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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第六話 〈妖帝国〉の魔道士
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〈支配〉と魔導騎士

「久しぶりだな、シャツォン・バーヲー」


 もう十年経った。

 あの時、俺より少し上だった彼女ももう二十代も後半だ。

 シャッちんと呼んでいい年頃ではない。


「もう、シャッちんとは呼ばないのか?」

「お互い、そんな歳ではないだろ」

「貴様はほとんど変わっていないがな。あの時よりも二歳ぐらい老けたようにしか見えないぞ」

「まあ、〈妖魔〉だし」

「……そうだな。貴様は〈妖魔〉だったな」


 身振りで座るように促すと、俺はシャッちんの対面に座った。

 俺の背後にハカリとユギンが立つ。

 とは言っても、ハカリは仮面をつけたままのユギンを警戒して隣には行こうとしない。

 普段は同僚として同じ建物で働いているのに。


「……どうして、ここに?」

「宿屋にいたら、貴様のところの間者が声をかけてきた。セスシス・ハーレイシーをご存知ですかと。その名前は知らなかったが、写真を見せてもらってすぐにわかった。聖一郎だとな。あとは、ついてくるだけだ」

「疑わなかったのかよ」

「別に。私も腕が立つからな。よほどのことがない限り問題ないよ」

「ツエフの魔導騎士は伊達ではないか」

「……ああ、そうだ」


 ツエフの名前を聞いたとき、苦しそうな顔になったのはなんなんだ。

 こいつは祖国を愛していたから、〈妖帝国〉が滅亡したことをいまだ消化しきれていないのか。

 それとも別の理由があるのか。


「だが、よくザイムから逃げ切れたな。あそこは〈手長〉と〈脚長〉に完全に入り込まれていただろう。俺たちが別れた時にだって、あの広場に十匹はいたはずだ。さすがだな。さっき顔を見たとき目を疑ったよ」

「あのあと、広場だけでなく、いろいろな場所で魔道士どもが〈火炎〉を使いまくってな。街中が火の海になった。そうなると戦いどころではなくて、住民も魔物も阿鼻叫喚の中を逃げまくって幕引きだ。私も命からがら抜けだして、しばらく知り合いのところに身を寄せようとしたら、今度は〈雷霧〉の大発生だよ。情報もなく、どうすればいいかもわからず、ただ西に西に落ち延びていくだけだった。今となっては、あの日のザイムからずっとさまよい続けている気がする。ずっとだ」


 シャッちんの顔には拭いきれない疲労の翳が差していた。

 自嘲的な物言いも、唇をはねあげるような皮肉な笑みも、昔の彼女にはなかったものだ。

 オオタネアまでとはいかなくても、エイミーぐらいには自信に満ちた騎士だったのに。

 十年近い彷徨が彼女をここまで打ちのめし、別人かと思わせるような変貌をさせてしまったのかと思うと、バイロンで匿われていた俺は幸せな部類だったのだと痛感できた。

 同情を偽善と嫌う者がいる。

 だが、同じ境遇を生き少しだけ早く楽になったものが、まだ辛い目にあっているものを気遣うことは別にいいではないか。

 そんなこともできずに、ただ見つめることが正しいのか。

 だから、偽善だろうがなんだろうが、俺はシャッちんに同情した。

 懐かしい旧友の不運を慮った。


「……貴様が〈ユニコーンの少年騎士〉なのか?」

「知っているのか?」

「ああ、噂ぐらいはな。そのおかげでバイロンが十年近く大方の国土を維持しているということも知っている。ツエフにも数頭のユニコーンが棲む森があったから、もしかしたら、なんとかなったかもしれないと思うと、ただ歯がゆいがな。だが、貴様がここにいるということは知らなかったぞ」

