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帝国の旗

「これからどうします、騎士ハーレイシー。なんだか、この屋敷だけでなくて、この村全体がおかしな場所のような気がしてきたのですが……」


 さっきの痴態(アレ)をすっかり忘れたように、ノンナが全員の意見として、今の話をふってきた。

 ちなみにミィナの方は顔を赤らめたまま、クゥの後ろに隠れて俺の方を見ようともしない。

 二歳違うというだけで、女というのはこうまでたくましくもなるものなのだな。


「外の様子は見たか」

「はい、よくわからない白いものと黒いものがうろちょろしていて、かなり危険な様相を呈しています」

「……こ、ここは、裏に回って一角聖獣(ユニコーン)たちと合流して逃げ出すのが一番だと……思う」

「俺はクゥの意見に賛成します」


 クゥとハーニェ、この中では中堅どころの二人が即時撤退を訴えた。

 なんでも、二階にいた四人が言うには、人型の黒いものが部屋の窓を破壊して襲撃してきた上、仲間が敵に見える幻覚魔導をかけられてしまって危うかったそうだ。

 それに、俺に化けた靄のようなものまで現れ、あやうく騙されるところだったということである。

 なんでもありか、この屋敷では。


「確かにユニコーンどもと合流して〈魔導障壁〉を張れば、これ以上の攻撃からは逃れられるな。あいつらの鋭敏な勘に頼るのもいいか」

「……先生、ルーユとベスはどうする? 助けに行く? 私たちは騎士なんだし」

「キルコ、この状態において、真っ先に怪しいのはあの二人ッスよ。わざわざ探しに行くのは危険ッス」


 屋敷の主人であるルーユとメイドを心配したというよりも、別の理由があって救出を進言したキルコに対して、現実的な対応で反論するアオ。

 どちらの主張にも一理はある。

 よその国ではいざ知らず、バイロンでは騎士は民草を護る盾なのだから、危険に陥っているかもしれないものを救うべしという意見と、自分たちの身の安全をまず優先しようとする意見。

 共に間違いではない。

 

「……逃げましょう、セスシス殿。少なくともベーくんのところにいけば、どんな魔物が出ても怖くなくなりますし」

「皆の意見は一理ある。俺たちの力だけでは、魔導に対抗できない。やはりユニコーンたちの助けが要る」

「ただ、問題は裏の馬房まで無事にたどり着けるかということです。屋敷の外は、黒白の怪しい連中が徘徊していますからね。正体不明のうえに、数で押されたら対抗しようがありません」

「裏口は……」

「最初に屋敷(ここ)に入った時に確認しましたが、そもそも見当たりませんでした。その段階で、怪しいと思うべきでしたが。失策でした。こういう使用人がいるクラスの屋敷で、裏口がないなんてありえませんよ」


 このあたりはさすがにノンナだ。

 よく色々と見ている。

 

「……この屋敷自体が普通ではないということ?」

「言われてみれば、こんな大通りに面した場所に建てる屋敷じゃないよね。村の規模から言っても、村長というよりも領主のための建物だし」

「ルーユさんだって、自称村長の娘ッスよ。それについての証人はベスっちだけ。怪しいと思えばいくらでも怪しめるッス」

「アオの言うとおり。何から何まで胡乱(うろん)


 全員の意見を合わせると、屋敷の異常性を加味すれば、やはりここから脱出したほうがよいという結論になる。

 しかし、ルーユとベスを置いていっていいものか。

 あの二人が元凶と考えるのが妥当なところだが、もし違っていたらただの見殺しになる。

 それは避けたい。

 後味が悪すぎるからだ。


「よし、屋敷の玄関を出て遠回りは危険なので、屋敷の裏に廻って出られそうな窓か何かを見つけてぶち破れ。最短距離で、ユニコーンのところへたどり着くようにだ。指揮はノンナが執れ」

「……騎士ハーレイシーは?」

「俺はこの屋敷(なか)をもう一度探ってみる。おまえたちと違って、直接魔導による攻撃を受けていないということは、俺には効きづらいということなんだろう。単独行動なら、俺の出番だ」

