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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第十一話 激突、十三期対十四期
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西方鎮守聖士女騎士団 十四期

 二振りの魔剣〈月水〉と〈陽火〉を煌めかせ、タナは突き出された槍の穂先と繰り出された斬馬剣の一撃をいなしきった。

 どちらも抜き見の刃を用いた容赦呵責のないものだというのに、まるで舞うかの如き優美さをもって受けきっている。

 さすがは、天才(タナ)であった。

 しかし、そのタナ・ユーカーをもってしても、容易に攻勢に転じることができなかった。

 左右斜め前に対峙する二人の騎士から発せられる圧力と、互いに拮抗した技量が、それを許さないのだ。

 凌ぎきることだけなら可能。

 だが、勝ち切るとなるとなかなかに困難である……。

 もっとも、タナの澄ました顔には汗の一滴も流れていない。

 あのボルスアでの〈雷霧〉との戦いを切り抜け、しかもあの一戦だけでタナが記録した魔物討伐数は六十二匹であり、西方鎮守聖士女騎士団の歴代五位につけている彼女だ。

 名実ともに、十三期の騎士の中では最強の騎士といってもいい。

 この程度の状況で動揺することはありえなかった。

 対する二人の方が、深刻きわまる様相を呈していた。

 それはそうだろう。

 自分たちで選択した成り行きとはいえ、先輩であり、かつ十三期最強のタナ・ユーカーを相手に決闘を申し込む羽目になってしまったのである。

 しかも、渾身の打ち込みと突きを至極簡単にいなされたのだ。

 追撃こそされていないが、それも必死に二人で集中をしているからであって、相手の不手際というものではない。

 むしろ、このままの膠着状態に陥ってしまえば、体力と精神力を削られていくのは自分たちだとわかっているのだろう。

 自然体のような双剣の構えを保ったままのタナに比べれば不利すぎる。

 短槍を持ったエンリが焦れたように摺足で右に回り込む。

 斬馬剣のシノは反対側だ。

 完全にタナを挟み込むつもりなのだ。

 だが、俺も聞いたことがある。

 挟み撃ちというのは意外に難しいもので、両者の技量が同等でタイミングを揃えられなければ、狙った対象に各個撃破されるだけだということを。

 それに、2対1という騎士としては卑怯な戦術をとって、撃破されればこれからの騎士としての生き方に少なくないペナルティが課せられるはずである。

 ……それでも、打ち合わせもなくその戦術をせざるを得ないのは、タナとの技量の差を知ったからというだけでないだろう。

 眼前の強敵から、なんとしてでも勝利をもぎ取ろうという執念が、二人を駆り立てているのだ。

 エンリ・ジイワズとシノ・ジャスカイ。

 なかなか西方鎮守聖士女騎士団(うち)向きの性質の持ち主のようだった。

 名誉よりも実利を選び闘志の赴くままに戦えなければ、〈雷霧〉との戦いには生き残れないのだから。

 二人の十四期の騎士は、じりじりとタナを挟み込もうとする。

 タナは動かない。

 ゆっくりとした〈気当て〉を続けているのだろう。

 ちょっとした動きを察するために。

 二人を同時に視野に入れることができなければ、対面の一人に集中するしかない。

 そして、そのわずかな身体の動きを察して、見えないもう一人の動きを捉えるしかないのだ。

 空気が緊迫していく。

〈月水〉と〈陽火〉の発するぼわんとした魔導の光が目に焼き付くほどに、俺たちは決闘を見つめていた。

 タナと二人をさらに挟む形で、十三期と十四期が塊になり、互いに睨み合いを続けるような格好になっている。

 ちなみに、アンズは審判のようにその間に立ち尽くしていて、他の主幹たちは俺と並んで様子を見ていた。。

 しかし、どうしてこういう状況になってしまったのか。

 確実に、二つの期が対立しているかのような光景になってしまっている。

 今、こんな形になってしまったのには、実は深くはないが、ちょっと面倒な訳がある。


 話は少し前に遡るのであるが……。


          ◇


「十四期の扱いについてなのだが、教導騎士の意見が聞きたい」


 いつものように早朝からオオタネアの執務室に呼び出されたら、アンズとユギン、そしてアラナという主幹連中が揃っていた。

 俺としては、王都に行っている間に放置気味だった一角聖獣どもの面倒を見なければならないので、さっさと終わらせたいところだったが、どうも様子がおかしい。

 そして、開口一番に出てきた発言がそれだった。


「……意見といっても、具申するほどの情報を俺は持っていないぞ」


 なんといっても、十四期とは実は顔合わせもしていないのだ。

 何度か遠目で様子を見られていたらしい気配はあったのだが、あっちからは積極的に近づいてこないうえ、王都から帰ってきたばかりでユニコーンの馬房の掃除や修理で忙しく、それどころの騒ぎではなかったせいである。

 以前のようにユギンから手渡されたファイルには、簡単に目を通してはいるが、特にこれという感想は抱けなかった。

 十三期の時の経験を踏まえ、実際に接したあとでないと、教練のカリキュラムを組むのも難しいと思ったからだ。

 前回はトラブルもあったがユニコーンとの見合いもなし崩しで前倒ししたし、馬術未経験者中心にしようとしたら、経験者よりも上手くなるという逆転現象が起きてしまったということもある。

