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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第六話 〈妖帝国〉の魔道士
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懐かしき人よ

 だが、ザイムの反攻作戦が成功することはなかった。

 というよりも、実際には決行されなかったのだ。

 なぜなら、深夜、難攻不落だった西の大門が魔物の軍勢に突破されてしまったからだ。

 その日の明け方、朝駆けとして魔導によって物見の塔の袂に送り込まれる予定だった俺は、例の趣味の悪い鎧と爆薬みたいな水晶球とともに、移動用の三角錐の中にいた。

 どうやら、この世界には魔法円(マジックサークル)のようなものはなく、このような三角錐や四角錐の枠組みに魔力のこもった文字を配置することで行われているらしいのである。

 その後十年以上、この世界にいるが、このような儀式魔導が行われた現場に立ち入ったことがないので、まったくわからないのであるが。

 短距離を〈跳躍〉させるため、大門から少し離れた広場に設えられた三角錐の周囲には十人ほどの魔道士が準備をしていた。

 灯りが使えないため、わずかな月の光だけで行う作業は遅々として進まなかったが、とにもかくにも時間までには終了した。

 仕切り役は、小太りの魔道士。

 喋る速度が遅くて指示内容を聞くのが、はてしなく面倒くさい奴だった。

 ただ優秀らしいことはその内容の端々でわかるのではあるが。

 ただ、いつも傍にいたシャッちんが、部下たちとともに大門からの出撃の準備をしていて、ここにいないことが俺にとっては不安材料ではあった。

 彼女たちの仕事は、俺の特攻が成功したら、そのまま外にうって出て、塔を完全に奪回することだった。

 二度と頂上からの狙撃のような真似をさせないためにである。

 この時点で、狙撃によるザイムの死者は千人を越えていたことが、この作戦を強行しなければならない理由だった。

 正直言って、俺のことを奴隷としか思っていない魔道士どもに顎でこき使われ、死んで来いと指図されるのは腹が立つが、ただそれだけのことだ。

 当時の俺は、はっきり言って死にたがっていたし、反抗するほどの元気も持っていなかった。

 ただ、爆弾を背負って突撃して死ぬということに、どうにも例えようもない興奮を覚えていたことだけを覚えている。

 死にに行く時、花火が起きるのだ、と。

 まだ太陽も登っていないときに、白い炎が天頂に輝くのだ。

 作戦のことを知っている住人たちは、皆それを観ることだろう。

 そして、もしかしたら、その輝きが生まれ育って、もう帰ることもない世界にまで届くかしれない。

 父や母、いたかもしれない兄弟姉妹が、それに気づいてくれるかもしれない。

 死体の一部も残らないだろう死に様にも、それでいいなと思える精神状態だった。


「よし、そろそろ行こう」

「ちょっと待て、〈妖魔〉!。 今から〈遠隔移動〉の飛ばす先の設定を開始するのだ。目的地は目と鼻の先であるし、すぐに終わるから少し待て」

「おーい、いくらなんでも時間かかりすぎじゃないのかよ」

「黙っていろいっ! こっちだって色々と忙しいのであるから。いつ、塔の上から狙われるかだってわからないのに必死に頑張っているのだよ。悟れっ!」


 仕切り役の魔道士が声を荒げた時、大門の方がいきなり朝になったように明るくなった。

 一瞬、何がなんだかわからなかったが、どうやら火の手が上がったらしいということだけはわかった。

 下っ端の魔道士が仕切り役に訊ねる。


「火事でしょうか?」

「わからぬ。しかし、まだ作戦は始まっていないからおとなしくしておけと、門の前の騎士どもに伝えろ。下手に騒ぎを起こして、魔物どもを刺激するわけには行かぬのだ」

「はい」


 仕切り役の指示に従い、一人の魔道士が駆け出して、大通りを行こうとすると、その身体がいきなりばたっと地に伏した。

 魔道士たちは訳が分からず途方にくれる。

 だが、俺の目にはわかった。

 さっきの魔道士は、どこからか飛来した矢によって殺害されたのだと。

 そして、今のこの状況のザイムにおいて、矢で射抜かれるということは、塔からの攻撃の可能性が高い。

 あわててしゃがみこもうとしたが、そこでふと気がついたことがある。

 この広場は灯りがないので暗く、塔からのあれほどの高精度な射撃を受ける場所ではなかったはずであると。

 それなのに、伝令役になった魔道士は野良犬のように一発で撃ち殺された。

 どういうことだ?