「しかし、一人では……」

「隊長、私がついていく」


 俺を引き止めようとしたノンナを、キルコが制止した。

 その手が俺の服の裾をしっかり握っている。

 絶対に離さないとでも言うかのように。


「少しだけど、私は王都にいたとき魔導の訓練を受けている。先生の頭上ぐらいは守れる」

「背中を守れよ。頭の上を守ってどうする」

「……隊長たちは急いでユニコーンたちと合流して欲しい」

「わかりました。騎士キルコ・プール。自分の持てる全力を尽くしなさい。……他の皆もわかったわね? 裏に面した窓を探すわよ」


 キルコの珍しく強い意思表示を見て、ノンナが簡単に折れた。

 なんだかんだ言って、年長組は年少組に甘い。

 妹分たちが率先して何かをしようとするときには、それが危険だとわかっていても許してしまうのだ。

 

「キルコだけでは危ないッス。あたしも行くッス!」

「アオは魔導訓練を受けていないからダメ」

「……ずるいッス」

「はいはい、立ち止まっていないでさっさと作業に入る。ここだっていつ襲われるかわかんないんだよ」

「じゃあ、あたしは隊長たちと行くッス。キルコをよろしくッス、教導騎士」

「ああ」


 ……すでに、キルコの助けはいらねえ、と拒絶できる流れではなくなっていた。

 なんというか、強引なんだよ、こいつらって。

 子供だからかどうか知らないが、無理に突き放すと面倒なことになりそうだし。

 まさに、やれやれという感じで俺はキルコを伴って、一階の入って右手に向かった。

 食堂での説明では、その奥に屋敷の主人一家の居住スペースが設けられているはずだ。

 まずはルーユを見つけ出す必要がある。

 応接室の反対側の廊下には、今までとは違って絵画などが飾られ、装飾もやや凝った作りのものになっていた。

 まあ、主人一家のための場所ならば、ほかよりも豪勢にしてもバチは当たらないだろう。

 突き当りには、三つの扉がある。

 そのうちの一つを開くと、小部屋があり、さらに奥の扉を抜けると机とベッドのある誰かの私室になっていた。

 ベッドの大きさからいって、夫婦のためのものだろう。

 村長夫婦の部屋か?


「先生、アレ」


 キルコの指し示す先には、一枚の旗が飾られていた。

 白い宝玉に、魔導の光を顕す三条の雷、そして永遠の叡智を模した樹を印したデザイン。

〈白珠の帝国〉の国旗だった。

 ツェフンはバイロンの領土にあるというのに、〈青銀の第二王国〉の旗はどこにも飾られていない。

 つまり、ここの主人は〈妖帝国〉に忠誠を捧げているということだ。


「だが、おかしいな。〈白珠の帝国〉の連中が疎開してきてこんなところ村を作ったにしては、ただの田舎町っぽすぎる。あいつらだったら、もっと大々的に空気を読まずに魔導を前面に押し出すはずだが……」

「……ルーユの写真がある」

「どれ?」


 書き物机の上に写真立てがあった。

 どうやら家族写真のようだった。

 この世界で写真技術が開発されたのは、およそ三十年前。

 庶民階級がこのような記念写真を取るようになったのは、およそ十年前ぐらいだったらしいが、俺がバイロンに来た時にはすでに人口に膾炙していた。

 俺ですらオオタネアやザン家の人々と何枚か撮った覚えがある。

 これ自体は随分と古いもののようだったが、そこには恰幅の良い中年の男性とその奥方らしいふっくらとした女性、そしてつい数刻前に見たルーユの姿が写っていた。

 しかし、問題はそこにはない。

 ふと見てみた写真立ての裏に書かれた文字の内容だった。

 その日付は、およそ十年以上前のものだった。

 ……思考が混乱する。

 ちょっと待てよ。

 十年前と同じ姿のままなのか、あいつは。

 ついさっきの記憶を探る。

 確か、ベスはルーユがバイロンの王都で勉強をしていたと言っていた。

 そして、ルーユはどうやら西方鎮守聖士女騎士団についても詳しかった。

 騎士団の設立は十年前なので、その頃に留学していたとすれば、辻褄は合うが、この部屋の〈妖帝国〉かぶれはどう考えればいい?