 したがって、アラナやエイミーあたりがまず適正を判断してから、さっさとユニコーンに引き合わせて、それから各自にあったカリキュラムを作ることに決めていた。

 それなのに、意見を聞きたいと言われてもはっきりいって困るのだが。


「おまえは、十四期全体をどのように育成したいと考えている?」

「十三期と一緒でいいんじゃないですか? あいつらでは成功したわけだし」

「しかし、教導騎士。ここに招集された十四期は、全部で十五人。騎士のユニコーンの数は、オオタネア様、教導騎士、そして間者モミの相方の三頭を含めても二十二頭。〈雷霧〉後に一時的に〈聖獣の森〉へと帰した十頭を引くと、残り十六頭。ギリギリの数字になりますね」

「……ああ、なるほど。前回のような、一人二頭の長距離移動はできなくなるのか」

「ええ。そのため、少なくとも、十四期に回せるユニコーンの数は十頭程度に収めたいのです。いざという時のこともありますし……」

「うちの面子が二十人を超えることなど、創設以来なかったことだからな。ある意味で嬉しい悲鳴と言えなくもないが、厄介な問題なのだよ」

「……だが、それは前からわかっていただろう? なんで今更」

「それはですね、教導騎士。次回の〈雷霧〉発生時には、二十五人程度で陣形を作りたいからなのです。今回の『ボルスア・ワナン同時発生〈雷霧〉消滅戦』においての、詳細な報告書がようやく一昨日まとまりまして、それを分析したところ、そのぐらいの人数の方が妥当ではないかという結論がでたのです」


 そういえば、つい先日まで文官騎士連中がやたらとピリピリして書類を作っていたな。

 ハカリのやつまで何か忙しそうにしていたぐらいだ。

 そんなものを制作していたのか。


「〈雷霧〉の規模にもよりますが、今までの最大級のものに限ったとしても、それ以上の人数だと小回りがきかずに進軍が滞るようなのです。ですから、その人数でしばらくは統一したいと思っています」

「なるほど、おまえらと十三期含めれば二十人ぐらい。それに五、六人を足す限度で十四期は育成できればいいのか。そうなると方針も変わらざるを得ないな」

「はい、そこで教導騎士の意見をいただきたいのです」


 少しだけ悩む話だった。

 つまり、十五人すべてを平等に育て上げ〈雷霧〉に備えるのではなく、数人を特に選抜して、既存の騎士たちに組み込ませるということになるわけだ。

 騎士の育成に少しぐらいの差が出てもよく、十三期のように無理やりに底上げする必要がなくなるのか。

 すると、以前のような促成によるものとは違う、ある程度計算できる騎士を準備できることになる。

 先を考えればいい話だ。

 ただ、十四期が納得するかという問題はあるが。

 騎士団という軍隊に、個人の感情が入り込む隙はあまりないが、それでも面白くないこととして反発を覚えるものもでるだろう。

 その辺のケアも大切になるだろうし。


「とにかく、こちらとしては絶対に失えない希少な実力者を除いて、いざという時の替えとなる人材を要請するのがいいんじゃないか」

「逆に言えば替えが効かないのは誰か、ということですね」

「……現騎士団で、もっとも喪えないのは騎士クゥデリアとミィナの二人ですね。他は自分も含めていざとなれば誰でも務まる地位です」


 確かに、あの二人のようなユニコーンの騎乗技術は誰も有していない。

 常に戦術に組み込まれているほど、重要な騎士だというのに、他に替えがきかないのだ。

 それに比べれば、十三期最強のタナや隊長のノンナでさえ、代役を立てることができるぐらいの立場でしかない。


「あと、幾つかの集団で分けるとしても、アンズやノンナのように十四期の隊長を定めて、〈雷霧〉と戦うという目的をはっきりさせてやる必要がある。その役割分担ができないとな」

「……言うようになったな、セシィ」

「うるさい、ちょっと黙ってくれ。……で、隊長候補はいるのか、ユギン」

「とりあえず、三人ほど。ただ、今回は私が自ら裏を取ることができなかったので、それ以上の助言はできかねます」

「……なんかあったのか?」

「十三期の騎士たちの時には色々と厄介事があったことと、〈雷霧〉の発生がやはり数ヶ月早かったせいです」


 まあ、色々とあったわな。

 そうなると、ノンナのときのようなピンポイントでのユギンからの推薦はなしということか。

 出来る限り早く隊長は決めたいのに、決め手にかけるというのは少々面倒だ。


「じゃあ、将軍閣下。隊長候補は俺があとで推薦するから、前みたいに承認してくれ。それと、アンズは早めに適正訓練をして、十四期がどんなものかを見極めてくれないか。さすがに『見合い』はそのあとにしよう。アラナはそのまま、十三期の訓練を続けてくれ。ところで、エイミーはどうした?」

