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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第一話 西方鎮守聖士女騎士団
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一角聖獣と語るもの

 俺の住処として用意されていたのは、騎士団の寄宿舎から少し離れた一軒家だった。

 他の建物と違って、外壁などの木材が新しく、漆喰なども妙に綺麗だ。

 つまり、わざわざ俺のために建築したか、立て直したかのどちらかなのだろう。

 今まで棲んでいたユニコーンの森の小屋に比べれば、はるかに住みやすそうな物件といえた。


「……騎士ハーレイシー。あとで、あなたのお付きとなるものを寄越しますので、それまで宿舎でお寛ぎください」

「いや、俺はあいつらのところに顔を出すよ。何頭かは、ここが初めてというのがいるから、不安がっているかもしれないからさ」

「わかりました。では、お付きの者は日暮れ時に寄越します。できたら、それまでには、戻っていてください」

「わかった。道案内、助かったよ」


 そう言って、騎士アラナ・ボンはいなくなった。

 大人しく真面目そうに見えるが、警護役の三人組が言うには、実際のところかなりの凄腕騎士だということだ。

 加えて、奴ら曰く、「豹変する」タイプらしい。

 どういうことかはわからないが、第一印象がそのまま通用するとは限らないということだけは理解できた。

 それは、この騎士団にいる連中、全てがそうだろう。

 現在のところ、俺が知っているのは、オオタネア・ザン将軍と三人組、そして騎士アラナだけだが、その五人だけで、全て外見と中身が一致していない。

 すると、他の面子も推して知るべきというところか。

 俺は、騎士団の寄宿舎の逆、俺の離れの別宅の目の前にある柵で囲まれた馬場に足を踏み入れた。

 かなりの広さがある。

 丈の高い木々に囲まれて、外からの侵入は容易ではない上、必要な施設は寄宿舎とサイロめいた石造りの建物、そして馬小屋代わりの東屋がある程度の殺風景な場所だったが、騎馬の訓練をするためには充分なレベルといえた。

 それに、ここからはわからないが、奥の方にはちょっとした小川とそこに繋がる湖があり、もう少し小ぶりな空き地もあるらしい。

 確かにいい場所だ。

 普通の乗馬訓練をするならば、だが。

 俺はざっと周囲を見渡して、おそらくあそこだなと目星をつけた空間に向けて手をかざした。


「出てこいよ」


 すると、漣一つない静謐な湖面が、わずかな風で揺らぎ乱れたように、何もない空間に広い範囲で歪みが生じ、次の瞬間にはユニコーンたちが姿を現した。

 俺が連れてきた三十五頭に、もともとここにいた八頭を加えた、総勢四十三頭。

 この大陸において、騎馬として人の乗り手を受け入れることができるユニコーンのおよそ三分の一がここに揃っていることになる。

 これだけの並外れた巨躯の四足生物が並ぶと、さすがに壮観だった。

 一頭一頭が、まるで宝石のように美麗で均整のとれた聖物であるだけに、まるで巨大な絵画のような趣きさえ感じさせる。

 とは言っても、見慣れてしまった上に実態を良く知っている俺にとっては、ただの穀潰し共の集合体でしかなかったが。


「おいこら、おまえら。さっきはよくも俺を見捨てて先に行きやがったな。三十五頭もいるくせに、一頭も残ってやろうという素振りも見せなかったのはどういうつもりだ」


 すると、その中の一頭がかったるそうに俺の方にやってきた。

 個体名として俺が認識しているのは、「アー」。

 ユニコーンの群体の中でもっとも俺と親しい、ある意味での親友である。

 逆に言えば、もっとも俺に対して横柄かつ図々しい奴であった。


《どうしてそんなに怒りの感情を剥き出しにしているんだ、人の仔よ》


 普段は意味もないのにただの馬の真似をして嘶いたりしているくせに、俺しかいないとなると面倒くさがって、こういう風に頭蓋骨の中に直接響く〈念話〉を使おうとする。

 ユニコーンというか、聖獣一般の使う〈念話〉は人間の魔導師の使うものと違い、頭の奥に違和感を残し、頭痛を起こさせないという特徴がある。

 だから、別に何時間話していても平気なのだが、こちらからの〈念話〉はほぼ通じないので、発信のためには俺だけが声を出すことになる。

 傍から見れば、ちょっとダメな人か独り遊びの好きな奴にしかみえないのが欠点だ。


「俺を見捨てて先にいったことについて、弁明する機会を与えてやっているだけだ」

《おや、どうしたというのだ。何を言っているのだ。君はあの(おす)たちのケツを狙っていたのではないのか。一方の我らは、我ら好みの処女(おとめ)の見事なお尻と太腿に耽溺していただけだ。それを責められるとは……。処女よりも牡を選んだ君にとやかく言われるなど、おかしくはないかな》

