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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第九話 西方鎮守聖士女騎士団、出陣
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戦友を信じること

 俺たちは、一角聖獣(ユニコーン)たちによる〈核〉の魔導力の察知とウーの霊視を頼りに、おそらくは先行しているであろうノンナたち本隊の後を追っていた。

 その際、ほとんど丸暗記しているボルスア地方のこの一帯の地図については忘れることにした。

 つい一刻前のふざけた地崩れのことがあったからだ。

 隣で頭をひねり続けるナオミが俺に言う。


「……何度思い出してみても、あの道順には崖などは存在していませんでした。あれさえなければ、こんな状態にはならなかったはずなのに……」


 頭のいい彼女にとっては、やや納得できないことだったのだろう。

 いや、頭がいいからこそ、どこかに引っ掛かりを感じて仕方がないのだ。


「それは俺たちがもらった地図からの情報だよな」

「ええ、本陣で戦楯士騎士団に用意してもらったものです。あそこにはボルスアの出身者が多くて、正確な地図も数多く持参していたようなので、話をしてわけてもらいました」

「誰にだ? ダンからか?」

「いいえ、団員の一人が届けてくれました」

「……そいつだな」

「どういうことですか?」

「俺たちは罠にはめられたってことだ。誰の指図かは知らないが」

「ん? 意味がわかりません」

「俺たちに提供された地図はところどころを改ざんされていたニセの地図だったんだよ。俺たちが地図を暗記してそれを頼りに〈雷霧〉に挑むことを見越してな」

「……そんなことをする理由は?」


 頭の回転が早いといってもまだ少女といっていい年齢のナオミはその真意がわからず、俺は思いついた理由をそのまま口にした。


西方鎮守聖士女騎士団(おれたち)が任務を失敗するようにだろうさ。……その先にあるもっと深い理由についてまではさすがにわからないが」

「〈雷霧〉に……唯一対抗できる私たちを邪魔して……なにをしたいのでしょうか」

「まあ、権力争いか恨みか、そのあたりだろうな。まともな人間ならば理解できない理屈で動く奴らはどこの世界にもいるものだ」


 ……世捨て人同然だった俺が言うのもなんだが、たいした理念も思想もなく人の足を引っ張るものは多くいる。

 小さな嫉妬を何よりも優先するものや、自分のためだけの裏切りを選ぶものもいる。

 人類の未来よりも〈雷霧〉の存続を目指すものがいても不思議はない。

 もっとも、今、その理由について考える必要はない。

 考えるべきは戦って勝つための方法だけだ。

 ナオミには余計なことを考えずにいるように言った。

 頭の良すぎる彼女には、もっといい意味での鈍感さをもってもらいたいとさえ思っている。

 

《人の仔よ、先行している同胞の残留思念は確実に捕捉できた。このまま、我の後に続けよ》

「了解だ。もし、読み取れる思念になにかあったらまた教えてくれ」

《承知したよ》


 ウーからの〈念話〉を受け、俺は他のユニコーンたちに指示を飛ばす。

 所々に転がっている魔物たちの死骸を馬蹄にかけながら進むと、間違いなく本隊の跡を辿っているということだけはわかった。

 そのうえ、遭遇する敵の数も少ない。

 おそらくは魔物の注意を先行している本隊が引いていてくれているからだろう。

 正直言って打撃力に欠ける面子であることから、その点ではありがたい。

 もっとも、早く合流できないと負担がかかりすぎている本隊が危ないので、俺たちは必死にユニコーンたちを駆り続けた。

 全員を見わたすと、それぞれの顔色があまりよくない。

 早く合流せねばという焦りのせいだ。

 それは俺にとっても同じことが言えた。

 すでに霊視を操るウーから報告を受けていたのだ。

 ムーラ・ラゼットラの死について。

 具体的な死亡原因はわからなかったが、先行する本隊の残留思念を読み取ったウーが、彼女たちが悲しみを含んだ「ムーラのためにも」という強い意識を持っていることを教えてくれたのだ。

 そして、集団の中に彼女がいないことにも。

 それだけで何があったかはわかった。

 ムーラは西方鎮守聖士女騎士団十三期がだした初の死者だった。

 俺は少しだけ躊躇ったが、そのことを全員に告げた。

 本体との合流後に彼女の戦死に気づくと、ショックが大きすぎるのではないかという判断からだ。

 そこに行くまでのわずかな時間でもあれば、なんとか消化できるかもしれないという望みもあった。

 だが、皆の顔を見る限り失敗したなと感じざるを得ない。

 鍛えられていたとしても、やはり微妙な年頃の子供達なのだ。

 仲間の死に直面して混乱しても仕方がないか。

 時折、襲いかかってくる魔物との戦いについてもいくらか精彩を欠き、その度に小さい手傷を負うことが多くなっていた。

 最年長のモミがいろいろと経験を活かしてフォロー役に徹していたが、キルコ、アオ、シャーレはなかなか回復することがなさそうだった。


「失敗した。俺のしくじりだ……」

《そうでもないぞ》


 ふと漏らした俺の愚痴に、アーが反論してきた。


「何を言っている? 余計なことを言ってかき乱してしまったのが、俺の失敗でなくてなんだ? 黙っておけばよかったよ……」

《……人の仔は、まだまだだな》

「なんだと?」

《自分以外のものを完全に信じきれていないということだ。……いや、君はあの凄まじい女将軍と我ら以外に心を開ききれていないのかな?》


 アーには珍しい皮肉な口調だった。

 当てこすりなど滅多にしない聖獣が、俺のことをあげつらっている。


「……?」

《君はもっと同胞(にんげん)に目を向けるべきだよ。同胞との間に最後の一線を引きすぎだ。それはもう無神経なぐらいにね》

「俺が、線を引いていると……いうのか?」

《そうだ。君はもともとそういう人の仔ではないだろ。もっと愚かなぐらいに部類のお人好しで、能天気なはずだ。知人の一人もいない世界に迷い込んでしまったからといってやさぐれる必要はないよ》


