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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第十一話 激突、十三期対十四期
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決闘騒ぎ

 西方鎮守聖士女騎士団の宿舎の一階にある食堂は、三十人ほどが一斉に食事を取れるように広めに出来ており、たまに会議にも使われるだけあって、かなり広めのスペースとなっている。

 隣接する厨房そのものはあまり大きくなく、数人の調理人とベスが行ったり来たりするだけで狭く感じるぐらいだ。

 ちなみに、俺はあまり利用しない。

 そもそも、宿舎自体が男子厳禁のため、よほど体調が悪かったりして自炊できないときなどでしか近寄らないようにしているからだ。

 食事でもしながら騎士たちと交流を図る必要があるときは、外で布でも引いて一緒に摂るようにしていた。

 予想通りに騒がしい中に入ると、テーブルが幾つも壁際に追いやられ、ぽっかり空いた中央に、二人の少女が対峙していた。

 一人は、銀色がかった髪を短めにした鋭い刃のような印象の美しい少女。うちでは見たこともない長い刀身の斬馬剣を八双に構えている。

 もうひとりは、ゆるいロール状に巻いた長い金髪の少女であり、対峙している相手との印象の差が対照的すぎる。

 こちらが手にしているのは、ナオミのものに似た短槍で、奇妙なことに石突のところにも同じような穂先が輝いている。取り扱いに苦心しそうな武器だった。

 しかし、どちらも室内で振り回すには適していない得物で、ハカリが報告に来てからもしばらく睨み合いが続いていたのは、多分、そのことが原因だろうと思われる。

 迂闊に手を出せば、相手に後の先をとられるおそれがあるからだ。

 それに、遠目に見守っている団員やテーブルに当たらないとも限らない。

 決闘騒ぎになって抜剣したはいいが、その色々な部分でうまくいかなくなっていったものと推測される。

 案の定、それを見抜いたのか、オオタネアはつまらなそうに溜息をついた。


「……小娘どもが」


 そう言うと、オオタネアは向かい合う二人や野次馬にもわかるように、堂々と食堂の中に入っていった。

 こちらは巻き込まれる可能性など、微塵も考慮していない。

 例えそうなったとしても、処理できるだけの実力と自信があるからだろう。

 将軍閣下の登場を知って、空気が一気に変わった。

 ただ、元々の部下の十三期と、まだ彼女の戦いを観たことのない十四期では、反応に大きな違いがあるのだが。


「……んんー、何の騒ぎだ、これは? おい、アルバイ。ちょっと説明しろ」

「はい」


 決闘が始まっていると思っていたオオタネアからすると、拍子抜けする程度の騒ぎではあっても、本部の中で普通は許されていない帯剣・抜剣したことは咎めなければならない。

 すでに斬り合いでもしていれば見上げたものと思っていたようであるから、むしろ何も起こっていなかったことで少々面倒くさくなっているらしいことは、長年の付き合いから読み解れた。

 指名されたノンナは、どうやらここに揃っている面子の中では一番の上位にいるらしく、仕方なく前に出て説明を始めた。


「……私たちが食事を摂っていると、そこの二人の十四期の騎士たちが口論になり、立てかけてあった互いの武器を手にし、決闘を叫びはじめました。口論の原因はよく聞き取れなかったのですが、おそらくそれぞれの入団の経緯についてだと思われます」

「おまえたちは止めなかったのか」

「四方を見てください。タナ、ナオミ、マイアン、あとハーニェがいつでも飛び出せるように囲んでいます。抜剣するまでは見逃していましたが、本当に斬り合いになったら、強引にでも制圧する予定でした」

