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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第十一話 激突、十三期対十四期
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演習のルールとその目的

 昼の教練の時間になったので、俺はファイルを片付けて表に出た。

 かなり日差しが暑くなりそうな天気だったが、心地よい風も吹いていて、どちらかというといい気分で過ごせそうだ。

 午後に予定されていた、十三期のための教練は休みとなり、その代わりに十四期とのなんだかわからない演習が臨時に用意されているはずだ。

 アンズとアラナの二人に任せてしまったが、あいつらなら問題ないだろう。

 と、深く考えもせず、宿舎の脇道を抜け、演習用の広場へと向かう。

 すると、本部に残っている全騎士二十八人がすべて揃っていた。

 主幹の二人とユギンが手持ちの黒板を使って、何やら検討をしている。

 その間中、騎士たちは特に何もすることなく、立ち尽くしていた。


「おい、何をしているんだ?」


 一番近くにいたキルコに訊くと、


「わからない。ルールの説明とかなんとか言っていたけど……」


 と、あまり要領を得ない。

 どうやら集めるだけ集めたが、これから何をするかはまだ説明されていないらしい。

 オオタネアは演習と言っていたが、ここにはユニコーンもいないし、一対一の格闘戦でもやらせるつもりなのだろうか。

 ただ、ユギンの足元のあたりにある蓋の開いた二つの黒い櫃に、剣のようなものが多量に用意されていることから、おそらくはあれを使うのだろうということが想定される。

 とりあえず、騎士たちと一緒に待ちぼうけを受けるのも嫌なので、アンズたちのところに近寄る。


「あ、いいところに。この模擬剣を手分けして配ってください、お願いします」


 満面の笑みで出迎えられたが、実際には雑用を押し付けられただけだ。

 アンズ・ヴルトという女は、俺のことをわりと軽く見ているのである。

 とは言っても、これも仕事だと思えば特に不平も感じずに励むこともできるだろう。

 俺は櫃を担ぎ上げ、一つを十三期の連中の手前に置いた。

 

