〈魔導大街道〉
〈毒使い〉カライル
もともとは魔道士であった男だが、ある事件が起きて以降、間者もどきの暗殺者になった変わり種である。
そのため、間者としての必須の技能である〈軽気功〉や〈断気〉を使いこなせないが、その代わりに〈幻覚〉を多用し、かつ、二つ名の由来である毒を自在に操るらしい。
なぜ、魔道士なのに毒を使うのかというと、そもそもある金属を他の金属に変換する魔導の研究に従事していた研究者だったのだが、その際に発生した毒物で自分を振った女を殺害するという罪を犯して以来、毒殺を好むようになったそうだ。
罪が露見して故国を逃走してからは、毒殺を主とした暗殺者にまで堕落し、今では職業的凶手として闇社会で働いているようだった。
得意とするのは、姿を〈幻覚〉で隠しての毒を塗った刃物を使った刺殺と、目標の食べるものへ毒を混入させる毒殺、つまりは俺たちがやられたことだ。
だが、徒党を組んでいるという情報はないので、昨日の間者たちはカライル本来の雇い主が手配した助っ人だろう。
おそらくはあの場にカライル本人もいたはずだが、様子を見るためか、それともダンスロット・メルガンの腕の冴えを知って震えていたのか、絡んでは来なかったようだ。
その後に、俺たちをつけて例の酒場に給仕として潜り込み、酒瓶に毒を混入させたのだろう。
無味無臭で、酒に混じらせれば容易には判別できないと踏んだものと思われる。
それに俺たちの酔いがいい具合に回った時を狙ったのも、計算のうちだろう。
だが、俺が予想以上に味のわかる飲兵衛だったせいで、目標のダンを仕留めきれなかった訳だが。
「……今、西方鎮守聖士女騎士団が動かせる手勢はユギンとおまえしかいない。騎士たちにこういう裏の仕事は任せられないし、やらせたくない。あいつらにはできるだけ、表の桧舞台にいてもらいたいからな。それにダンたちや私の実家の手も借りられない。ことはできる限り秘して行いたいからだ」
「モミさんはビブロンですしね。私も長いこと本部に詰めていたせいで、ここしばらくの王都の様子には疎くなっていますから、適当な助っ人を駆り集めることもできませんし……」
モミも十三期たちと凱旋式に出席させる予定だったのだが、出発前日に怖気づいて逃げ出したのである。
ちなみに、その時の言い分が「凱旋式なんて給金外の仕事はできません」だったのが、ちょっと笑えた。
枝を伝わって文字通り飛んで逃げたのが、いかにも間者というところだった。
「つまりは、俺とユギンの二人で、その〈毒使い〉をやっつけろということか?」
「そうだ」
オオタネアは渋い顔をしていた。
俺にこういう仕事を振るのを嫌がっているのがわかる。
こいつはどうも俺に戦わせることをどうしても避けたいと思っているらしい。
いや、むしろ殺しをさせるのを、か。
だが、すでに俺の手は血にまみれているし、今更だと思う。
それだったら、汚した手の分ぐらいは人の役に立ちたいものだ。
「わかった。〈阿修羅〉を使う。あれなら生身の露出した部分は少ないし、毒を塗ったナイフに対しても防御になるだろう。元魔道士なら〈火炎〉を使うかもしれないから、備えは必要だろう」
「……今度は暴走しないでくださいね。街中ですから」
「善処する」
「どうだか」
肩をすくめたユギンに、笑いで答えると、俺はオオタネアに会釈をしてから彼女の私室から退出した。
ユギンもついてくる。
廊下に出ると、
「では、後ほど。カライルの潜伏先が知れたら、すぐに連絡しますので、自室で待機していてください」
「了解」
自室に戻り、床に放置しておいた二つの鎧用の櫃から〈阿修羅〉を取り出す。
ピカピカに磨かれていて、とても綺麗だった。
ここまでしてくれなくてもと思ったが、よく考えると西方鎮守聖士女騎士団の名前を使って依頼したのだから、そのおかげなのだろう。
あれ以来、市民たちの騎士たちを見る目は劇的に変わり始めていた。
ビブロンというホームならばともかく、王都でここまで歓迎されるとは思っていなかったぐらいだ。
なんといっても、騎士たちは〈自殺部隊〉などと長いあいだ陰口を叩かれていて、少なくない鬱憤を抱えていたというのに、凱旋式には多くの市民が詰めかけて、あいつらを祝福してくれたのだ。
特に十一期と十二期の七人の喜びようはすごく、終始はしゃいでいて、オオタネアに叱責されるほどだった。
どれだけのストレスがあいつらにかかっていたのかと思うと、さすがにやりきれなくなるぐらいだ。
今回の凱旋式は政治的な動機に基づくものだが、西方鎮守聖士女騎士団にとっては結成以来初の祝祭であり、かつての亡き騎士たちの想いが結実したかのような輝きに満ちていた。
十三期も、全員がムーラのつけていたバンダナを喪章のように手首に巻いて、凱旋式とそのあとの式典に臨んでいた。
