問題児たちの肖像
騎士シノ・ジャスカイ。
あらかじめ渡されていたファイルで確認してみると、やはり王都守護戦楯士騎士団のキィランの娘だった。
あの銀髪は、父親のものを受け継いでいるのだろうが、キィランは見事なまでに禿げ上がっているので、そのまばらに生えた髭と同じ色としかいえないのが少しかわいそうだったが。
考課表を見る限り、総合的にはかなり優秀。
年齢からすると、本来ならばタナたちと同期、もしくは一個上にあたるはずなのだが、その時は名前こそ上がっていても実際には打診もしていなかったようだ。
元々、父親のいる戦楯士騎士団に入る予定だったことから、ユニコーンの騎士になることはないだろうとみていたとのことだ。
選別をしていたものたちからすると、ザン家の政敵でもあるメルガン家との絡みで、あまり強引なまねをしたくなかったのもあるのだろうと思われる。
そして、今年、騎士見習いとして入団し、ボルスア〈雷霧〉戦にも従軍している。
その後、キィランの言葉を借りれば、父親を守るために西方鎮守聖士女騎士団に再入団したというわけだ。
本来ならば、うちの露骨な引き抜きととられかねないし、父親であるキィランの顔を潰した裏切り行為とも言われかねない行動だった。
だが、ファイルには司令官であるところのダンスロット直々の推薦状と、若い騎士の訓練にあたっているらしい上級の騎士からの口添えがあったことの記載もされていた。
例の公開試合のあと、戦楯士騎士団とは友好関係になっていたおかげでもあるのだろうが、誰も文句のない移籍騒ぎといったところだった。
得意の武器は、さっきの斬馬剣。
父親ほどではないが、相当自在に操れるらしい。
さっきの八双の構えはなかなか堂にいっていたし。
馬も両断できる斬馬剣を使いこなせるのなら、最前衛に回すことができそうだった。
実のところ、俺たちとしては前回の反省から、タナ・マイアンの双璧に並ぶ、攻撃の中心を育てることを考えていたのだ。
もし、このキィランの娘がその強さを持つのならば、合わせて三巨頭になるぐらいに徹底的に鍛え上げなければならない。
大きな目がやや吊り目気味で気の強そうなのも、これからの戦局を考えれば、隊長向きかもしれないなと思い直した。
問題は考課表にもある、「やや直情径行な部分が見られる」との文言だ。
あまりの猪武者ぶりだと陣形に組み込みにくいことになりかねないから、そのあたりはよくよく観察してみないとならないだろう。
ちなみに、もう一人の方も調べてみた。
騎士エンリ・ジイワズ。
大貴族ジイワズ家の娘らしく相当なエリート教育を受けているようで、訓練所の成績としてはタナに匹敵するものがある。
それにあのゆるふわな金髪は、いかにも勝気な令嬢という風情だった。
なんでも毎日、人を雇って手入れをさせているらしい。豪勢なことだ。
珍しくわかりやすい個性の持ち主であるらしく、アンズが記したメモにも「お嬢様あるある」的な逸話がいくつも並べられていた。
ジイワズ家の社交界における格は、ザン家やメルガン家と同じぐらい。
騎士になるにしても、本来は西方鎮守聖士女に入っていい人材ではない。
では、どうしてうちに入団したのか。
そのあたりの事情については、ほとんど記載がなかった。
調べ忘れというよりも、調べられなかったというところだろう。
気になるのなら、本人に直接問いただす他はなさそうだ。
得物は、さっきの石突にも刃のついた短槍。
ファイルによると、あの短槍は柄が途中で曲がるようにできているらしい。しかも、金を十分にかけた錬金加工も施されていて、持ち主が〈気〉をあてることで自在に操ることができるうえ、強度も申し分ないそうだ。
だから、エンリについては騎士というよりも、なんとなく拳法家のようなイメージを持ってしまった。
俺の記憶にある世界では、ヌンチャクとか三節根のような武器だとイメージしやすいからだろう。
階級の話だけでなく、武器の面でもかなり型破りなタイプといえた。
さすがユギンに「癖が強い」と言われるだけのことはある十四期だ。
しかし、タナに匹敵するとなると、こいつも戦技に優れているのだろうが、最前衛に張らしてもいいのかどうかは難しい。
