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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第九話 西方鎮守聖士女騎士団、出陣
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出征前夜

「騎士団を二つに分ける?」

「はい、そうです。私が十三期を率いて、オオタネア様が先輩方を率いて、それぞれ南北に発生した〈雷霧〉を同時に潰します」

「……不可能とまでは言わないが、非現実的だろう。今までにやってきたのは、もともとの生き残りの騎士達を中心に、十三期の実力の底上げによって戦力を失わないようにすることだぞ。自分たちで条件を悪くしてどうするんだ? はっきり言って、俺は反対だ」

「確かに……そうなんですが」

「それに、ネア……いや、閣下まで〈雷霧〉に突貫させてどうするつもりだっ! イチかバチかのギャンブルではないんだぞ。賭けに負けたら目も当てられない」


 まず、この話を聞いた時に俺が考えたのは、何よりもオオタネアの生死だった。

 この作戦行動の是非よりもなによりも、俺は彼女が危険な戦場に赴かなければならないということを案じた。

 しかも、ただの戦場ではない。

 生還率の低すぎる魔の領域〈雷霧〉なのだ。

 いかに大陸最強の女といっても、無事に生きて帰れる保証はない。


「止めてくる。そんな無茶を、総大将にやらせられない」

「ダメです、騎士ハーレイシー。やめてください」


 ノンナが俺の腕を掴んで止める。


「ふざけるなよ。おまえ、きちんとあいつに意見したのか。そんなバカな真似はやめろって」

「言いませんでした」

「だったら、俺の行動に口を挟むな。あいつを失ったら、騎士団(ここ)は終わりなんだぞ」

「どのみち、どちらかの〈雷霧〉を潰しきれなかったら終わりなんです」

「……どういうことだ?」

「つい最近まで隠者をされていた騎士ハーレイシーはご存知ないと思いますが……」


 ノンナは、西方鎮守聖士女騎士団の現在置かれている状況について、説明を始めた。

 王都において、ユニコーンの騎士団の実質的な後ろ盾は、バイロンにおいて古い歴史をもつストゥーム王家である。

 次に、オオタネアの生家であるザン家が後押しをしている。

 現時点において、ユニコーンによる〈核〉の破壊以外の有効な〈雷霧〉対策は発見されていないことから、本来ならば、バイロンのみならず全世界が俺たちを支持しなければならないはずである。

 だが、どの世界にも同じ問題は生じるものだ。

 俺の産まれた世界でもそうだった。

 人間というのは、すぐに考えればわかるようなどうでもいいことや、やってはいけないことに対して、無駄な争いをしてしまうものなのである。

 バイロンにもそういう勢力がある。

 ただし、自分たちの生命は惜しいので、彼らはユニコーンの騎士団そのものについては異議を唱えない。

 狙いはオオタネアだった。

 彼女を失脚させることで、騎士団の実権を握り、〈雷霧〉消滅後にある戦後の権力争いを睨んでいるのである。

 その勢力とオオタネアを支持する勢力との争いが王都では顕在化しており、事態は悪化の一途を辿っているそうだ。

 そして、なによりも俺が〈聖獣の森〉から招聘されたこともその原因のひとつだということだ。

 オオタネアにとっては乾坤一擲の手段であったが、幻獣王の友であるという俺の政治的価値の高まりとともに、それが度し難い独断専行であると攻撃の対象になっているらしい。

 もちろん、その主張をするものは、俺のことを考えていてくれているわけではなく、単なる敵失として槍玉に上げていることは明らかだ。

 だが、俺を失えばバイロンからユニコーンの騎士団がなくなる可能性は高く、実際他国の間者が俺を拉致しようとした事件も発生している。

 今のところ、オオタネアの選択が悪手ではなかったとはいえない。

 だからこそ、彼女は新たな実績を求めたのだ。

 これまで同様の〈雷霧〉の侵蝕阻止だけでなく、突貫した騎士の生存率を跳ね上げることで、今までのように新規の〈雷霧〉を潰すごとに新しい編成をすることなく、既存の〈雷霧〉をコンスタントに潰して人間の版図回復を実現するという実績を、だ。

 彼女の最も強い思惑は、たぶん、部下たちをこれ以上には失わせないためだったのだろうが。

 ところが、その戦略が今回の同時発生で完全に崩壊したのだ。

 そのため、もしどちらかの〈雷霧〉によってバイロンの領土がまた奪われれば、オオタネアは西方鎮守聖士女騎士団の実権を奪われるかもしれない。

 たとえ、王家が彼女を庇護したとしても。

 だからこそ、今回の作戦は無理を通す必要があるのだと、ノンナは語った。

 俺も薄々は気がついていたが、王都での政治闘争などとは無縁の生活をしていたので、そこまでの実感は持っていなかった。

 ああ、ネア。

 おまえ、そういうことは前もって俺にも伝えておけよ。

 手助けさえしてやれないだろ。


「……わかった。おまえの言い分を聞くよ。オオタネアの指示にも従う。出陣の準備はできているのか、俺たちは帰ってきたばかりでなにもできていないんだが」

「出発は、翌朝。日が昇る前です。全員、最後の調整をすることにしています。もし、誰かに伝えたいことなどありましたら、今晩のうちにお願いします。細かい陣形等については、私が騎士アラナと組み立てておきますのでお任せ下さい」