「別に俺はあの三人組の尻を狙っていたわけじゃねえ」

《これだから人の仔は……。処女の尻と胸と太腿よりも優先する何かがあるなんて、しかもそれが牡のケツだとは……。なんと、嘆かわしい》

「うるせえ、この助平馬。だからといって、俺を置いてさっさとトンズラこくなんて、どういう了見なんだよ」

《君も知っているだろうに。我らにとって最も至高で至上なのは、処女(おとめ)の尻と胸!例え、永遠(とわ)の友誼を誓った君であっても、処女(おとめ)の尻と胸と太腿と比較すれば、バカバカしいくらいの差があるのだよ》


 ……こいつら、いつもこんなことばかり言っているんだぜ。

 しかも、ユニコーンという種族に属する連中のほとんど全てが、こんな感じなのだ。

 俺とよほどの高位の魔導師以外は、ユニコーンと〈念話〉をすることができないので、その実態についてほとんど知られていないが、数年以上世話役をやってきた関係上、俺はこいつらの性質について知り抜いていた。

 こいつらは、絵画や彫刻の如き美しい生物などともてはやされてはいるが、現実には「処女(おとめ)の尻と胸と太腿が大好き」と公言してはばからない酒場のエロ親父程度の連中なのである。

 いや、まだ親父どもはわかりやすい下品さでいっぱい程度だが、ユニコーンたちはやはり人外生物でもあることから、まるで魚とする猥談のような無機質さがあり、生々しさのかけらもない点にげんなりせざるを得ない。

 確かにセクシーな生き物であり、官能的な魅力に溢れている聖獣なのだ。

 しかし、話す内容の七割ぐらいが「処女(おとめ)の尻と胸と太腿」という友達と常時付き合う奴の身になってくれ。

 ちなみに、それは俺のことだぜ。


「うるせえ、ちょっと黙れ、アー」

《希望通りに弁明したというのに、人の仔というものは気まぐれなものだ。あと、君に伝えたいことがある》

「……なんだよ」

《君の後ろ、全速力で走って十秒というところに、一人の処女がやってきている。我らとの面識のない処女だ。この馬場に入れてしまってよいのかね》


 慌てて振り向くと、確かに馬場を囲むために設けられた木の柵の向こう側に、一人分の人影が見えた。

 まだ、こちらには気がついていないとは思うが、まっすぐにこちらに向かってくる。


《経験則上、我らの姿は騎士団のもの以外には軽々しく見せるものではないと思うが、どうするね。まあ、君はさっき早々にそのルールを破った訳だが。……今回もそうするかい》


 腹が立つことにこいつの言うとおりだ。

 さっきは軽々に三人組の前で結界を解かせてしまったが、本来なら、部外者にユニコーンの姿を見せることは避けるべきとされている。

 あの人影―――助平ユニコーンの見立てでは処女―――がどういう人間かはわからないが、とりあえず追い払っておくか。

 もし、騎士団所属の騎士ならば挨拶も兼ねてということになるが。

 そこで、俺はアーに指示を出した。


「おい、〈念話〉でシチャーに伝えて、群れを奥の小屋に向かわせろ。おまえは結界を張って、俺の後ろに隠れていろ。いざということもある」

《君は心配性だな。絶対に大丈夫だよ、何も起きない》

「……なんで言い切れる?」

《処女に悪人はいないよ!》


 ……俺は黙って、例の人影の方に向かった。

 脳みそがピンク色した駄馬に付き合っていられるかい!