 グォォォォォォォォ!


 突然、聞いたこともない奇怪な音が周囲に響き渡る。

 首を回してみると、広場のハズレに蠢く何かの影。

 最初は兵士の一人かと思ったが、あの大きさは異常だった。

 だいたい十尺(3メートル)はあろうかという巨体だった。

 しかも、異常なほどに腕が長い。

 身長と同じぐらいはあるだろう。

 それがわらわらと広場に侵入してくる。

 十匹ぐらいはいただろうか。

 魔道士たちは凍りついた。

 ついに街の中に魔物の侵入を許してしまったという事実を悟ったのだ。

 だが、所詮は事務仕事というか研究職。

 荒事に立ち向かうには肝が足りない。

 近づいてくる魔物から逃げ出すこともできない。

 俺は、懐に仕舞っておいた水晶球を取り出した。

 いざとなったら、あの魔物どもの群れと一緒に爆発するつもりだった。

 三角錐の中からも出る気がなかった。

 ちょっと変わった墓標の代わりになるかな、等とつまらないことを考えていた。

 まったく動こうとしない俺たちに、のっしのっしと魔物が近寄ってきた。

 小太りの仕切り役は、なにかを止めるかのように手を突き出したが、進撃が止まるはずもない。

 魔物が手にしていた巨大な大剣が唸りをあげて襲いかかると、あっけなく仕切り役の首が宙に舞った。

 俺は水晶球を両手に持って、一点差で最終回無死満塁のピッチャーのように魔物どもを睨みつける。

 おまえは死にたいのか、晴石聖一郎。

 そんな訳はない。

 おまえは戦いたいのか、晴石聖一郎。

 いや、無理。

 おまえは逃げたいのか、晴石聖一郎。

 もっと、無理。

 だって、聞こえるんだよ。

 あの魔物たちが街の住居に押し入って、ただの住民を惨殺する音が。

 助けを求める人々の悲鳴が。

 子供を救おうとする母親の声が。

 母親を求める子の叫びが。

 ……俺は水晶球を小脇に抱え込んだ。

 ギリギリまで離さないように、首が吹っ飛んでも突っ込めるように、魔物どもの群れの中心まで落とさないように。

 俺は、三角錐の中で走り出す準備を終えた。


「じゃあ、行くか」


 俺が最後の覚悟のための息を吸った時、


「―――聖一郎、逃げろっ!」


 誰かが叫んだ。

 次の瞬間、三角錐の全ての面が光り輝き、白い光条を発する。

 夜の帳も引き裂く煌き。

 それが何かはすぐにわかった。

 魔導の力の発現だ。

 三角錐の秘めた魔導の力がその効力を発揮したのだ。

 それはどういうことか。

〈遠隔移動〉の魔導発現。

 俺はどこか遠くへと飛ばされることになる。

 確か、まだ目的地は定まっていないと、死んだ仕切り役は言っていたな。

 どこに飛ぶかはわからないが、少なくとも別れなくてはいけなくなるらしいことだけはわかった。

 三角錐の端に立って、魔導起動のための符を握るシャツォン・バーヲーと。


「シャッちんっ!」

「達者でな、聖一郎。そして、姉さま」


 最後に見えたのは、シャッちんの覚悟を決めた横顔だけ。

 その先にいるのは、十匹以上の魔物の群れ。

 このまま、ここに残れば彼女は絶対に助からない。

 俺は手を伸ばそうとした。

 だが、差し伸べた手は三角錐の発する光の中に飲み込まれていく。

 なんの手応えもない。

 光はそのまま俺の手を、肩を、足を、包み込んで消していき、そしてすべての目に映る景色が白にかき消された。

 こちらを向いてもくれない、シャッちんの姿とともに。


 それからしばらくして、俺が目を覚ましたのは、〈妖帝国〉から遠く離れた〈赤鐘の王国〉の領地だった。

 俺の手元に残ったのは、三つの水晶球と拷問器具のような鎧。

 たったそれだけであった。

 