「……頼む。俺はユニコーンたちに話をつけてくる」

「ありがとうございます」


 俺がその場から逃げるように背中を向けると、呼び止められた。


「騎士ハーレイシーっ!」

「なんだ?」

「あなたがさらに五頭の一角聖獣(ユニコーン)を連れて戻ってきてくれたおかげで、今まで以上に迅速に〈雷霧〉まで行けそうです。……大切な時間を無駄にせずにすみます。本当にありがとうございます」

「気にすんな。大したことはしていない」

「では、翌朝、また」


 ノンナが頭を下げている気配が伝わってきたが、わざわざ確認はしない。

 照れくさいし。

 それにユニコーンを増やしたというのも実は俺の手柄ではない。

 俺たちが素早く本部に戻るために、ロジャナオルトゥシレリアが〈聖獣の森〉に残っていた臣下をまた貸してくれたのだ。

 何故かというと、複数の馬を交換することで昼夜乗り継ぎをするという並の馬の運用方法と、ユニコーン独自の結界を用いた疲労回復を組み合わせたのである。

 そうすることで、一日に千里(約五百キロ)を走るユニコーンの限界距離を引き上げたのだ。

 おかげで、往路の半分の時間で俺たちは〈聖獣の森〉から本部へとたどりついた。

 乗り手である俺たちの疲労も、思ったよりは少ない。

 だが、それは図らずも別の角度から注目されることになる。

 騎士団の幹部たちが、その運用法に目をつけたのだ。

 現在、本部にいるユニコーンの数は、総勢四十八頭。

 これに対して乗り手は、俺とオオタネアを含めて、二十二人(交渉役のユギンを含めても二十三人)。

 ちょうど、一人に二頭のユニコーンが割けられる計算になる。

 したがって、部隊の移動期間がはるかに短縮できるようになる。

 要するに、当初の予定よりも早く、〈雷霧〉に接近でき、まだ発生してまもなく小規模な状態のときに突貫できるということなのだ。

 到着に時間がかかり、膨張しきった〈雷霧〉への特攻だと〈核〉へたどり着くだけでも難易度が圧倒的に跳ね上がる。

 現場に早く到達できるということは、その膨張分の距離の危険を減らせるということにつながる。

 ただでさえ、いつもよりも少数であったり、新米ぞろいだったりする騎士団にとっては願ったりな贈り物であったというわけだ。

 何か、あいつは勘違いしているようだが、あとでロジャナオルトゥシレリアに俺から礼を言っておこう。

 すべては幻獣王の計らいなのだから。

 

         ◇


[第三者視点]


 セスシス・ハーレイシーが馬房の方に消えると、ノンナはそのまま仲間たちのもとに向かった。

 将軍閣下が戦陣に立つということを聞いたときの、教導騎士の取り乱しようはひどいものがあった。

 正直な話、長い間、ノンナとしてはあの二人がどうして恋人同士ではないのだろうと疑問を持たざるをえなかった。

 さっきのあの態度で、ただの友人関係というのはさすがに無理があるのではないかとも感じた。

 だが、逆に、あそこまでの強い絆をもった関係だからこそ、その間に恋愛的要素が入り込まないのではないかとも思える。

 男女の友情は、同性間のものと違い、一歩先へ進めば愛情に変わる。

 男と男、女と女、それぞれの友情との違いは、大雑把に言えばそれだけだろう。

 だが、そのためには対等でなくてはならない。

 あのオオタネア・ザンという稀代の傑物に対して、意見できる対等な男がどれだけいるだろうか。

 王都守護戦楯士騎士団のメルガン将軍は以前、彼女の許嫁であったというが、おそらく婚姻にまでは到らなかっただろうと断言できる。

 彼は男女に上下をつけたがる型の男だ。

 強い女を強いまま受け入れることなど、まずできはしない。

 おそらく、他の将軍、政治家、貴族、どれも彼女を対等には扱えないだろう。

 では、セスシス・ハーレイシーはどうか?

