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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第九話 西方鎮守聖士女騎士団、出陣
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魔物〈肩眼〉

[第三者視点]


 マイアンの落馬と同時に飛び出したのは、ミィナだった。

 手にした馬上槍の鋭い切っ先を向け、一瞬で魔物との距離を詰める。

 相方であるベーの本領発揮といったところか。

 魔物の両肩についている〈眼〉がミイナを見る前に、その刃の先端が人間の十倍はありそうな角膜を貫き、それだけではなく勢いがついていたからであろうか二尺(約六十センチメートル)までえぐりこんだ。

 その深い傷跡によって、魔物の左上腕部はわずかな筋肉がかろうじて繋がっているだけでほとんどちぎれかけた。

 魔物の持つ本来のタフさもありすぐに行動不能になることはなかったが、反撃のために逆側の〈眼〉が彼女を見ようとするも、そのあまりの得体の知れなさに言い知れぬ危機を感じていたミィナが、左手での剣の抜き打ちを放つ。

 こちらも見事に露出した角膜を切り裂いた。

 申し訳程度に付いているとしか思えない小さな頭から、不気味な叫び声が発せられる。

 どうやら、両肩の〈眼〉はこの魔物にとって、弱点でもあるらしい。

 足をたわめると、騎馬の速度にも追いついてきた跳躍力を発揮して、ミィナから逃れるように天に舞った。

 いくら馬上槍が長くても届かない距離まで到達して逃れようとした魔物だったが、その目論見は簡単に破れ去る。

 眉間に一本の鏃が突き刺さったのだ。

 クゥの放つ短弓の一撃が狙い過たず、急所らしき場所を貫いたのだった。

 実際にそれがトドメとなったのか、魔物はどさりと地面に落ちたる


「全隊、停止っ!」


 ノンナが叫んだ。

 兵理に従えばここは機動を止めるべきではない。

 視界が効かぬ〈雷霧〉の中であり、いつ敵が集中してくるかわからぬ敵地なのだ。

 足を止めることは死ぬことに等しい。

 ただ、ノンナは一瞬のうちに今の攻防がこれからの隊員の生死を分かつものであり、ひいては任務の成否に関わると判断したのだ。

 その理由は三つ。

 一つ目は、主戦力であるマイアンの生死の確認。

 二つ目は、彼女が戦死した場合の陣形の再構築。

 三つ目は、新種の魔物の情報を得ること。

 特に重要視されるべきは三つ目だった。

 何しろ、〈魔導障壁〉を張っているはずの自分たちに対して正体不明の攻撃を仕掛けてきたのである。

 これの対策を取らなければ、マイアンのような犠牲者が出かねない。

 ノンナは次々と部下たちに指示を出していく。


「ナオミ、ムーラと一緒にマイアンを回収して。死んでいたら、そのまま放置。生きていたら、シチャーの背中に乗せて固定。他の騎士は周囲の警戒。ミィナはマイアンの位置に暫定的に移動。以後、マイアンが戻らなければタナの隣は貴女が受け持ちなさい。―――騎士ハーレイシー!」

「なんだ?」

「ユニコーンたちに今の魔物についての見解を聞き出してください」

「もう聞いた」

「では、先程の〈眼〉の化け物は何をしたのですか?」

「魔導力を使った攻撃ではないそうだ。どちらかというと、気功術の応用に近い。あの巨大な眼と眼があった瞬間に、〈気当て〉のように震動波を飛ばし、脳を揺さぶるそうだ。なまじ気功術を使える人間にはさらに強く効くらしい。」

「〈魔導障壁〉を破ったわけではないと?」

「ああ。ただ、気功術を使う人間にとっては厄介な相手だ。特に騎士にとっては天敵かもしれない」

「私の聞いた感じだと、例の村でのルーユの声を彷彿とさせますが」

「それは俺も感じた。あれよりもさらに攻撃的になったものだと考えるといいかもしれないな」

「では、その攻撃への対処の仕方はどうです? ユニコーンたちの意見が聞きたいです」

「ちょっと待て」


 セスシスが、自分の乗っているアーと身近で魔物に接したベーにそれぞれ話しかける。

 他にも近くにいた何頭かがいなないた。

 議論をしているらしい。

 結論が出たのか、セスシスは顔を上げた。


「おそらく……まだ断定はできないが、両肩の〈眼〉と視線を合わせなければ大丈夫だろうということだ。光を発するまでにわずかな時間があった。視認しても、すぐに目をそらせばギリギリ回避できるだろう」

