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教導騎士と様々な悪夢たち

 優れた武人には、摩訶不思議な勘働きがあるという。

 オオタネアはおろか、エイミーやタナ、モミあたりでも、それは感じられるという話だ。

 俺だったら嫌な予感がするぐらいのものだが、例に挙げた連中の場合、高い確率で生命に関わる危機を察知する。

 野生というか、それとも培ってきた経験がものをいうのか、とにもかくにも常人の俺には理解しがたい現象であった。

 だから、その日の夜、俺が護身用に持ってきていた〈阿修羅〉の左腕鎧だけをはめて眠りについたのは、そういう虫の知らせがあったからということではない。

 単に、〈妖帝国〉絡みの七面倒臭い事件が起きたときは、だいたい俺にとってよくない事件が起きるという経験則に基づくものだった。

 以前、シャッちんと再会した時のことだけでなく、思い起こせば十年前のバイロンに来た頃や、この〈阿修羅〉の再度の錬金加工をしたとき、いつも何かしらの厄介事が俺にまとわりついてきた。

 このツェフンという村でも、〈妖帝国〉の名前が顔を出してきたのならば、間違いなく何かが起きるだろうと経験則上悟っていたというわけだ。

 ただ、眠らないと明日の移動が楽にならないので、無理をしてでも仮眠ぐらいは取らなければと床についた。

 そして、案の定、妙な出来事が起こり始めた。

 ……夜中にふと目を覚まし、薄目を開けて様子を窺ってみると、仄かにランプの灯りで照らされた天井の一画になにか白いものが見えた。

 薄目なので、まつげに邪魔をされてよくわからないが、少なくとも気のせいということはないようだ。

 白いものはふわりと宙に漂っているのではなく、出入り口となる扉の上の天井板に腹ばいになってくっついているようだった。

 なんだろう、と不自然にならない程度に寝返りを打つと、今度は角度的にはっきりとわかった。

 白い服を着た少年だった。

 しかも、その服は頭からすっぽりとり、手足を縛るための紐がついたゆったりとしたものだった。

 その紐の意味は、天に行く際に遺体が暴れないようにという意味があり、ゆったりとしているのはきつく締めると死者が長い死出の旅で窮屈になるから、そうはならないようにという配慮のためだった。

 要するに、葬儀の際に死者に着せる屍衣(シュラウド)なのだ。

 異世界人でこのあたりの冠婚葬祭に疎い俺でも、なんとか知っている知識だった。

 だが、天井に張り付いている少年が屍衣を着ているということについては、どういうことなのか見当もつかないが……

 少年はずっとこっちを見ている。

 俺が勘づいたことには気がついていないようだ。

 ただ気がついたとしても、俺には察知することができないだろう。

 なぜなら、少年の顔には黒く陥没した二つの穴があるだけで瞳はなく、筋肉がないのかと思われるぐらいにだらしなく開いた口があるだけだったからだ。

 表情など読み取れるはずがない。

 少年だと思ったのは、単に身体つきが少女のものにしてはややがっちりしているからか。

 天井板に腹ばいのまま、少年はこっちに近づいてきた。

 俺のベッドの真上で止まる。

 背中越しに俺を見ている。

 ずっと見ている。

 見ている。

 見……。

 気がつくと、俺のすぐ目の前にその顔があった。

 青白く、そしてすべすべの肌をした顔が。

 目の奥には暗い闇があるだけで何もないのは変わらない。

 ほぉ

 聞き覚えのない呼吸音が耳元に届いた。

 呼吸? いや、声なのかもしれない。

 少年は俺の眼前でまったく動かず、ただ、ほぉと口から音を出す。

 あまりのことに全身が凍りついた。

 四肢の先が麻痺したようだ。

 俺はどうすればいいのか、パニック気味になり、無意識のうちにまず動かないということを選択したのだろうか。

 だが、実際には違った。

 身体にさっぱり力が入らないのだ。

 金縛り。

 一度は聞いたことのあるお馴染みの怪現象に俺は襲われたようだった。

 両目と口ががらんどうの少年がまた、ほぉと言った。

 怖い、怖い、怖い……。

 全然、何を考えているか読み取れない顔なのに、間違いなく俺に興味を持っていて、俺を観察し続けているたのだ。

 せ、せめて喋ってくれたら……。

 そうすれば、吹っ切れるのに。

 無言の重圧だけが俺を圧し続ける。

 

