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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第九話 西方鎮守聖士女騎士団、出陣
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自殺部隊の本領

[第三者視点]


 戦場に、華々しさと栄光があったとしよう。

 英雄たるものが持て囃されるのは、彼もしくは彼女の戦いにその二つが付与されるからである。

 では、どうすればそれらが付与されるのであろうか。

 答えは簡単だ。

 英雄たちの戦いを目撃したものたちが語り伝えるからだ。

 彼らとともに戦うものたちは、命を救われ、勇気を与えられ、勝利を送られることでその業績を賞賛する。

 彼らに敵対したものは、命を奪われ、怖気づくことを強要され、敗北の苦渋を舐めさせられることでその(いさおし)を憎悪する。

 味方と敵が、それぞれの立場から英雄の戦いを語り継ぐのである。

 では、どこにも味方がおらず、倒すべき敵も人の言葉を解さない怪物であった場合はどうなるだろうか。

 讃えられるべき英雄の決死の戦いは、ただの結果という事実のみしか語られず、その偉業は水面の泡のように弾け飛ぶ。

 戦って戦って戦い抜いた英雄が、最期に野垂れ死んだのならば、そこにどんな屍山血河を築こうが、どれほど多くのものを救おうが、その想いを掬い上げようとするものがいない限り正当に評価されないのだ。

