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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第六話 〈妖帝国〉の魔道士
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悪鬼羅刹の戦い

「……以上が、〈妖帝国〉の魔道士ヤンザルギ・イム・ドヰオンの調査結果です」


 ユギンは陽も昇りきらない明け方に俺の部屋に来て、夜通しかけて調べ上げた内容を報告した。

 俺の方も、一睡もすることなく、あるものの手入れに勤しんでいた。

 最近はほとんど使うことのなかったものだけに、表面にはかなりの埃がたまり、駆動部にもゴミが溜まっている。

 しかし、もともと錆びることはない魔導の品なので、乾いた革と布で拭き取れば、見た目は昔の状態にすぐに戻った。

 駆動部のゴミだけは細い串で念入りに取らなければならないのが、ちょっとだけ面倒だったが。


「要するに、〈赤鐘の王国〉での役人殺しについて、バイロンの法でも罪に問えるということか?」

「ええ。我が国と〈赤鐘の王国〉はかつて条約を締結していましたし、その中には刑事法に関するものもありました。〈赤鐘の王国〉自体は滅んでしまいましたが、まだ当時の条約は破棄されずに生きています。その条約に従えば、二つの王国内での犯罪者については、どちらの国が処分しても構わないことになっています」

「騎士警察に任せなくても?」

「それは犯罪の種類によります。ヤンザルギが犯したのは、〈赤鐘の王国〉の宮廷魔道士の一人の殺害ですから、国家に対する大罪として代官などの行政の長レベルでも処刑命令が出せます」

「宮廷魔道士の殺害だと?」

「ええ、私が手に入れた文書によれば、仕官先として選んだ〈赤鐘の王国〉で力を見せつけるために、わざと殺したのだろうとされています。さっきの様子を見る限り、かの魔道士についてはその推測で正しいものと判断できます」

「どこに行っても同じ事しかしないというわけか」

「そのようです」


 俺は抱えていた金属製の輪を手首にはめた。

 あつらえた様に、ちょうどいい。

 久しぶりだというのに、体に馴染む。


「その文書をオオタネアを通じて代官に届け、ヤンザルギの処刑命令を出させろ。執行人の名は不明で頼む」

「……まさか、貴方が代執行されるのですか。代官所の兵士の力も借りずに」

「俺一人でなんの問題もない」

「しかし……」

「急げ。今日中にはカタを付けたい」

「わかりました」


 そういうと女間者は音もなく部屋から出て行った。

 だが、俺はそんなことを気にも留めず、床に広げた敷き布の上の金属の塊たちを一つ一つ手入れをしていく。

 鋭く光る刃の一枚一枚も同様に砥石で磨き、棘の一本すら怠らない。

 ようやく朝になり、ユギンが再び部屋に戻ってきた時には、すべての準備は整っていた。

 部屋の前には、荷台を空にした馬車が繋がれている。

 その荷台に、夜なべして手入れしたものを無造作に載せる。

 この程度で壊れるものではないし、なにより、俺はこいつがあまり好きではない。

 乱暴に扱いたくもなるというものだ。


「命令書は代官所に行けば手に入るとのことです。その旨、閣下の元に連絡が届きました」

「そうか」


 俺は御者台に乗った。

 

「昼には北の出口にいる。王都守護戦楯士騎士団が、陣屋を張っていた場所だ。おまえはビブロンの代官に、ヤンザルギを逮捕するように伝えてくれ。実際に逮捕する必要はないし、立ち回りもしなくていい。あいつらを街から追い出してくれればいいから。ただし、出すのは北の出口側からだ」

「なぜ、北の出口なのですか?」

「〈妖帝国〉の魔道士は追い込まれると〈火炎〉という周囲を焼き尽くす傍迷惑な魔導を乱用する。人の出入りの多い東西の出口では、関係のないものに被害が出かねない」

「了解しました。……バーヲーさんはどうしますか?」

「彼女は奴らから離れられない。だから、特に何もしなくていい。無理に引き剥がせば、お前に対しても攻撃しかねない。それが〈支配〉をかけられた被験者の思考だ」

「わかりました。では、後ほど」


 そう言って、ユギンは森の中に消えた。

 馬車で動く俺よりもはるかに早くこの森を抜けて、ビブロンにまで達するのだ。

 間者の底知れぬ脚力といえた。


「じゃあ、行くかな」


 そして、俺は馬を走らせた。

 北の出口へと。


          ◇


 北の出口は、どの主要な街道とも繋がっていない上、何もない荒野がただ続くだけの平地しかないため、ビブロンの住民はほとんど利用しない。

 昔から北に住むわずかな農民と、切り立った崖の多い山で狩りを中心にして生活する一族が暮らしているだけで、たまにこの間の王都守護戦楯士騎士団のような軍隊が陣を張ったりする程度の場所でしかなかった。

