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槍と弓

 俺たちのもとに戻ってくるなり、タナは拳を縦に握り、


「ないすふぁいと!」


 と、嬉しそうに笑いかけてきた。

 それに対して俺は、「グッジョブ」と返す。

 ?マークが頭の上に浮かんだタナに、俺は自分の世界でいうところの、「良い仕事だった」という褒め言葉だと説明する。

 自分についての記憶はほとんど失われていたが、かつての世界での一般的な記憶についてはまだまだ十分に染み付いて残っている。

 ナイス・ファイトやらグッジョブも、その染み付いた記憶の残滓だ。

 

「へぇー、ぐ、ぐっじょぶ」


 マイアンやモミと違って、タナの場合はなかなか俺の発音通りには真似できず、なんとなく平仮名っぽくなるのは仕様なのだろうか。

 ただ、異世界の言葉というだけで好奇心が満たされるのであろうか、タナはとても楽しそうだった。


「ぐっじょぶ、ないすふぁいと、ぐっじょぶ……」


 歌って跳ねながらタナは自分たちに用意された選手席に向かう。

 途中で、試合を見守っていた仲間たちとハイタッチをしたり、抱きしめ合ったり、そんなところは年相応の少女そのものだった。

 一方、入場口の方に視線を移すと、武装したナオミが五尺半の長さを持つ短槍を手に出番を待っていた。

 その傍らにはなぜかオオタネアの姿がある。

 珍しいとしか思えなかった。

 ただ、ユギンから聞いた話では、今回の試合に備えて、ナオミだけは将軍直々の訓練を受けたらしい。

 本人曰く、希代の戦略家であるらしいオオタネアのことだ。

 ナオミを使って、なにやら企んでいるのだろう。

 オオタネアの一言二言の指示に、うんうんと頷く凛々しい少女。

 視線の先には、すでに広場の中央に向かいつつある王都守護戦楯士騎士団の代表がいる。

 左手に槍をたて、それをついて、のっしのっしと歩いてきた。


「行ってこい」

「はいっ!」


 オオタネアに背中を叩かれ、弾かれるように駆け出す。

 その顔はまっすぐに正面のみを向いていた。

 心細さから後ろを振り向くなんてことはまったく考えもしない、底なしの度胸と篤い思いやりの心が彼女の武器だった。

 その彼女が放たれた矢のように戦いに挑む。

 

       ◇


 相手の騎士の持つ得物は、ナオミの愛用の短槍より三尺半も長い、約九尺(約二メートル八十センチ)の長槍だった。

 戦場往来のものらしく、こびりついて離れない染みのようなのがところどころに見られた。

 対するナオミの武器は、使い込まれてはいるがいかにも新米騎士の持ち物といった感じがする。

 ナオミは先鋒のタナと違い、いまだ戦いを知らず、戦塵渦巻く地に赴いたことがない。

 俺のそれほど肥えてもいない眼力では、相手の騎士が圧倒的に有利にしか見えなかった。

 応援席から仲間を見つめる視線にも余裕らしいものはない。

 中には両手を組んで、祈るように見つめる者もいた。

 

ガラァァァァァン!


