騎士ノンナ・アルバイ
俺は、オオタネア・ザン将軍が本部に戻ってきたと聞いて、騎士ユギンと共にその執務室に向かった。
本部は寄宿舎の横にある、比較的こぢんまりとした建物の中にある。
実働部隊である騎士たちが、ほぼ寄宿舎を中心に生活するのに対して、こちらの建物にはユギンのような文官騎士やその手足となる従兵たちが詰めている。
この両方の建物以外にも、従兵たち用の控え室兼長屋が裏手にあり、この西方鎮守聖士女騎士団の基地はこの三つで構成されている。
ちなみに、その中に立ち入ることができるのは、すべて女性だけである。
しか、女性という括りにも条件がつき、男との性的交渉のない処女のみとされている。
なぜなら、この騎士団の最大戦力であるところの一角聖獣が処女のみとしか接触しないうえ、処女以外の人間が不用意に近づくと不機嫌になり、場合によっては暴れだしかねないという習性をもっているからだ。
もっとも、厳密に言えばユニコーンが嫌うのは、「異性との性的接触を持った人間たち」ということなので、年齢は関係なく、処女でさえあれば老婆であっても構わないし、男でも童貞であれば遠巻きに眺めるぐらいは許容してくれる。
そのため、この基地を含む敷地内の森の外には、いざと言うための警護役である男子の兵と、騎士団の補佐をする従騎士たちが配置されているが、彼らもすべて童貞である。
あの三人組も、あんな野党みたいな形をして、実は童貞なのであった。
オオタネア・ザンがなぜこの西方鎮守聖士女騎士団の将軍として選ばれたのかということを、これで察してもらえるだろう。
彼女は類まれなる戦闘力だけでなく、あの年齢になっても清らかなる乙女であったからこそ、この重要な騎士団の長として君臨できることになったのである。
ちなみに、俺は前述の建物には原則として、一人での立ち入りは禁止されている。
騎士以上の階級をもつ二人以上の女性が付き添うことで、立ち入りを例外的に許されるのだ。
だから普段は、あの急造の離れに隔離されているというわけだ。
今回はユギンと、途中からオオタネアの副官が付き添ってくれたので、将軍の執務室にまで来ることができた。
気持ちはわかるが、非常に面倒くさい話である。
「……おお、来たな、セシィ」
自分の執務机で書類整理をしていたオオタネアが顔を上げて出迎えてくれた。
長く青黒い髪を後頭部でくくって、眼鏡をかけている。
書類仕事をするときは、いつもこういう適当な格好をしているのだろうか。
この西方鎮守聖士女騎士団の敷地内には、彼女の部下しかも女性しかいないので、男性の目がないことから、団員の連中が結構ラフなスタイルでうろつきまわっていることがあり、はっきり言って目の毒なことがある。
要は半裸だ。
俺が付き添いなしになかには入れないのも、規律維持というよりは、自分らが羞恥心かなぐり捨てているところを見られるのが恥ずかしいといったところじゃないだろうか。
なんか、この中に夢を持って羨ましそうに俺を見ていた三人組が可哀想になる。
女に理想をもっちゃあかんよ。
ついでに言うと、俺の親友たちであるユニコーンどもは、《処女が半裸でキャッキャッウフフしているのはとても喜ばしい》と戦時の宰相のような談話を発表していた。
「……なんだ、その顔は?」
「いや、眼鏡をつけたあんたは珍しいから、つい」
「ふん、女の顔をじろじろと眺めるとは悪趣味なやつめ。そんなことだから、そんななのだ」
「すまんが、意味がわからん」
「まあ、いい。セシィ、おまえの要望が通ったぞ。今回の騎士団の新顔の中から、アルバイをリーダーとすることに決まった。今、呼び出しているので、今日中に面通しして、明日からの訓練に備えろ」
「早いな。昨日の今日だぞ」
「我らには時間がない。次の〈雷霧〉がいつくるかわからないし、まともに稼働できる『聖獣の乗り手』はすでに七人しかいない。早急に新たな『悪霧を貫く騎士』を育成する必要があるのだ。そのために必要な手続きを遅滞させることはできん」
こちらを見据えるオオタネアの視線が鋭くて心地よい。
彼女が真剣にあすを見据えて戦い続けるからこそ、俺たちは安心してこの騎士団にいられるのだろう。
「了解。もう細かい点は騎士ユギンと煮詰めてある。あとは訓練を始めるだけだ」
「できる限り急げ。時間がないということを片時も忘れるな。あと、若い騎士たちをたぶらかすな。わかったな」
たぶらかすの意味がさっぱりだが、性的接触は避けろということなんだろうな。
あんたに言われなくても、俺はユニコーンどもと付き合い続ける以上、どんな女とも懇ろにはならないよ。
そのとき、執務室のドアがノックされた。
副官が出迎えると、一人の少女が入ってくる。
いつもの騎士のスモックとズボンを履いていることから、この丸顔の可愛らしい少女が西方鎮守聖士女騎士団の騎士であるとわかる。
バイロンでは珍しい赤みがかった髪を短髪にしているせいで、さらに子供っぽく見えなくもないが、泣く子も黙る騎士団長様の前に引きずり出されても物怖じしない様子であり、肝は座っているのだろうとわかる。
部屋に入った途端に、中にいるすべての人間に探りの「気当て」をしたのも用心深くて悪くない。
「気当て」とは、体の中で練っている気を瞬時に全身から全方向に飛ばし、他の生物の気とぶつかる感触を測ることで、気の届く範囲に存在する生物の数とその強さを把握する気功術である。
優秀な気功術の使い手ならば、ほとんどがこなせる索敵のための技術である。
魔導の通りづらい〈雷霧〉の中でも有効とされているので、ユニコーンの乗り手としては必須の技能でもある。