「俺のことは結構機密でね。周囲にはただの警護役として通している。実際には教導騎士として騎士たちにユニコーンの乗り方の指導をしている」

「……ふん、ではヤンザルギの見立てはさほど間違っていなかったということか」

「ヤンザルギとは?」

「私が護衛をしている魔道士だよ。……むしろ、ご主人様というところだがな」


 またも自嘲的な物言い。

 しかも、今度は言葉にこめられたあまりの冷たさに俺が凍りつくぐらいの。


「……ご主人様とは、どういうことだ。シャツォンはあいつに剣を捧げたりしたのか」


 つまり、騎士として主君に選んだのか、という意味だ。

 少なくとも俺の知る彼女が剣を捧げそうな相手には見えなかった。あれは間違いなく悪党で、しかも騎士の誇りなど気にもとめない奴だ。あの誇り高いシャッちんならば唾棄すべき対象のはずだ。


「いいや、〈白珠の帝国〉以外に私が剣を捧げたことはない。十何年も彷徨っていてもな。だが、例え嫌な相手でも全力で守らなければならない場合というものがある。……貴様だって体験しているだろう? 貴様の場合はすぐに無効化されたみたいだが、私にはそんな都合のいい力はない」

「まさか……」

「その、まさかで合っている」

「……あいつに〈支配〉をかけられたのか?」

「ああ」


 ハカリの息を呑む声が聞こえた。

 なぜなら、魔道士にとって人に対する〈支配〉の使用は原則として禁忌(タブー)とされているからだ。例外的に許される場合もあるが、それにはある程度の権限をもつ首長などの許可が必要となる。

 被験者を完全に奴隷化することができることから、戦場においても多用されることがあるが、それとて人倫にもとる行為として非難されがちである。

 同じ魔道士として、ハカリにとっては許せない行為なのだろう。

 だが、そんなことはどうでもいい。


「それは……本当なのか?」

「ああ、嘘はつかん。……ふっ、お笑いだな。同じ帝国の出身者ということで久闊を叙そうとしたら、いきなり〈支配〉の魔導をかけられて、そのまま奴隷扱いだよ。私たちが民度が低いと蔑んでいた他国の人々のほうが、よっぽどまともだとわかったのは皮肉だったな」


〈支配〉を受けると、自己の意思の決定に不可思議なノイズが走るようになる。

 俺の経験で言うと、例えば右と左のどちらかの道を選ぼうとするとき、「ご主人様がいる方へ」という第三の選択肢が浮かんでくるという感じだ。

 だが、絶対的な選択の自由を奪われるわけではなく、さっきの例で言えば、左右のどちらかをなお選ぶことができる。

 しかし、左右を選んだ場合には、「ご主人様に申し訳ないことをしてしまった」という罪悪感が湧いてきてたまらない気分になる。

 つまり、完璧な精神支配というよりも思考誘導という魔導なのだが、それが常に自分の考えに影響を与え続けるとなるとかなり辛い。

 最初はともかく、そのうちに考えるのが面倒になり、「ご主人様」のために動くことのみになっていくのである。

 これが〈支配〉の面倒なところだ。

 少なくとも自分で何をするかを選ぶことはしているので、強制されている訳ではないことから、ストレスがかかりにくいのである。

 だからこそ、厄介なのだが。


「……シャッちん」

「その名で呼ばないと言っていたのは貴様だろ。やめてくれ。昔を思い出すから」

「……ああ」


 その時、ユギンが口を挟んできた。

 俺では質問役として不適当と判断したのだろう。


「そのヤンザルギという魔道士は、本当に〈妖帝国〉のものなのですか」

「……〈妖帝国〉という言い方は気に入らないな。もう無くなってしまったが、私のただ一つの故郷なんだ」

「……すみません」

「いいよ、別に。ヤンザルギは確かにうちの出身者だ。聖一郎のいたザイムにも一時期住んでいたことがある。その時に知り合った。腕も確かだし、攻撃的な魔導も使いこなせるなかなかの術者だ」

「では、なぜ、今頃になってこのあたりにやってきたのですか? 目的が不明なため、私どもの団長がそれを気にかけています」

「西方鎮守聖士女騎士団のオオタネア将軍か。やり手だと聞いている。その質問はもっともだと思う。確かに、〈白珠の帝国〉産の魔道士といえば、ある意味特殊だから、その動向を気に掛けるというのはあたりまえの考えだ。……まあ、一言で言えば奴の目的は仕官先を見つけることだ」