 再び、青銅の鐘が鳴り響いた。

 風は絶えていた。

 音だけが鳴っている。

 今回、先手をとったのは王都守護戦楯士騎士団の騎士の方だった。

 第一戦の結果を見て、俺たちが奇襲というか、まず初手から先制攻撃を狙ってくると予想したのだろう。

 それに、長槍は懐に飛び込まれると意外と弱い。

 相手がナオミに、先ほどのタナの影を見ていたのなら、まず懐に入られないように警戒するだろうことは道理だった。

 さしむけられていた槍が、ナオミの胸めがけて伸びてくる。

 槍は直線をそのまま伸びて、彼女の着込んだ鎧の一部をかすめすぎた。間一髪の避け方と言える。

 なぜ、そのような危険を冒したかというと、ナオミの狙いはカウンターにあったからだった。

 相手の一撃を予期して、その後の先を狙う。

 十三期で最も防御に特化したと言われている戦法を得意とするナオミらしいやり方だった。

 槍を掴んだままの騎士は、反対側から向かってくる短槍の穂先を躱すために手元をしごき、完全に伸びきる前に武器を引き戻す。

 人が飛び込むよりも武器が動く方がやや早い

 引き戻された長槍の柄に弾き飛ばされ、ナオミはやや態勢を乱した。

 必殺の穂先は目標を外れ、そのまま五歩分も過ぎ去る。

 ただし、自己への追撃を避けるためにも短槍の先は、とにかくも騎士へと突きつけられている。

 位置を入れ替え、両者はまたも正面で向き合う。

 観客はどよめいた。

 一瞬で勝負がついたのかとおもいきや、互いに無傷のまま続いていくのだから。

 観客はすでにタナの勝利を知っている。

 少女ばかりの西方鎮守聖士女騎士団が、決して名ばかりのものでないことを知ったのだ。

 もう誰も「不公平だ」などとは言わない。

 拮抗した戦士同士の試合だと認めているのだろう。

 ナオミは何も言わない。

 挑発も雑談も気合入れの独白も、何も言わない。

 ただ、相手の槍の穂先と拳の動きだけを見ていた。


「強いな、相手」

「さっきのキィランほどではないが、あいつもそこそこ名の知られた騎士だからな。手強いことは手強いだろう」


 俺のつぶやきに応えたのは、オオタネアだった。

 いつのまにか隣にいる。

 そうすると、俺の姿がまるで彼女のための従兵みたいに見えてしまうのが、器量の差というものなのだろうか。

 多分、もしこちらを見た観衆がいたとしたら、間違いなく断言してくれるだろう。


「勝てるのか、ナオミは」

「いや、勝つ必要はない」


 将軍は不思議なことを言った。

 勝たなくてどうするつもりなのだろう。


「……どういうことだ」

「四半時(15分)待て。今回の公開試合の取り決めでは、一回の試合に時による制限をつけているからな」

「ふーん」


 オオタネアは何かを企てているらしいが、そのあたりは俺の足りない脳みそではわからない。

 昔から、色々と悪巧みをする奴なので、別に今に始まった話ではないが。

 むしろ、ダンスロットに同情してしまうぐらいだ。


「相手の騎士も焦れてきたらしいな」


 試合の方に目を向けると、今度は一瞬の火花を散らす勝負というよりも、互いの技量を見せつけ合うような古式ゆかしい技の応酬が始まっていた。

 さっきまでの突き主体の戦法のみならず、長い柄でもって払う、叩く、捌くをお互いに繰り返し、二つの槍が回転してぶつかりあい、そしてその度に鈍い音が発生する。

 小さな二回の旋風に対して、大きな嵐が飲み込まんと襲いかかるが、悉く防がれ、ナオミの身にまで達することはない。

 あれほどの武器を自在に振り回すのだから、長槍の騎士は相当な膂力の持ち主であるのだろうに、やや押され気味とは言えそれに対して伍する少女の逞しさよ。

 激突の衝撃が観客席に伝わる毎に、どよめきと歓声が湧き上がる。

 古めかしい一騎討ちは、膠着状態に陥っても人々の度肝を抜くのだ。

 ……しかし、ナオミは防御においては抜きん出た存在ではあったが、最初からこれほどまでの騎士ではなかった。

 一体、何が彼女をここまでの鉄壁の要塞に仕上げたのか。


「あんたの仕業か?」

「ああ、そうだ。この一週間でだいたい百回は泣かした」

「泣かした?」

「こてんぱんにぶちのめし、めそめそと涙を流すまでやりこめた。泣き止んだら、また叩きのめした。徹底的に泣かせた。そして、涙が枯れるまで土の味を教え込んだ」

「……また、どうして」

「あの小娘は泣き虫のくせに我慢しすぎる。だから、伸びない。我慢できないほどに悔しい状況にならなければわからないことが多いというのに。目を腫らして、顔をクシャクシャにして、無様に地面を這いずって、ようやく達する場所があることを知らなかったんだ」