ムーラの遺族に頭を下げて譲ってもらった遺品のバンダナをつけることが、あいつらなりの追悼の表現なのだろう。
やや戸惑いながらも、堂々と王都を歩む教え子たちに、俺は泣かずにはいられなかった。
目ざとく俺を見つけたタナたちにからかわれたりもしたが、それでも涙は止まらない。
嬉しい時に泣けるなんて、とてもいいことじゃないか。
うん。
凱旋式も終わり、昨日から特別に休暇をもらった騎士たちは、この借り上げられた宿舎を出て、実家などに帰省している。
実家がないものは、ほとんどタナのユーカー家にお邪魔しているそうだ。
俺の護衛役という貧乏くじをひいたマイアンと、実家と折り合いが悪いというキルコ以外はここには主幹連中しか残っていない。
少し離れた王都の喧騒を聞きながら、俺はカチカチと綺麗に磨かれた鎧のチェックをする。
指のあたりの曲がりがスムーズになっていて、王都の錬金加工職人の腕の良さが窺い知れる。
錬金加工職人も当然魔道士あがりだ。
すると、今回の〈魔導免状〉の対象となるだろう。
こういう職人については特に気にもしないだろうが、ごく一部の魔道士たちは酷く反発するだろうな。
そして、反発するときに、その後ろには〈妖帝国〉がいる。
正確には〈妖帝国〉の魔道士が。
俺は昨日のダンとの会話を思い出した。
◇
戦後。
〈雷霧〉によって荒廃した土地には、生物も作物も残らない。
俺たちが潰したように〈核〉を出来る限り早く破壊し、被害を最小限度に止めることができれば、さほど苦労なく回復できるのだが、侵食期間が長くなればそれだけ土地そのものが汚染される割合が増える。
人っ子一人いなくなったままとなる。
つまり、〈雷霧〉を潰しまくったとしても、元の西方諸国のあった土地は完全な無人の平原となってしまっているのである。
主権の及ぶ国家もない以上、そのまま隣地にあるバイロンの版図となる可能性が高い。
あえて滅びた国家の再興を目指したとしても、ほぼゼロの状態から国家としての体をなすに至るまではどれほどの時間がかかるだろう。
人の営みというものは時間をかけて達成するものであり、国家などはそう容易く形になるものではない。
だからこそ、戦後はバイロンの一人勝ちになると考えられている。
だが、実際にそうなるとは限らない。
健在な東方諸国がそれを許すとは限らないからだ。
バイロンという巨大国家ができるのを、手をこまねいて見ているはずがない。
おそらく、〈雷霧〉の消滅の目処が立った頃、いくつかの東方諸国はバイロンに侵攻してくるだろう。もしかしたら、東方の諸国「連合」かもしれないが。
名目はでっち上げで構わない。
どうせ、侵攻目的はいかがわしいものなのだから。
そして、人同士の大戦争が勃発することになる。
〈雷霧〉対策で疲弊したバイロンが大規模な大戦争に耐えられるかは不明であり、むしろ敗北するおそれの方が高い。だからこそ、王家はその前に多くのことを備えなければならないのだ。
そのひとつが、〈魔導大街道〉の権益を確保することなのだった。
〈青銀の第二王国〉バイロンは、王都であるバウマンを中心に、大陸の中原に覇を唱える歴史ある国家である。
現在の王家であるストゥーム家は、そもそも〈青銀の王国〉ロイアンの流れを汲む歴史ある家系であり、大陸三王家の一つに数えられているほどだ。
そのストゥーム家が統治しているからか、文化的にも他の諸国よりは優れていて、かつ、北の部族や魔物との戦いが頻繁に行われるため軍事面においても頭一つ抜けている大国である。
もっとも、王都のすぐ南に東西を貫く〈魔導大街道〉が存在することから、大陸の国家間の交易の中心でもあり、常に新しい文化や思想が流れ込み、歴史に囚われない柔軟な気風を持つことでも知られている。
〈魔導大街道〉は、もともとロイアン時代に敷かれたもので、大陸の生命線ともいえるインフラだった。
敷いたのは、まだ魔導が大規模な力を持っていた古の〈白金の帝国〉の時代の遺物である。
その仕組みは一言で言うと簡単で、魔道士によって敷かれた金属と煉瓦の道の上を、魔導力を纏ったまま高速で駆け抜けるというものだ。
魔導力をまとったものは通常の八倍から十倍の速度で、街道のいたるところに中継として〈駅〉まで移動することが可能となる。
馬が最大の交通機関である大陸においては、その速度は目を見張るものがあるのだ。
ただし、〈魔導大街道〉を使用するための魔導は、〈駅〉で一日がかりで充填した上で、一度降りてしまうとすべて消費されてしまうというデメリットもあるため、使用には注意が必要である。
〈駅〉は全て合わせると、十数箇所。うち一つがバウロンの南にある。
バイロンの繁栄の一つは、このバウロン〈駅〉の存在が大きいのだろう。
俺自身は使用したことがないが、オオタネアあたりに聞くと、なかなか興味深い道であるらしい。
