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もう泣いてはいない

「まったく、おまえは情けない奴だ」


 俺の臥せっていた部屋に入ってくるなり、オオタネアが憮然とした顔で罵倒してきた。

 ひと目で重傷を負っているとわかる怪我人にたいして、なんたる言い草かと苦情を言おうとしたら、枕元で俺の看病をしていたユギンまでが上司に同調してきた。


「確かに。十三期の騎士たちがピンピンしているというのに、一番ユニコーンの騎乗に慣れた貴方が落馬して骨折とはどういうことですか? もしかして、実は一番下手だったのですか?」

「……いや、そういうわけでは」

「しかも、一週間も経って、戦後処理のためにオオタネア様まで合流したというのに、いまだに回復しきらないなんて……。お得意の〈復元〉をどうして使わないのか、ちょっと聞きたいですね」

「……別に特技ではないし」

「もしかして、ただの人間になってしまったわけではありませんよね」

「もともと、ただの人間だし……」

「どこがだ?」


 オオタネアは俺のベッドに偉そうに腰掛けて、腕と足を組む。

 おかげで怪我人のはずの俺が、肩身の狭い思いをする羽目になった。


「ユギンの話では何ヶ月か前には、十年前と同じぐらいの勢いでぎゅおんぎゅおんと〈復元〉していたらしいじゃないか。要するに、やる気の問題なんだろう? さっさと覚悟を決めて回復しろ」


 まて、長い時間の経過に伴って、俺の肉体が完全にこの世界のものに同化して、以前の〈妖魔〉としての力を失ってしまったとは考えられないのか?

 そうなると、力を失った俺は大ピンチのはずなのだが。

 等と反論をしてみたかったが、さすがに止めた。

 例の地崩れの跡地から、ムーラの遺体と相方のユニコーンを回収すると、俺たちはしつこい魔物たちの追跡というか妨害を逃れ、なんとか〈雷霧〉が消滅していく縁にまでたどり着いた。

 すぐそこにダンスロット率いる戦楯士騎士団がいることがわかるほどに近づいたその時、俺はたまたま目の前に飛んできたカナブンのような虫が目に当たり、思わずアーの背中から転げ落ちてしまったのだ。

 落ち方が悪かったせいか、右の脛あたりを見事に骨折し、そのまま騎士たちに助けられて運ばれることになってしまう。

 ただし、俺たちがほとんど無事に帰ってきたことに狂喜乱舞したダンスロットたちの大歓迎を受けたおかげで、俺が医療用の天幕に担ぎ込まれるのは大分遅れた。

 どんどん増していくあまりの痛みに脂汗を流しつつ、治療を受けたのはだいたい一刻後で、そのまま俺は気絶してしまった。

 あとは気がついたら、ビブロンに近いオルベロンの代官の館で治療を受けていた。

 その間、小さな傷は再生していたのだが、肝心の骨折はまったく治癒せず、この世界に〈妖魔〉として召喚されてから初めてといっていいぐらい長期間に渡る療養をする羽目になってしまったのである。

 部屋が一階にあることもあって、窓から顔を出して見舞いに来てくれたアーが言うには(ちなみにユニコーンの中で来てくれたのはアーとウーだけである。他はいつか殺す。馬刺しにしてやる)、《気が枯れたのだろう。人の仔は大一番が終わるとすぐに腑抜けになるから、仕方の無いところだな》とオオタネアと同じようなことを言って、俺を苦しめた。


 なんだ、俺の体質はやる気程度でどうにかなるものなのか。

 やる気があれば怪我なんて直ぐに治るっていうのかよ。

 ……まあ、実際そんな感じなのだから、仕方ないか。


 俺はオオタネアに向き合って、訊いた。彼女の側の〈雷霧〉がどうなったかを。

 ここに彼女がいる以上、結果についてはうかがいしれたのだが。


「当然、潰した。発生直後だったこともあり、規模も小さくて魔物も少なかったしな。死者も出していない。むしろ、おまえたちの方が何倍もきつかったはずだ。〈肩眼〉という新種の魔物についても確認されたようだしな」

「ああ、あれには驚いた」

「結果的に、西方鎮守聖士女騎士団(われわれ)は、今回の〈雷霧〉の発生を退けた。犠牲者はムーラ一人。しかも、あいつの死因はただの事故だ。単純な力のぶつかり合いでの戦死者ではない。どうやら、我々はついにあの黒い霧に対して、反攻作戦をとることができるようになったということだ」


 今回の勝利によって得られたものは大きい。

 ただ〈雷霧〉の発生を阻止したというだけでなく、既存の戦力を維持したまま、次に備えることができるということ、騎士団全員が何ものにも代えがたい経験値を稼いだということ、オオタネアの政治的発言力を確保できたこと、王都守護戦楯士騎士団との友好的関係を築けたことなど様々だ。

 逆に、色々と厄介事や謎も深まった。

〈肩眼〉の存在、〈雷霧〉の同時発生の理由、俺たちにニセの地図を与えたものの正体などについてだ。

 俺たちにとっては、やらなくてはいけないことがまた山積みになったにすぎない。

 それでも、前進は前進だ。

 いつか、この大陸からあの薄汚い霧がなくなるまで、俺たちの戦いは続くとしたとしても。


「騎士たちはどうしている?」

「まず、ムーラの葬式をしてから、身体を休めさせて次に備えさせた。その前に記念式典への出席があるか」

「記念式典?」

「ああ、命懸けの戦いを完遂したものたちには悪いが、今回の勝利を政治的に有効に活用するためのちょっとしたお祭り騒ぎだ。大々的にやらせてもらうさ。あ、ちなみにおまえのことはまだ伏せるので、そっちは休んでいていいぞ」

「やる気を出せと言ったら、出番がないから休めと言ったり……ホント、あんたは勝手だな」


 精一杯の皮肉を言うと、オオタネアは呵呵と笑った。

 心底楽しそうだった。


「何せ、私が思いつくまま勝手にやらないと、この国どころか世界が滅びてしまうのだからな。精々好き放題やらせてもらうさ。世界のためなのだからな」


 俺は溜息をついた。

 溜息を着くと幸せが逃げてしまうと昔聞いたことがあるが、これはそういうものではなかった。

 オオタネアの言ったことを、真実として認識してしまった自分に対しての自嘲みたいなものだったのだ。


「ああ、そうだな。あんたが勝手なのは今に始まったことじゃないし。十年前もそうだった。色々と苦労して大変な目にあっていた俺に対して、「泣くなよ、バカ」って言い放つ情け容赦のないガキ大将だったよな、あんたは」


 問題は、当時のオオタネアが内容と口調に見合わないとびきりの絶世の美少女であったということだった。

 俺は恋にこそ落ちなかったが、そんな美少女に命令されたショックで、様々な心境の変化を起こしてしまったのだ。

 それが今に通じる、本人が聞くと笑ってしまうような俺の伝説の第一歩なのだと思うと複雑な気持ちになるのだが。


「そう言うな、セスシス・ハーレイシー」

「その名前はあんたがくれたものだったな」

「ああ。気に入らなかったか?」

「いや、逆だ」


 もうほとんど思い出せない元の世界でのことを忘れて、俺はこの世界で生きていかねばならなくなったのだ。

 晴石聖一郎ではなく、セスシス・ハーレイシーとして。

 そして、俺はこの名前が気に入っていた。


「では、これからも頼むぞ、セスシス・ハーレイシー」

「……セシィでいいよ、くすぐったいから」


 そうやってオオタネアの言葉に応えた俺は、もう、あの時のように泣いてはいなかった……。

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