「う……ん」


 今度は俺の意思に関係なく、身体がいきなり寝返りをうとうとする。

 なんだ、それは。

 自由にならないハズの体がどうして、勝手に動くんだ。おかしいだろう。絶対に変じゃないか。

 慌てる俺の意識を強引にねじ伏せるように、体が寝返りをうち、横を向く。

 心臓が止まった。

 ベッドの端に手をかけて、顔だけを出して誰かが俺を睨んでいた。

 油のない乾いた髪を振り乱し、ただじっと憎い何か呪うようにこちらを睨みつける老婆がそこにいた。

 喉からひっと呻き声が漏れた。

 いつのまに、こんなものが枕元に。

 老婆の顔の下半分は見えない。

 顔の上だけをベッドの端から覗かせているのだから。

 少年と違って、眼がある。

 黄色く濁ったぼんやりと光る双眸が。

 間違いない。

 このババアは俺を憎んでいる。

 いや、俺を、ではないか。

 生きているものをだ。

 自分ではないものをすべて。

 八つ裂きにしたいほどに憎んでいる。

 これに比べれば、上に浮かんでいる少年はまだマシだ。

 何考えているかわからないのだから。

 ただ、俺の方もそろそろ限界だった。

 こんな訳のわからない状況下で意識を保ち続けるのは至難の業だった。

 こえぇんだよ、逃げ出してぇんだよ。

 老婆が顔をベッドの陰からむっくりと出してきた。 

 しわくちゃの口からは、それだけは妙に赤い舌が溢れている。

 ただでさえ近い距離がどんどん寄ってくる。

 白い息が顳かみから耳にあたる。

 生温かい。

 しかも腐った肉の臭いがする。

 はっきりとえづいた。

 金縛りにあっていても、吐き気というものはするんだな。

 息どころか、鷲鼻の先が俺の頬骨に接触した瞬間、


―――さすがに何かが吹き飛んだ。


「うわぁぁぁぁぁっ!」


〈阿修羅〉をまとった左手を老婆に向けて突きだした。

 十二枚の刃はださない。

 ぎりぎりのところで殺傷力の高すぎる攻撃を避けたのだ。

 だが、それは意味のない行動だった。

 俺の左手は老婆の顔を突き抜けた。

 同時に、老婆の姿が消える。

 上を向いたが、そこに少年はいない。

 部屋をすべて見渡してみても、就寝するまでとまったく変わりがない。

 しかし、今の出来事を夢だとして納得できるほど、俺はうすぼんやりとはしていないのだ。

 なんだかわからんが、異常が発生している。

 鎧戸の隙間から、外の大通りを見てみた。

 さっきまでと違い、何か白いものと黒いものが散見される。

 人……ではないだろう。

 少年と老婆の同類か。

 すくなくとも、あんなにフラフラ動き回る人間は酔っぱらいか薬物の中毒者だ。

 

「なんなんだ、あれは?」


 だが、それよりも別の部屋の騎士たちだ。

 あいつらがこの異様な状況を乗り切れるのかが不安だ。

 その時、どこからか深夜にふさわしくない破砕音が聞こえてきた。

 俺は枕元に置いておいた剣を掴むと、少しだけ迷ったが例の仮面をかぶり、そのまま廊下に出る。

 見たところ、おかしな様子はない。

 さっきの音はどこから聞こえてきたのか。

 それに他の部屋はなぜ誰も出てこない?

 突き当たりにある俺の部屋に届いたということは、隣の部屋ならばもっと聞こえたはずなのに。

 仕方ないので、隣の部屋をノックもせずに開けた。

 確か、ここはアオとキルコの部屋だ。

 緊急事態だ。

 着替えとかしているなよ!

 もしそんなことになったら、覗きの容疑をかけられて、一生分ぐらいキルコに毒を吐かれまくるが、それは勘弁してくれ!

 