「なんですか、これ?」

「わからん。ただ、これからの演習で使うみたいだ。全員、一本ずつ取れ」

「……軽いですね。しかも、なんか、魔導が篭っていますよ。変なの……」


 マイアンだけは、この櫃の模擬剣が尋常なものではないことに気づいたらしい。

 さすがは僧兵の娘だ。

 全員に行き届いたのを確認すると、もう一つの櫃を持って十四期の前に同じように置いた。

 エンリ・ジイワズの前だったので、自然と目が合う。

 よくわからないが、挑戦的な目つきをしていた。

 生まれつきという訳ではなく、俺に対して何か含むところがある様子だった。

 しかめたこともなさそうな眉間に、明らかに皺が寄っているのは少しだけ可哀想だ。


「俺は、おまえになにかしたか?」

「いいえ、教導騎士様。へその緒を切って以来、わたくしが貴方様に直接何かをされたことはございません」

「……なるほど。間接的に何かしてしまったことがあるのか。だが、悪いんだが、そのことについて責任はとれないので勘弁してくれよな」

「勘弁するもしないも、わたくしが貴方様になにかを要求することは決してありません」

「ならいい。ま、よろしくな、ジイワズ」

「家名で呼ばれることをわたくしは好みません。エンリ、または、エレンルとお呼びください」

「……どっちがいいんだ」

「エレンルが本名ですわ」


 よくわからない。

 エンリかエレンル、どうして別の名前を持っているのか、そして何も要求しないといいながら、言下に本名呼びを匂わせていることも意味不明だ。

 そこで、俺は深く考えないことにした。


「じゃあ、エレンルと呼ぶよ。あ、ついでだから、おまえもこの模擬剣を配るのを半分手伝え」

「……なんですって?」

「俺ひとりだと効率悪いから、配るのを手伝えって言ったんだよ。ほら、さっさとしろ」

「あ、あのですね……」

「うるさい。下っ端のくせに教導騎士の言うことに逆らうな。さっさと仕事しろ、仕事」


 そう言って、櫃の中の剣を何本かエレンルに押し付けた。

 何かを言いたそうな顔をしたが、ひとつため息をついて諦めると、エレンルはそのまま俺の渡した剣を同期に配り始める。

 その様子を、十四期たちは何とも言えない複雑な表情で見つめていた。


「よし、終わったぞ」

「お疲れ様です、教導騎士。では、これから演習のルール説明を始めますので、邪魔にならないように端によっていてください、お願いします」


 慇懃無礼とはまさにこのことだ。

 俺がとぼとぼと十三期の横、クゥの隣に並ぶと、アラナに黒板を持たせたアンズが説明を開始した。


「まず、これから行う演習のルールを説明する。おまえたち全員には、この〈騎士の森〉の全域を舞台にして殺し合いをしてもらう」


 は、何だと?

 殺し合いだァ?


「とは言っても、使っていい武器はさっき渡した模擬剣だけだ。ちなみにこの模擬剣は木で出来ているが、ある程度の力を込めて人を切ると派手な音が鳴るように魔導がこめられている。例えば、こんな感じだ」


 アンズがさっとアラナの胴を横薙ぎにすると、「ボバン」と意外に大きな音がした。

 切られたというよりも爆発したという類の音だ。

 まさかデカイ音が鳴るとは予想していなかったせいか、全員が顔をしかめている。

 

「切られた方はその場で戦死したということになる。ちなみに、相打ちの場合は両者切られたものとする。判定が微妙な場合も、だ。そのあたりは騎士として、公平誠実に振る前えよ。そして、敵を倒したものには、得点が与えられる。他の期の騎士の場合は一点、同期の場合は二点、私たち教官については三点、そこにいる教導騎士さまの場合は五点だ」

「……ちょっと待て」

「説明をしているので、後にしてください」

「はい……」

「時間は日が落ちるまで。最終的に集計して、最も得点を稼いだものには豪華景品が送られることになる。豪華景品については、オオタネア様が直々に用意されるそうなので期待していいぞ」


 豪華景品と聞いて、数人の目の色が変わった。

 現金なやつらだ。


「あと、反則についてだが、① 誰かに怪我をさせたもの、②〈騎士の森〉から出たもの、③ 模擬剣以外の武器を使用したもの、④ 嘘の申請をしたものは失格となり、それまで稼いだ得点は遡及的に消滅することになる。理解したか?」

「「「はい!」」」

「質問があるものは? はい、教導騎士」


 手を挙げた俺をアンズが指名した。

 というか、手を挙げないと俺の言い分を無視しただろう、こいつ。


「なんで、俺も含まれているんですか?」

「これは西方鎮守聖士女騎士団に所属する騎士全員の演習だからですよ。あなたも教導『騎士』なので当然参加が義務付けられます」

「オオタネアの差金か……?」

「さあ、なんのことです?」


 とぼけるのがわざとらしすぎる。

 とにかく俺を強制的に参加させようという意図が見え見えだ。

 何を目的としているかは知らないが、この演習でなにをしようとしているんだ、オオタネアは。

 

「演習の開始は、次の鐘がなった時ということにするので、それまでは自由に移動していていいぞ。宿舎内も使っていいが、何かを壊すと自己負担となるのでそのあたりは計算して動けよ。あと、オオタネアさまは参加されない」