「仕官? うちの騎士団に召抱えてもらいたがっているのですか?」

「ああ。西方鎮守聖士女騎士団は対〈雷霧〉のための部隊なんだろ。となると、〈雷霧〉対策に優秀な魔道士の協力が必要なのではないか、〈帝国〉の魔道士なら優秀さは折り紙つきだから、きっと雇ってもらえるだろう。とまあ、こういう考えを辿っているらしい」

「ですが、それらしい行動をした様子はありませんが」

「声をかけられるのを待っているんだよ。自分から売り込みに行くなんて考えもしない。優秀な自分のために相手が礼を尽くして頭を下げて迎えに来ると思い込んでいるんだ。選良気取りらしい考えだ」


 正直なところ、魔道士の助力は欲しいが、うちの構成上、得体の知れない男を雇うことはできない。

 しかも、あんな信用できない相手を。

 シャッちんに〈支配〉をかけて奴隷にするような相手を。

 

「しかし、変ですね。〈白珠の帝国〉がなくなって十年。貴方が各地を放浪していたことはわかりましたが、あの魔道士もそうなのですか? 一度も他で仕官しようとはしなかったのでしょうか」

「……それはわからない。ただ〈赤鐘の王国〉で役人を殺してお尋ね者になっていた凶状持ちだということは、古い取り巻きから聞いたことがある。私見だが、おそらく色々な場所で騒ぎを起こしまくっていたのだろうよ。それで、ついに仕官することで逃れようとしているんじゃないのかな」

「〈赤鐘の王国〉で、ですか……」


 そう言うと、シャッちんは立ち上がった。


「そろそろ、お暇させてもらうよ。こう見えても、奴の護衛でね。いつまでも離れてはいられない」

「……そうなのか」

「ああ、そうだ」


 俺は彼女を扉まで見送ろうとした。

 だが、片手で制される。


「おそらく奴の仕官など到底かなわないだろう。あと少ししたら、きっと我々はここを出ていく。そうすれば貴様とは二度と会うこともない。だから、あまり親しげな行動をとるな」

「見送りぐらい……いいじゃないか」

「それぐらいすら、私は嫌なんだよ」

「シャッちん……」

「だから、それもやめろっ!」


 シャッちんは聞いたことのないようなヒステリックさで声を荒げた。

〈妖帝国〉の魔導騎士ではなく、ただの市井の女のようだった。

 俺は何も言えない。


「……大声を出して、悪かった。貴様に会ったのは失敗だったよ。……姉さまと、昔のことを思い出してしまったからな」

「……すまない」

「謝るな。……それに、もう僕というのは止めたんだな」

「あ、う、うん」

「見た目はあまり変わらないのに、中身は大人の男になったんだ。見違えたよ」

「……ありがとう」


 そう言うと、シャッちんはもう二度と振り向こうともせずに、扉を抜けて出て行った。

 また、さよならも言えずに終わるのか。

 扉が閉まると、すべてが終わったような気がした。


「……教導騎士。あのヤンザルギなるものについて、代官所から騎士団に相談が来ていることをご存知ですか」

「知らん。俺には関係がない」

「ビブロンの代官としては、これ以上、あの魔道士に街内をうろつかれるのは迷惑だと考えているようです。したがって、騎士団の武力による排除か追放を期待されているようです」

「さっきのを聞いていただろ。仕官の見込みがなければ、あいつらはすぐにここを出て行くよ。いっそのこと、直接、こっちから使者を出して見込みがないことをつたえてみたらどうだ」


 俺が投げやりに言うと、ユギンは少し時間をかけて、こう言った。


「……あなたが、あの騎士への連中の扱いを見ても放っておけとまだ言えるのなら、それで構わないのですが」

「どういう意味だよ、それは?」


 目だけを動かして、ユギンを見る。

 とてつもなく不愉快な予感がした。


「―――あなたが、彼女の後をつけてみればすぐにわかるでしょう」

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