「無事だったか、おまえら」


 そこにはすでに充分な武装を整えていた二人の姿があった。

 俺とは違って、入念に戦さ準備をしているところが、やはり根っからの戦士と平民との差か。


「セスシス先生。無事?」

「ああ、大丈夫だ。いきなりでかい音がしたからびびったぞ」

「うん、奇襲された。撃退済み」

「そうか。さすがだな。他の連中も襲われているかもしれん。手分けして他の部屋の様子を見よう」

「はいッス」


 俺は目の前にあるノンナたちの部屋に入った。

 相部屋はミィナのはずだ。

 だが、入ってみると驚いた。

 何かが戦った気配がある。

 椅子が倒れ、壁には刀傷ずついていて、二人の荷物が乱雑にぶち巻かれている。

 それなのに二人の気配はない。

 すでに何かが起こったあとだ。

 俺は廊下に出て、俺の部屋とは反対側。

 下に続く階段に向けて走り出した。

 あいつらが勝手な単独行動をするとは思えない。

 ミィナならともかく、ノンナはそんなヘマはしないだろう。

 何人も同時に降りられる大きな階段を降りると、玄関前の広間に出た。

 左右、それとも奥の厨房、もしくは外か。

 どうするべきだ。

 ……すすり泣く声が聞こえてきた。

 広間の端、角のところで小さく蹲る白いものがいる。

 一瞬だけ見た感じだと、小さな女の子が座り込んで泣いているようだった。

 ただ、こっちを向かずに壁を向いている点で、無視することにする。

 なんとなくパターンが読めた。

 俺はその反対側にある扉を蹴飛ばして、無理矢理に中に躍り込んだ。

 確か、客をもてなすための応接間だったはずだ。

 巨大なシャンデリアがあり、そこから一本のロープが垂れ下がって、その先には輪ができていた。

 輪をつかもうと手を伸ばすノンナ。

 その足元には台代わりの椅子があり、ミィナが膝をついて支えている。

 二人共、その目が虚ろだ。

 自分たちのしていることを把握していない。

 それどころか、意識があるのかさえ不明だ。

 俺は後ろから駆け寄って、ノンナの身体を抱きとめ、床に押し倒した。

 横抱きにして、顔を軽くはたく。

 何度かはたかれると、「うーん」と目に少しだけ生気が宿る。

 開いていた瞳孔が完全に元に戻るのはすぐだった。

 だが、思考が回復するにまではいたらない。

 

「ノンナ・アルバイ、聞こえるか。ノンナ・アルバイ、しっかりしろ。おい、ノンナ、ノンナ!」


 脳震盪を起こした人に呼びかける要領で、ずっと呼びかけてみた。


「おい、ノンナ。俺だ、ハーレイシーだ。返事をしろって、おい」

「……騎士……ハー」

「よし、その調子だ。目を覚ませ、ノンナ」


 その時、ノンナが使わなくなった椅子を支え続けていたミィナが、ゆらりと立ち上がる。

 大通りを埋めていた連中みたいに辺りを徘徊しそうな動きだった。

 しかし、そうはならず、手にしていた椅子を思いっきり上段に振りかぶると、俺たちめがけて力任せに叩きつけてきた。

 ノンナを抱いているので身動きが取れない俺は、左腕の〈阿修羅〉の掌をかざすだけしかできない。

 その掌からシュキンと十二枚の刃が飛び出して、木製の椅子をバラバラにする。

 武器無くしても、手に残った椅子の脚だけでなぐりかかろうとするミィナ。

 こいつも、操られていやがるのか。

 しょうがねえ。

 俺はミィナの手首を掴んで、自分の胸元に引きずり込む。

 二人の小娘の頭を両手で抱え込み、胸に押し付けた。

 息ができないのか、じたばたもがくミィナとまだ虚ろなままのノンナの耳元で叫んだ。


「起きろ、おまえら、敵襲だぞっ! えっと……〈雷霧〉が発生したぞっ! 西方鎮守聖士女騎士団、出陣っ! うーん、それなら……。朝飯だっ! オオタネアがきたぞっ! 怪獣だぁっ! 神の怒りだっ! 金返せぇ! パシリ扱いするなぁ!」


 覚えている限りの、こいつらが発奮しそうな掛け声をあげる。

 これだけ叫んで喚いているのに、あまり反応がないというのは余程深層意識まで潜られたか。

 だが、〈解呪〉みたいな魔導を使えない俺では呼びかけるだけで精一杯だし……。

 どうする?

 あ、シンデレラじゃあるまいが、アレも言ってみるか。

 

「結婚しようっ!」

「「―――はいっ!」」


俺が何事かと思うぐらいに、いきなり二人共が跳ね起きて、あまりのことにバランスを崩した俺は背中から床に激突した。

 痛みに腰を押さえる俺を気遣いもせずに、さっきの老婆よりも髪を振り乱して、ノンナとミィナが抱きついてくる。


「おまえら、起きるなら起きるといえ。急すぎてびっくりしたわ」

「……しましょう、結婚っ!」

「僕なら今すぐにでもっ!」

「私だって、いつでもお嫁に行けますっ!」

「隊長、邪魔ですって!」


 興奮しきった馬のように鼻息が荒い小娘二人に、恐怖を覚えつつ、俺は宥めるように手で制した。

 

「おまえら、正体不明の敵に操られて気が動転しているのはわかるが、少しは落ち着けっ! それともまだ操られているのか!」

「いえ、そんなことはありません。私の意思ですっ!」

「タナお従姉(ねえ)ちゃんより、私のほうが胸が大きいですっ!」

「やかましいわっ! そもそも〈聖獣の乗り手〉が結婚できるかっ! 目を覚ませっ! 使命を思い出せっ!」


 ここに来て、ようやく自分たちの使命を思い出したのか、少しハッとなる二人。

 よし、さすがはユニコーンの騎士たちだ。

 どんなに困難な状況でも、決して我を忘れずに使命遂行に励む戦士たちだな。


「「……じゃあ、使命が終わってからでもいいですからぁ!」」


「いい加減にしろぉぉぉぉっ!」


 ……とりあえず、この二人が落ち着くには、他の騎士たちが揃うまでの時間がかかったことだけを報告しておこう。

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