「景色がな、ふぁーと流れていくんだ。そのくせ、風は感じないし、速く走っているという実感がない。悪酔いしそうな感じになる」
俺の世界にあった高速鉄道みたいなものとは、また違うようだった。
いつか使ってみたいとおもっているのだが、バウロンの隣にあった〈赤鐘の王国〉はすでに滅亡しており、西へは行くことができない。
また、東にある諸国はある意味で殺気立っていて気軽な旅行などはできるはずもない。
したがって、今では商人や外交関係者以外はほとんどあの便利施設を使っていないのが現状なのだ。
そして、〈魔導大街道〉の管理権はそもそも〈白珠の帝国〉にあり、帝国滅亡後はほそぼそと魔道士たちが行っていのだが、かつてのような大規模な運送は不可能となっている。
ただ、このインフラの存在が、大陸の生命線であったことは事実であり、おそらくはこれからもそうだろう。
だからこそ、バイロンは〈魔導大街道〉の権益を欲しがっているのだ。
これがあれば起こるかもしれない大戦争においても優位に働くし、交渉の材料ともなりうるからだ。
〈魔導免状〉制度の導入は、〈妖帝国〉の魔道士たちからこの権益を取り上げるための策の一歩なのだろう。
まあ、大国の権力による私人の権利への侵害とも考えられるので諸手をあげて賛成というわけにはいかないが、このまま魔道士たちの既得権益としていても役に立たないことは事実だ。
今回は国家権力の手先になっても仕方ないかな、と納得する俺だった。
もし、正々堂々と〈魔導免状〉阻止のための活動をするのならば支持も出来たかもしれないが、打った対策がダンの暗殺というのは許しがたい。
要するにテロだからだ。
暗殺という手段を使って正当な主張をするようでは、叩き潰されても文句はいえまい。
それに、〈毒使い〉には世話になったしな。
「この〈魔導大街道〉の件については、王家と宰相閣下からの信任を私が受けています」
「軍については私の実家のザン家が幅を利かせるようになったからな。メルガン家としてはそちらの面で必死なんだよ」
「……それは否定しない。だが、我らが王国と陛下のために働いていることを疑うことは許さんぞ」
「しないさ。ザン家もメルガン家もバイロン第一の忠義に篤い大貴族だ。身内で権力争いはしても裏切りはしない。する気もない。だが、そうではない奴らもいるのだろう?」
「その通りだ」
「……何の話だ」
「この国を売り飛ばそうとしている連中もいるのですよ。どこに、売ろうとしているのか、誰が中心なのかまでははっきりしていませんがね。今回の暗殺未遂も同じ根から伸びた葉の仕業でしょう。〈魔導免状〉制度にはさっそく横槍が入ってきていますからね」
売国奴か。
自然現象のような〈雷霧〉相手ではできないが、東方の諸国に対してならできるな。
なるほど、ここにきて色々と入り乱れ始めているようだ。
俺としてはこの国が平和に存続して欲しいのだから、これからはそういう輩ともやりあわなくてはならなくなるのかもしれないか。
難儀なことだ。
ただ、放っておけば危難を与えられるのは国民だ。
躊躇っている暇はない。
「おおよその事情はわかったよ。俺はザン家にもメルガン家にも借りがある。おまえたちの手助けをさせてもらえないか」
「おまえが私の手助けをするのは当然だろ」
「ありがとうございます、セスシスくん」
どっちかというとダンの方に肩入れしたくなるのはなぜだろう。
気にしてはいけないのだろうが。
俺はちょっとだけ納得のいかないものを感じた……。
◇
コンコンとノックがされ、ユギンが入ってきた。
見た目はいつもと変わらないが、少しだけ雰囲気が剣呑としている。
「そろそろ出発します。場所を突き止めました」
「早いな」
「この日のために、腹が立つほどのお金をばら撒いていますから」
「……ご苦労さま」
万事、吝嗇なユギンがばら撒いたというぐらいだから、相当な額になるのだろう。
仕込みが成功したと安易には喜べないのだろう。
「では、行くか」
俺は〈阿修羅〉の櫃を背負った。
また、戦いに行かねばならない。
「今日の貴方はどちらですか?」
ふと、ユギンが訊いてきた。
「お前はどちら側だ?」とは人生を生きる上で度々問われる内容だ。
旗色を決めろ、ということだ。
ただ、今回のユギンの問いの意味は違うだろう。
俺は淡々と答えた。
「わかっているんだろ? 〈ユニコーンの少年騎士〉よりは、どっちかというと〈妖魔〉の方だな」
「……そうですか」
少しだけ悲しそうにユギンは目を伏せた。
私の活動報告の方に、セルフパロディーの「行け、私立一角女子学園っ!」を投稿しています。
御用とお急ぎでない方は読んでみてください。
若干のネタバレとふざけすぎな部分もありますので、お好みでない方は避けていただけると助かります。
それでは。