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騎士キルコ・プール

 ノンナ班に入ったのは、ミィナ、クゥ、ハーニェ、アオ、キルコの五人だった。

 戦闘の主力級であるタナやナオミ、マイアンといった面子がいない、比較的珍しい組み合わせと言えた。

 ハーニェはタナと離れることを躊躇ったが、「い、いいよ。ハーニェもたまには羽を伸ばしてきなよ……」という凹みきった友人の後押しもあって、参加している。

 年少コンビのミィナとアオはほとんど遠足気分だし、絵を描くのが好きなキルコは相方の背に揺られながら器用に周囲をスケッチしたりして楽しそうだった。

 

「ところで、セスシス殿ぉ。その被り物はなんなんですか?」

「エイミーが童顔隠しに用意してくれたんだ。おかしいか?」

「変です」

「道化師みたいです」

「キモイ」


 散々な言われようだった。

 確かに、目のあたりは六角形に切り取られていて、額にはよくわからない角がついていたりするし、一見すると頭のおかしな人だ。

 とは言っても、女子供だけの騎士隊というのも普通は受け入れてもらえないかもしれないので、円滑に話をすすめるためには仕方がないと割り切ることにする。

 ただし、キルコ。

 おまえの毒舌は許せん。


「教導騎士に向かって、キモイはないだろう。……ちょっと待て。何を描いている」

「セスシス先生のキモイ肖像画。本部に帰ったら、新作として販売してもらう。はい」


 といって見せられたのは、落書き帳に描かれた今の俺の上半身の絵。

 仮面だけが目立つことなく、生き生きとしたタッチが実に躍動的に俺の特徴をとらえている。

 だが、さりげなく「変質者」と書いてあることは見逃せない。

 ちなみに、西方鎮守聖士女騎士団が販売している似顔絵の描かれた壁掛け、手ぬぐいなどの絵描きはこいつだ。

 ただの一団員のくせに、オオタネアあたりとたまに企画会議をしていたりする。

 専門的に絵を習っていたらしいことから、絵描きの娘かと思ったら実は王都の資産家の娘で、商才についてはある意味将軍閣下よりも上らしい。

 ちなみにグッズの制作先もキルコのコネを活用して探し出したそうだ。

 二つにまとめたお団子頭と短めのおかっぱ頭、そしてだらしない着こなしは、とても資産家(いいところ)のお嬢さんには見えないが、化粧やダンスといった社交界の教養もあり、よく皆に指導していたりする。

 貴族出身のタナやミィナよりも、むしろ遥かにお嬢様としての適性は高いのだ。


「……やめろ。俺の威厳がなくなる」

「今のは冗談。売れないものをつくると在庫があまる」

「売れないってのはわかってんのね」

「当然」


 無口というか、一つ一つの会話が極端に短い。

 そのくせ、割合頻繁に会話に参加するものだから、おしゃべりといっていいのか困るやつだ。

 毒舌も酷いし。


《人の仔よ、そろそろ着くぞ》

「ああ、わかった」

《……ところで一つ、いいか》

「なんだ、いったい」

《我らの行き先にある人の集落のことだが、どうにも奇妙な空間となっている》

「奇妙な空間? それはどういう意味だ」

《うむ。ウーかゼーがいてくれればよかったのだが、我の感知力では見通せない。おい、ハー、ちょっと来い》

《なんじゃ、アーよ》


 一角聖獣(ユニコーン)アーの呼びかけに応えて、アオを乗せたハーが近づいてきた。

 突然、勝手に動き出した相方に若干の戸惑いを見せたが、アオは無理に制止しようとはしない。

 ハーが歳月を経たユニコーンであるのに対して若すぎるアオは、まるで祖父と孫のような関係を築いていた。

 ハーが導き、アオが従う。

 十三期では珍しい相方(ユニコーン)主導の人馬(ペア)であった。


《……確かに妙な(ヒズミ)が見えるな。古き我も見たことがない色だ。しかし、それほど濃いものでもない。実に奇妙ではある》

《我はこの群れを引き返させるべきだと思うが、いかに》

《……アーのいい分は至極もっともだ。しかしのぉ、これは任務じゃから、最後までこなさねば我が乗り手たちが叱責されてしまう。行かねばなるまい》


 ハーは少し年寄りのような喋りをする。

 その上、人間でいうならば常識人であり、人界の理というものについて深い理解と洞察力を持っていた。

 それゆえ、発言はいつも正論であり、俺としても納得できる内容ばかりだった。


「危険だと思うか?」

《……さっきまで戦っていた魔物に比べればどうということはない》

「奥歯に物が挟まったような言い草だな。はっきりとしてくれないと、俺の引率としての責任に関わるんだ」

《人の仔があの猛々しい美女の逆鱗に触れたとしても、我はなんの呵責も感じないが、これだけの同胞がついていて抗せぬことはないと断言できよう》


 相も変わらずこいつらは俺をなんだと思っているのかと問い詰めたくなるが、最上級の危険が待つというわけではないようだ。

 ならば、指示に従って、任務をこなさなければなるまい。


「アオ」

「は、はい」

「ノンナと他の連中にも伝えてくれ。遊び半分でもいいが、最低限の警戒は怠るなと。ハーも、ついでに同胞に注意を促せ。いざという時は、《魔導障壁》を張れるように準備とな。以上だ」


 長い髪を一本にまとめた髪型のアオは、しっぽのように髪を振って、わずかに先行するノンナのところに駆け出していく。

 

