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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第九話 西方鎮守聖士女騎士団、出陣
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二つの騎士団の死闘

[第三者視点]


 戦闘は夜明けとともに始まった。

 王都守護戦楯士騎士団の面々が一丸となって、まず〈雷霧〉の端に一里(約四キロ)まで接近すると、おぞましい黒い霧の中から滲み出すように何十という数の巨体が姿を現す。

 十四尺(約四メートル)ほどの上背と七尺の両腕を持ち、巨大な鉄くずめいた大剣を携えた無毛の魔物―――〈手長〉である。

〈手長〉がどのようにして外部を確認しているのかはわかっていないが、人間の軍勢が近づいてきたり、〈雷霧〉が集落を吸収しようとする際に先兵のように出てくる。

 その際の数はまちまちであり、最大で数百、最小で数匹とされている。

 今回は、数としては通常の規模といえた。

 遠眼鏡で様子を見ていた騎士隊の指揮官は、殺到する〈手長〉の群れを蹴散らすために、騎馬隊を突撃させた。

 戦の興奮によって狂奔する騎馬の突撃で、〈手長〉の足を止め、その打撃力をもって中央に穴を穿つのが目的である。

 魔物たちは陣形という概念をもたず、各々が勝手気ままに近寄ってくるので、整然とした騎馬隊に蹴散らされやすい。

 錐のように尖った突撃は、確実に群れに穴を穿った。

 遮二無二破られた前面の、ほつれめがけて、戦楯士騎士団の全軍が突入する。

 みるみる群れの中央が真一文字に裂ける。

 駆け抜けた騎馬が速さで翻弄したあと、強い破壊力をもった歩兵部隊が猛撃するからだ。

 これで最初に顔を出した〈手長〉の群れは、まとまりをなくし、馬蹄にかけられ、馬上槍で斃され、蹂躙しつくされる。

 あとは各個撃破すればいい。

〈雷霧〉攻略の初手の定石である。

 しかし、切り札たる西方鎮守聖士女騎士団に所属する騎士たちの出番はまだ先であった。

 なぜなら、魔物側からの次の一手があるからだ。

 黒い霧が再び揺らぐ。

 第二陣が出現したのだ。

 鋼鉄の矢じりが兵士の胸を貫いた。

 司令官の遠眼鏡が〈脚長〉の姿を視認した。

 十四尺(約四メートル)の上背と十尺の長い異形の足を持つ、弓の巨人―――〈脚長〉である。

 狙いすました矢が遠目から兵団に向けて放たれる。

 巨大な盾を持つ兵士たちが全体の前目に押し出され、意図的に陣形を崩した騎馬たちが自分たちにもっとも近い〈脚長〉に向けて殺到する。

 やはり遠距離からの狙い撃ちは、人間側にとっての最大の脅威だからである。

〈脚長〉の出現により、戦術的目標が自動的に変更されるのだ。

 人間たちにとって幸運なのは、先兵たる〈手長〉たちは〈脚長〉を守ろうとはしないということだった。

 種族が違うのか、それとも戦術的優位性を理解していないのか。


「〈脚長〉だけは完全に殲滅しなければならない」

「御意っ!」


 騎士たちは戦いの前の打ち合わせを十分に理解していた。

 後方に控える聖士女騎士団が〈雷霧〉に突貫する前に、遠距離から削られるのを防ぐためである。

 鉄の盾だけでは充分な安全を確保できない。

 次々に戦楯士騎士団の騎馬が〈脚長〉を一匹また一匹と仕留めていく。

 だが、そのせいで最初の布陣は完全に無効化し、戦いは乱戦となっていった。

 もっとも、魔物の巨人との乱戦を想定し、一匹に対し四、五人でかかり、かつ、他の巨人の動向を伺いつつ指揮を執る小頭を配置するという作戦によって、人間側の損害はかなり抑えられていた。

