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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第六話 〈妖帝国〉の魔道士
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彼方からの来訪者

「〈妖帝国〉の魔道士というものがどれほど凄まじい存在なのかについて、実はあたしはよく知らないのです」

「……なんで、また」

「十年以上も前に消滅した国の話ですよ。しかも、当時から鎖国状態で、人の行き来はほとんどなく、ごく少数の魔道士が〈魔導大街道〉を使って各国に技術提供をするだけ。交易も、隣の〈赤鐘(せきしょう)の王国〉としていたぐらいなものでしたからね。あたしのお師匠様だって、実は一度だけ会ったことがあるという程度でしかないんですから」


 お手上げ、という手振りで早口でまくし立てるのは、西方鎮守聖士女騎士団の医療魔道官であるハカリ・スペーン。

 騎士団においては、文官騎士が事務系の仕事を担当し、医療魔道官が負傷の治療や体調の管理を担当することになっている。

 また、医療魔導官は団内の魔導の専門家としての役割も有し、医療以外の場での活躍も期待されている。

 魔道士の絶対数の少ない〈青銀の王国〉においては、魔道士に複数の役割が求められることが多いという理由があるのだ。

 このハカリはもう二十歳だが、わりと小さな頃から魔道士の工房で修行していたせいか、歳に見合わない子供っぽい性格の持ち主で、それだけでなく騎士団最年少のミィナよりも幼い容姿をしていた。

 背が小さく、髪もおかっぱ、度の強そうな丸いメガネをかけて、そばかすがあるという時点で、とても大人にはみえない。

 風貌だけなら十二、三歳といったところか。

 最初に会ったときは、そのちんちくりんさに吃驚したぐらいだ。

 それでも魔道士としての知識と実力は折り紙つきで、その若さとちんちくりんさにもかかわらず、将軍閣下から医療魔道官の筆頭に任じられていた。


「おまえの師匠って、宮廷魔道士だったよな。それでも一度だけか」

「ええ、第三席です。凄いんです」

「おまえが威張るなよ。……そういえば前から気になっていたんたが、なんでうちに限らず、他国でもツエフの魔道士を召抱えないんだ? やつらが魔道士の中では最高格なんだろ? 俺だったらなんとかして雇おうとするがな」

「それはセスシス卿が業界の事情に暗いド素人だからです。ハンパな知識で偉そうに語るとそういう結論に至ることもあるでしょう。無知ゆえの恥さらしですね」


 ……悪気はないんだよな、悪気は。

 世間の荒波に揉まれたことがないだけで。


「〈妖帝国〉の魔道士は、その性質(さが)が狷介で他国の魔道士と折り合わず、強力な魔導を持つがゆえに秘密主義、そしてなによりも問題視されたのは故国との繋がりを決して切らないという厄介な点を持つのです」

「つまり?」

「自国の政治の中心部に他国のひもがついている人間を入れるわけには行かない、ということですよ」

「なるほどね」

「特にただの間者と違って、魔道士には〈遠話〉があります。国の機密が易易と他国に流出してしまうおそれがある以上、どの国も積極的に登用することはないでしょうね」

「おまえたちはいいのか?」

「あたしたちの家系は五代前ぐらいまで遡って調査された上、常にいろいろなやり方で監視されて、魔力を行使したことがわかるような輪を手につけたりと十分に警戒されていますから。完全にとは言わなくても、それなりに信用されてはいるんです」


