための武器はなにもない状態だった。
仕方ないので、とりあえず難癖をつけてみた。
「おまえ、丸腰の弱者を狙うなんて卑怯だぞっ!」
「剣を落としたのはセスシスくんのドジッスよ。そして、高得点の獲物を狙うのは勝負事の鉄則ッス。卑怯もクソもないッス」
「……異論はないが」
「では、大人しく首にかかった五点を譲ってください」
「そ、それはできんっ!」
「大声を上げて、他の騎士を呼び出して利用しようとしてもダメッスよ」
まさか、こちらの意図を見抜いてくるとは。
座学ではかなり下の位置にいるはずなのに、実は頭がいいのか、こいつ?
いや、違うな。
昔、俺の周りにもいた遊びのときだけは妙に頭の回転の早いタイプと一緒だ。
調子に乗せると普段以上の実力を発揮してくる。
「そもそも、どうして俺があそこにいるとわかった?」
「ずっと尾行していたからッス」
「納得したわ」
アオは俺をじっと凝視している。
一挙手一投足を見逃さないためにだろう。
こいつにとって俺は高ポイントのボーナスでしかない。
取り逃がしたら絶対にまずいはずだ。
だからこそ、真剣に俺の様子を探っている。
ところが、俺とてそう簡単にやられるつもりはない。
アオの持つ突出した長所はあの〈眼〉だ。
異常なまでに発達した動体視力と認識力、深視力(二つの眼で見る力「遠近(距離)感」や「立体感」をいう)を持っているのだ。
接近戦では何よりも物をいう能力だ。
では、どうして彼女が十三期で最強になれず、強さの序列が低いままなのか?
それは逆に〈眼〉に頼りすぎだからだ。
どうしても、己の最大の武器に頼りきってしまう。
騎士団上位の連中にとっては、そこを誘導するのは容易いことだ。
例えば、タナあたりだと自分の動きにいくつも虚偽を混ぜて、しかもそれを連動させることで的を絞らせず、そして幻惑した上で本命の攻撃を仕掛ける。
人間の視力というものは多くのものを並列でみるには向いていないのだ。
つまり、アオの〈眼〉を封じることができれば、実力としては平の騎士ということだ。
俺としてはこいつの最大の武器は別のものだと思っているのだが。
だが、今はとにかくこいつを何とかしないとならない。
「……じゃあ、俺を他に狙っている奴がいるということも知っているな」
「当然ッス」
「おまえの後ろにいるぞ、そいつ」
「その手には乗らないッス」
まあ、そうだよな。
当然、ボバンという爆発音が背中から響くまで、アオは俺から目を離すことはなかった。
え、なんで、みたいな顔をしてアオが振り向くと、ちょっと怒った顔をしたキルコ・プールが立っていた。
「あ、キルコ……?」
「アオ、油断しすぎ」
「え、どうして?」
「先生に集中しすぎで背中がお留守になってた」
ガクリと膝から崩れるアオ。四つん這いのまま地面を叩き、
「悔しいッス! せっかく今日こそみんなの鼻を明かしてやろうと思っていたのに、よりにもよって親友に野望を阻止されてしまったッス! ゲームの達人、失格ッス!」
「なんの達人だか知らないけど、ちょっと邪魔だからどいてて」
と、わりと雑に扱われるキルコの親友。
だが、俺としてはそんなアオに同情をしている場合ではない。
なぜなら、キルコとて俺の首を狙う一匹のハイエナなのだから。
油断をすれば寝首をかかれる!
「私は先生に興味ないから、身構えないで」
「女なんて信用できん」
「重症ね、まったく」
「というわけで、俺は逃げる」
「逃げないで。先生に、ちょっと伝えたいことがあるの」
「……なんだ?」
キルコが妙に真剣な顔をするので、俺は話を聞いてやらないといけないような気分に襲われた。
いや、聞くべきだと思った。
ここで培った教師としての勘のようなものだろうか。
とにかく、必要なことだと感じたのだ。
「〈騎士の森〉の中で怪しい行動をとっているのがいる。しかも、身内」
「なんだと? それは確かなのか?」
「うん」
俺は壁にもたれかかって座って、体育座りをしているアオを無理矢理立たせた。
少しだけブーたれていたが、キルコの言う「騎士団の一大事」という言葉で即座にいつもの自分を取り戻した。
瞬時に感情を切り替えるスイッチを持つ戦士。
おそらくはこれこそが特異な〈眼〉よりもアオにとって有効な武器のはずだ。
本人はまだ自覚していないが。
「……キルコ、連れて行くッス。その身内の怪しいやつのところへ」
「行こ、先生」
二人に連れられて俺は走り出した。
キルコが発見したという怪しい人物を突き止めるために。