 ただ、ポツンと整備された唯一の道からビブロンの北にある山脈を越えることで、オルベロンという街に辿り着くことができる。

 代官所の兵士に追い立てられた魔道士一行が、緊急避難のための選ぶとしたら、とりたてて不思議ではない逃げ道であった。

 もちろん、ユギンのことだから、確実に連中をここに追い込んでくるだろう。

 街の城壁の外にまで追い出してしまえば、〈火炎〉の魔導による二次被害の心配もないというものだ。

 ……俺は馬車の荷台から、例のものを下ろした。

 それは、かつて〈妖帝国〉の街ザイムで魔物の巣食う塔に特攻するために用意された、禍々しい意匠の黒い鎧だった。

 胸のあたりにある虎に似た魔物の浮き彫りがやたらと目を引く。

 所々に打ち込まれた鋲が恐ろしいほどに禍々しく、いつまでたっても中に人を閉じ込めて針と刃で貫く拷問器具を思い起こさせる。

 しかし、その防御力と秘めた危険性は俺の戦い方に相応しい代物だった。

 できることなら二度と纏いたくない、凶器の装甲なのだが……。

 まず、服を脱ぎ、代わりに破れにくい木綿の鎧下を纏う。

 それから、足首をベルトで固定するブーツを履く。つま先と踵が金属で出来ており、くるぶしには牛の角のような棘が付いている。

 次は、脛を護る柔らかく壊れにくい陶器のようなシンガードと一体成型の輪のような金属を幾つも連ねて組み上げた脚鎧を付ける。ゴテゴテしているわりに、プラスチックのように軽いのは魔導による錬金加工がされているからだ。

 もっとも、他の金属部分もほとんど錬金加工されているので、装重量は合わせて二貫(約七キロ)ほどだ。

 腰と腹を護るための胴巻きをつけると、やや腹が圧迫される。ただ、胴巻きは前垂れで股間を保護する必要がある上、唯一の携帯武装であるナイフをつけるフックもついているので外すわけには行かない。

 脚と同様に輪をつなげて筒となした腕鎧をはめ、肩、脇、首にベルトを通して固定する。

 逆の腕も同様に固める。

 そうすると、全身が派手に突っ張られ、胸筋が突き出される。

 そうなって初めて、虎に似た魔物の浮き彫りがついた胸鎧と背負う背嚢が流暢に取り付けられる。

 だが、これにより、上半身の動きが固くなり、いつもみたいな滑らかさは失われるが、どうということはない。

 今日の戦いにそんなものは不要だから。

 手首までを覆う最もドス黒い篭手を装着し、五指を模した金属の筒に指の先までも突っ込む。

 久しぶりだが、関節部の動きは昔と同じで非常に滑らかだった。

 多少力を入れて、掌の「例の機能」を試す。


 シュキン


 まったく問題がない。

 昔よりも俺の肉体が強くなっていることも、自在に操れるようになった理由のひとつだろうか。

 しかし、十年近く手入れもしていなかったのに、〈妖帝国〉の謹製の品は丈夫で長持ちだな。ある意味安心できるぜ。

 足元の枝に向けて「例の機能」を振るって見る。

 なんなく断ち切れた。

 切れ味もそのままか。

 俺はこれで準備が完成したことを理解した。

 あとは白磁の仮面のついた兜を被るだけだ。

 荷車はそのままで、馬とともに少し離れた高台に登り、遠眼鏡で北の出口を見ると、街中に青い狼煙が上がっているのが見えた。

 西方鎮守聖士女騎士団の旗印の色だ。

 ユギンが上げたものかはわからないが、街の中での作戦は成功したらしい。

 もう少しで、あの魔道士どもとシャッちんがこちらに向かってやってくる。

 そっと自分を傷つけないように口元に手をやる。

 もう笑ってはいない。

 あれから半日は経っている。

 怒りを隠す必要はなくなったのだ。

 ほとんど閉じられていた北の出口がかすかに開き、中から数人が現れた。

 移動のための馬も手に入れられずに、ほおほおの体で逃げ出してきたのだろう。

 ただ、〈火炎〉はまだ使っていないようで、街の中に火の手がたった様子はない。

 代官所の兵士たちがうまくやってくれたのだろうか。

 この事件で、魔道士たち以外に傷つく人がでることを、俺は望まない。

 街から二十町(約2.2キロ)ほど離れた路上に、俺が目につくように繋いでおいた荷車を発見したのか、数人が群がるように走り出す。

 ただ、魔道士とシャッちんらしい二人だけは早足とは言え歩いたままだ。

 やってくるのは、護衛の猿どもだけ。

 もっとも荷車だけで、馬が繋いでいないことを知ると、地団駄踏んで悔しがっているようだったが。

 ようやくやってきた魔道士に状況を伝えると、数人が近くの林の中に入っていった。

 どうやら、荷車の持ち主が馬を連れて水飲み場にでもいっていると判断したらしい。

 普通なら、金を出して買い取ろうとするところだが、魔道士は「殺して奪い取れ」という指示を出していた。

 シャッちんが止めようとするが、またも殴られて何もできない。

 無辜の民に対する強盗の真似事を、騎士が止められないなんて、そんな悔しいことがあってたまるか。

 でも、それ以上はシャッちんはしない。

 ただただ、地面に座り込み様子を眺めているだけ。


 ……いい加減にしろよ、おまえ


 ……なんて顔をしているんだよ、おまえ


 ……僕をがっかりさせんなよ、おまえ


 俺は馬を操って、〈妖帝国〉の魔道士ヤンザルギ・イム・ドヰオンたちの前に降り立った。

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