「騎士エイミーと他の十一期、十二期は王都に一端戻りました。十五期の選別に入るためです。あと、事後承諾でスミマセンが、シャーレ・テレワトロもついて行かせました」

「シャーレを? なんで?」

「あいつは、〈赤鐘の王国〉では結構な貴族の令嬢出身でな。意外と事務処理に長けている上、顔が利く部分が多い。王都での騎士団の出城造りに励んでもらおうと考えて、出張させることにした。下手をすると、もう実戦部隊には戻らないかもしれないから、最初から其の辺は織り込んでおけ」

「なるほど」


 シャーレは、確かにそんな芯の強い部分のある少女だった。

 それに十三期の訓練中、十一、十二期がしていた仕事に、少しは絡んだほうが十三期(あいつら)のためにもなるだろう。

 これからの西方鎮守聖士女騎士団の中核は十三期になるとしても必要な配置変更ぐらいはあるだろうし。


「あと、教導騎士」

「なんだ、ユギン」

「オオタネア様にも意見具申したのですが、今回の騎士たちはかなり面倒な娘たちばかりですよ」

「……またまた」

「いえ、事実です」

「どういうふうに、面倒なんだ?」

「まず、タナやナオミ、ノンナといったような総合力に優れた騎士がほとんどいません」

「?」

「……自分たちが選考に入ったとき、そういう養成所や他の騎士団での評価が高かったり、評判のいい人材にはことごとく断られたんですよ。いや、正確に言うと、接触さえもできなかったんです」

「嫌われたってことか?」

「いえ、多分、なんらかの横槍か妨害工作の類でしょうね。あの時、西方鎮守聖士女騎士団(うちのきしだん)への悪評をばら撒きまくっていた連中がいたみたいですからね」

「次に、その結果として、十四期には癖のある面子を揃ってしまったようです。ちなみに、ほぼ全員が志願です」


 全員が志願して来たのか。

 ある意味で、それはすごいな。

 ボルスアでの〈雷霧〉戦の以前での選別だというのにそれは大したものだ。


「癖があるって、どんな感じだ。ちょっとやそっとの素行の悪さなら、問題ないぞ。なんといっても、十三期だって少女愚連隊呼ばわりだからな」


 俺の教え子はそういう悪名で、ビブロンの人々に親しまれている。

 無名よりは悪名といっても、世の中には限度というものがあるのだが。

 だが、そんなでもあいつらビブロンでは子供たちからお年寄りまで大人気なんだよな。

 最近は、普通に露天商で写真が高額取引されているし……(ちなみに、裏で糸を引いているのは騎士団の連中だ)。


「素行というか、育ちというか……。例えば、騎士エンリ・ジイワズは王国で五指に入る大貴族ジイワズ侯爵家の令嬢ですし、騎士シノ・ジャスカイは王都守護戦楯士騎士団のキィラン卿のお嬢様です。他にも、騎士カイ・セウあたりは軍の建物一つを爆発倒壊させて一年の蟄居を受けた問題児です」

「……よかったな、お仲間ができたぞ、セシィ」

「やかましい。――ああ、わかったよ。前よりも苦戦することが瞼の奥にまで浮かんできそうだよ」

「流石に同情します」

「いや、おまえ、俺の秘書みたいなもんだろ。一緒に苦労しろよ」


 他人ごとのようなユギンはさておいて、俺が聞いただけで頭が痛くなる十四期とどう接するべきかを考え出した時、執務室の扉がノックされた。

 返答するまもなく、医療魔道士のハカリ・スペーンが飛び込んできた。

 最近では、よくある光景なのであまり注意もされなくなったぐらいだ。


「どうした? ハカリ」


 落ち着き払ってオオタネアが訊くと、


「将軍閣下、大変ですっ!」

「何がだ?」

「け、決闘です。食堂で決闘が始まりそうですっ!」

「なんだと?」


 決闘というのは騎士同士による一種の喧嘩だが、素手ではなく武器を用いることと勝っても負けても遺恨なしという書状を交わし合うことが特徴である。

 とはいっても、基本的にバイロンの法は私的な決闘自体を認めていない。

 あえて行いたい時は、行政に届け出て許可を得る必要があり、許可は時間がかかる割にほとんどでないのが実情なのだが。

 しかし、その決闘を騎士団の本部内でしようとするバカがいるとは。


「誰と誰だ?」


 俺は決闘などをしそうなバカを思い浮かべた。

 わりとやりそうなのはキルコかアオぐらいのもので、他は心当たりもない。

 しかし、さっきのユギンの話だと、相手は十四期あたりか。

 あまり、十三期と十四期でぶつかり合っては欲しくないのだけど……。


「名前は知りませんけど、十四期の小娘二人がすでに抜剣して、すぐにも切りかかりそうなんですっ!」

「なんだとっ?」


 って、十四期同士かよ!

 それは問題児を通り越してしまっているぞ!


「セシィ、観に行くぞ」

「止めるのか?」


 弾かれたように立ち上がったオオタネアが俺に声をかける。


「いや、かなり面白そうじゃないか。見物しようっ!」


 ―――俺は何とも言えない気分のまま、上司に従って決闘の場である食堂に向けて駆け出すことになった。

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