 万能ゆえに忌避されるということか。

 魔道士も大変なんだな。

 それに、ツエフの魔道士たちへの対処も実のところ俺には納得できていた。

 少しの期間だけだったが実際に接したものとしてわかるのだ。

あいつらの閉鎖的で他者を顧みることのない態度では、きっと誰も信頼してはくれないだろう。

 自分勝手でしかも傲慢、本当にいやな連中だった。


「ですから、〈妖帝国〉の魔道士なんて名乗る者がいるということ自体、結構な驚きなんですよ」


 興奮した口調でハカリは言う。

 ようやく本筋に帰ってきてくれたようだ。


「おまえは本物だと思うか?」

「十中八九騙りだと思うんですけど……」

「一か二では本物の可能性もあると」

「はい。根拠としては、肩書きを騙ったところで、あたしみたいな本物に見つかればすぐに正体がバレてしまうからです」


 自分で自分のことを本物というこいつについて、少々思うところもあるのだが、まあ幼女がイキがっていると思えば気にはならないか。

 俺はハカリから視線を外し、周囲の様子を見た。

 ビブロンの街の中心地、別名『憩いの広場』の外れにある食い物屋である。

 この大陸の人々は、朝と夕の二度しか食事を取らないのが普通だが、ビブロンでは昼に食事をする層が一定数いるため、食い物屋も昼間から開いていることが多い。

 俺たちのいるのもそういう店の一つであるが、昼が過ぎまだ夕方になったばかりなのでかなり暇そうだった。

 客は俺たちだけで、主人らしい親爺も欠伸をしながら仕込みを行っている。

 仕込みで作っているスープの香りが、店内はおろか外にまで漂っていく。

 ついさっき、一通り食べておかなかったら、腹の虫が鳴っておさまらなかっただろうというぐらいに美味そうな香りだった。

 昔、自分の世界にいた頃に食べた塩ラーメンのことをふと思い出した。

 味の記憶というものは意外に鮮明に覚えているものだな。

 自分の本当の名前さえ、最近ではあやふやになっているというのに。

 

「一杯、飲みながら見張りをします?」

「……飲めるのか?」

「まあ、あたしもこう見えても大人ですからね。収穫祭の宴ではガバガバ飲みますよ。うーん、楽しみだなぁ。それにこの店で飲むのも良さそうですね。セスシス卿も、意外と飲んべえなんですねぇ。見直しましたよぉ」


 酒よりも牛の乳の方が似合う風貌のくせに。

 しかも、なぜか上から目線で褒められたぞ。


「一人では入れてもらえないだろ?」

「そこは大丈夫です。エイミーちゃんとかが連れてきてくれるんで」

「エイミーかよ」


 そういえば、同い年ぐらいだったか。

 他の面子との交流もするんだ……。


「ここはご飯も美味しいですしねぇ」


 さっき中に入ろうとしたとき、「こんな汚い店ヤーダー」とかいってタダをこねた奴とは思えん変わりようだった。

 注文して運ばれてきた河エビの塩焼きと魚の皮の煮物にも、ぶーぶー言っていたくせに、食べてみたら「きゃー、おいちー」とか絶賛して俺の分まで食おうとしたし。

 魔道士という人種の好き勝手さは、別にツエフの連中のみに限らないことを俺は実感していた。


「それにしたって、どうしてこんな田舎街に居座っているんです、その自称〈妖帝国〉関係者?」

「それが不気味だから、わざわざおまえを連れてきて鑑定してもらおうってことなったんだ」

「なるほど。それだったら、任せてくださいよ。ちなみに、その連中は確実にここを通るんですか?」

「夕飯はいつも決まったところで食うらしい。何かのこだわりがあるんだろ」

「数は?」

(くだん)の魔道士が中心で、あとはその護衛らしい取り巻きが十人。それぞれ一緒の宿に泊まっていて、外出するときは連れ立って出かけるそうだ」

「……ところで、少し気になっていたんですけど、なんでセスシス卿がこんな間者みたいな任務をしているんですか? うちにも一人や二人は間者がいるんでしょ? 教導騎士のお仕事じゃなくありません?」


 確かに事情を知らない奴からすれば、俺がこのケースに出張ってきているのはおかしいだろうな。

 俺の仕事はユニコーンと騎士たちの橋渡しであり、技術指導なのだから。

 だが、経歴と出自をたどれば、俺ほどの適任者はいない。

 なぜなら、俺は魔道士ですらほとんど会ったことのない〈妖帝国〉の魔道士どもによって、この世界に召喚された人間であり、やつらの生態についてもそれなりに詳しいのだからだ。

