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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第六話 〈妖帝国〉の魔道士
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〈妖魔〉と〈阿修羅〉

 こいつらのことを俺は知っているが、こいつらは俺を知らない。

 驚くのも当然だ。

 犯した罪が発覚して官憲から逃れている最中に、不気味で禍々しい鎧をまとった若いのが目の前に現れれば、誰であろうとこういう反応になるだろう。

 シャッちんを除けば、魔道士だけが訝しげに眉をひそめた。

 拷問器具のようなこの鎧に見覚えがあるのだろうか。

 

「〈妖帝国〉の魔道士か?」

「なぜ、僕のことを知っている?」

「質問に質問で返すなよ。……まったく〈妖帝国〉の魔道士はどいつもこいつも礼儀がたりないガキばかりだな。おまえについては、ビブロンの代官所から処刑命令が出ている。罪状は、〈赤鐘の王国〉の宮廷魔道士の殺害についてだ」

「……あの土人の国はとおの昔に滅んだ。そこでの罪など、誰にも問えないはずだ」

「うちの王国(バイロン)と〈赤鐘の王国〉には条約が結ばれていた。国と国との条約は破棄されない限り、失効しない。たとえ滅びていてもな。だから、おまえらをうちの法律で裁いても問題はない」

「ちっ」


 幼稚でイカれていたとしても、頭の回転はいいらしい。

 自分が置かれた立場を瞬時に理解できたのだろう。

 しかし、この手のタイプが次にすることは簡単に予想がつく。

 懐柔や説得、命乞いもせず、まず……


「殺せ」


 そうくる。

 俺が一人とみて、自分たちが徒党を組んでいることと、自分の魔導に自信を持つものらしい、短絡的でバカバカしい発想だった。

 さらに罪を犯そうとすることもそうだが、俺が一人で来たという事の不自然さに欠片も気づかない。

 

「待ってくれ、魔道士ヤンザルギ、そのものは私の知り合いなんだ。見逃してやってくれないか……」


 シャッちんが魔導士の足にすがりついた。

 俺の命乞いをする気なのか。

 おい、やめてくれよ。

 別に俺はおまえを助けるために無理をしているわけではないんだぞ。


「知り合い?  どういうことだ? この小僧がなんだと言うんだ?」

「……〈白珠の帝国〉の友人なんだ。だから、だから、傷つけないでくれ」

「ツエフの?」

「ああ、そうだ。だから……」


 魔道士はすがりつくシャッちんを蹴り飛ばした。

 引き剥がすために。


「〈白珠の帝国〉の人間が、我ら魔道士に向かって偉そうに裁くだのとほざいたのかっ! 我々、〈白珠の帝国〉の至宝たる魔道士(ラ・マギ)に対してっ!」


 被っていたフードが吹き飛んだ。

 全身から立ちのぼった魔導の奔流が風となったのだ。

 魔道士の周囲の空気が震撼し、びりびりと歪む。

 なるほど、口で言うよりも強力な魔道士らしい。

 街中で暴れられなくて助かった。


「……待ってくれ、魔道士……さま」


 尊敬できない男に敬称をつけてまで俺を救おうとするシャッちんに、俺は腹が立った。

 なんだ、それは。

 おまえの勘違いな考えも的はずれな言動も、すべてに対して我慢がならない。

 いつまで俺を助ける騎士気取りでいるんだ。

 俺は、もうおまえなんかに守ってもらうガキじゃないんだ。

 俺は、おまえを助けてやれるぐらいの大人の男なんだっ!


「シャツォン・バーヲーっ! よくそこで見ていろ。俺を…………いや、僕をっ!」


 俺は不敵に笑ったつもりだった。

 だが、護衛たちの顔の引き攣り方からすると、むしろ不気味な笑みだったのかもしれない。

 胸裡に小さく呟く。


 見てなよ、シャッちん。


「殺せっ!」


 魔道士の号令一つで、十人の護衛が武器を振るって押し寄せてきた。

 シャッちんだけは〈支配〉の呪縛に逆らい、その場を動こうとしない。

 それでも、十対一。普通なら相手にならない上に、俺は鎧をまとっただけで武器は何一つ持っていない。

 鈍器一つ、刃物ひと振りも持っていない。

 だけど、それがどうした?

