騎士ミィナ・ユーカー
抜けるような青空の下、十三人の騎士たちが整列している。
年齢は十五から十七歳、全員の性別が女性という、女の子ばかりの集団である。
服装は普段着替わりのスモックではなく、動きやすさを重視した長袖シャツと半スボン、そして膝上までのピッタリとした靴下という軽装。
騎士によっては、手袋と肘あてをつけている。
長髪の娘は、髪をゴムで縛り、場合によっては結っている。お洒落らしいお洒落はゴムの色ぐらいしかできないようになっているので、そこが唯一のポイントとなっていた。
俺はかなりの緊張を強いられていた。
なぜなら、目の前の少女たちがどいつもこいつもお目にかかったことがないくらいの美少女揃いだったからだ。
唯一、彼女たちを上回るというと、十年前のオオタネアぐらいのものだろうか。
騎士ユギンやアラナも標準以上の美貌をもっているが、とうがたっているということもあり、若さの補助がある彼女らには及ばないだろう。
実は、まさかこれほどまでとは思いもしなかった。
ユニコーンはその聖獣としての性質上、見目麗しい処女を好むというのは、世間一般の認識であり、俺もそのことはよく聞いていた。
だが、実際のやつらと〈念話〉を交わすと、さらに驚かされることがある。
ユニコーンどもは美女を好む性質を持つのであるが、それだけでなく、相性があいなおかつ美しいものを乗り手とすると、無類の力を発揮するのである。
確かに、普段から「処女の尻と胸と太腿」を連呼するダメなやつらだが、好みの乗り手をいただくことで強くなれるというのなら、それに越したことがない。
したがって、西方鎮守聖士女騎士団の騎士たちは美女、美少女ばかりが集められることになる。
さらに、処女であることも求められる。
そのため、いかに国内でここの騎士団がいろいろと言われているかは、世捨て人めいた俺でさえ風聞として聞いているぐらいだ。
「……これから、我らの教導騎士セスシス・ハーレイシー殿からのお言葉がある」
俺の補佐であるユギンからではなく、ノンナが口に出した。
すでに彼女がこの期の西方鎮守聖士女騎士団の隊長であることは、全団に伝えられている。
今回、ノンナにこの場を仕切らせているのは、それを公の場で追認するためである。
こういう儀式を通すことで、ノンナの長としての自覚を促し、騎士たちに長を尊重する気持ちを抱かせるのである。
というのは、ユギンの弁である。
少女たちの扱いについては、ほとんどユギンとノンナに確認してからおこなうようにしていた。
俺に若い女の気持ちなどわかるはずがないのだから。
「では、どうぞ、教導騎士ハーレイシー」
ノンナに促され、俺は前に出た。
整列からの姿勢の良さは、さすがに国内でも際立って若い優秀な騎士を集めた連中である。
反対に俺の方が、だらだらして背筋が伸びきっていないので、みっともないぐらいであった。
全員がそんな俺を不思議な眼差しで見つめている。
中でも一人だけ知己であるところのタナの視線は、妙に熱い感じだった。
どういう意味だろうか?
「俺はセスシス・ハーレイシーだ。親しいものにはセシィとも呼ばれているが、まあ、お前たちの場合はどうとでも呼んでくれ。希望はない。ただ、俺は全員を名前で呼ぶからそのつもりでな」
「わかりました」
「あと、一応、騎士団の所属ということで、多少の上下関係を重んじてくれれば、あとは適当でも構わない。まあ、外部の人間がいるときは、さすがに体面とかがあるから気をつけてくれ」
すると、タナが手を挙げて発言した。
「じゃあ、私は教導騎士のことをセシィって呼びますね」
「ああ、それでいい。おまえにはそう言っておいたよな、タナ」
「わっかりました!」
元気よく答える少女騎士は、すでに緊張を完全に解いていた。
ノンナとは違うが、もともと太陽のように明るく朗らかなタナは、同期の騎士たちの中心人物となっていた。
ユギンの話では、すでに仲間内での戦闘訓練を彼女が音頭をとって開始しているとのことである。
朝から皆で集まって、ナオミという騎士がカリキュラムを考え、ユニコーンとの共同訓練以外の必要な鍛錬をこなしているそうだ。
騎士たちがノンナとタナを中心にまとまっていけば、これから先の展望はかなり明るいと言わざるを得ない。
「はい、セスシス殿!」
また、別の一人が挙手していから発言の許可を求めてきた。