        ◇


「……記憶は回復できましたか?」


 ハカリの声が俺を覚醒させる。

 少し二日酔いじみた不快感はあるが、それでも必要なことは思い出せていた。

 要するに、俺の頭の中にあるシャツォン・バーヲーの記憶と、さっきの一行の中にいた女のすり合わせだ。

 十年という歳月による変化は認められるが、間違いなく同一人物であると断定できた。

 魔導法則に耐性のある俺に受け入れさせるため、本来ならば、被験者を廃人にしてしまうぐらいの無理をしたハカリは相当焦った顔をしている。

 俺が望んだものとはいえ、騎士団の連中にバレたら大目玉レベルの無茶な魔導の使い方だったからだ。

 記憶を戻させるために、〈睡眠〉させて強制的に夢を見させ、無理やりに覚醒させた意識を遡及させるなんてまともなやりかたではない。

 ヘタをすればそのまま眠りの底から戻ってこないかもしれないのである。

 しかし、俺にはそのぐらいの荒療治が必要だった。

 忘れかけていた過去と向き合うために。


「なんとかな。無理を言って悪かった」

「いえ、最初〈睡眠〉が弾かれたときはびっくりしましたけど、うまくいったのならなによりです」

「……どれぐらい時間をかけたんだ?」

「まだ、半刻(三十分)ぐらいです」

「なんだ、意外と簡単だな」


 俺は立ち上がる。

 休憩のために借りた宿屋の一室で、俺は背伸びをした。

 どうやら、多少フラフラするが体調は悪くない。

 この調子なら、彼女に会って話をするぐらいならできるか。

 

「どこに行くんですか?」


 ハカリが声をかけてきた。

 俺を気遣ってくれているのか、やや顔色が悪い。


「さっきの連中の中に普通の格好の奴がいただろう。背中に剣を背負っている女。あいつ、知り合いなんだ。ちょっと話を聞いてくるよ」

「ちょ、勝手なことを言わないでください」

「すまんな、私用なんだ。閣下には俺から報告しておくから」

「……セスシス卿は勝手すぎます」


 頬を膨らませて抗議をする子供みたいな魔道士をおいて、外に出ようとした時、誰かが扉をノックしてきた。

 聞き覚えのあるリズムのノックだった。


「誰だい?」

「私です。教導騎士」

「……ああ、おまえか。入っていいぞ」


 入ってきたのは白い装束を着た不気味な人間だった。

 ひっ、とハカリが息を呑む。

 以前、見たことのある格好―――ユギンの間者姿だった。

 ハカリに正体がばれないように隠しているのだろう。

 あいつは秘密を隠しきれなそうな印象があるからな。

 口封じをするよりも、蚊帳の外におくべきだという考えなのだろう。

 それにしても、俺の護衛のはずのユギンがなぜここまで来ているのだろうか。


「どうした? 俺はこれから戻るところだぜ」

「……あなたにお客様ですよ。教導騎士」

「客」


 訝しげに眉を寄せると、ユギンは廊下の後ろに隠れていた人物を呼んだ。

 俺ははっきり言って仰天した。

 そこにいたのは、これから訪ねようとしていた人物だったからだ。

 来訪客は面白くもないものを見るような目つきで、俺を見やり、それから溜息でもつきそうな疲れた声を出した。


「……久しぶりだな、晴石聖一郎。元気だったか?」


 自分こそまったく元気がなさそうに、シャツォン・バーヲーは口を開いたのだった。

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