 戦い方には色々あるんだぜ。

 俺はまず兜を被り、最初に達した護衛の男の袈裟懸けをかろうじて避けた。

 剣を持った右腕をがっと押さえる。

 そして左手で男の肩と首を抱え込んだ。


「ん!?」


 男は何が起きたのかよくわからなかったはずだ。

 いきなり親しい友人にされるかのように肩を抱かれたのだから。

 だが、次の瞬間に、男は首筋を多数の刃物によって切り裂かれ、そのまま絶命した。

 死んだ男の動かなくなった身体ごと、襟くびを掴んで護衛たちに投げつける。

 二人ほど接敵していたが、運良く一人にぶつかったので、もう一人の方に向き合う。

 剣を振りかざしていたところだったので、柄から遠い右拳のあたりを下から支えて止める。

 ザリッと肉を大胆に割く音がして、何分割にもされた男の指がパラパラと落ちてきた。

 突然、右指がすべて無くなったことを知り、恐慌に陥った顔を掌でなでてあげると、今度は鼻が落ち、目が潰れ、唇がなくなった。

 死体をぶつけられた男を左の裏拳で殴りつけると、こめかみに大きな裂傷が現れ、そのまま痛みのあまり悶絶して倒れこむ。

 わずかに遅れてきた護衛たちが、先陣を切った三人が無残にやられるのを目の当たりにして、それ以上の突進を止める。

 俺が何をしたのか、なにがどうなったのか、把握しきれなかったのだ。

 この護衛たちが程度の低いチンピラに毛が生えたぐらいの兵士崩れだったことも幸いだった。

 わずかな躊躇いもなく、俺は男たちの中に突進した。

 肩をぶつけて割り込む要領で集団の中に飛び込むと、真っ先に目の前にいた男の顔を平手でビンタする。

 それだけで男の顔は十本以上の赤い縦傷が走り、瞼から眼球までが裂ける。

 左腕を振るい、膝から下を横軸で回すと護衛たちの脇腹や肩から夥しい鮮血が吹き出した。


「な、何をしやがった、こいつっ!」


 俺から賢明にも距離をとったやつが言う。


「は、刃物だっ! こいつ、鎧中に鋭い飛び出し刃物を仕込んでいやがるっ!」


 ご名答。

 だが、もう遅い。

 俺は一人に組み付き、サバ折りの形で横抱きにすると、腕鎧の多くの輪と輪の中に仕込まれたバネ式の刃物を飛び出させ、すっと引く。

 すると、錬金加工された鋭い刃は簡単に鍛え抜かれた肉を血だるまに変える。

 この段階で完全に致命傷を負ったのは、五人。

 あとの四人のうち二人は、飛び出し刃物を出したまま暴れたことで、傷を負ってはいるものの戦闘が不能というわけではない。

 最初の激突でここまでやれればまずは上出来か。

 その時、左から槍の穂先が飛んできた。

 足場が悪かったこともあり、その先端が俺の腹に鎧を避けて突き刺さる。

 おそらく気功術を多少なりとも使える兵士だったのだろう。

 露出した生身の部分を簡単に貫かれてしまった。

 今までにない量の血が飛び出る。

 だが、それがどうした。

 槍の柄を握る。

 同時に手のひらに仕込まれた十二の刃が現れて、柄を切断する。

 その際、俺の手のひらさえも深く切り裂かれたが、これもどうでもいい。

 手の平の刃は、掌の状態で相手に押し当てて使うもので、何かを握っている時に使えば己に返ってくる危険な武器だった。

 だが、とても使いやすいということで、この鎧――〈阿修羅〉における俺にとって最も主要な武装となっている。

 穂先を失った槍を手放し後ずさろうとする護衛に、俺はがばっとタックルを敢行した。

 腰を見事に抱きかかえることに成功する。

 そのまま肩の輪から半月のナイフを飛び出させ、内蔵まで抉る傷を作り出した。

 それだけでなく、一度は元に戻した手の平の刃と腕鎧の刃も一気に飛び出させる。

 男の腹から背中は続々と繰り出される刃のきらめきに、胴体が真っ二つになるぐらいの致命傷を負った。

 背中に熱い痛みが走る。

 ばっさりと切り裂かれたのだ。

 後ろの逃げ傷は戦士の恥だが、俺には関係ない。

 斬られたって刺されたって、それがどうした。

 不死身の〈妖魔〉の辞書に、我が身可愛さの言葉は存在しない。

 振り向くと同時に、剣を持った護衛の腹をつま先で蹴り上げる。

 つま先には針のように尖った刃物が仕込んであった。

 鳩尾を貫かれれば、それで人は即死する。

 あと二人。

 俺が残りの護衛を目視しようとした時、一帯が赤く染まった。

 囂々(ごうごう)と燃え立つ火焔の爆発だった。

 離れたところにいた魔道士がついに〈火炎〉の魔導を行使したのだ。

 自分の手下がまだ生きているかもしれない戦場で。

 直撃を喰らえば〈手長〉とて即死しかねない魔導を。

 只人なら火に巻かれて即死してもおかしくない攻撃であったが、〈妖帝国〉の魔道士が錬金加工を施した〈阿修羅〉はなんとかこらえきった。