 また、褒めたというよりも揶揄されまくっている感じだ。


《見給え、君の斜め後ろにいる処女(おとめ)を。かの処女がずっと君を守ろうと、君の一挙手一投足に気を配っているのに気づいていたのかね?》


 俺はキルコを見た。

 思わず目があうと、キルコはぷいと目をそらした。

 どうやら、俺の様子をアーの言うとおりに窺っていたらしい。


「……なんのためだよ」

《簡単さ、君が〈ユニコーンの少年騎士〉だからだ。我らと人を繋ぐ架け橋だからだよ。君を守ることはこの世界の命運と直結する。……かの処女は朝方出発した時からずっとああやって君を守ろうとしていたのだ》


 ……気がつかなかった。

 

《シャーレという処女(おとめ)は君が仲間の死を伝えてから、皆が口を閉ざすたびに何くれとなく話しかけて士気を鼓舞しようと努めている。彼女の祖国がこの薄汚い霧に滅ぼされたことを知っているのならば、それがどれだけ偉大なことかわかるだろう》


 復讐に猛っていたシャーレが自分のことよりも、周囲のために気を配って、仇の中を進んでいく。

 殿から時折前に出ては速度を落とした仲間たちに、「もうすぐだね、頑張ろう」とか「背筋伸ばして、曲がっているよ」等と声をかけていた。

 それは一見無遠慮にも見えるが、各自の性格を理解しきった上での的確なアドバイスだった。

 数ヶ月前の彼女の姿を知る者には驚くべき変容だった。

 祖国の復讐よりも戦友たちを支えることを選んだ姿は眩しかった。

 ……このことにも気づいていなかった。


《わかったかね》

「……ああ、おまえの言うとおりだ」


 俺はなにを偉そうに上から見下ろしていたのか。

 ここにいる連中は胆の座った傑物揃いなのだ。

 彼女たちを侮っていたのは、実は俺の方だった。

 例え、ここで討ち死にして果てたとしても彼女たちは悔いることはないだろう。

 今、俺たちが居るのは戦場。

 名のある騎士も名もない兵士も平等に死が微笑む場所。

 戦うのならば友の死さえも受け入れなければならない。

 だが、死を甘んじて受け入れる必要はない。

 結果として死んだとしても、最後まで見苦しく足掻いて、藻掻いて、死神に超過勤務をさせてやろう。

 そう俺が決意した時、


「セスシスくん、本隊が見えたッス!」


 先頭のアオが叫んだ。

 見晴らしのいい丘の上にたどり着いた時、ちょうど、六騎の騎馬が道なりに魔物たちの群れに突入している場面だった。

 本体の行く山の頂上に、巨大な球体が黒光を輝かせながら浮かんでいる。

 アラナの描いた絵の通りの姿―――〈核〉だった。

 タナを先頭に突貫していく本隊が目指す目標はあれだった。


「急いで合流するぞっ!」

「いや、待ってください」


 俺の号令をナオミが止めた。

 不思議そうな顔をする騎士たちに、


「私たちは、ふた呼吸ほど遅れて本隊のあとを追尾します」

「え、どうして?」

「隊長たちが危険」


 ナオミの驚くべき提案に、シャーレとキルコが異論を唱える。

 確かにその通りだ。

 下手をすればノンナたちを全滅させかねない。

 だが、ナオミは落ち着いて言い放つ。


「本隊の推進力なら、途中までは確実に魔物の群れを抜ききることができるでしょう。ただし、それが最後まで保つのかは断言できなません。むしろ、途中で力尽きるおそれの方が高い」

「なら、早く合流しないと……」

「私たちは、着かず離れず距離をとり、本隊が壁にぶつかり突撃が止まった時に一気に後方から追いすがり合流して再度推進させます。そのためにふた呼吸ほど遅れるのです」


 なるほど、二段重ねで行くという作戦か。

 先ゆく仲間を鉄砲玉にした非情ともとれる内容だが、先行する部隊の力を信じていなければできないものでもある。

 しかも、提案した参謀自身、二段目のロケットに乗り組むのだから、危険性は変わらない。

 決して自分の身が可愛いだけの作戦ではない。

 ナオミ以外の全員が、その作戦内容を脳内で吟味したのち、ややあって頷いた。

 了承したのだ。

 どのみち自分たちも推進剤となる運命だ。

 いざとなったら、仲間を踏み台にしてでも前に行かなければならない。

 合理的な内容ならば是非を問う必要もなかった。

 意思が統一されたのを確認すると、ナオミが俺の顔を見た。

 やや不安げな翳がある。

 自分の立てた作戦に人情的に不安があるのだろう。

 だから、俺に決裁を求めてきたのだ。

 俺も皆と同じように頷いた。

 ナオミの表情が輝く。

 

「では、今の行動指針で行かせてもらいます。皆、それでいいわね」

「「「はいっ」」」


 一斉唱和に基づいて、全員がまた武器を構えた。

 征くのはこの〈雷霧〉の心臓である〈核〉の場所。

 ついに最後の突撃が始まるのだ。

 

「―――突撃っ!」


 ナオミの端的で凛とした号令のもと、俺たちは見晴らしのいい丘の上から、本隊を追って駆け出し始めた……。

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