〈雷霧〉に似た地獄
[第三者視点]
セスシス・ハーレイシーが見つめる闇の底、その一番深い場所で一つの会話がなされていた。
誰も聞いてはいない。
そして、誰も聞いてはいけない。
爛れた陰謀のための会話であった。
「……モギラの若当主が、メルガンの小倅を暗殺しようとしたそうだ」
「その口ぶりだとしくじったのだな」
「しかも、その際に〈ユニコーンの少年騎士〉を捲き込んだらしい。その後の一連の動きを見る限り、〈少年騎士〉を橋渡しとしてザン家とメルガン家は手を組んだものと考えられる」
「余計な真似を」
口調は憎々しげだったが、発したものの顔は何か愉快そうであった。
欣快に堪えんといったところだろうか。
「楽しそうだな」
「……モギラの思慮の足りん小僧には、精々わかりやすい陰謀家を演じてもらうとしよう。我らはもう少し別の工作に励まねばならんのでな。彼は、その間の時間を稼いでくれるだろうさ」
「私の方も手をつけておいたぞ」
「何をした?」
「孫を、小娘たちの群れに潜り込ませておいた。事情は何も教えていないが、我らの氏族の未来のためと吹き込んでおいたので、悪気の欠片もない情報提供者として働いてくれるだろう」
「実の孫で、よくやる」
「孫が一人しかいないというわけではないからな。それに、特に惜しい人材でもない。次の〈雷霧〉で死んだとしても構わないほどだ」
「くくっ、誰しも考えることは同じか」
「……もしや、貴方もか?」
「いや、私の場合は、貴公とはちと趣きを変えている。ちと、な」
しばらくすると、遅れて一人が部屋に入ってきた。
「遅れました、申し訳ない」
「……モギラの若当主。今回の暗殺のしくじり、どう責任を取るね」
「……多少遅れただけで、吊るし上げの糾弾会を開いたというわけですか?」
「そんなことはない。君の他愛のない失敗など、話のきっかけ程度の価値しかないよ。我らはそれほど諧謔好みではないのでな」
「そうそう。いかに貴方の失策が道化じみていたとしても」
遅れてきた一人に対して、全員が洟もひっかけないような態度をとった。
いや、実際に彼らは、モギラの若当主と呼ばれた人物のことを眼中に置かずにいたといってもいいだろう。
彼らにとって、代替わりしたばかりで経験の足りない小僧のことなど、その程度のものでしかないのだ。
立場の違いからか、反論もできない若当主を放っておいて、彼らはまたも会話を始めた。
「では、これからの我が国の行く末についてだが……」
暗闇はいまだ広がっている。
何も知らないものたちを地獄に続く穴に落とすためのように。
そして、誰も知らない。
その暗黒の姿は、遥か西方で猛威を振るう〈雷霧〉という現象によく似ているということを……。