 凄くちぐはぐだ。

 何か、変だ。

 

「セ、セスシス卿」


 部屋の入り口にいつのまにか、ルーユが立っていた。

 俺たちを見て驚いている。


「どうして、父の部屋へ?」

「あなたを助けに来たんですよ。屋敷の外の状況はおわかりですか? ここは得体の知れない魔物に囲まれています。すぐにでも脱出しないとならない」

「……あれは大丈夫です」

「どういことです?」

「あの者たちは、〈墓の騎士〉ですから」

「……さっき、話にでましたね。なんなんですか、その〈墓の騎士〉というのは?」

「〈墓の騎士〉はこの村を守ってくれています。私たちに危害を加えることはありません……」

「私、あれに襲われた」

「それは、あなたがたがこの村の者ではないからです……」


 なるほど。

 村に勝手に居座ったよそ者を排除しようとしているのか。

 それなら納得いく。

 しかし、その行動理念はまだしも、あの正体不明の不気味さはなんだ。

 村の守り神なんていう微笑ましさは皆無なのだが。


「て、ことは俺たちが出ていけばいいのか?」


 もう、紳士を装っても無駄だと考え、俺は素の喋り方に戻した。

 ここから先は普段通りにいくべきだ。

 ついでに仮面も外すと、俺の素顔を見て、少しルーユが驚いた様子を見せた。

 傷があると思っていたのになかったのだからだろう。

 顔が予想よりも悪かったとかだと凹む反応だな。

 

「……いえ、おそらく、〈墓の騎士〉はあなたがたを逃がさないでしょう。あれは全ての生きとし生ける物を呪っていますから。あなたがたは彼らと戦うよりほかはないと思います」

「見たままってことか。生物なら見境なしってことは、まるで〈手長〉〈脚長〉みたいな連中だな。で、どういう出自の魔物なんだ、あれは?」

「もともとは……」


 そこから先の説明は聞けなかった。

 ルーユの告白を遮るかのように、黒いメイド服の女が室内に入ってきたからだ。


「お嬢さま、いったい、何を話されているのです! 口をお慎み下さい!」


 ついさっきまでのボソボソ口調はどこへやら、ベスは激怒した様子で、ルーユに詰め寄る。 

 俺たちのことはほとんど眼中にないらしい。

 しかも、その剣幕はとても使用人ものとは思えない。


「軽々しく、村の内実をよそ者に教えるなどと……」

「教えておいたほうがいいじゃねーか? この村の今後のためにも」

「それはどういうことですか?」

「俺は本部に戻ったら、すぐにこの村の査察を国に申し出るつもりだ。理由は、我が国にある非友好国の間諜を匿っているということでだ。正直な話、〈妖帝国〉については〈雷霧〉発生の原因との疑いを各国に持たれているからな。そこの人間となったら、騎士警察に簡単に引っ張られるぞ。素直に事情を説明するなら、黙っていてやってもいいがな」


 これは嘘だ。

 いくらなんでも無理がすぎる。

 ただ、ブラフでもなんでも、今のこのおどろおどろしい状況を打破するには、この村で唯一接触のできるこの二人の口を開かせるしかない。

 背に腹は変えられないんだ。


「……あなたがたをここから出さないという手段もありますよ」

「おっかねえ顔をすんなよ、メイドさん。いや、あんたは魔道士なのかな? まあ、どっちでもいいことだが、こんな狭い室内で俺とキルコをあんた一人でどうにかできるとは思わないことだ」


 悔しそうに下唇を噛むベス。

 実際のところはわからないが、彼女には俺たちをどうこうできる力はなさそうだ。

 目で合図すると、ペティナイフを手に忍ばせていたキルコがさっと近寄り、それを突きつけ、邪魔をされないようにベスの両手を縛り上げる。

 呪言を唱えられないように、口にタオルを突っ込むところが、魔導の訓練を受けていた者らしいところだった。

 その間、俺はルーユをベスから引き離す。

 どちらかというと、こっちのお嬢さまの方が簡単に転がせそうだ。


「……邪魔が入ったが、さて、あの魔物……〈墓の騎士〉だっけ? その正体を教えてもらおうか。俺たちも明日の太陽を拝みたいんでな」

「は、はい……。わかりました、……包み隠さずお話します。あの〈墓の騎士〉についてですね……」

「ああ」

「あれは……」


 この時、ルーユの語った〈墓の騎士〉の正体とは心の底から恐ろしいものだった……。


 ――そして、ある意味では、この事件によって、俺たちが〈雷霧〉発生の謎に近づくきっかけとなるのである。

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