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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第六話 〈妖帝国〉の魔道士
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さよなら

 今年になって三回目の死にかけからの目覚めだった。

 慣れというものがあるのか、昔の自分に戻ってきたというべきか、全身の裂傷や火傷がぎゅおんぎゅおんとあまり聞きたくない異様な効果音を伴って復元していく。

 再生ではなく、復元だ。

 まるで一瞬のうちに部品を交換したかのように、瑕疵がつく直前の肉体に戻っていく。

 これでも時間がかかるだけ、まだこの世界の理に支配されている方だ。

 召喚した魔道士の説明通りだとすると、こちらの人間の肉体(ベース)を触媒としない完全に異世界産の〈妖魔〉だと、通常の手段では傷ひとつ付けることができないらしい。

 俺に関してなら、首を切られたり、心臓を吹き飛ばされたり、大岩でぺちゃんこになったりすれば、復元も効かずに即死となる。

 普通の生物からすれば十分に化物なのだが、そこは仕方のないところだろう。

 ふと、枕元に誰かの気配を感じ、視線を向けると、間者姿のユギンがいた。

 よくよく観察すると、寝かされているのは見覚えのない部屋で、敷き布からは嗅いだことのない甘ったるい匂いがしている。

 どこだ、ここは?


「私のビブロンでの隠れ家ですよ」


 視線や表情から読み取ったのか、俺の疑問にユギンが答える。

 さすがに秘書役でもあって、このあたりの意思疎通は格段に早くなっていた。


「……いい匂いがするぞ」

「ば、馬鹿ですかっ! そういうことは言わなくていいんですっ! あと、匂いをわざわざ嗅がないで下さいっ!」


 いつも表情を変えない彼女にしては珍しく慌てていた。

 嗅がれるのが嫌ならば、寝かさなければいいのに、勝手な奴だな。

 身体を起こそうとするが、まだ背中の筋肉が復元しきっていないのか、上半身が持ち上げられない。


「まだ、寝ていた方がいいですよ。いかにあなたが不死身に近くても、瀕死の重傷ではあったのですから」

「……後始末は?」

「今、モミさんがやっています。ハカリさんもつけましたから、明日には細かい部分も終わるでしょう」

「モミも災難だな」

「代官所に渡りをつけ、兵士たちを動かして、あの魔道士たちを街の外に追い立てたのはモミさんの指揮によるものですよ。ああ見えて、意外と指揮官適正があるのです。そのうちに何人かの女間者を彼女の下につけようと閣下は思案されています」

「……へえ」


 あの、モミがね。

 などと暢気に話していると、急にユギンの雰囲気が変わった。

 なんといえばいいのだろう、青天の霹靂、雷が落ちる寸前、そんな雰囲気だ。

 目つきが冷たく凍る。


「以前から不思議だったのです。なぜ、最初から〈ユニコーンの少年騎士〉を正式に招聘しないのかと。数多くの有能な騎士が散っていく中、十年も切り札になるべき人を宝物のように保管しておいて、それは国や騎士団への背信ではないのかと。……閣下を敬愛してはいましたが、そのことだけは常に批判的に思っていました。そして、実際に招聘されてみて、十三期の騎士たちがぐんぐんと実力を上げ、かつての騎士たちよりも上になっていくのを見て、その思いは深刻な疑問に変わりました。だのに、なぜ?」

「なぜだろう……?」

「今日わかりました。確かに、閣下もあなたをできることなら外に出したくないだろうな、と」

「いや、別に出たっていいだろう? 俺はとくに悪事を働く気はないぞ。人畜無害だしな」

「はぁ?」


 いつもの大人そのものの臈長けた風情の淑やかさのようなものがなくなり、養豚場の豚をみるような蔑んだ眼差しに変わる。


「……冗談は聞きたくありませんね。あんな常軌を逸した戦いをしておいて、どの口が言うんだか。なんですか、アレ? 戦闘方法とか、戦技とか、常識とか、すべてをかなぐり捨てていますよね。狂戦士ですよ、まったく。はちゃめちゃです。噛み付きとか自爆とかしないだけで、ほとんどイカれていましたよね」

「いや、勝てればいいだろ」

「勝てれば? 勝てればいい? たかだか十人前後を仕留めるために命からがらになってどうするんですか? あの魔道士は危険な敵でしたが、それにしたって損害が酷すぎます。ほとんど死にかけてまで採る戦法ではありません」