「……他にわかることはないか?」

《引率の先生は大変だな》

「だったら真剣に手伝えよ」

《……魔物の力や、魔道士の魔導力という感じではない。あえて、似たようなものを探すとしたら、処女(おとめ)たちの使う〈気〉が近いか》

「〈気〉? あれは体内で循環して完結するものだぞ。村全体から漂うなんてものではないと思うが」

《あえて似たものを探したと言っただろう。勘のいいものなら、多分、村の中に入れば感じるはずだ。その時に確認してみるしかないな》


〈気〉に近いとなると、タナやマイアンがいないのは勿体無いな。

 あいつらが一番気功術を使いこなしているからだ。

 ただ、おかしな感じがするといっても、そこまで警戒するようなことはないだろうと俺は楽観視していた。

 強力な魔物を倒した直後という高揚感もあったのだろう。

 それが、間違いだったと気づくのは、完全に夜になってからのことだったが。


          ◇


 一歩、村の敷地内に入った途端、何人かが顔をしかめた。

 得体の知れない違和感を覚えたそうだ。

 ノンナが俺に話しかける。


「教導騎士ハーレイシー。今の感じられましたか?」

「いや、俺は感じなかった。むしろ、感じ取ったのはおまえと誰だ?」

「さっきの様子では、私とハーウェとキルコですね」

「……なるほど、気功術が強い面子ばかりだ」

「気功術と何か、関係が?」

「ああ、アーが言うには、この村全体に〈気〉に似たなにかが漂っているらしい。結界のようなものかな。それのせいだ」

「結界? なるほど」

「〈気当て〉を常に怠るな。……じゃあ、村長宅に行くか」

「あの大きな屋敷でしょうか?」

「普通はな。少なくとも、この五百人ぐらいしか住んでいない村の名士であることはわかる」


 もうすぐ日が暮れる。

 それまでになんとか眠る場所を確保しなければならない。

 しかし、そもそも名前もわからないこの村は、だいたい三百軒ほどの家があるというのに、中は閑散としており、村人の一人も見当たらない。

 いったいどういうことなのだろうか。

 人の気配はするが、こちらに姿を見せようとする気はないらしい。

 盛り上がった砂の中から、枯れ落ちた木の株や、崩れ落ちた壁の一部が頭をだしていて、この村が荒野から吹き付ける風にさらされ続けていることがわかる。

 活気というものはあまりない。

 生活が営まれている形跡は確かにあるのだが、荒廃しきった廃村よりも憂鬱な印象を受けた。

 しかも、誰も通りに出てこないのだ。

 いくら街道から遠いとはいえ、ここまで人気がないのは尋常ではない。


「ハ、ハーレイシー様。ちょっと私たち、こ、怖がられていませんか?」

「ユニコーンが怖いのかもしれない」

「で、でも、バイロンの国民なら、西方鎮守聖士女騎士団(わたしたち)のことを知っているはずですから……」

「街道から、これぐらい外れているとな……。情報がまともに伝わっていないんじゃないか」

「そ、それならいいんですけど」


 クゥの心配ももっともだ。

 村の中央に近づくに連れて、窓にかかったカーテンの隙間からこちらを眺める人々の姿が目につくようになった。

 すでに当初の楽しげな空気は、団員の中からは消えていた。

 いたたまれない気分になってきていた。

 歓迎されていないというよりも、俺たちが何かを気遣われているというような、そんな視線ばかりだったからだ。

 村で一番大きな建物に達した時、中から一人の女性がでてきた。

 かなり若く、二十歳前後だろうか。

 服装はシンプルだが、物腰はきちんとしていて、それなりの立派な教育を受けたであろうことが窺える。

 だが、髪の毛はほとんど手入れがされておらず、騎士団のおしゃれな連中とは比べ物にならないぐらい投げやりだった。

 ノンナが地上に降りると、俺たちもそれに倣う。

 せっかく顔を出してくれた村人を刺激するのは避けたかったからだ。

 

「……西方鎮守聖士女騎士団の方々でしょうか?」

「はい、その通りです。この村の外で起きた出来事について報告しておくように、上役から仰せつかってきました」

「そうですか……。もう、日が落ちる時間帯ですが、皆様はどちらかに泊まられるあてはあるのですか」

「いえ、特には……」

「この村には、宿泊を業としているものはおりませんので、よろしかったら我が家にお泊りになりませんか。ユニコーン様には、手入れが行き届いていませんが、奥に馬房がありますし、そちらをお使いいただければ……」

「よろしいのですか」

「ぜひ」

「ありがとうございます。……ところで、あなたはどのようなお立場で?」


 女は少しためらって、深呼吸をしてから、意を決したように、


「この村の村長の娘で、ルーユと申します」


 ……正直、そこまで気合を入れる名前とは思えなかったが。

 村長の娘という肩書きだってありふれているものだし。


「西方鎮守聖士女騎士団の騎士ノンナ・アルバイです。他はあとでご紹介いたします」

「……あの、仮面の方は?」


 あー、やはり目立つか。

 そんな胡散臭いものを見るような目で見られても……困るんだが。

 あんな目をされるぐらいだったら、素顔の方がまだよかったかもしれない。


「うちの教導騎士です。ユニコーンの馴致訓練も兼ねていたので、ご同行願いました」

「はあ、そうなのですか……。近頃の都の殿方は、頓狂(とんきょう)な格好をされるのですね」


 頓狂……。

 恨むぞ、エイミー。


「では、奥の馬房に寄られてから、中に入ってきてください。私は先に入って、歓迎の支度をさせていただきます」

「あ、ちょっと待ってくれ」


 俺は声をかけた。

 知りたいことがあったからだ。

 ルーユは多少怯えたような目で俺を見やり、「なんでしょうか」と応えた。


「この村の名前を知りたいんだ」

「村の名前ですか……?」

「ああ」


 それがどんな想いによるものなのかはわからないが、彼女は吐き捨てるように自分の住む村の名前を言った。


「ツェフン……ですわ」


 かつて滅びたとある帝国によく似た名前だった……。

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