 対人とは違う、魔物対策の典型的な戦法だが、この連携が潤滑になされかつ迅速に行われることで、確実に敵を仕留められるのである。

 あとは熟練度の問題だ。

 だが、この戦法は黒い霧の立ち込める〈雷霧〉内では視界が悪くて使えないので、このように外部での攻防に限られるという欠点があるのだが。

 ダンスロット・メルガンは、最強の戦士であるが、総司令官という役割上、ほとんど前線に出ることができず、急ごしらえの櫓の上で指揮を執っていた。

 二度ほど、彼めがけて〈脚長〉の正確な狙撃が行なわれたが、〈矢払い〉の業でものともしない。

 その際にも眉一筋動かさないところが、兵士たちにとって頼もしい限りであった。

 率いる将の頼もしさは、全軍の士気に影響する。

 その点では、さすがとでもいうべき存在感があった。


「キィラン卿がすべての〈脚長〉を殲滅し終えたようです。狼煙が上がりました」

「念のために遠眼鏡で確認しろ。切り込み隊の判断だけでは、即断できん」

「はっ!」


 指示を受けた側近が、遠眼鏡で戦況を確認する部隊に命じる。

〈脚長〉の殲滅は確実でなければならないからだ。

 細心の注意が必要だった。

 ただし、そのあいだにも伝令が後方で待機している聖士女騎士団に送られる。突撃の準備が出来たことを知らせるために。

 ダンスロットはキィランが使命を果たしたであろうことを信頼していた。

 ……この時の騎士キィランの苛烈な戦いぶりは後に語り継がれている。

 例の斬馬剣をもって、合計三匹の〈脚長〉を仕留め、〈手長〉に至ってはふた桁を斬り殺している。

 無骨な大剣の斬撃を正面から受け、返す刀で〈手長〉の手首を斬り飛ばし、さらに無毛の皮のついた頭蓋骨を叩き割る。

 さらに、獣のように喚き、魔物さえも怯ませ、懐に飛び込むと、長い得物を自在に振り回し、腹の筋肉をえぐりとった。

 分厚い丸太も両断する怪力が存分に発揮され、どちらが魔物かわからなくなるほどの鬼神の如き戦いであった。

 無尽蔵の体力で敵対するものを屠り去るキィランの働きに、あとから続く者たちは勇気を惜しみなく与えられたという。

 その戦いぶりの物凄さについて、後の歴史家に何を原因とするのかと問われた時、「ワシの友が駆ける道筋をつくりたかっただけだ」と証言している。

 彼のいう友が誰のことを指すかは、数ヶ月前の一騎打ちをした少女のことであることは明白だ。

 他の騎士、兵士たちもキィランに負けず劣らず死力を振り絞って勇戦を続けた。

 そのためか開戦以来、魔物たちは一度も優勢にはならなかった。

 人の軍隊によって、ここまでの圧力がかかったことはかつてなかったであろうというほど、メルガン将軍の率いる王都守護戦楯士騎士団はまさに死闘を演じたのである。


「そろそろ、時間です」

「征けるな」


 開戦から半刻。

 最前線は乱戦となっていたが、一条の隙間ができていた。

 あれが〈雷霧〉へと繋がる道。

 地獄への一本径だった。

 だが、それを作ったのは男の戦士たちの意地とプライドだ。

 少女たちを無傷で修羅場に送り出すための。

 ノンナ・アルバイとセスシス・ハーレイシーはその戦士の血によって舗装された道に、ただ身を震わせた。

 そして、感謝した。


「馬上槍を上げろ」


 ノンナが叫ぶ。

 セスシスとモミ以外の全騎が馬上槍の先端の刃を煌めかした。

 この日のために鍛え抜かれた戦闘集団がついに本気の殺気を発する。

 戦闘には直接参加しない従兵たちが戦慄するほどの気迫だった。


「武運長久を」

「わかった。絶対に〈核〉を潰してくる」


 さっきまでセスシスの脇に立ち、遠眼鏡で戦況を見つめていたユギンがそっと傍から離れる。

 初のいくさに赴く彼を心配しての行動だったが、それは杞憂に終わっていた。

 教導騎士はすでに覚悟を決めていたからだ。

 彼女の仕事はここまでだった。

 戦楯士騎士団とのすり合わせはない。

 あとはここに残る十七頭のユニコーンが何かされないか見張るだけだ。間者としての仕事ではないが。

 少しだけモミが羨ましかった。

 間者としての本分ではなくとも、国のために華々しく戦えるということが羨ましくて仕方なかった。

 予定通りに行けば、明日の朝には邪悪な霧は晴れる。

 その時に一人でも多くの騎士が生き残っていることを願わずにはいられない。


(生きて帰ってきなさいよ)


 間者らしからぬ湿った願いをユギンは天に祈った。


「西方鎮守聖士女騎士団、出陣っ!」


 ノンナの号令一下、十五騎の〈聖獣の乗り手〉が歩みだす。

 最初は常歩、速歩、そして駈歩。

 一気に走り出したユニコーンたちが先程の騎士たちよりもさらに細く、釘のように尖って先達たちが作った道を進む。

 それは白い槍のようでもあり、白鳥の羽根をつけた矢のようでもあった。

 疾駆する彼女たちの前に数体の〈手長〉がふらふらと立ち塞がったが、ことごとく馬上槍の餌食になり、跳ね飛ばされ、顔面をえぐられた。

 戦楯士騎士団の作り上げた道を行き、あと十町(約一キロ)ほどに到達した時、乱戦の舞台はいきなり無風状態になった。

 魔物も兵士もいない地域に出たのだ。

 ナオミが顔をしかめた。

 彼女の知る〈雷霧〉の突入戦においては、魔物たちは次々と絶え間なく姿を現し、まったく出てこない時間というものはなかったはずだからだ。

 これが何を意味するのか。

 単に運がいいのか、それともイレギュラーな出来事が発生するのか。

 彼女の明敏な頭脳でもそんなことは予想できなかった。

 こんな場合にアテになるのは、野生の勘というか本能だけだ。

 