「私たちはあいつの異形に注目しすぎてしまいましたからね……」

「そこは仕方ない。相手を観察するのは勝つための第一歩だ」

「すいません、慰めていただいて」


 すると、シチャーの背中に動かないマイアンを固定したナオミたちが戻ってきた。

 全員の顔に多少の安堵の色が浮かぶ。


「騎士マイアンは意識をなくしていますが、命に別状はないようです」

「ありがとう、ムーラ。ナオミ、怪我の具合はわかる?」

「落馬の際に右手を折っていると思う。持ち上げたときに手がぶらんと不自然に曲がっていた。気がついたとしても、もう戦力にはならない」

「わかったわ。ミィナ、暫定は解除。本作戦中は、その位置のままで」


 タナが近づいてきて、言った。


「……ノンナ、マイアンを誰かに併走させて後方の陣地に送ろう。まだ、ここなら引き返せる」

「わかったわ。誰に行かせるの?」

「ハーニェに頼む」


 それを聞いていた、ハーニェが気色ばんで拒む。


「嫌だ。俺がいなくなったら、誰がタナちゃんの背中を守るんだ? まだ〈核〉までの道のりは遠いんだ。俺が必要になるはずだ」

「こういう時にはハーニェが一番頼りになるから」

「そんなことはどうでもいい。訓練が始まってからずっと、タナちゃんは背後に俺がいることを前提で戦法を磨いてきたんだ。今、俺がいなくなったら後ろに死角が生まれる。乱戦になったら、そこを突こうとする敵も現れる。そうなったらなによりもタナちゃんが危なすぎる」

 

 ハーニェにとって、いや、タナにとって彼女は片腕にも等しい相手だった。

 その片腕を自ら捨て去るというのだ。

 結果として、どれほどの危険が待つというのか、誰にもわからない。むしろ、危険しかないといえよう。

 だからこそのハーニェの訴えだった。

 実のところ、彼女はタナ・ユーカーという天才少女に全てを捧げてもいいとまで心酔していた。

 平凡な能力の持ち主で、一度は騎士団の選定から外された次点の彼女にとって、生粋の天才少女は何よりも輝いて見える存在だった。

 自分を雑草だと卑下していた少女は、誰よりも太陽に憧れていたのだ。

 並ぶもののない剣技に、明るい心根に、麗しき美貌に、そして皆に平等に優しいその笑顔に。

 最も危険な戦いの最中に、その傍から離れるということは、苦痛以外のなにものでもなかった。


「ハーニェ、言う事を聞いて。もし、私たちが全滅したら、マイアンは次の十四期にとって必要な存在になる。私らの世代でも最強の一人なのだから。ここで彼女を見殺しにすれば、次の期と、次の作戦が滞る。それだけは避けたいの。この〈雷霧〉だけは命に替えても私が潰すから、その次の〈雷霧〉に備えて欲しい。……こんなこと、ハーニェにしか頼めない」

「……俺は、タナちゃんと戦いたい……」

「貴方はセシィに、怪我をした騎士を助けるのが得意って言ったのでしょ。その特技を生かして」

「タナちゃん……」

「お願い、ハーニェ」

「……わかった」


 タナが拳を握り、ハーニェに突き出した。

 ハーニェも同じことをする。

 

「セシィに教わったんだよ、……えっとね……ぐっどらっく」

「ぐ、ぐっどあっく?」

「ぐっどらっく、ね」

「―――ぐっどらっく」

「幸運を祈るって意味らしいよ。セシィのいた異世界の言葉なんだって。ハーニェが無事に陣地にたどり着くようにね」


 ハーニェは泣き出しそうになった。

 何を言っているんだ、この人は。

 幸運が必要なのは、貴女の方じゃないか。

 これからの道のりは危険しかない。

 彼女がいなくなれば、一番危険になるのはタナなのだ。

 それなのに自分の幸運を祈るなんて……。


「死なないでくれ。次の〈雷霧〉のときこそは一緒に戦いたいから」

「任せて。それじゃあ、ぐっどらっくっ!」

「ぐっどらっく」


 ハーニェはゲーの馬頭を翻し、シチャーの背中を軽く叩くと、今まで来た道を引き返し始めた。

 ユニコーンに固定されたマイアンはぴくりとも動かないので、これからの復路は彼女一人の手腕で切り抜けなければならない。

 それでも、〈雷霧〉を前進することに比べれば危険度ははるかに低い。

 ハーニェは振り向かなかった。

 皆が見送っていてくれることはわかっていたが、それでもダメだった。

 自分だけが安全圏に逃れるようで耐えられなかったこともある。

 しかし、それだけではない。

 それだけではないのだ。


「……タナ、いつまでも見送っていないの。そろそろ動くわ」

「はーい」


 タナが自分の位置に戻ると、ノンナは全員に向けて命令を発した。


「陣形はさっきよりも小さくしますが、縦には長くとります。先程の新種の魔物については、さっきの騎士ハーレイシーの言葉の通りに対処すること。あと、〈眼〉の攻撃だけでなく、あの異常な跳躍力にも惑わされないこと。いいですね。……ちなみにあの魔物については以後、〈肩眼(かため)〉と呼称します。決して油断しないように、そして逆に警戒しすぎないようにして」

