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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第十一話 激突、十三期対十四期
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バトルロイヤルの開始

[第三者視点]


 アオ・グランズは、手にした模擬剣を見つめながらこの演習の攻略法を考えていた。

 彼女はこの手のゲームが大好きであり、勝つために努力することを何よりも得意としていたのである。


「……まず、私がどんなに頑張ってもルール上は四十六点しかとれないッス。十四期の連中だって、最高で五十点。それを二十九人で奪い合うんだから、実際には十点もとれれば充分に上を狙える数字ッスね」


 鐘が鳴った時に、即座に狙われないように木の陰に隠れながら、頭をひねる。

 

「私の腕では、教官たちとタナさん、マイアンさん、ノンナ隊長は倒せない。この五人とはそもそも接敵さえしてはいけない……。つまり、十二点は完全に取れない。十点とるためには、同期を五人は倒す必要があるけど、五人相手に連勝しきれるだけの剣力を私は有していない。どうあがいても三人ぐらいが関の山だ。つまり一発逆転を狙うには、やはりセスシス君を倒して五点を手に入れて、なおかつ三人程度を倒す必要があるのか……」


 アオの実力は十三期では下から数えたほうが早い。

 しかし、それは普段の教練での話だ。

 今回はみんなが同じ武器を使い、しかも時間はたんまりとある。

 やりようは幾らでもあるだろう。

 むしろ、普段は無敵の年上たちに一矢報いる絶好の機会でもあるのだ。

 アオはにんまりと笑った。

 さて、教えてあげるとしよう。

 

 いったい、何を?

 

 ゲームの達人の戦い方というものを。


         ◇


 ハーニェは森を駆けていた。

 その疾走は、とても歩きにくく障害物の多い森の中を進むものとは思えない速度である。

 だが、彼女にとっては難しくない速さである。

 なぜなら、ハーニェはもともと山奥で狩りをして生活する一族の出身であったからだ。

 足場の脆そうなところを経験と直感で避け、体重を適度に移動し、場合によっては原始的な〈軽気功〉まで駆使しながら縦横無尽に野山を駆け巡る、狩人の末裔。

 それが彼女だった。

〈雷霧〉の侵食により魔物の発生が多発するようになり、それを恐れた動物たちが減っていったこともあって、かつてのように生活できなくなったことから、口減らしもあって騎士に志願したが、それさえなければずっとご先祖様と同じように生きていきたいとハーニェは思っていたほどである。

 その彼女からしてみれば、明光風靡な〈騎士の森〉はお散歩のコースにすらなりはしない。

 日が暮れるまでずっと逃げ回れば、おそらくは誰も彼女から得点できないだろう。

 ただ、それでは芸がない。

 せっかく面白い演習が始まったのだ。

 ここはひと暴れしてやろうではないか。

 ハーニェは珍しくはしゃいでいた。

 本来、次点としてユニコーンの騎士には選ばれるはずもなかった彼女だが、そのことについて悔しい気持ちがなかったとはいえない。

 十三期の騎士としての戦いを経た後でも、その悔しさは消えていなかった。

 だから、最初から選抜されていた仲間たちの鼻を明かして、その悔しさをちょっとだけでも晴らそうと考えたとしても、必ずしも間違いではないだろう。

 すでに森の中には、数人の騎士たちが入り込んでいる。

 地の利を活かして、出来る限り仕留めてやる。

 彼女は鐘が鳴るまでに用意しておいた道具を手にした。

 縄と紙と幾本もの枝の束だ。

 短時間で掻き集めた罠を作るための材料だった。

 狩りのように弓は使えないが、罠を使ってはいけないとまで言われていない。

 反則の中に「模擬剣以外の武器の使用は禁止」とあるが、相手を追い詰めたり、誘導するために罠を張ることは含まれないだろう。

 あとは怪我さえさせなければいいのだ。

 視界の隅に動くものを見つけた。

 ハーニェは彼女にしては珍しく悪い笑顔を浮かべた。

 