 とはいえ、息を吸った途端に咽喉にいくらか火が入り込み、肉が焼け爛れたのはまずかった。

 呼吸ができないのだ。

 まあ、気を練るために腹式の呼吸が必要な騎士と違い、気功術を使えない俺には致命的ではないが、一瞬でも脳に酸素が送られないと意識が飛ぶおそれがある。

 決着は早めにつけるべきか。

 俺は頭を抱えて、炎に包まれた場所から飛び出した。

 赤く燃え盛る炎から、無傷で飛び出してきた俺に、残った二人は仰天した。

 まさか、生きているとは思わなかったのだろう。

 確かに〈妖帝国〉の魔道士の〈火炎〉をまともに受ければ、一瞬で黒ずみがあたりまえだから、その反応には納得できる。

 ただし、この鎧が〈妖帝国〉謹製であり、俺が不死身の〈妖魔〉であるということを知らなかったのは不幸だったな。

 俺は両の掌でそれぞれの男たちの顔を掴んだ。

 終わりだ。

 力の限り引き下ろした手のひらと、そこから飛び出した十二の刃が男たちの顔をそぎ落とす。

 絶叫を上げる二人を尻目に、俺はただひとり残った魔道士を見やる。

 さすがにこいつも驚愕していた。

 それも、わからなくはない。

 今の俺の状態はまともな人間なら生きてはいないだろうという有様だからだ。

 腹に穴が一つ、背中に骨が見えそうな切り傷一つ、手の平は傷だらけ、十人分の返り血、そしてところどころ焼け焦げた鎧と守られていない部分が消し炭も同様。

 しかし、ここしばらく立て続けに死にかけたせいか、〈妖魔〉と呼ばれていた時代の物理法則に対しての不死身性を取り戻しかけていた俺だったが、それも完全とは言えない。

 昔の要領を思い出して、片っ端から傷を復元しようとするのだが、ただの傷ならともかく魔法による火傷はすぐには回復しない。

 どうやら、この世界に馴染んだシャッちんの姉の肉体(ベース)が俺の不死身性を阻害して、その特性を薄めてしまっているようだった。

 だから、こうやって立っているだけでも、わりと奇跡なのだ。

 普通になりたがっていたことが、こうやって仇になるとは思わなかったよ。

 だけどさ、まだここでは終われないんだ。

 まだ、この魔道士がいるのだから。


「……おい、貴様、なんだ?」


 魔道士は阿呆のように口を開いた。

 俺の異常な戦闘方法に、文字通りに開いた口が塞がらない状態らしかった。

 

 ゴホッゲホッグオッ


 喉が焼け爛れたせいで、何も言葉が出ない。

 呼吸もできないので、酸欠で頭がクラクラしてきた。

 かなり辛くなってきたので、早めにケリをつけようと一歩踏み出した時、またもや目の前が真っ赤に染まった。

 しかし、さっきより魔道士に近いこともあり、爆発の規模としてははるかに小さく、俺を吹き飛ばすほどの威力はなかった。

 だから、耐えきることは容易だった。

 今度は口を閉じていたので咽喉が焼かれることはない。

 二度の〈火炎〉直撃、それなのに倒れない俺を見て、魔道士はついに恐慌をきたし始めた。

 初めて恐怖というものに直面したのだろうか。

 眼が限界まで見開かれ、手が何かを押しとどめるように突き出される。

 顔面も蒼白だ。

 俺は逆に真っ黒だったが。

 ふと思いついて、シャッちんを見る。

 彼女は女の子座りをしたまま、口を押さえて泣いていた。

 滂沱の涙という。

 彼女は、一切、魔道士の方を見ていない。

〈火炎〉の業火が俺を飲み込む時も、魔道士が気持ちの悪い奇声を上げている時も、ずっと涙が滝のようにこぼれ落ちる双眸で俺を見ていた。

 脳裏に「泣かないで」と言う十三期の騎士たちの顔が浮かんだ。

 ああ、そうか。

 ……泣いている友達を見るってことは、なんて辛くて切ないのだろう。

 この耐え難い気持ちを抑えるためならば、全身全霊をかけて、どんなに惨めでも情けなくても、この戦いを終えなければならない。

 俺はちぎれそうな脚を前に進め、頬を鉄板のように焼く熱くなった兜を脱ぎ捨て、じりじりと魔道士に迫った。

 恐れを知った魔道士は振り向きもせず、逃げもできず、棒のように突っ立っている。

 子供を抱きしめるように、腕を広げた。

 シュキンと隠し刃が姿を見せる。

 俺はもう一歩だけ脚を動かし、


「シャッちんを返してもらうよ」


 むしろ、誰に対するよりも優しく声をかけて、魔道士を抱きしめた。

 無数の刃が肉を貫く気持ちの悪い感触が全身に渡り、腕の中の男が絶命するのを確認してから、俺は膝から崩れ落ちた。

 そのまま仰向けに倒れる。

 シャッちんが、俺の本名を呼んでいた。

 

 もう、誰も呼んでくれない、懐かしい、懐かしい、アクセントで……。

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