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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第二部 第十話 王の都の教導騎士
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薄昏い部屋で蠢くもの

[第三者視点]


〈青銀の第二王国〉バイロンの王都であるバウマンには、王宮へと続く広い大通りがある。

 その大通りを、いくさの支度をした騎士たちが騎馬とともに進んでいた。

 この騎士たちはすべてが見目麗しい少女たちばかりであり、彼女たちが所属する部隊の名は『西方鎮守聖士女騎士団』という。

 先頭を進むオオタネア・ザン将軍自ら率いる青銀の騎行鎧姿の軍勢の堂々たる威容は、彼女たちの美しさとたおやかさも含めて、王都の住民の耳目を一心に集めていた。

 彼女たちを一目見ようと、多くの住民たちが大通りに詰めかけている。

 民草は知っていた。

 ひと月前に、北西のボルスア地方と南西のワナン地方に同時に十ヶ月ぶりの〈雷霧〉が発生し、一時期は完全に侵蝕されたかにみえた。

 しかし、その二つの〈雷霧〉は、ユニコーンの騎士団こと、彼女たち西方鎮守聖士女騎士団の活躍によって消滅し、両地方は再び人類の版図に回復したのだ。

 その際に、西方鎮守聖士女騎士団はただ一人の戦死者を出しただけで、ほとんど損害もなく任務を成し遂げたのである。

 人々は、彼女たちのことを、〈自殺部隊〉などとある意味で侮辱し、軽んじていたことから、その結果に震撼した。

 西方を悉く飲み込んできた未曾有の危機に対して、少女たちの成し遂げた快挙についてようやく正当な評価をする気になったのか、かつての陰口は歓声に取って代わっていた。

 白く巨大な一角聖獣(ユニコーン)常歩(なみあし)で進ませるオオタネアは、総司令官の証である白銀の軽鎧を着込み、表は浅蘇芳の、裏は乳白色の外套をざっくばらんに羽織って、見るものを震撼させる巨大な戦闘斧をかいこんだいつの出で立ちだった。

 彼女にとってようやく掴んだ大勝利の桧舞台であった。

 ―――その彼女を遠くの何処とも知れぬ場所から眺めている者たちがいた。


「……ザン家の息女はさすがというしかありませんな。あれほど不利な状況を力任せに引っくり返しました」

「確かに。これほど容易く形勢を逆転されると、もう賞賛するしかありません。我々ははっきりと遅れをとった」

「うむ、そうだな。我が孫もあれほどの力強さを備えて欲しいものだ」

「いやいや、ご老人たち。何を呑気なことを言っておられるのですか。我々の十年近くに渡る工作の全てが水の泡になるのですぞ。もっと危機感を抱いていただかないと……」

「何を言っておる。ここに集った氏族の中で、ザン家の小娘の実力を軽く見ていたのはお主らだけだぞ。お主ら以外のすべてのものが、あの小娘のことを稀に見る傑物と理解しておった。……まあ、メルガンの小倅までが当主にふさわしくなるまでに成長するとは誰も想像もしておらんかったがな」


 その薄暗い部屋に集った者たちは、中央に浮かんだ〈幻視球〉を鑑賞していた。

〈幻視球〉の大きさは三尺(約一メートル)はあり、すべてのものに必要な映像を供給し続けていた。

 映っているのは、バウマンの大通りを群衆に手を振りつつ進軍するユニコーンの騎士団の姿だった。

 全員がその映像を見つめながら、用意された果実酒を嗜んでいる。

 だが、寛いだ雰囲気は微塵もない。

 冷たい空気だけが漂っていた。


「しかし、我らの十年に及ぶ方策も無に帰したか。こうなると、戦後のザン家の一人勝ちは避けられんな」

「仕方あるまい。戦功随一は、紛れもない事実だ」

「そもそも、ユニコーンの騎士団をザン家に取られたのが痛い。〈雷霧〉に対抗できる唯一の切り札を特定の氏族に独占させたのが、すべての失敗の始まりだよ」

「だがな、あれは国王陛下の思し召しだ。臣下に過ぎぬ我らがとやかく言えるものでもあるまい? それに、我らには〈少年騎士〉がつかぬ。あの子供を取り込めぬ以上、ユニコーンを意のままにすることは不可能だ」

「金で寝返らせることはできなかったのですか?」


 室内に嘲笑の気配が漂う。

 発言者をその他すべての参加者がせせら笑ったのだ。


「な、何がおかしいのですか?」

「……お主は若いの。若い上に、ものごとがみえておらん」

「モギラの当主を継ぐのは若すぎたのではないか?」

「各々方、彼はあのときはまだ氏族の長にもなっておらぬ年頃じゃ。あまり責めてやるな。……ま、これまでの流れを見て、かの〈少年騎士〉の人柄を見抜けぬ程度では先が思いやられるがな」