 十三期は全員が露骨に胸をなでおろした。

 ああいう存在自体が反則生物を投入してはいけない。


「では、皆、健闘を祈る」


 そう言って、アンズとアラナはさっさと広場から去っていった。

 こちらの質問をこれ以上、受け付ける気がないのが丸分かりだ。

 何を企んでいるのやら……。


「セシィ、お互い頑張ろうね」


 タナが寄ってきて拳を握って突き出した。


「ぐっどらっく」

「ああ、グッドラック」


 俺は同じ礼をして返した。

 にっこりと笑って、タナは身を翻して去っていく。

 目指す先は森の中だ。

 どうやら密林でゲリラ戦でも仕掛ける腹のようだ。

 あいつもあまり貴族の娘という気がしないんだよな、いつまでたっても。

 他の十三期たちも、全員、俺に声をかけてから思い思いの方角に向かって歩き出す。

 中には走り出すやつもいた。

 皆がやる気満々なのが凄いところだ。

 ……一方で、十四期は戸惑いを隠せないでいた。

「演習」と言っておきながら、こういうゲームのようなものが始まったことについていけないのだろう。

 誰ひとり、ここから離れない。

 放っておけば鐘が鳴るまでこのままかもしれないので、俺は声をかけることにした。

 ほとんど顔も知らない連中相手に話しかけるのは、相変わらず緊張するのだが、仕方ない。

 俺は一応、大人なのだ。


「ほら、早く動いて作戦を練らないと、始まってすぐに狩り立てられるぞ」


 それでも動かない十四期たちだが、意を決したのか、シノが至極もっともなことを俺に言った。


「これ、なんなんですか?」

「おそらく、適正試験だ」

「……試験?」

「おまえたちに、創意工夫して生き残る力があるかどうかを試そうとしているんだろう。西方鎮守聖士女騎士団は〈雷霧〉の中に突っ込んで、〈核〉を潰して生還するのが任務だ。どこよりも戦死率が高いからこそ、どこよりも生き残ることを優先している。生き残る執念を持ち、それを有さない騎士を仲間にする訳にはいかないんだよ」


 俺に思い浮かぶのは、このぐらいの理屈だけだった。

 完全にオオタネアの真意を理解した訳ではないが、さほど間違ってはいないだろう。

 ただ、どうして俺まで巻き込まれたのかまではわからないのだが……。

 さて、どうしたものか。


「こんな、遊びみたいなことで……なにがわかるんですか?」

「あの〈雷霧〉を潰してきた連中の、恐ろしさがわかる。おまえらが生き残れれば、もっとわかるものもあるだろう。少なくとも、仲間内で剣を抜きあって決闘騒ぎを起こすような真似がくだらないことだと理解出来る程度にはな」


 シノとエレンルは顔を伏せた。

 この演習の発端となったのが、自分たちの起こした騒ぎだということを思い出したのだろう。

 俺は他の十四期にも聴かせるようにゆっくりと言った。


「西方鎮守聖士女騎士団は、目的を持って心を一つにしないと生き残ることができない部隊だ。なぜなら、〈雷霧〉の中に入ってしまえば、他からの助けは絶対に期待できないからだ。頼れるものは、騎士団の仲間とユニコーンだけ。それなのに、任務達成のためにその仲間さえ切り捨てて行かなければならない時もある。切り捨てられた仲間もそれを当然と諦めなければならない。そうしないと、〈雷霧〉は自分たちの国を、故郷を、家族を、犯して蹂躙して汚し尽くす。背負っているものが、重すぎるんだ」


 俺はひとつ言葉を区切り、


「身内で小競り合いをするような、そんな余裕は、俺たちにはないんだ」


 そう噛んで含めるように言うと、一人の黒い太縁の眼鏡をかけた少女騎士が、ふらりと群れから離れて宿舎の方向へ歩き出した。

 足取りはしっかりしている。

 どうやら、戦う気になってくれたようだ。

 そして、次々と無言で騎士たちがこの場を離れていく。

 それぞれ態度に違いはあるが、俺の言いたいことを少しはわかってくれたのかもしれない。

 最後に残っていた、シノとエレンルが揃ってその場を離れていった。

 ぼそぼそとお互いに小声で言い合っていたが、別に罵倒している様子でもなかったので、聞かなかった振りをした。

 

 騎士が全員いなくなった広場で、俺も剣を肩に背負って移動の準備をしようとした。

 すると、こちらの様子をずっと見守っていたらしいユギンが言う。


「……いい演説でしたよ、童貞クン」

「茶化すなよ」

「貴方が成長してくれると、私たちも大変やりやすくなりますからね。純粋に嬉しいのですよ」

「ここに来て、もう一年になるからな」

「そんなになりますか。長いものです。……ところで、教導騎士」

「なんだ?」

「鐘が鳴りますよ」


 と、ユギンが口にした途端に、本当に「ガラァァァァン!」と青銅の鐘が鳴り響いた。

 俺は慌てて、周囲の様子を窺う。

 遮蔽物のまったくない広場では、どう見ても、俺はただの迂闊な標的にしか見えない。

 しかも、高得点の。

 誰かに狙われる前にさっさとここから逃げなければ。


 とりあえず、俺は隠れる場所を探すために全力疾走をはじめたのであった……。

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