 獲物、発見。


 狩人は音もなく、獲物に近づいていく……。


         ◇


 キルコ・プールは宿舎の自分の部屋にいた。

 演習のルールでは、〈騎士の森〉の中であれば問題ないし、建物の中でも大丈夫なはずだ。

 だったら、最後まで自室に隠れていたってとやかく言われる筋合いはない。


「そもそも、勝てるはずない」


 やる気満々な十三期の中で、唯一、欠片もやる気がないのが彼女だった。

 なぜなら、彼女は弱いからである。

 まともな演習ではほとんど同期に勝つことがない。

 最近では、自分が十三期最弱だと自嘲できるまでに達観していた。

 ただし、実戦において彼女が弱いかというとそういうことはない。

 得意の投げナイフで常に急所を狙いつつ戦う彼女のスタイルは、相手が強ければ強いほど「やりにくい」と言われているほどだ。

 パッと見で、彼女の実力を把握できる強者にこそ、彼女の戦法はよくハマるからだ。

 キルコを弱いと侮れば、そこに隙が生まれる。

 例えば、タナ・ユーカーは彼女と戦う時、常に双剣の片方を防御のために用意しておかなければならず、いつもの戦法を貫くことができない。

 それは他の騎士にとっても同様だった。

 唯一といっていい天敵は、防御に特化したナオミぐらいのもので、他の仲間たちは異口同音にキルコを「難敵」と認定している。

 だが、彼女自身は自分の弱さを悲観的に捉えていた。


「豪華景品だっていらないし」


 資産家(いいところ)の娘である彼女をモノで釣ることはできない。

 どうせなら、休暇でもくれればいいのに……

 と、キルコが不平を漏らした時、窓の外を誰かが駆け抜けていった。

 部屋の中にいた彼女には気づかなかったようだが、物凄い速度で走っていく。

 おそらくは〈軽気功〉を使っているのだろう。

 だが、どこへ向かっているのか?

