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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第九話 西方鎮守聖士女騎士団、出陣
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御伽噺のように

[第三者視点]


 その日の早朝、オオタネア・ザンの元へ届けられた報告はまさに凶報だった。

 バイロンの北西にあるボルスア地方と南西にあるワナン地方、この二つの地域にほぼ同時に九ヶ月ぶりの〈雷霧〉が発生したというものだった。

 早馬と〈遠話〉を使った報告であるため、タイムラグと呼べるものは約二日。

〈雷霧〉の中心である〈核〉が完全に成長し、〈雷霧〉が膨張し切るまで一週間ほどしかない。

 だが、ボルスアとワナンの距離を考えれば、どちらかを先に潰して、返す刀でもう一つを潰すという時間はない。

 そもそも、一つの〈雷霧〉でさえ、完璧に〈核〉を破壊しきれる保証はないのだ。

 二つの〈雷霧〉の同時発生という、今までにない未曾有の事態に、さすがのオオタネアも頭を抱えるしかなかった。

 

「……騎士団を二つに分けるしかないのでは」


 昼の軍議で、エイミーが提案したのはこれだった。

〈聖獣の森〉に旅立ったセスシスと入れ替えに本部に戻ってきた、十一期の隊長アンズ・ヴルトは、それに対して意見をだし、それにアラナが追随した。


「無理だ。当初の予定通りに、自分たち七騎と新米たち十三騎を合わせた二十騎で確実に一つの〈雷霧〉を潰して、それからもう一つに仕掛けるべきだと思います」

「乗り手が二十騎あれば、ほぼ全員が帰還できるでしょう。残った一つは、そのあとでもいいのでは?」


 現実的な案だった。

 西方鎮守聖士女騎士団が二十騎もの戦力を今までに有したことがないということから、実際の突入時の生還率については不確定なままではあるが、前回、前々回の作戦では、さらに少ない人数で半分以上の騎士が帰還できている。

 それを踏まえれば、突入時の絶対数を増やせば生還率はあがるのが道理であった。

 そして、次の十四期と合わせて、都合三十騎を用意できれば、すでに大陸の西方を支配している既存の〈雷霧〉ですら一つ一つ確実に潰せるかもしれないのだ。

 オオタネアが考えていた戦略は大まかにいってこういうものだった。

 しかし、今回の二つ同時発生のせいで、その戦略は完璧に崩れ落ちた。

 現在、二十人いる〈聖獣の乗り手〉がまたも全滅するかもしれないのだ。

 だからこそ、隊を二つにわけることは認められない。

 これ以上、人員を浪費して時間をかけるわけにはいかない。

 王都でも西方鎮守聖士女騎士団とオオタネアの手腕に対して、懐疑的どころかはっきりとした批判の声が高まっているのだ。

 政治的にも、軍略的にも、限界は近づいている。

 だからこそ、二つの地域のどちらかを捨てて、戦力としての騎士の数を維持するべきだと、アンズは主張した。

 それに対して、ユギンが反論をした。


「……ボルスアは数十万単位の国民を抱えた富裕な穀倉地帯です。ワナンには、大陸の生命線たる魔導大街道があり、それだけでなく、豊富な銀の鉱山が現存しています。どちらも、バイロンにとっては絶対に失えない地域です」

「だからこそ、どちらかを完全に守りきり、そして、戦力を維持したまま、もう一つを奪還すればいいのではないか」

「〈雷霧〉に完全に包まれた地域は、津波による塩害以上の被害を受けます。民も家畜も、野生動物でさえ、雷と魔物によって悉く鏖殺されるでしょう。それを手をこまねいて見ていろというのですか」

「そうは言わない」

「私たちの使命は生命を捨ててでも、〈雷霧〉の侵蝕を阻止することです」

「わかっているっ! だが……今、これ以上は騎士を喪う訳にはいかないんだ……」


 アンズは部下たちとともに、九ヶ月、王都に滞在して職務をこなしていた。

 その時の苦渋に満ちた体験のことを思い出す。

 自分たちの先輩が、自分たちが、そして後輩が、生命を捨てて〈雷霧〉を破壊し、国土を守っているというのに、彼女たちに向けられるあの無理解で屈辱的な視線と暴言を。

 同じ、軍のものたちから向けられる嘲りを。

 そして、政治的にオオタネアが追い詰められている現状を。

 実際に携わったものとして、十四期から先の騎士の補充はもうないかもしれないというほどに邪魔をされたこともある。

 人員が増えなければそのままジリ貧だ。

 例え、利己的な理由だけであったとしても、西方鎮守聖士女騎士団を守るためにはもうなりふり構わずにいくしかないのだ。

 それしか、死んでいった同胞たちに報いる術はない。

 せっかく順調に進んでいたというのに。

 運がないのか。

 それだけで割り切れるものではないが、そう思うしかないではないか。

 無駄だったとは思いたくないが、してきたこと全てが無駄なことになってしまいそうだった。


「……アンズ、貴様の言いたいことはわかっている」

「閣下……」

「我々は完全に追い詰められている。今回の〈雷霧〉で形勢を逆転するつもりだったが、どうやらそれは無理になってしまったようだな」

「……ですが、まだ」


 自分たちだけではない。

 王都の者たちは何も知らずに批判ばかりするが、彼らとて別の案はなにも持っていないのだ。

 西方鎮守聖士女騎士団に有り金を全部賭けて、億万長者になるしか道はないはずなのだ。

 現実に王家はそうしている。

 だから、最悪の事態にはならないかもしれない。

 だが、間違いなくオオタネア・ザンは職を解かれるだろう。

 しかし、彼女以外の誰が、ユニコーンの騎士団を指揮できるのか。

 将軍の首がすげかわれば、後に待つものはおそらくは終焉だ。

 この大陸が終わる。

 それはなんとしても避けたいのだ。


「アンズ」

「はい、閣下」

「私は女の力だけで、この大陸を滅びから救ってやろうと思っていた。女の力を見せつけてやろうともな。しかし、それはただの妄想だ。恋愛小説じみたただの御伽噺だ。そんなことは不可能だった。」