「はい」


 全員が頷いた。

 敵地での停止は小休止ではない。

 タナのハーニェへの説得の間にも、騎士たちは対策を話し合い続けていた。

 そして、全員に指示が行き届いたのを確認して、ノンナはもう一度進軍を命じる。

〈核〉まではまだはるかに遠い。

 しかし、地獄に脚を踏み入れた以上、最後まで進まなければ結局のところ死ぬしかないのだ。

 少女たちは再びユニコーンを走らせ出した。


       ◇


〈肩眼〉の存在は、俺たちにとって最悪の誤算だった。

 なぜなら、〈雷霧〉の中に潜む脅威として俺たちが想定していたのは、〈手長〉〈脚長〉の二種類の巨人型の魔物だけで、ほかにはいないものとタカをくくっていたからだ。

 いや、言い訳をさせてもらうと仕方のないことだといえた。

 これまでの十数年の間において、〈雷霧〉の中の新種の魔物など確認されていなかったのであるから、それに備えることなどできはしないのも当然だ。

 しかも、〈肩眼〉の持つ二つの特殊性―――〈眼〉による攻撃と異常な跳躍力―――は予想することなどできない部類のものだ。

 ただでさえ、危険な黒い霧の中を、あのような新たな対処を迫られる敵が登場するという事実にどう対応すればいいのか。

 俺の前を進むノンナと隣のナオミは対応策をずっと話し合っていた。

 その間も、魔物たちの襲撃は続いていく。

 だが、思った以上に俺たちにとって厄介だったのは、〈雷霧〉の名前の由来となっている雷の断続的な落下だった。

 通常の雷は、雷雲から地面に落下するものと思われているが、実際には地面に溜まった電気が上に向かって流れることもあり、必ずしも一方的な電気の流れがある訳ではない。

 しかし、〈雷霧〉の場合、雷雲というものは自体は存在せず、どこから電気が流れてくるのか仕組みがまったく解明されていなのだ。

 ただし、雷そのものではないが似たような電気の流れが発生し、それが中にいる生物に向けられるという事実については疑いようがない。

 それを便宜上、落下と表現するが、落下の対象となるものは人間だけにとどまらない。

 人以外のすべての生き物が、この対象となっているのだ。

 例外はそのなかに巣食う魔物どもだけ。

 したがって、〈雷霧〉に突入したものは次々と天から落下してくる雷に耐えながら進まなければならないのだ。

 俺たちのようにユニコーンとともにいく場合は、ユニコーンの〈魔導障壁〉があるおかげで、身体に落下する前に絶対魔導遮断能力が発動するのである。

 そのおかげで、俺たちは雷にやられることがない。

 もっとも、それは直撃をうけないということだけだ。

 普通、雷には何がつきものだろうか。

 それは爆音のような音と目を眩ませる稲光だ。

 そして、それは〈雷霧〉の中でも変わらない。

 つまり、電気の直撃を受けないとしても、同時に発生する音と光の乱舞から逃れることはできないということなのだ。

 最初に〈肩眼〉に襲撃された時は、ほとんど落下してこなかった雷も、奥に進むにつれて激しくなっていき、ついさっきまでほぼ一町(約百九メートル)進むごとに誰かの頭上に落下することが続いていた。

 その度に、耳をつんざく轟音が響き渡り、会話することはおろか他の音も聞こえなくなる有様になっていた。

 ノンナの指示もそのうちに、手振りと指の形を使ったジェスチャーが中心となり、とっさの場合の対処に不安を感じさせるようになる。

 まあ、このあたりは事前に対策が用意されており(アラナやエイミーが口を酸っぱくしてこの重要性を教え込んでいた)、思った以上に順調に進んではいたのだが。

 もっとも、〈雷霧〉に突入し数里も進んでいると、黒く視界を閉ざす霧自体は徐々に薄れていき、やや濃い靄程度になっていった。

 強烈な太陽の光があるおかげでかなり遠くまで見通せるようになってきたのが、ある意味で嬉しい誤算といえた。

 おそらくは外壁というべき部分にのみ、〈雷霧〉が厚くなっていて、中心部に行くにつれて薄くなっていくものと思われる。

 ただし、膨張そのものが止まった段階で、中の霧の密度が増し、最終的には〈雷霧〉そのものが充満するという仕組みなのだろう。

 今回は普段よりも発生の早い段階で突撃できたことが幸をそうした物と言える。

 おかげで接近する魔物たちをかなりギリギリではあったが避けて進むこともできるようになり、突撃当初のような危険は減っていた。

 この調子ならば、なんとか〈核〉まで無事にたどり着けるかと思った矢先、またも厄介な問題が持ち上がった。

 先導するアオが突然、手を挙げてユニコーンを止めたのだ。

 全員が行軍を停止すると、アオが言った。


「隊長、前方に崖がありますっ! 昨夜の打ち合わせの時には存在していなかった、崖がっ!」

 

 俺たちはボルスア地方の地図を移動時間のすべてをかけて、暗記するほどに熟知していた。

 その俺たちが知らない崖が存在しているだと?

 アオの見たものが真実なのか、確認しようとタナとミィナが前に出たとき、地鳴りの音が轟き渡り、俺たちの足元が震えだした。

 地震か、と周囲を見渡した時、足元の土が勝手に動き出し、俺たちは斜めに流されだした。

 地崩れ。

 そう思ったときには、俺たちは崩れていく足場から懸命に逃れるために必死でユニコーンたちを走らせるしかなくなっていたのだった……。

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