あとで迎えに来るからね
またも予想外の事態に巻き込まれた俺たちだったが、地崩れそのものによって被害を受けることはなかった。
後でわかったのだが、アオの発見した崖というものがそれほど高いものではなく、その基盤の崩壊による地崩れの勢いも強くなかったことと、ユニコーンたちの並外れた脚力、そして聖獣としての能力のおかげだった。
咄嗟に張った〈物理障壁〉によって、バランスが失われるのを防ぎ、並の馬とは比べ物にならない脚力を発揮し、まだ崩れきっていない足場を跳んだのである。
おかげで十三頭のユニコーンは一頭も欠けることなく、通常なら全滅してもおかしくない自然の猛威を受けきることができた。
ただし、それだけだ。
悪いことに局地的な地崩れとはいっても、その範囲は広く、前方に駆け抜けたものと後方に飛び退ったもので大きく二つに分かれてしまったのだ。
しかも、二つの集団の間を隔てるのは崩れてグズグズになってしまった柔らかい土と泥と倒れた木々の山。
これを通り越して合流することは、かなりの危険性を伴う。
俺は後ろに下がったグループだったので、周囲を見渡すとノンナもタナもいない。
要するに突撃陣形の前後で寸断された形なのだ。
この中でリーダー役になれそうなのは、ナオミ一人。
「どうする?」
「大回りして急いで合流するしかありません。この地崩れのあとを踏破するのは無理です」
「合流できるのか?」
「こういう場合は、もともと想定してあります。では、暫定的に私が指揮を執らせてもらいますが、よろしいですか」
「おまえに任せる」
「はい」
そう言うと、ナオミはその場に残った全員を確認する。
俺、ナオミ、キルコ、モミ、アオ、そしてシャーレの六人だった。
見事なまでに防御と援護に特化したメンバーばかりだった。
騎士シャーレ・テルワトロは〈赤鐘の王国〉出身のもともとは難民であり、もと母国を壊滅させた〈雷霧〉を誰よりも憎んでいる丸い髪型をした少女だ。
最近では落ち着いてきたが、一時期は憎しみを優先するあまり突出しすぎるきらいがあった。
自分の特性が弓での狙撃であるということに気づいて以来、その傾向は収まり、むしろ周囲に気を配るような性格になっていったのは、俺からするとやや不思議なのだったが。
「隊が二つに分かれたときは、無理をせずに合流するために、どちらも〈核〉めがけての最短距離を進むことになっている。ノンナが向こうにいる以上、あっちを本隊とする。いいね」
「はい」
「でも、ナオミ。どうやって〈核〉へ近づくの? あたし、地図を覚えていないよ」
「それはユニコーンの動きに合わせて。〈核〉の位置についてはユニコーンの魔導力を察知する力を頼りにすることになるから」
ユニコーンにはそれほどの精度はないのだが、遠距離から強力な魔導を察知することができる。
今までこれを使用せずにいたのは、〈雷霧〉自体が強い魔導存在であることから、その察知能力に狂いが生じないとも限らないという判断からだった。
ただし、エイミーたちの経験によれば、〈核〉に近づくにつれて精度は復活する傾向にあるとのことなので、暗記した地図に頼って走り続けてさらにユニコーンの能力を併用することでなんとかなるものらしい。
十一期と十二期の騎士はそうやって生き延びたのであるから。
俺は各自のユニコーンたちにその旨を伝えた。
すると、アオの相方であるハーが言った。
《人の仔よ、我とウーを前線に出すんじゃ。そうすれば、霊視と経験の二つが主らの道案内となるぞ》
「どう言う意味だ?」
《ここから先は、それなりに経験のある同胞が先導せねばならないということじゃ。霊視の強いウーは魔導を察する力も図抜けているしの。適材適所じゃよ》
「……ウー、行けるか?」
間者モミの相方であるウーは、そのつぶらな瞳を俺に向けた。
いつもならばどんな感情もみえないのに、今日だけは少しだけ違っているようだった。
《我は三人もの乗り手を喪っている。その度に、この薄汚い霧を憎んだものだ。どれほど憎んでも余りあるほどにね。これを潰せるのなら、生命も惜しくないほどにね。しかし、乗り手にとっては別だ。我は絶対に守るつもりだが、彼女がどう思ってくれているか。……我の乗り手に我を信ぜよと伝えてみてはくれないか》
「ああ」
俺はウーの乗り手であるモミに、
「ウーが、おまえに信じて欲しいって言っているぜ」
「……はい」
それから、嘘と謀略に塗れた間者として生きてきたはずの女が、ユニコーンに対してだけは容易く心を開く。
騎士団の者たちの誰よりもあけっぴろげにだ。
その様子に他の騎士たちが少し羨ましそうな視線を送る。
「ウー、君を信じます。ともに前に行きましょう」
なんとも嬉しそうに一角聖獣が高い嘶きを発した。
モミの誠意はこの聖獣を本気にさせたのだ。
「……よし、前線はアオとモミさんの二人で行く。次に私。セスシスとキルコは真ん中、シャーレで殿を守って。一度、この地崩れのとを大回りしてから〈核〉へと向かう。準備はいい」