「……そんなことは……」

「そして、たった今、その妄想は終わった。これからは、冒険小説じみた御伽噺を目指すことにしよう」


 その場にいたものたち、すべての頭に疑問符が浮いた。

 オオタネアの言い分が理解できなかったのだ。


「騎士団をエイミーの進言に従い、二つに分ける。一つは、十三騎のみの部隊、隊長はノンナ・アルバイ、おまけとして教導騎士セスシス・ハーレイシーをつける。総勢十四名。もう一つは十一、十二期のみの編成、副隊長はアンズ・ヴルト、総勢八名。隊長は―――私、オオタネア・ザンだ」


 全員が息を飲んだ。

 将軍閣下が……出陣()るっ!


「何か、不満か?」


 不満などあろうはずがない。

 バイロンで、いや大陸でもっとも強い処女が指揮をとるというのだ。

 だが、それは大丈夫なのか。

 総大将を最前線に、しかも未帰還率が高い戦場に送り出すなど……。

 

「なーに、どのみちこれが最後の大勝負になるかもしれないのだ。今までは先のことがあって自制していたが、その我慢も無駄になりそうだしな。ここは派手に征くのも、また一興だろうさ」


 全員が知っている。

 自分の部下たちを「死ね」といって送り出してきたオオタネアの苦悩を。

 本人だって別に死んでも構わないと覚悟しているのに、人類の勝利のためにあえて部下たちを死なせてきたことが、どれほど彼女の重荷になっていたのかを。

 オオタネアはトレードマークの虎のような笑顔を浮かべた。

 その笑顔に接すると部下でさえも背筋が凍りつく。

 西方鎮守聖士女騎士団の最大戦力が、ついに軛を噛みちぎって戦場に解き放たれるのだ。

 恐ろしいというのはこの時のためにあるのかもしれない。


「ノンナ」

「は、はい」


 末席に控えていた十三期の隊長が返事をした。

 

「セシィたちが〈聖獣の森〉から帰り次第、すぐに出発しろ。おまえたちはボルスアだ。現地にはたぶん、王都守護戦楯士騎士団が先行すると思う。何人かは見知った顔だろうし、ダンのやつにはセシィをあてがえばうまく回るはずだ。突貫時の作戦は、今までの訓練が最大限に活かせるようにしろ。ユギン、貴様はノンナ隊に同行しろ。現地での交渉は貴様の仕事だ」

「は、閣下っ!」

「わかりました、オオタネア様」


 次に、現役の騎士たちに向き直り、


「おまえたちは久しぶりの実戦だ。連携訓練もここしばらくはやっていない。それでも、大丈夫だよな?」

「はは、たまに魔物と戦う程度の王都の騎士連中と一緒にされてはたまりませんね。あの薄汚いクソ煙の中をぶち抜いた自分たちが、いざというときに備えて何もしてこなかったとでも?」

「まさか、そんなことを疑われるとは思いませんでした」

「十三期のヒヨコならともかく……」


 方針さえ決まれば、あとは戦うだけだ。

 一度地獄を抜けたものに、覚悟の有無をきくのは野暮というものだった。


「では、貴様らは私とともにワナン地方だ。死にに行くぞ」

「いやです」

「その通りですね」

「ご冗談を、ハハハ」

「……なんだと?」

「自分たちは生きて帰ってきます。それから、ヒヨコどもを率いて片っ端から、あのクソッタレな〈核〉を潰しまくる予定ですよ。今度の戦いで死んでいる暇などありません。亡くなった先輩や同期たちのためにも」

「まずはカマンの街を取り戻しましょうか。タツさんがきっと大喜びですよ」

「半分ぐらい潰したら、私、結婚してもいいですか? あとはノンナかナオミに押し付けて寿引退したいんですけど……」

「あんたはずっと教官役やってなさいよ」

「出会いがないんです、本部だと。隊長みたいに、王都で遊びまわっていたアバズレと一緒にしないでください」

「でも、隊長って王都だと、ご近所の犬の散歩につきまとう可哀想な人扱いだったような」

「ちょ、何、余計な情報を……」


 さっきまでの悲壮感の欠片もない、(かしま)しい三人の部下を見やり、オオタネアはため息をついた。

 自分はちょっと追い込まれすぎていたのか。

 司令官がこれでは、騎士団も余裕がなくなるかもしれない。

 気をつけなければ。


「よし、オオタネア隊は準備が整い次第、すぐにワナンに出発する。遺書はいらん。必ず、生きて帰ってくるのだからな」

「「はい」」


 その時、人手不足から文官の仕事に駆り出されていたハカリ・スペーンが執務室に飛び込んできた。


「んっ、閣下。教導騎士と騎士タナたちが帰ってきました。なんでか、ユニコーンが五頭も増えていますっ!」

「……どうやら、西方鎮守聖士女騎士団(うちのきしだん)の陣容は整ったようだな」


 オオタネアは椅子から立ち上がった。

 部下全員が直立不動となる。


「では、行くか。セシィ風にいえば、西方鎮守聖士女騎士団(おんなのこたち)出陣(おでかけ)だ。全員、生きて帰ってこい」

「「はいっ」」


 美しく揃った騎士の礼がその言葉に応える。

 

 ここに、西方鎮守聖士女騎士団の総力をかけた戦いが始まろうとしていた……。

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