こいつの背負っている家名というものが邪魔をするおそれがあるからだ。
大貴族に娘可愛さのあまりに横槍を入れられたら、いかにオオタネアでも困ったことになるだろうし。
……等と頭をひねっていたら、俺の小屋の窓から一角聖獣のアーが顔を覗かせてきた。
わざわざ、馬房から俺のところに来るなんて珍しい。
窓を開けて、身を乗り出して話しかけた。
「どうした?」
《人の仔よ。新しい騎士たちが来たそうだな》
「ああ、そのうちに『見合い』させるし、おまえたちにも引き合せるよ」
《……そのことなのだが》
「なんだよ、何かあったのか」
《我らのねぐらの周囲に、度々その新しい騎士が出没しているのだ》
「散歩のついでの様子見とかではなくてか?」
《ああ。間違いなく、こちらの様子を窺っている。好奇心が強いのも、処女の特徴ではあるのだが、このような細作まがいの探られ方は少々不快だ。最初は喜んでいた同胞たちも、少しだが憤っている》
ユニコーンの馬房は、俺の部屋を挟んで宿舎の反対側だ。
あえて近くに行こうとしない限り、あまり縁のある場所ではない。
それに、団員たちは立ち入り禁止になっているはずなので、その十四期は言いつけを無視して行動しているのだろう。
誰かは知らないが、勝手なことをする奴だ。
「一人か?」
《おそらくは》
「珍しいな。把握できていないのか」
《常に風下から来る上、ウーの幻視が届かないぐらいの距離から遠眼鏡を使っているようだ。姿を見たこともない》
「気配はすれども、姿は見せずか。……で、おまえたちはどうして欲しいんだ」
《来るのならはっきり中に入って欲しい。どんな美少女なのかを知りたいのだ》
「……スケベ根性丸出しっすね」
鋭い一角を持った見た目だけは素晴らしい聖獣は、シミジミと含蓄ある言葉を紡ぐように言った。
《新しい処女が十五人も我らに会いに来たというのに、まだ会わせてもらえないというこの蛇の生殺しのような環境で、近づこうともせず芳しい匂いだけをさせて立ち去っていくというのが、我々にとってどんな拷問なのか、人の仔にわかるのかね? 彼女がしているのは、生木を裂くにも等しい残酷な行為なのだよ。憤る同胞の気持ちも、我にはよくわかる》
「はいはい、そうですねー」
《なんとしてでも、人の仔には彼女のしている辛い行為をやめさせて、一刻も早く我たちに麗しい貌を見せに来るようにしてもらいたい》
「よかったですねー」
《……やる気はあるのかね?》
「ねえよ」
俺はアーの鼻先に窓を叩きつけるようにして閉じた。
なんか外で〈念話〉でもない嘶きを発しているが、無視だ、無視。
スケベ駄馬の桃色の戯言なんぞ聞いていられるかい。
(……しかし、妙だな)
俺はさっきのアーの話に妙な警戒感を抱いた。
十四期が好奇心から自分たちの相方になるはずのユニコーンたちを、馬房にまで覗きに行くことはあるとしても、それもあって一回か二回程度だろう。
何度も頻繁にというのはさすがにおかしい。
あと、わざわざ風下からの接近ということや、遠眼鏡まで使うというのはあまりに用意周到すぎないだろうか。
手口(あえて、この言葉を使う)が騎士らしからぬ。
まるで間者のような……。
俺はファイルを漁ってみることにした。
だが、モミのように間者あがりがいるという記載はない。
かと言って、十四期以外の新人は本部に出入りできるはずもないしな。
そう考えて、もう一度アーに話を聞こうと窓を開けたが、すでに俺の相方のユニコーンの姿はどこにもなかった。
窓の下の土が、地団駄を踏んだように荒れていたのは、きっとあいつが原因だろう。
馬の癖にいらん感情表現をする奴だ。
◇
[第三者視点]
教導騎士の小屋からとぼとぼと去っていく一角聖獣を見ながら、カイ・セウは自分の中の興奮が抑えられそうにないのを感じていた。
ついさっき、あのユニコーンと教導騎士が窓越しに会話をしていたのを見た瞬間から、彼女の想いは熱くたぎる一方だった。
黒くて縁の太いメガネをかけてやや痩せ型の彼女は、見た目の文学少女的な容姿にふさわしい心の中で熱くなるタイプだった。
〈ユニコーンの少年騎士〉。
やはりあの青年、幼い頃から彼女が憧れていた伝説の人物だったのだ。