 また、それだけでなく、俺は異世界人の常として、この世界の物理法則にほとんど支配されないが、その法則(ルール)は魔導法則についても多少なりとも及ぶ。

 つまり、一般人に比べれば、十分以上に魔導に対する耐性があるということだ。

 以前、〈妖帝国〉の魔道士に従属させ奴隷とする〈支配〉を使われた時も最初はともかくすぐに無効化されてしまったし、〈睡眠〉〈狂奔〉等のおかしな術も効かない。

 付け加えれば、発生させた炎で対象を焼き尽くす〈火炎〉だって、皮膚と毛を焦がす程度で凌ぎ切れる。

 だから、もし、その魔道士が何らかの理由で暴れだした時、制圧できるのは俺だけなのかもしれないのだ。

 魔力を完全に消去できるユニコーンがいれば話は別だが、いくらなんでも街中であいつらを駆る訳にはいかないからな。

 というわけで、俺が選ばれて送り込まれたということだ。

 ちなみに、俺の護衛のために少し離れた場所からユギンが見張っていてくれている。

 ここからは見えないが、多分、屋根の上あたりから遠眼鏡を使って見ているはずだ。

 ユギンやモミといった間者勢を、直接俺の周囲に配置できないので苦肉の策だ。

 まあ、彼女が間者であることをハカリに教えるわけには行かないという事情と、〈妖帝国〉の魔道士相手という用心のためでもある。


「……将軍の来週のお茶請けの買い出しのついでだ……」

「ああ、いつものパシリ仕事の。大変ですねえ、殿方も」


 あれ、文官連中にはパシリって思われているの、俺?

 もしかして俺って威厳がないのか?


「あれ、もしかしてあの集団じゃないですか?」


 目を向けると、確かにこの街のものではないとわかる集団がいた。

 その一行は総勢十一人。

 先頭の一人は柿色のローブを纏いフードを被った、木製の杖を持ったいかにもな格好の男。その周りにいるのは見るからに護衛とわかる、剣や槍を抱え込んだ革鎧の男たち。

 男たちは、どれも猿に似た狭い額を持ち、あまり文明人っぽくはない。笑い方もきっと「ウキー」とかいう感じだろう。

 一人だけ、普通に近い格好をしているものがいるが、俺からはローブの男を挟んで反対側なので顔まではわからない。

 俺たちの前までくると、ようやくローブの男の顔がわかった。

 年齢は三十代ほど、やつれた頬と三白眼が極めて印象的だが、それよりも何もないのに口の端を吊り上げた薄ら笑いが気持ち悪い。

 第一印象で物事を決めるのならば、間違いなく悪党だ。

 顔立ちは悪くないので、色男の部類には入るだろうが、あれを見ていい奴と思う人間はまずいないだろう。

 少なくとも俺はあいつの誠実さを信じない。

 

「魔導……感じますね。間違いなく魔道士です」

「〈妖帝国〉のものだと断定できるか?」

「そっちは何とも。強力な魔道士だということだけは断言できますが」


 確かに、なにがあれば〈妖帝国〉の人間だといえるのか、それを証明する方法はない。

 だが、一行が俺たちの前を通り過ぎようとした時、俺はハカリに言った。


「いや、わかった。間違いなくあいつは〈妖帝国〉の魔道士だ」

「……なぜ、セスシス卿がそこで言い切れるのですか?」


 ハカリは胡散臭いものを見る顔をした。

 それは当然だろう。

 さっきまで、自分に頼りっきりだった確認任務なのに、いきなり自分を無視して黒と断定するのだから。

 だが、魔導の感知に限ればハカリでなければならないが、それ以外の面では俺の方が遥かにまさっているのだ。

 それは〈妖帝国〉にいた時の記憶。

 あまり思い出したくもない、痛みと苦しみの記憶。

 そこで出会った者との記憶。

 俺は一行の中に、十年前の知り合いの顔を発見したのだ。

 もう十年も経っていることから、顔は完全に大人のものに変わっていたが、懐かしい面影はそのまま残っていた。

〈妖帝国〉の人間らしい金髪とウェーブのかかった髪型、肩から背中に流してかけられた細身の長剣、魔力を弾く黄金の回転盾、装備そのものはあまり変わっていない。

 何よりも、輝く緑色の宝石の眼。

 間違いない。

 あいつの名前は、シャツォン・バーヲー。

 俺の〈妖帝国〉での介添人だった。


 そして、異世界から召喚された俺の肉体(ベース)となった少女の双子の妹だった。

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