 彼女の部屋からは見わたすことができる範囲には、森と教練用の広場の一部、そして教導騎士の小屋しかないはずだ。


「……今の、先生のところに行くのかも」


 何か、嫌な予感がした。

 胸騒ぎがする。

 どのみち、今日の演習は捨てた身だ。

 この嫌な予感を片付けてしまおう。

 そう決めると、キルコは窓を開けてそのまま外に飛び出した。


        ◇


「へっへーん」


 ミィナは泉の前で一息ついていた。

 つい先程、仕留めた十四期の騎士のことを思い出し、にやりとする。

 彼女たちはまだここに来てひと月も立っていない。

 それに比べて、ミィナたち十三期にとってはまさに自分の庭も同然。

 地の利の全てが彼女たちにある。

 特にこの泉のあたりは、ミィナの為の場所、まさに独壇場といえた。

 ユニコーンの相方であるベーから降りた時の彼女と騎士クゥは、はっきりいって騎士団最弱である。

 キルコとどちらが弱いかというと、騎馬戦闘による貯金があるおかげで成績においては上位についているが、通常の一騎打ちでは互角以下だ。

 つまり、馬術がない限り、お話にならないのが彼女たちだった。

 いや、だからこそ西方鎮守聖士女騎士団においては重要な役割を担っているのだろう。

〈雷霧〉の中ではユニコーンから落ちたら終わるのだから。

 そうであれば、乗馬している限り、彼女たちがいかに大地の上での剣技で劣っていても問題ない。

 とはいえ、ミィナとて複数の魔物討伐、そしてボルスアの〈雷霧〉を消滅させた精鋭の一人である。

 昨日今日、騎士になったばかりの後輩の餌食になるつもりはない。

 ミィナは自分を囮にして、十四期の騎士を誘き出し、慣れた泉の淵を利用することで彼女の足元を掬い、そして倒したのである。

 騎士としてはどうかと思う戦いぶりだが、西方鎮守聖士女騎士団(うちのきしだん)の演習においてはあらゆる事態を想定して戦わなければならないというのが掟である。

 入ったばかりでそれを知らなかったのが、十四期(てき)の敗因だ。

 剣の実力では、ミィナより上であっただろうが、実力差を跳ね返すのは、なによりも知恵と勇気だ。


「さて、そろそろ、同期(みんな)が来るよね」


 ミィナは足元のぬかるみを器用に避けて、泉の周囲、ライバル迎撃のためのとっておきの場所に向かう。

 あそこで戦えば、僕でさえ勝算ができる。

 彼女にとってヤバイのは教官の二人とマイアンだけ。


「タナお従姉妹(ねえ)ちゃんや、ナオ(ねえ)はかなり不利だからね……」


 双剣使いのタナにとってこの模擬剣は使いづらい武器だろうし、ナオミは意外と間合いのとれる武器でないと調子が悪い。

 そのため、彼女にとっての脅威度はかなり低い扱いなのだった。

 むしろ、自分にとっての姉貴分たちを積極的に討ちとれるチャンスだとさえ思っていた。


「さて、鬼が出るかな、蛇がでるかな」


 強敵迎撃のために準備していた、ぬかるんだ戦場においてミィナは待つ。

 馬術のために〈軽気功〉を得意とする彼女向きの戦場なのだから。

 ガサ

 前方の茂みが動いた。

 よし、敵だ。

 勝負っ!

 ミィナは模擬剣を青眼に構えた……。


         ◇


 飛んできたのは、石の礫だった。

 だが、マイアンはそれを手刀で叩き落とす。


(第三ルール違反じゃないのか)


 そう生真面目に心の中で指摘したが、特にそのことで反則だと騒ぎ立てる気は持っていなかった。

 なぜなら、さっきの礫には殺意がこめられていなかったからだ。

 だとすると、考えられるのは彼女の気を逸らすための陽動か、それとも何か他の策があるのか……。

 考えてもわからない。

 マイアンは戦いの際に、こういう細かい策を練ったりすることがあまり得意ではないのだ。

 とにかく、言えることはこれを投げた敵がそばにいるということだ。

 同期(なかま)でこういう真似をするずる賢さを持つのは、アオ、キルコ、もしくはタナ。

 逆にその三人だと、マイアンと初っ端からぶつかって雌雄を決するようなことは考えないはずだ。

 自分の強さを彼女はよく知っていた。

 このゲームで勝ちたければ、教官たちからは逃げ、強敵はギリギリまで回避し、そしてセスシスさんを仕留めるのが最適のはずだ。

 それなのに、礫の投擲手はマイアン相手に仕掛けてきている。

 マイアンはゆっくりと周囲を見渡す。

 緑にあふれた森の中は、まったく人の気配がない。

〈気当て〉をしても、誰かいるのかさえわからない。


「おかしいな。〈断気〉なんて使えるのは、モミさんやユギンさんだけのハズなんだけど……」


 マイアンはひとりごちた。

 もしかして、十四期に彼女の想像を越えた使い手でもいるのだろうか。

 それならそれで構わない。

 強い騎士はなによりも西方鎮守聖士女騎士団のためになる。

 模擬剣を左手に持ち替える。

 右手は徒手空拳のままにする。

 咄嗟に使うには、やはり慣れた拳の方がいい。


「……さて、拙僧がきちんと相手してあげますよ」


 誰が来ようと負ける気はない。

 マイアンはそもそも自分以外の二十八人を片っ端から潰して回る予定だったのだから、その一人目が誰であっても構わなかった。

 もう、ボルスアでのような失態は二度としない。

 自分が誰よりも早く倒されてしまったせいで、同期(なかま)たちに多大な迷惑をかけてしまった。

 もし、彼女が健在であったのならば、ムーラも死なずに済んだかもしれない。

 戦場で目を覚まして以来、それだけが彼女の心を占めていた。

 王都でセスシスが毒殺されそうになったときも、また彼女は役に立たなかった。

 マイアンはこれからずっと誰も助けられないのかもしれない。

 それは嫌だった。

 だからこそ、彼女はもっと強くなることに決めた。

 そのための第一歩として、この演習で一度も誰にも敗れないことから始めよう。

 

 誰が来ようとも、だ。

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