「タナ、想定外の事態だ。こんなところで何もないってのははっきりいっておかしい。どうする?」

「……確かに嫌な予感はするよ。待ち構えられているか、罠があるか。いつもよりも危険があると思う」

「対策を打つ?」

「危険の質がわかんない。ただ、このまま行くのだけはまずいだろうね」

「……拙僧が一頭分前にでる」


 マイアンが二人の会話に割り込んできた。

 無口な彼女にしては珍しい。


「どういうこと?」

「とにかく一番危険なのは突入時に混乱することだと、騎士エイミーが教えてくれた。だから、〈雷霧〉突入時に何が起きても対応できるように、まず、拙僧が先行する」

「捨石になるってこと?」

「そうだ」


 ナオミはその対応策が有効なのは理解した。

 全体を生かすために、先頭に捨石となる駒を配置することは、要するに強行偵察させるようなものだ。

 ただ、その役に騎士マイアン・バレイが適任かどうかについては疑問がある。

 彼女は十三期の戦闘の二枚看板だ。

 こんな緒戦で失うことは戦力の大幅減少につながる。

 その時、黙って話を聞いていたノンナが言った。


「騎士アオ・グランズ。タナとマイアンの前に出なさい。貴方の眼に賭けます。一瞬でも早く、すべてを見通して、隊の危難を防ぎなさい」

「わかりましたッス」


 他が何かを言う前に、アオが一頭分だけ最前衛に躍り出た。

 非情な采配ではあったが、誰も異論は唱えなかった。

 隊の中核であるマイアンよりも、戦力として劣るアオを捨石として選んだも同様だったからだ。

 しかし、合理的でもある。

 誰よりも眼のいいアオならば、不測の事態に反応できるかもしれない。

 彼女の目に対する信頼というものも、実は皆が持っていたのである。

 アオが抜けた穴には、騎士ムーラ・ラゼットラが入った。

 バンダナを巻いた赤い髪の娘であり、ビブロンに近い村の出身の元左官屋の娘だった。

 建物や陣地作成において非凡な能力を持つが、西方鎮守聖士女騎士団においてはあまり使われない技術なので少々影の薄い少女だった。


「あと少しで〈雷霧〉に突入するっ!」


 ハーニェが叫んだ。

 全員の顔が引き締まり、殺気が全体を包み込む。

 黒い霧。

 近くによると、まるで壁でもあるかのように天にまで延び、ほとんど先が見えない。

 ユニコーンたちが〈魔導障壁〉を展開するために魔導力を集めだしたので、毛先が淡く輝きだした。

 三………

 二……

 一…

 突入。


「西方鎮守聖士女騎士団、突撃ィィィィ!」

「死ねえや、コラァァァァァァァァ!」


 ノンナが号令を発すると、すでにお決まりとなった下品な内容をハーニェを中心として全員が叫ぶ。

 アオと一角聖獣(デー)(ペア)を先頭にして、騎士団が次々と〈雷霧〉の中へ突貫していく。

 視界が黒く覆われた。

 朝だというのに太陽の光があまり届かない薄暗い地面の上を、十五頭のユニコーンが疾走していく。

 一瞬だけ、みなが拍子抜けしたが、すぐに気を引き締め直す。

 ここがそんなに簡単な場所だったのなら、先輩たちは誰ひとりとして死んだりはしない。

 改めて警戒をしようとした時、先頭を往くアオの目におかしなものが映った。

 何かが彼女たちの横を並走している。

 しかも、大きい。

〈手長〉と同じぐらいの大きさはある。

 しかし、そんなものが騎馬の彼女たちと同じ速度で走れるものなのか?

 じっと凝視しようとしたとき、そいつは現れた。

 

「新手の魔物っ!」


 アオの叫びに皆が反応した。

 それは地上を飛ぶように跳ねていた。

 一歩一歩の距離が長く、五間(約九メートル)をぽーんぽーんと跳ねて、疾走する騎馬に追随してくるのだ。

 体長は〈手長〉と同じ十四尺(約四メートル)ほどだが、四肢のバランスははるかに人間のものに近い。無毛であり、なめした革のような肌には何もまとっていないのも同様だ。

 一番の異常はその肩にあった。

 顔は人のものとおなじぐらいだが、その両肩だけが異常に発達していて、通常のバランスでいえば三倍ほどに膨れているといえばいいのだろうか。

 だが、それだけではない。

 その何かが詰まって膨張したような肩に、信じがたいものが張り付いていたのだ。

 それは瞼を持った生き物―――より正確に言うのならば、人間の眼だった。

 肩についた眼はギロリと瞳を動かして、少女たちを睨みつける。

 あれはヤバイ。

 そうセスシスを初め、勘の鋭いものが気づいた時にはすでに遅かった。

  眼から何かの異様な光が放たれたと思いきや、アオの後ろに位置していたマイアンの身体がぐらりと揺れた。

 異変に気づいて自ら修正しようとした相方(シャー)の動きも間に合わず、マイアンはそのまま馬上から落ちていき、背中から地面に叩きつけられる。

 落馬の際、彼女の顔の眼や鼻、口から夥しい血が吹き出していたことに気がついていたのは数人だけだった。


 ……後に〈肩眼(かため)〉と名付けられた新種の魔物によって、あっさりと二枚看板の一枚を失ったことで、これ以降の西方鎮守聖士女騎士団の戦いは絶望的な状況へと変わっていくのである。

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