 西方鎮守聖士女騎士団―――〈聖獣の乗り手〉たちはまさしくそういう英雄だった。

 立ち向かった〈雷霧〉の総数は十五。

 そのうち、バイロン国内での発生は十三度。

〈雷霧〉の〈核〉を潰した数は、十三回。

 バイロンの領土内に〈雷霧〉を定着させてしまったこと、二回。

 所属したユニコーンの騎士の数は、百三十五名。

 戦死者百十五名。

〈雷霧〉の侵蝕からバイロンを守り続けて、人類のために稼ぎ出した時間は、約十一年。

 斃した魔物の総数、およそ二千匹。

 国民から贈られた通称―――



〈自殺部隊〉。



          ◇


 セスシスたちの言うところの本隊は、完全な突撃陣形を敷いていた。

 たった六人しか残っていないのだ。

〈手長〉をはじめとする魔物どもには目もくれず、ただ〈核〉を破壊するしかない。なんとしてでも潰さなければならないと念じていた。

 もし死ななければならないというのなら、この薄汚い霧を、自分たちの母国から消し去ってからでなければ死んでも死にきれない。

 六人全員がはるか前方で〈雷霧〉を作り出す〈核〉を見つめていた。

 その異様な輝きは、ある山の頂上付近に陣取っていた。

 端的に言えば、ドス黒い光を放つ球体。

 なぜ黒い光などというものが見えるのかは、その球体の周囲を高濃度の黒い霧が覆い、球体自身が発する不自然な光の乱舞が反射するからである。

 騎士たちが、はるか山の彼方にある球体を見ることができたのは、そちらに近づくにつれて〈雷霧〉の濃度が薄くなり、徐々に少し濃い靄程度にまで落ちてきていたからである。

 その理由は、山頂の球体を覆う霧がまるで間欠泉のように上に昇っていき、天を黒く染め上げていくからだった。その分、広い範囲で黒い霧の密度が薄くなっていく。

 タナたちは悟った。

 あれこそが〈雷霧〉の〈核〉なのだと。

 事前にエイミーやアラナから聞いていた通りの光景だった。

 そうであるのならば、ここから先がどうなるかも情報通りになるはずだった。

〈核〉の置かれた山を見通せる丘の上で、騎士たちはユニコーンの脚を止めた。

 ノンナが素早く遠眼鏡を引き出し、〈核〉の周辺を見た。


「うわっ、たくさんいるわね」

「ちょっと貸して」


 タナがノンナの手から奪い取り、そして見た。同時に眉をしかめた。

 山頂から麓にかけて、さきほど〈雷霧〉から出てきたのと同じぐらいの数の魔物たちがひしめき合っていた。

 まるで餌食にたかる蟻のようだった。

 ほとんどは〈手長〉ばかりだったが、わずかに〈脚長〉と〈肩眼〉もいる。

 比率的には、十対二対一といったところか。

 ここに種類としての魔物の分布の縮図が見えていたといってもよいのだろうか。〈肩眼〉だけはまだ新参な種なのだろう。

 とはいえ、その数は驚異的だった。

 唯一の救いは、駆け抜けることができそうな道らしきものが一筋だけあることだった。

 人よりも大きい魔物たちには、人が便利に使う道を使う必要性がないからか、勝手気ままにただ広い場所に集まろうとするだけだった。

 ただ、そこを往くにしても、斬り殺さなければならない敵の数はまさに無数だ。

 虫けらを潰すようなわけにはいかない。

 

「うじゃうじゃいるわね。だいたい、五百匹ぐらいかな」

「誰も〈核〉に近づけたくないみたいよ。魔物のくせに知恵をつけたのかしら」

「アラナ先輩の話よりも多くない?」

「今回の〈雷霧〉には今までの常識は通じないと考えたほうがいいわ。〈核〉本体の様子だけでも想定内に収まっているだけでもよしとしなければね」

「まっしぐらにあそこまで行けるかなあ?」

「やめたほうがいいわね。とてもじゃないけど、最後まで届かないから」

「セシィたちが来るのを待つ?」

「来る保証はないわ」

「多分、最後の最後には間に合ってくれるんじゃないかな? 歌舞台の主人公みたいに」

「……夢みたいなことを言わないで。期待しちゃうじゃない」

「だって、ねぇ」


 タナは笑った。

 誰かに似ている笑いだった。

 

「あの人、そんな男性(ひと)でしょ?」

「確かにそうなんだけど……。戦場で夢を見たら死ぬって、オオタネア様が言っていたわよ。都合のいい援軍がくるのを期待するのはやめましょう」

「うーん、そもそもこの国そのものが、異世界から救世の助けが来てくれたという都合のいいお話の舞台だからね。そういうこともあるんじゃないかな?」

「私たちが歌舞台の登場人物ならね。さあ、そろそろ冗談はおしまい。さっきは止めたけど、どのみち私たちの戦法はただ一つなんだから」

「全隊、突貫?」

「そうよ」


 タナはにやりと不敵に笑い、ノンナはやれやれと肩をすくめた。

 時間はすでに正午を過ぎ、昼も終わろうとしていた。

 背嚢にしまっておいた乾燥肉と果実の絞り汁を口にして、乾きと空腹を鎮めると、全員が装備していた余計な荷物を捨てる。

 ここから先に必要なのは、武器と戦技、そして魂だけだ。

 あとはいらない。

 タナが先頭に立ち、愛用の双剣を抜き放つ。

 彼女の馬上槍はすでに折れて手元から失われていた。

 その左右にミイナとノンナが並ぶ。

 クゥは全員から矢をかき集めた。

 最後の最後まで弓を引き続け、皆を援護するためだ。

 矢が無くなったら?