「……嘲弄するのは、やめていただきたい」

「しかし、〈少年騎士〉を取り込むというのは妙案のようにも聞こえるが?」

「いや、それだけは間違いなく不可能と断言できる。かの者は人にあらず。現世のすべての欲求よりも、仁義礼忠信のために生きるものだ。ザン家の小娘との友誼のために生きているものを、只人と同様に扱うということ自体が間違っている。陛下が、彼のことを寵愛しているのは、その異質さ故だからな」

「戦士バドオのことか?」

「うむ。陛下は、ヴィスクローデ大公のことを幼き頃より敬愛しておられる。実父である前陛下よりもな。そうであるのならば、大公のただ一人の親友であるバドオ・クリィムナサによく似ている〈少年騎士〉のことを掌中の玉のように溺愛しても不思議はあるまい。事実、バドオの〈瑪瑙砕き〉を下賜しているくらいだ」

「どのみち、彼は我々の助けにはなりえないということが確認できただけか……」

「これ以上の愚痴は意味がないな。ここにわざわざ雁首を揃えた以上、なんらかの結論を決めねばなるまい。まずは、ザン家との関わりについてだ」

「……これまで通りに、西方鎮守聖士女騎士団について不利な工作を続けていくことがよいと思う。民意を操り、かの騎士団への支持を落とし、軍の中での影響力を削り続けていくのは、ザン家への有効的な攻撃となっておる」

「しかし、此度の〈雷霧〉討伐で小娘の功績と評価は跳ね上がっている。特に西の民草についてはな。〈自殺部隊〉などの風評頒布はもう効かぬだろうさ」

「むしろ、積極的にザン家支持を打ち出して、取り入る方がよいのでは?」

「いまさらか? 十年に渡る我らの工作に気づいていない連中ではないぞ」

「……それよりも、メルガンだ」

「なんだと?」

「メルガンがどうしたと?」


 一人の参加者が溜息を吐きつつ呟くように言った。


「……魔道士の免状制を導入しようとしている」

「なんだと?」

「まさか、事実なのか?」


 薄暗い室内に初めて、緊張が走った。

 空気が突然に重くなる。

 発言者の意図をすべての参加者が理解したのだ。


「許可か届出か?」

「いや、そんなことはどうでもいい。要は、国内の魔道士の数を把握することを狙っているのだろう。魔導結社の制限にもなるからな」

「なぜ、今更?」

「メルガンも戦後を睨んでいるのだろう。軍はザン家に取られたとしても、メルガンはそもそも騎士警察に関わりが深い。そちらの影響力を確保したいのだろう。魔道士は治安悪化の元にもなりうる」

「それだけか?」

「唐突すぎる政治の動きは何かがあるとみるべきだろうな。メルガンの狙いはなんだ?」

「さすがにそこまではわからぬよ。ただあそこの小倅は先程話題に出た〈少年騎士〉とも親交がある。此度の〈雷霧〉討伐でも名を挙げ、功績第二位だ。その勢いに乗じて免状制の導入をゴリ推しすれば、なんの障害もなく容易く認められるかもしれぬ。それは断固として避けたい」

「ザン家はともかく、メルガン家にまで専横を許しては、我々の立つ瀬はなくなるな」

「それに、免状制は〈帝国〉にとっても厄介な足かせとなる」

「……では、今日の話し合いの結論は決まったな」

「ああ」

「そうですね」

「うむ」

「理解した」

「……ここに揃った全氏族の代表は、まずメルガン家による魔道士の免状制の導入を阻止するのだ。手段はそれぞれの得意な方法で構わん。ただ、目的を遂行すればいい。ザン家については、しばらくの間は放置。もし、かの家が我らの〈帝国〉について障害となるような動きを見せたら、この部屋に招集すること。……いいか?」


 全員が頷いた。

 誰が何をするかなど一々確認したりはしない。

 それぞれがどういう働きをなし、どのように振舞うのか、完全に把握しきっているからだ。

 そして、一人が薄暗い部屋から出て行くと、次々に参加者は外に消えていく。

〈幻視球〉はいまだ大通りで行われている、西方鎮守聖士女騎士団の凱旋式の模様を中継していたが、すでに参加者の誰も視線を向けようともしていない。

 彼女たちが艱難辛苦のあげくにようやく掴んだ栄光のパレードなど、彼らにとってはなんの感慨も湧かない一情景に過ぎないのだ。

 人々が立ち並び、歓声が飛び交う大通りを、着飾った少女たちが手を振りながら進軍する。

 最も新しく可愛らしい英雄たちの誕生の場面だった。

 だが、〈幻視球〉に映る少女騎士たちの姿は、最後に退出した男がパチンと指を鳴らすことで掻き消えてしまう。

 もうそこには何も映っていない。


 ただの暗闇があるだけ。

 黒い空間があるだけ。


 光はどこにもなかった……。

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