「だから、容赦なくやったのか」

「そうだ。……手強い相手とはいえ、私と一対一でやりあうよりは遥かに楽であろ? 自覚しているが私は怖い女だからな」


 確かにな。

 おまえは怖いよ。

 だけど、その恐ろしい指導がなければ、あの娘はきっとあそこまでにはなれなかっただろう。

 きっと感謝していると思うぜ。


 ……戦いは佳境に入っていた。

 この時間になると、観客たちは二人の実力というものを完全に理解できていた。

 苛烈きわまる攻撃を凌ぎ続けるナオミが、実はわざと防御に徹しているということにも。

 その意図こそ把握できないが、その鉄壁の防御が並々ならぬ努力によって裏付けされた本物であるということも。

 ガラァァァァァンと鐘が鳴る。

 試合の時間切れの合図だった。

 結局、騎士はナオミを追い込めず、ナオミは完全に攻撃を捌ききった。

 試合の結果は引き分けということになる。

 しかし、勝負こそつかなかったが、どちらが優勢だったかは明白だった。

 ずっと攻め切った騎士よりも、一瞬の隙もつくらず最後まで凌いだナオミに軍配はあがったのだろう。

 共に陣地に戻る二人の足取りは対照的なものとなっていた。


「よくやった。騎士シャイズアル」

「ありがとうございます、オオタネア閣下」

「こちらの作戦通りの働きだった。おまえに任せた甲斐があったよ」

「……できていたでしょうか?」

「もちろんだ。セシィ風に言えば、ナイス・ファイトだった」


 ナオミは照れながら微笑んだ。

 褒められて嬉しかったのだろう。

 戦技訓練のときはどれほど鬼のようであろうとも、オオタネア・ザンは彼女たちの憧れの騎士である。

 嬉しくないはずがない。

 彼女は自分の長所と技量を世間に見せ切った。

 そのことによる満足もあったのであろう。

 花も恥じらうような笑顔は、少年のようなナオミには不釣合いなような、しかし、何よりも似つかわしいような、そんな不思議な印象を俺に与えた。


      ◇


 中堅として、相方のエリと共に広場に出てきたのは、短弓を携えたクゥデリア・サーマウ、通称クゥだった。

 伏し目がちで、照れ屋で、いつも吃っている印象ばかりが先行するが、自分の技倆への確固たる自信も持ち合わせる、複雑な二面性のある少女だった。

 長い髪の毛は三つ編みにして二本にまとめられ、大きな瞳は白目の部分がやや青みがかるという特徴を有し、伏し目がちで目を合わせてくれないという欠点を除けば、他の十三期の面子に勝るとも劣らない美少女である。

 だが、そのやや細面の顔つきが、今日は珍しくしかつめらしい堅い表情になっていた。

 西方鎮守聖士女騎士団の正式装束にはない火食鳥の羽根を冑につけ、エリの巨躯に堂々と跨った姿と、普段よりも化粧に時間をかけたくっきりとした美貌からか、観客は先鋒・次鋒の二人にも負けない声援を送っていた。

 相手方の騎士の馬も褐色の毛色をした鹿毛で、立髪や尾などの末端部が黒く、前躯のがっしりとした立派なものだったが、やはり一角聖獣と比べるとはっきり見劣りがしてしまう。

 そのユニコーンを楽々と乗りこなしているというだけで、明らかにクゥは相手を圧倒していた。

 第三試合の勝負は、共に手にした短弓でもって、相手方の騎手を三回射抜くことである。

 互いに向き合って疾走し、正面からぶつかりあって、相手を叩き落とす馬上槍試合ではなく、広場の中で輪乗りになるように円を描いたりしながら、様々な馬術を駆使して行う一騎打ちという形のようであった。

 矢尻は当然丸めてある。

 このために、俺も多少は手伝ったのだが、ほとんど役には立たなかっただろう。

 すでにクゥは、ユニコーンたちと〈念話〉ができない人間としては、最高の乗り手の部類に達しているからである。

 しかも、相方のエリは、乗り手のクゥをヘタしたら俺以上に信頼しきっており、その言う事に絶対に逆らうことがないという従順ぶりである。

 まさに人馬一体とは、クゥとエリのことだともいえた。

 観客席はともかく、西方鎮守聖士女騎士団の面子は今まで以上にのんびりと試合の行く末を見守っていた。

 派手に声をかけるものもいない。

 むしろ、興味津々に隣に声を掛け合い、クゥの挙動を研究しようという素振りさえ見せていた。

 皆、あの吃りやすい少女の馬術に絶対の信頼を寄せているのだ。

 そして、やはりその通りだった。

 四半時後、西方鎮守聖士女騎士団は無傷の二勝目を挙げた。



 ―――俺たちの勝利まで、あと一勝。

 皆さんこんにちは、陸理明です。


 本編において、名ありのキャラクターが予想以上に多く登場してしまい、作者本人はともかく読者の皆さんは困ってしまっているかもしれないと考えました。

 そこで、そろそろ登場人物紹介(登場話数も)を設けた方がいいでしょうか?

 そして、もし設けるとしたら、序章前、第五話の後、もしくは別の場所(活動報告等、別小説枠)のどこが適当だと思いますか。


 もし意見等がございましたら、メール・活動報告のコメント・感想、なんでも構いませんので、陸宛によろしくお願いします。

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