 得意の馬術で囮として踊ればいい。

 彼女の腕の冴えなら、どんな魔物だって引き寄せられるだろうに違いない。

 あとの二人は、それぞれ剣と戦闘斧を肩に背負った。

 前線の三人の誰が欠けても即座にその代役に収まり、最後には〈核〉を潰しきれるように。

 騎士たちは、固めた拳を打ち付け合った。

 いつからか、西方鎮守聖士女騎士団の勝利の儀式となった行為だった。


「十三期隊長ノンナ・アルバイっ!」

「騎士タナ・ユーカー」

「ミィナ・ユーカーっ!」

「ザ、ザッカスの娘、クゥデリア・サーマウ!」


 全員が名乗りを上げた。

 聞いているものは誰もいない。

 ただ、名乗りを上げずに突撃を敢行するのは騎士の名折れだからするのだ。


「西方鎮守聖士女騎士団、突撃ィィィッ! 絶対に潰してやらあぁぁぁぁっ!」


 それはまさに猛激だった。

 騎士団の正装である青銀の鎧が青白いオーラを残し、騎士たちが目指す山頂めがけて駆け出していく。

 縦に一文字に並び疾走する姿はまるで夜空を渡る彗星のようだった。

 驚く程の疾さで丘を降り、まっしぐらに山の麓にたどり着く。

 一匹の〈手長〉がイェルの馬蹄にかけられた時、戦いは本格的に始まった。

 魔物たちの動きは鈍かった。

 これが人間の軍隊ならば、丘を降りた直後に発見され、遠距離の武器による一斉攻撃を受けていたところだったが、魔物たちにはそんな知恵はない。

 王都守護戦楯士騎士団との戦いにおいても、〈脚長〉を守ろうというそぶりも見せなかったことが、戦術的知恵のなさを裏付けているといえた。

 とにかく魔物たちの側からは最悪なことに、なんの苦もなく少女騎士たちは接敵に成功したのである。

 一本の矢のような攻撃によってまず血祭りにされたのは、二匹の〈手長〉だった。

 その顔面をミィナとノンナの槍によって貫かれ、大剣を振るうまもなく絶命した。

 タナが繰る双剣は一角聖獣イェルの持つ生来のスピードもあり、すれ違いざまに魔物の首を断ち切って宙に舞わせた。

 部隊はあっという間に、最初に屯していた〈手長〉たちを抜き、次の群れへと突っ込んでいった。

 今までの〈雷霧〉に覆われた平原と異なり、十分に確保できた視界によって、先まで見渡すことができるからか、眼前の敵を相手にしながら次の敵のための位置取りをすることができるようになったのである。

 九ヶ月前の初陣の時と違い、タナは〈手長〉たちを強敵とは認識していなかった。

 ただの大きなだけの障害物としか考えていないのである。

 正面から一騎打ちをするのならばともかく、イェルとともに戦場をかけるのならば、いかに相手にせずに切り抜けられるかだけが重要で、あとはどうとでもなる相手でしかなくなっていた。