「……無手でか?」

「所詮は一期下です。道具に頼る必要はありません」


 とても簡単なことのように言われ、決闘しようとしていた二人はおろか、同期の争いを見守っていた十四期たちが目を剥いた。

 こけにされたように感じたのだろう。

 だが、実際のところ、いつのまにか食堂内において移動し、制圧のための機会を窺っていた四人を見て少し驚いてはいたようだ。

 中央の二人のことばかりに気を取られて、四人の行動に気がついていなかったからだろう。

 タナに至っては、十四期の集まりの中に悠然と入り込んでいたぐらいだからだ。


「制圧しちゃっていいの?」


 一歩前に出たタナが言った。

 その剽げた軽い口調には、「遊びに行っていい?」程度の緊張さえ感じ取れないぐらいだった。

 つまり、彼女はこの刃傷沙汰をトラブルだとも思っていないのだろう。

 一ヶ月前の戦いを思えば、たかが喧嘩だ。

 よほどのことがない限り、死ぬものでもないと。

 年頃の乙女の認識としては麻痺している気がしないでもないが。


「……舐めないでください」

「バカにしないでいただけます?」


 本来の中心人物であるところの二人が、不快感を露わにした。

 目の前の相手よりも、ノンナとタナの発言自体にさらなる不愉快さを感じたらしい。

 お互いへの敵愾心が薄れ、それは先輩たちに向けられることになった。


「貴様ら、本部内での帯剣自体が禁止されているのに、それを持ち込んだ挙句に抜いた以上、罰を受けるのはわかっているよな。なあ、ジイワズとジャスカイ」


 二人の十四期は同時に頷いた。

 オオタネアにまで反発する度胸はなさそうだった。

 しかし、この二人からするとオオタネアが上司だからという理由の方が大きいらしい。

 その圧倒的実力さに慄いて、という元々の部下たちとは違い、まだ畏怖の感情が薄い。

 しかし、ジイワズとジャスカイか。

 さっき名前の出た連中だな。

 銀髪の方が、斬馬剣を使っているしキィランの娘だな。父親に似た武人っぽさがある。

 ジイワズとなれば、あの金髪は貴族の令嬢なのか。

 それにしては短気そうだ。しかも、あまり優雅ではない。


「何が原因で揉めたのかはわからんが、そんなに元気が有り余っているのなら、十三期と演習でもしてみろ。なに、一期上程度だ。おまえらでも、なんとか食い下がれるだろう。……アンズ、アラナ」

「はい」

「午後からの教練は中止していい。その代わりに、十三期と十四期で何か対戦させろ。余興程度で構わんから」

「わかりました」

「……それと、決闘騒ぎを起こしたバカ二人は、どっちが年上だ?」


 二人は顔を合わせ、


「あたしは十八。あんたは?」

「同じですけど。桔梗の月の産まれですわ」

「じゃあ、あたしが二月ほど先だ」


 すると、オオタネアはジャスカイに向き直って、


「では、貴様が暫定で十四期の隊長を務めろ。ジイワズはその補佐だ。……ただし、これはあくまで暫定だからな。他にまともな奴がいるようなら、そいつらに変更する可能性もある。まあ、現時点ではその確率の方が高いがな」


 なんとまあ、こいつらを隊長格に据えるのか。

 面白がっていないか、オオタネアさまよ。

 突然のこととはいえ声も出ない二人から目を離し、将軍閣下は食堂全体を見据えた。


「このつまらない騒ぎはここまでだ。十四期はさっさと食堂を元に戻せ。あと、十三期」


 十三期全員が、こっちを見る。


「ムーラとシャーレの空いた穴に、こいつらを押し込める。よく観察して、自分たちの仲間にできそうな奴を見つけておけ。下手をしたら取って代わられるかもしれんが、それは騎士団のためにもなる。覚悟はしておけよ」

「「「はい」」」


 全員が騎士の礼をとった。

 オオタネアの指示は絶対だ。

 後輩たちのように曖昧な態度はとらない。

 それが実戦をくぐり抜けた精鋭部隊の有り様だった。


「では、ここで解散」


 たいした気合も入っていないアンズの号令とともに、俺たちは執務室へ戻ることになった。

 その途中、オオタネアがぼそりと口にした。


「ますます、ここも女臭くなっていくなあ、セシィ」

「……返事の難しいことを言わないでくれ」


 今度加わった十五人の新米たちを、これからどのように育てていくべきなのか、俺の仕事はまた新たな局面を迎えるのだった。

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