 お説教はまだまだ続きそうだった。

 そのうちに普段の俺の働きについてまで、なんたらかんたらと言われ始めた。

 意外と通常職務においても溜まっていたのだろうか。

 ユギンの説教が延々と続くかと思い始めたとき……


「……最後まで、騎士シャツォンに被害が及ばないように位置取りをしていた点は認めますが……」

「シャツォン? ……おい、ユギン」

「なんですか? まだ、お説教は終わっていませんよ」

「お小言はもういい。シャッちんはどうした? あのあと、シャッちんはどうしたんだ?」

「……いますよ、すぐ隣の部屋に」

「呼んできてくれ。今すぐに」

「ダメです。あなたの思考が元に戻ったら、これを渡すように頼まれましたけど」


 手渡されたのは、〈幻視球〉。

 絹糸は隣の部屋との扉の隙間に繋がっている。


「これは?」

「……直接顔を見せるのはバツが悪いそうです。だから、言葉だけでも伝えたいと」

「待てよ、そんなんじゃ納得できないだろ、こっちに来るように言えっ!」

「双方向で会話できるようにしておきました。本来の〈幻視球〉にはいらない機能ですけどね」

「だから……」

「教導騎士っ! ……美しく滅びたいというのは男の妄想ですが、美しく別れたいというのは女の願いなのです。想いを汲み取ってあげてください」


 俺は目を逸らした。

 何も言えなかったからだ。

 そして、〈幻視球〉を見つめる。

 水晶球の中にはシャッちんがいた。

 さっきまでと決定的に違うのは、もう泣いてはいないということだった。


「シャッちん、怪我はないか?」

《……大丈夫だ。貴様と違ってな》

「俺のは怪我には入らない。すぐに復元するから」

《……貴様にとってはそうだろうが、見慣れぬ者の目からすれば、手の施しようのない深傷にしかみえなかったぞ》

「でも、シャッちんが無事でよかった」

《ああ、貴様のおかげで〈支配〉の魔導からも免れた。もう私を縛るものはいない》


 彼女を魔導で〈支配〉するものはいなくなった。

 だが、それ以外はどうだ。

 あの何もできずに項垂れていた彼女は、大丈夫といえるのか。

 誇りをなくし、自分を貶めるものに抗えもせず、ただ流されて生きるだけのあの弱くなりすぎてしまった彼女は……?


《ここでお別れだ、聖一郎》

「シャッちん……」

《私は本当に愚かな女だが、貴様がしてくれたことがどういうことなのかわからないほどではない。血を吹き出し肉を断たせてまで、伝えようとしてくれた言葉を理解できぬまで腐ってもいない。おそらくな……》


 俺は本心でもないことを言った。

 聞き入れてもらえないことはわかっていたが、それでも引き止めたいと願った。


「どうせ、行くところないんだろ? ビブロンに残ればいいじゃないか。代官所に知り合いがいるんだ、就職だって斡旋してやるよ。また、一緒に飯を食べようぜ。肉だってたくさんご馳走するから……」

《私のことを、いつまでも食い物にこだわる奴扱いするな》

「そうだ、い、芋だってここでは食い放題だよっ!」

《聖一郎。駄々をこねるな》

「……嫌だよ、シャッちん」

《泣き言もいうな。大人になったのだろ?》


 大人だからって、友達と別れるのが悲しくないなんてバカな話があるものか!

 泣きたい時に泣いたっていいじゃないか!

 この世界でできた初めての大切な友達なんだぞ。

 涙がでるにきまっているじゃないか……。


「行かないでよ、シャッちん……」

《一度目の別れの時は友達のようだったのに、二度目の別れの時はまるで恋人のようだな》

「……だから」

《未練たらしいことを言うなよ、晴石聖一郎。貴様と私の関係は十年前に完全に断たれたのだ。もう一度出会えて話が出来て、今度こそ別れの言葉が交わせて、それで十分じゃないか。……そう思え》


 沈黙しきった室内、無言の俺、動かない空気。

 すべてがこのままであればいいのに。


「さようならだ、聖一郎。本当にさようなら」


〈幻視球〉の魔導力が消えた。

 彼女が切ったのだ。

 俺は泣いた。

 彼女はサヨナラを言った。

 以前とは違って、姉のことは口に出さずに、ただ俺の名前だけをだして。


 悟れよ、俺。


 愛着のある姉の肉体との別れよりも、俺とのことを惜しんでくれただけで、それだけで感謝すべきだろ。

 それでも、涙だけは止められなかった。


「シャッちん……」





 さよなら

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