茶髪をポニーテールにしてまとめ、くりくりした瞳の、ある意味ではタナよりも健康的な少女だった。
どことなくタナに面影が似ている、と俺は感じた。
そういえば事前に渡されていたファイルに、タナの従妹が団員に含まれているとあったな。
この娘がそうか。
確か、名前はミィナ・ユーカー。
考課表を見る限り、年齢は数えでも一番下なのだが、この中では誰よりも早く馬を走らせることができる技術を備えているらしい。
どのような駄馬であったとしても、直線での騎馬速度を最高に引き上げることができるそうだ。
ただ、その他の技術については、どうにも心もとないところがあり、速さだけがウリという感じだった。
俺に対する様子もどうにも子供っぽいところがある。
「……なんだ、騎士ミィナ」
「僕の名前を知っていてくれたんですね。嬉しいです!」
「……お、おお、俺の教え子になる諸君だからな」
口を開かせると、見た目以上に少年っぽいところがある。
中性的な印象の美貌があるから、無言のままでいれば、絶世の美少年といっても過言ではない。
「で、俺に何か聞きたいことがあるのか?」
「はい、セスシス殿。僕らの相棒になるというユニコーンたちとは、いったいいつ会わせてくれるんですか? 待ち遠しくて仕方がないんです」
ああ、こいつらからすれば、あのド腐れ駄馬どもでも、聖なる獣として憧れの対象なんだよな。
とくにこの娘は、馬の扱いについては自信があるようだから、ユニコーンも乗りこなせると自負しているんだろうな。
しかし、ユギンとノンナの意見を合わせると、技量的な部分でまだ信用できない部分があるらしく、ユニコーンに引き合わせるのは時期尚早ということだった。
「……騎士ミィナは、そんなに一角聖獣に乗りたいのか」
「はい、当然です。一度、遠目からうちの先輩方が乗っておられるのを見て、その時からずっとずっと憧れていました。僕も『ユニコーンの乗り手』になるんだって。だから、今すぐにでも会いたいんです。お願いします!」
憧れで輝く瞳をもって、自分の希望を語る姿に、俺は惹かれた。
この少女は、この騎士団の団員がいつかは辿るであろう運命を知っている。
それでも、あの美しい聖獣に乗ることを希望しているのだ。
この熱意を買わないわけにはいかないだろう。
俺は、ユギンとノンナを一瞥した。
困ったような顔をする二人に目線だけで謝罪してから、俺はミィナに向き直った。
「いいぜ。おまえの希望通りにユニコーンに引き合わせてやる。……他にも希望者があれば、手を挙げろ。今、手を挙げなければ、俺たちが考えていた訓練工程のままで進めることになるから、そのつもりでな」
俺たちの最初の予定では、騎乗経験のないタナ・ユーカーとナオミ・シャイズアルを中心にして進行させていく予定だった。
ユニコーンの騎乗はただの馬のものとは違うことから、そこに至るまでに、ユニコーンに慣れさせる必要性があると考えていたが、それを一足飛びに省こうというのだ。
難しい舵取りを迫られることになりそうだ。
ミィナとともに手を挙げたのは、半数以上の八人だった。
その中にはタナ・ユーカーとナオミ・シャイズアルの二人が含まれていたのが、俺には驚きだった。
あとから、おずおずとノンナまでが手を挙げてきたので、さらに驚いた。
「おまえもかよ」
「……すいません、騎士ハーレイシー」
「別にいいけど、理由ぐらいは聞かせてくれよ」
「ユニコーンはあなたの管轄ですが、私も隊長として一刻も早く、ユニコーンの騎乗を経験をしておかないと示しがつかないと思いましたので……」
要するに、隊長としては率先して何事もなさないといけないということか。
「わかった。もうこうなったら、今さらだ。明日には全員をユニコーンと引き合わせて、『見合い』をすることにしよう。それから、もう何を差しおいてもユニコーンの真の乗り手になってもらう。それが俺がここに呼ばれた理由であり、おまえたちを生きてあのくそったれな〈雷霧〉から生かして帰るための最上の方法だ」
俺は全員を見渡して、
「わかったな!」
「「「はい!!」」」
と、素直な返事が全員から返ってきた。
俺は誰にも見えないように嘆息して、明日からの面倒のことを考えると頭が痛くなる思いだった。
こいつら、意外と予想通りには動かないなあ。
はたして、翌日の訓練はさらにうまくいかないことばかりとなるのである。