 近づいてみると、かなり小柄な相手でどう見てもやはり女の子のようだった。

 木の柵によいしょっと手をかけると、こちらに乗り出そうとする。

 俺は慌てて声をかけた。


「おい、ここは立ち入り禁止だぞ」


 一言で言えば、目を引く少女だった。

 さっきの騎士アラナと同じスモックとズボンを着ているが、まだ慣れてはいないようで似合ってはいない。

 影のように黒々とした髪、繊細なつくりの造形をもった顔貌と黒目がちの大きな瞳、健康的で溌剌とした印象は日焼けした肌のせいだろう。

 一目見たら忘れられないような雰囲気を持つ美しい少女であった。

 少女は、俺を見るなり慌てて言った。


「え、ちょっと待ってください。ここは男子禁制ですよ。……なんで男の人が。……もしかして、あなた、変質者ですか!」


 うん、変質者呼ばわりは初めてだ。

 というか、この世界にも変質者という概念があったのか。

 だが、ここでうんという訳にもいかず(事実、変質者ではないし)、俺は首を横にふって否定した。


「俺はここの教導騎士だよ」


 オオタネア将軍に任命された地位をそのまま名乗る。

 未だその扱いに納得したわけではないが、すでにここまで来てしまった以上、逃げ出すわけには行かない。

 それに、逃げ出して行くあても俺にはないしな。


「え、で、でも、ここは……」

「確かに、ここは西方鎮守聖士女騎士団の駐屯地だ。つまりはユニコーンの乗り手の基地だ。そして、ユニコーンが男と大人の女を嫌うことは俺もよく知っている」

「だったら……」

「……悪いが、俺は例外なのさ。聞いたことがないか、バウマンでただひとりだけユニコーンと会話ができると言われている子供がいるって」


 少女は顎に手を当てて考え出した。

 どうやら聞き覚えぐらいはあるようだ。

 見た感じでは、それなりの教育を受けられる階級の出身のようだし、噂でも聞いたことぐらいはあるだろう。

 少なくとも、王都では新聞記事になるぐらいに有名な話だったようだからな。


「明日ぐらいに紹介されると思うが、俺は、セスシス・ハーレイシー。一角聖獣(ユニコーン)を乗りこなさせるために、王都の奥にある聖獣の森から招聘されてきた。よろしくな」

「わ、私は、タナ・ユーカーです。西方鎮守聖士女騎士団に配属された騎士であります。教導騎士殿」

「堅苦しくしなくていいぜ。はっきり言えば、俺は森育ちでな。あまりこっちの礼儀とかは気にしない(たち)なんだ」

「そうもいきません!」

「じゃあ、そのうちに慣れてくれ。このことは他の仲間達にも伝えておいてくれると助かる」

「は、はい、わかりました」

「……じゃあな、騎士タナ。俺はユニコーンたちの世話に戻らなくちゃならんから、そろそろ行くぞ。あと、今日いっぱい、おまえらはこの中には立ち入り禁止だから入るんじゃないぞ」

「す、すみませんでした」


 俺は薬が効きすぎたかなと、ちょっと反省しながら、少女―――タナ・ユーカーというらしい―――の傍から離れた。

 その最中、ちょっと足がぶるぶる震えているのを感じた。

 正直な話、彼女ぐらいの年頃の女の子と口をきくのは十年ぶりぐらいだったからだ。

 しかも、それはまだ若かった頃のオオタネア将軍であった。

 それぐらい久しぶりに同年代と会話すると、もう覚えていないぐらいのストレスが一気にのしかかってくる感じだった。

 もともと、あまり女の子には縁のない半生を送っていたということもあったし、長いあいだ、ユニコーンどもと暮らしすぎていた反動なのだろう。

 最後までまともに会話ができたことすら、僥倖のような気がする。


《人の仔よ、我は喉が渇いたよ》


 さっきまで結界の中に隠れていたユニコーンのアーが顔を出してきた。

 まっさきに自分の希望を主張するところが、非常に腹立たしい。


「勝手に行けばいいだろう」

《俺の後ろに隠れていろと言ったのは、君ではないか。君の指示なくして動くことはできない》


 この辺は、本当に律儀なんだよな。

 あと、俺のことを隠れて護っていてくれたということもあるんだろうな。

 そのぐらいは俺でもわかる。

 長い付き合いだし。

 少しだけ、しんみりしてしまった。


《ときに、人の仔よ》

「……なんだ」

《今の処女は見目麗しく、太腿むちむちで素晴らしかったな》


 ……俺のしんみりを返してくれよ。

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