俺は「ノンナ・アルバイ」について書かれたファイルの中身を心中で反芻した。
騎士訓練所を去年卒業し、ここに配属されるまで輜重騎馬兵として働いていた。
輜重騎馬兵とは、要するに武器や食料、その他の戦闘に必要な物品を前線にいる騎士団に輸送して戦闘力を維持するための兵站計画を作成し、その護衛をおこなう騎士のことである。
武装が自衛に限定されるため、それほどの戦闘力は有してはいないが、杜撰な補給計画を立てれば、すべての戦闘計画が瓦解しかねないことから、優秀な事務処理能力が求められている。
騎士ノンナは、その輜重騎馬兵の幹部候補として、わざわざスカウトされたらしい。
そして、その中でも優秀さを発揮し、たった一年で小長まで出世し、二十人単位の兵を指揮していたようである。
訓練所時代は、タナよりもひとつ上の期にあたり、首席ではないがほぼ全てのカリキュラムにおいて優秀な成績を収め、当時の教官たちの覚えもよかった。
このあたり、さっきの「気当て」の使い方にもでているようである。
趣味は、楽器演奏。
輜重騎馬兵として前線に趣いた際には、駐留地区の養護施設などを頻繁に訪れては、楽曲を演奏して慰問活動に励んでいたらしい。
得意な楽器等はわからなかったが、意外と高評価らしく、そのあたりも報告書には記載されている。
騎士ユギンに、ノンナを推した理由を聞いたところ、こう返ってきた。
「……まず、彼女が優秀な成績を残してきたこともありますが、実際に現場で実務を体験してきたということが大きいです。西方鎮守聖士女騎士団の騎士たちは、処女でなければならないという縛りがあるため、全体的に若いものが多く、経験という成長に不可欠な要因を持っているものが極端に少ない。そのため、彼女のように一年でも実務を担当していたものがリーダーとなるのは大きな利点となります。それに……」
「それだけじゃないのか?」
「はい、彼女の考課表を見れば」
「……俺には何も読み取れないけど」
「私が着目するのは、彼女の慰問活動における報告についてです。この中で、彼女は個人で楽器演奏もするものの、多くは臨時で結成した楽団の指揮者役を勤めています。しかも、これについてほぼ成功を収めています。ここがポイントです」
「どういうことだ?」
「元々仕事としての音楽家の楽団ならともかく、慰問活動においてはその場で適当に見繕った楽器の弾ける人材で楽団を結成せざるを得ません。当然、方向性にも技倆にも大きな違いがあります。それなのに、彼女は指揮する楽団をことごとく成功させています。これは、彼女が優れた音楽家であるとともに、優れた人心把握能力を持っていることの証拠になります。そして、これは小集団の頭領としては相応しい人材だといえます」
「楽団と騎士団は違うぞ」
「……指揮者というものは、嫌われ役でもあるのですよ。楽器の一つも使わないくせに偉そうに指図して、場合によっては怒鳴り散らす。だから、個性の強い者たちの楽団にぶつかったら完璧に揉めます。本番どころかリハーサル前に解散という事態だってよくあることです。まして、それが素人なら」
「ほお、そんなものなのか」
「しかし、騎士ノンナはそれらを確実にまとめあげています。しかも、ただまとめあげるだけでなく、最後には成功を収めている。これは普通にはできることではないのです。ここからそれだけのことがわかるのです」
自信たっぷりなユギンの説明で俺は納得した。
「使えるのか?」
「ええ。音楽家に比べれば、女の子の集団なんて御し易いものです。彼女はリーダーとしての立場を与えてあげれば、確実にチームをまとめ上げ、騎士ハーレイシーのためになってくれるでしょう」
少しだけ引っかかった。
例の優しい子という条件はどこに行ったのだ?
ノンナ・アルバイの能力についてはわかったが、考課表からは性格についてまではわからないはずだぞ。
そこで、俺は問うた。
しかし、ユギンの返答は簡単だった。
「赤毛で丸顔の女の子は気が優しいと相場が決まっています」
……断言しやがった。
会ったこともない少女の性格を顔の形だけで判断していいのか、と俺は自分の補佐役の能力について多方面からの疑問を抱いたが口にはしなかった。
まあ、いい。
実際には他の理由もあるかもしれないが、何か理由があって黙っているだけかもしれないし、この騎士ノンナに高いリーダー適性があることは確かなのだろう。
俺は彼女の意見を受け入れ、オオタネア将軍にノンナの登用を進言した。
そして、今に至るのだが、初めて会った彼女は確かに優しげな風貌をしていて、気は良さそうなタイプだった。
オオタネアとのやりとりを聞いていても、なかなかに肝の座った人材に思える。
そして、最期に将軍が下知を下した。
「騎士ノンナ・アルバイ。おまえを新たな西方鎮守聖士女騎士団の隊長に任命する。ここにいる教導騎士ハーレイシーとともに団内のまとめ役をしてくれ」
「私が隊長ですか!?」
「お前が適任だ」
俺は呆然としている騎士ノンナの傍により、軽く肩を叩いて言った。
「頼むぜ、隊長」
彼女は妙に陶然とした表情で俺を見つめ、何があったのかは知らないが、顔を真っ赤にして、「は、はい」と何度も首を縦に振った。
緊張しているのか、それともちょっと赤面症なのかはわからないが、こちらが引くほどにリアクションが大きい。
どうればいいのかわからず、困ってユギンを見ると、なにか言いたそうな笑いをこらえた顔をして口元を歪めている。
何が面白いのだろう。
……とにかく、この時この場で俺の右腕と左腕は決まり、これから新しい西方鎮守聖士女騎士団の船出が始まることになったのである。