約ひと月ほど前、ボルスアでの〈雷霧〉戦において、騎士団の陣中に〈ユニコーンの少年騎士〉がおり、そのまま参戦したというまことしやかに囁かれた噂があった。
招集に応じて、ビブロンに旅立つ準備をしていた彼女は、その噂を聞いて色めきだった。
なぜなら、十年前の西方鎮守聖士女騎士団設立以来、ほとんど表に出てこず、最近では実在さえも疑われかけていた伝説の存在についての話が、久しぶりに流れてきたからである。
しかも、十年間で最大級の〈雷霧〉への勝利にまつわるものとして。
王都で発行される新聞にも、その話は載せられた。
ボルスアに出征していた戦楯士騎士団の団員が帰還すると、彼らは表向きは否定するのだが、周囲の目を気にしてから「実は……」とその噂を追認するという光景が多く見られるようになった。
カイが蟄居していた、ある騎士団の施設においても、その噂は流れ、のちのち事実だと認識されるようになる。
彼女は貪るように情報を集めまくった。
そして、確信した。
〈ユニコーンの少年騎士〉は、今は聖士女騎士団の中にいると。
見た目に反して札付きの問題児でありながら、無理をしてユニコーンの騎士に志願した甲斐があるというものだった。
彼女の手には、小さい頃から愛読していた本が握られている。
あまり暮らしに余裕がなかった彼女の家で、唯一、わがままを言って買ってもらった本だった。
大切にしていたが、表紙も紙も手垢でだいぶ汚れてしまっている。
タイトルは『少年騎士の大冒険』という。
名前も知られていない少年騎士が、国王様と謁見し、その命令を受けて〈魔獣の森〉に旅立ち、様々な苦難を乗り越えながらついにユニコーンの王様と友達になり、そしてたくさんのユニコーンを連れて戻ってくるというお話だった。
挿絵もなにもないこざっぱりとした本だったが、ほとんどの内容は事実であった。
彼の活躍に基づいて、西方鎮守聖士女騎士団が設立され、そして今に至るのだから。
そして、彼女は〈ユニコーンの少年騎士〉に憧れるあまり、無理をして騎士養成所に入り、そしてユニコーンの乗り手となる道を選んだ。
一年遅れたのは、ちょっとした事故をおこして蟄居させられてしまったからだが、それだって決して回り道ではない。
だって、西方鎮守聖士女騎士団にあの人がいることが確信できたのだから。
カイは一歩を踏み出せずにいた。
あの小屋に行き、対面したとしてなにを口にすればいいのだろう。
そもそも、目を合わせられるかどうかさえ不安なのに。
もう一度、手にしていた本のページをめくる。
暗記しかねないほどに読み込んだため、すぐにフレーズが頭に浮かんでくる。
『この世界を守ろうよ』
ユニコーンの王様と少年騎士が交わした約束の言葉だった。
そして、その約束は現実になろうとしている。
カイは踏ん張った。
ここで逃げたら女がすたる。
一歩踏み出してみた。
意外と簡単に右足が出る。
そして、物語にあったようにカカトを三回だけ打ち鳴らして、カイは教導騎士の小屋へと歩き出した。
あとはなるようになれ。
「ちょっと待つッス」
いきなり肩を掴まれた。
先程、食堂で見かけた背の低い十三期の先輩騎士がいた。
「どこに行く気ッスか。あんたが行こうとしているのは、私らの教導騎士の根城ッスよ」
「……え、そうなんですか?」
「誤魔化しましたね。怪しいッス。とりあえず、ノンナ隊長かタナさんのところに連行させてもらうッスよ」
「いや、あの、そういうものでは……」
「グダグダ言うのはさらに怪しいッス。神妙にお縄を頂戴しろッス」
ただでさえ、憧れの人に会おうとテンパっていたところに、突然、想定外の嫌疑をかけられたことで、カイ・セウの精神はついに爆発した。
そのまま地面に崩れ落ちてしまったのだ。
極限まで精神が高ぶると、そのまま気絶してしまうという悪癖を発し、カイは見事なまでに意識をなくしてしまう。
彼女が、座学において光るものがあり、そこそこ優秀な成績を持ちながら、決して優等生にはなれないのはこのせいだった。
「ちょ、ちょっと待つッス。ひぃぃぃ。なんで、いきなり気絶するんスかぁぁ? おーい、おーい、しっかりしてくださいよォォォ!」
アオ・グランズの叫びが木霊しても、カイがすぐに目を覚ますことはなかった……。