 実は、彼にとってでさえそれは難事であろうと、ノンナは思っている。

 だが、できるとしたら、彼しかいないだろう。

 そのとき、あの二人が結ばれるかどうかはわからない。

 それまでに別の勢力の台頭があるかもしれないのだから。

 例えば、タナ。

 例えば、ミィナ。

 例えば、クゥ。

 例えば、…………ノンナ。

 今回の〈雷霧〉突貫が終われば、何かしらの進展があるだろう。

 もしも生き残れたら、の話だが。

 ノンナは、皆が待つ娯楽室に入った。

 そこでは全員が今回の突貫に関しての情報を、真剣な顔をして交換し合っていた。

 陣形についての話し合いも各所でもたれている。

 誰もが、戦いに備えているのだ。

 クゥを取り囲んでいる、戻ったばかりの三人のところに顔を出す。


「どう、説明は終わった?」

「うんと、大丈夫だよ。今までやってきたことの確認だからね。それほどの時間はかからなかった」

「そう、さすがはタナね。ナオミとマイアンは?」

「右に同じ。騎士セスシスの配置だけが問題だと思うけど……」

「それはクゥと相談して。あの人とアーなら、ぶっつけ本番でもなんとかするでしょうけど、方針は最初のうちに理解してもらったほうが早いから」

「わかった」


 自分たちを模した模型を使って、あーでもないこーでもないと検討をはじめるナオミたち。

 ああいう陣形についての検討は、ナオミが一番確かだ。

 タナは成績が良くても、才能がありすぎて全体に配慮できない部分があるし(天才ゆえの弊害か)、マイアンは主戦力であっても座学では優秀とは言えない。

 ナオミはまさに参謀向けのタイプなのだろう。

 ノンナは彼女の建てた方針に従って、指揮をすることにしているので、この段階ではあまり役に立たない。

 その代わりに、端の方でペティナイフに研ぎ石を当てていたキルコに近づく。

 珍しく絵を描かずに、いくさ準備に没頭しているのは、彼女なりに緊張を緩和するためだろうか。


「キルコ、ちょっといい」

「何……?」


 話しかけると、手を休めてノンナを見上げた。

 後ろに二つにまとめたお団子と短めのおかっぱ頭が幼児のようだったが、綺麗な白い肌をしてぱっちりとした双眸を持つ、将来が期待される美少女だった。

 ただ、ちょっと無表情なところが玉に瑕か。

 氷の幼女などと年長者たちによくからかわれている。


「あなたは、騎士団(うち)で一番に弱い」

「知ってる」

「だから、そんなあなた個人に命令があります」

「何でも言って」

「どんなことがあっても、教導騎士から離れないで。斬り合いやその他は場合によっては参加しなくてもいい。私たちが苦戦していても、手を貸さなくていい。そのかわり、ずっと騎士ハーレイシーから目を離さず、もし、彼に最悪の事態が起こりそうになったら、あの人の盾になって死になさい。あなたが死にたがりなのは知っています。でも、自分のために死ぬのは許しません。あの人のために死になさい」

「わかった。死んでくる」


 キルコは誰よりも優しい隊長の非情な命令をいとも容易く受けた。

 死んでこいと言われて、死にますとは普通ならば言えない。

 だが、今の彼女たちには簡単な話だった。

 総大将のオオタネアが出陣()る。

 虎の子のはずのセスシスも続く。

 あの二人を失うわけにはいかないのは、騎士団のためだけではなく、バイロンのため、世界のためだ。

 だったら、自分の命など安いものだ。

 特にキルコは死にたがりだった自分が死なずに済んだのは、この騎士団の仲間のおかげだと信じている。

 そのためになら、本当に生命なんて安いものだ。

 弱い自分にそんな機会をくれたノンナの優しさに、キルコは感謝した。


 アオとミィナは馬上槍を持った特攻役だ。

 二人の飛び出しの機会について確認に余念がない。

 年少組だが、役割が定まっている以上、迷いはないのだろう。

 ふと、窓の外を見ると、見覚えのある間者の少女がこっちを見ていた。

 目立たないようにしているつもりだろうが、ノンナはすぐに気がついた。

〈気当て〉に反応してしまったからだ。

 要するに気配を断っていない。

 バレてもいいという心持ちなのだろう。

 窓を開けて、話しかけてみた。


「こんにちは、モミさん」

「モミでいいですよ、ノンナ様。私はただの間者ですから。あと、お構いなさらず」

「何をしているの? あなただって、〈雷霧〉に行くんだから、こっちに入って打ち合わせに参加しなさいな」

「……やっぱり、私も、ですか?」

「ええ、ウーの乗り手はあなたでしょう。何度か、訓練にも付き合わせたでしょう。この日のために」

「……そうですよね」


 この間者の少女も、騎士ではないが正式な〈聖獣の乗り手〉なのだ。

 しかも、数少ないユニコーン自らが選抜した乗り手である。

 せっかくの人材を無駄にしたくはないので、ノンナはセスシスの頼みで、何度か彼女に訓練をつけていた。

 身分上、連携については難があるが、もともとの技術があるためか、戦力としては十分なものがあった。

 

「最後の打ち合わせぐらいには参加しなさいな」

「……はい、騎士ノンナ」


 色々と諦めて、室内に入ってきたモミを全員のところまで引っ張ってきて、今回の作戦に参加させる旨を伝える。

 戦力が増えたことを単純に皆は喜んだ。

 モミ自身は憮然とした顔のままだったが。


 こうして、西方鎮守聖士女騎士団十三期の面子は、多少のイレギュラーを加えて、明日へ向けての準備を着々と整えていった。

 誰ひとり、逃げることなく、怯えることなく。

 明日は、この本部をでる。

 そして、地獄に等しい〈雷霧〉との戦いに旅立つのだ。

 



 ―――この少女たちに未来があらんことを。

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