 しかも、普段、彼女が相手にしている仲間たちと違い、連携などまったくもたない魔物の群れだ。

 左右を信頼できる友に守られた自分を止められるはずがない。

 タナはまさしく鬼神のごとく先陣を切り進み続けていく。

 クゥはその彼女の背中を追いながら、強力な矢を次々と放っていく。

 十三期の中で、もっとも尊敬されているものは誰かと問われたら、おそらく皆は苦笑しながら彼女の名を挙げるだろう。

 一人次元の違う馬術の持ち主であることのみならず、その克己心に対して敬意を表さずにはいられないのだ。

 ユニコーンを交えた馴致訓練において、もっとも積極的に騎士たちを引っ張るのはクゥだった。

 吃る癖を隠そうともせずに、うまくいかない仲間たちに話しかけ、アドバイスを与えて、次はうまくいくように働きかける。

 相方に対しても同様に接していた。

 エリは若いユニコーンであることと、人と接することが初めてということもあり、思うように馬体を動かせないところがあった。

 そこで、彼女はただの馬と競合させることで馬体を順調に動かせるように、エリを鍛え上げた。

 セスシスはこの九ヶ月で最も急成長したのは、エリだと断言している。

 それもこれもクゥの指導のおかげだった。

 だから、エリはクゥの言うことを一切疑わない。

 例えその命令が承服できないものであっても。


「エリ、私を見捨てて前の三人を助けなさいっ!」


 前方を駆けるタナめがけて大剣を振り下ろそうとした〈手長〉の眼を射抜いたクゥが、再度弓をつがえようとした時、プツンと絶対に弓手が聞きたくなかった音がした。

 クゥはすぐさま弓を捨てた。

 弦の切れた弓などなんの役にも立たないからだ。

 同時に腰に佩いていた短剣を引き抜く。

 一瞬にして役に立たなくなった武器を見限り、持ちうる中で最も使える武器を選んだのはさすがというべき判断だった。

 だが、短剣は魔物にはほとんど通じない武器だ。

 クゥは判断を間違えた。

 彼女の最大の武器は弓ではなく、鍛え上げられた馬術であったのに。

 形ある武器にこだわってしまったことが、彼女に対してひと呼吸遅れた攻撃を仕掛けてきた〈手長〉の肘に頭をぶつけてしまう結果になる。

 いかに優れた馬術の持ち主であっても、身体をぶつけられてしまえばバランスを崩し、落馬せざるを得ない。

 物心ついてから一度も落馬したことがないと、仲間に恥ずかしそうに自慢する三つ編みの少女は無様に大地に背中を打ち付けた。

 だが、同時に放った台詞は無様さなど欠片も感じられない潔いものだった。

 それが、「エリ、私を見捨てて前の三人を助けなさいっ!」という命令であったのだ。

 エリはわずかな逡巡もみせず、乗り手を置いて前に出る。

 そして、本隊の前面を塞ごうとした魔物の群れに対して、〈物理障壁〉を張った。

 ユニコーンをすべての物理攻撃から完全に防御する壁は、邪悪な魂をもつ悪魔たちを円状に吹き飛ばした。

 空いた隙間を残りの五騎が駆け抜ける。

 皆、クゥに何が起きたか気づいている。

 しかし、無視した。

 立ち止まることはできはしない。

 目標たる〈核〉は目と鼻の先にあるのだ。

 あれを潰さなければボルスア地方は奪り返せない。

 数万の人が難民と化し、ひいてはこの国が亡くなる。

 いや、もうそんなことはどうでもいいのかもしれない。

 このくそったれの汚い霧にこれ以上舐められてたまるものか。

 西方鎮守聖士女騎士団十三期の死ぬ気をみせてやろうじゃないか。

 ……自分に一瞥もくれず、ひたすらに、我武者羅に、刃で作られる一筋の道をひた走る仲間を見送りながら、クゥは微笑んだ。


「みんな、上手くなったね」


 誰も見ていないので吃らずに言えた。

 彼女の吃り癖は他人の眼があるときに限って出てしまう、精神的なものだったから、一人になれば問題はなくなるのだ。

 今の彼女を囲んでいるのは殺戮に飢えた魔物の群れだったが、こんな奴らに囲まれたところでどうということはない。

 吃る癖もでないぐらい緊張すらしないのだから。


「さあ、来なさい。私を食べている間に、あなたたちの大切な〈核〉は皆に壊されて終わるのよ」


 短剣を目の前の〈手長〉に向ける。

 よくよく見ると不細工な連中ですね、とクゥはらしくない感慨を抱いた。

 これに食べられるのはちょっと悔しかった。


「おまえ、吃らずに喋れるじゃないか」


 耳元に男らしい声が届いた。

 自分の身体がふわりと優しい何かに抱きかかえられたことに、クゥはすぐには気づかなかった。

 彼女を取り囲んでいた魔物の顔面に、ペティナイフと千本が突き刺さり、同時に短槍と馬上槍が汚穢な命を断ち切る。


「タ、タナたちが先に行って……」

「おまえ、人のことより自分の心配をしろよ」


 クゥの上半身を抱きかかえ、鞍の上にまで持ち上げてくれた男性の顔が目の前にあることでドキドキが止まらなくなる。


「さーて、この一本径が今日の終点か。張り切っていこうぜ、なあ」


 西方鎮守聖士女騎士団の教導騎士セスシス・ハーレイシーが、そう快活に言い放つのだった。

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