全員が頷く。
人数が減ったことで危険は更に増した。
なにより、本隊の仲間のことももちろん心配であるが、こちらの面子は比較的援護や防御に突出したものばかりで打撃力に欠ける面で不安があった。
無理やりに強引な突破はできないという欠点があるのだ。
しかし、行くしかない。
まだ、〈核〉への道のりは半分も過ぎていない。
先は長いのだ。
俺たちはもう一度目で確認しあうと、また、もう一度〈雷霧〉の中心に向かうために走り出した。
不安を隠したままで。
◇
[第三者視点]
……土の中から掘り出されたムーラ・ラゼットラは、すでに呼吸をしていなかった。
脈も完全に止まっていた。
相方であるユニコーンは、なんとか地崩れの外に跳躍したものの、手にした馬上槍が根ごと倒れてきた木の幹に引っかかり、そのまま彼女だけが飲み込まれてしまったのだ。
彼女が埋まっていると思われる位置は、すぐに特定されたので、魔物を警戒しながら、ミィナたちが助け出した時にはもう遅かった。
懸命の蘇生術も間に合わなかった。
医療魔道士の一人でもいたら話は違っていただろうが、残念なことに十三期の中には心得のあるものすらいなかった。
ムーラ・ラゼットラは死んでしまったのだ。
「ムーラ……」
ビブロン出身といってもいい彼女は、全員に対してとても親切にその界隈を案内してくれた。
大喧嘩の後の蟄居が解けたあと、彼女たちが開拓した街の行きつけは、ほとんどムーラとともに見つけた場所だった。
素朴だけど陽気で、なんにでも気がつく、気立てのいい女の子だった。
辺境に住む人たちを脅かす魔物に対して、いつも腹を立てていて、そういう話を聞くと真っ先に駆け出そうとする正義感の強い娘でもあった。
それが魔物との戦いではなく、こんな自然現象であっけなく死ぬなんて。
まだ若いミィナは涙をこぼしたが、他の年長者たちはなんとかこらえた。
掘り出されて泥に塗れた死に顔は、思ったほど苦しそうではなかった。
窒息よりも、おそらくは土流に巻き込まれた時に頭を打って気絶し、そのために圧迫死したのだろうとノンナは診た。
幸運だったといえないが。
白い額についた土を優しく払ってやると、とても死んだものとは思えない顔をしていた。
まるで寝ているようだった。
いつ起き上がり、「どうしたの、早く進もうよ」と言ってくれるのではないかとわずかな期待を持ちたくなるほどに。
「……し、死んじゃダメだよ、バカ……」
クゥも涙をこらえた。
友との思い出が脳裏を駆ける。
いい思い出ばかりというのは辛いものだ。
すぐに忘れることができないのだから。
「グス……」
ミィナはすすり泣いていた。
号泣はしない。
ここは敵地なのだ。
でも、泣きたいものは仕方ない。
友達が死んで、ミイナはまだ十五歳だ。
泣かない方がどうかしている。
そして、彼女が泣いているおかげで、年長者たちはかろうじて涙をこらえることができていた。
「……行こう」
タナが言った。
彼女だけは一角聖獣から降りず、周囲の警戒を怠らなかった。
だが、彼女が特別に冷たい人間というわけではない。
〈雷霧〉という戦場に入りから、もっとも苛烈な戦いを続けて、仲間たちを守ってきたのは彼女なのだ。
双璧であるマイアンを序盤で失い、右腕であるハーニェを帰したことで、その肩に伸し掛かる圧力は隊長のノンナに匹敵するレベルであったろう。
しかし、彼女は黙々と戦い続けた。
現在の彼女の討伐数は二十匹。
わずか半日でのものとは思えぬ数だった。
「全員、騎乗」
ノンナがやや力なく命じた。
初めての同期の死が彼女にもプレッシャーを与えていたのだ。
それを支えてくれるかもしれない大人の教導騎士はここにおらず、副官的なポジションにいたマイアンもすでに離脱している。
だが、そろそろ魔物が彼女たちに勘づいて近づいてくるだろう。
今まで何もなかったことが奇跡的な状態だった。
一刻も早く、ここから離れないとならない。
ノンナは一度だけ騎士の礼をとり、ムーラの遺体に送る。
彼女の死出の餞にできるのはそれだけだった。
「じゃあね、ムーラ」
「あ、あとで迎えに来るから」
「……さようなら」
騎士たちは次々にユニコーンに乗り込み、一足先に駆け出したタナのあとに続く。
誰ももう彼女をみない。
彼女の相方は乗り手を亡くしたことから、すぐに〈雷霧〉から離脱することになる。
ユニコーンは人の操縦がなければ、何かと争うことなどできない穏やかな聖獣なのだからこれは仕方がない。
結界に入って移動すれば魔物たちに見つかることなく容易く外に出ることができることもある。
そのユニコーンだけが最後まで彼女の元に残った。
人との取り決めを破り、彼はそこから動くことをしなかった。
まるで、全身が土に塗れた少女の遺体を守るかのように。
しかし、ムーラの遺体は、隣に立つ輝かしい聖獣に捧げられた生贄のごとく、ぽつねんと横たえられたまま、〈雷霧〉の発する音と輝きに彩られていた……。




