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オオタネアと一角聖獣

 突然決まった、西方鎮守聖士女騎士団と王都守護戦楯士騎士団との対抗戦において、俺が関われる範囲というのはほとんど存在しなかった。

 正直な話、純粋な戦技においては、俺よりも騎士たちの方がはるかに上回っているし、公開試合のための細かい打ち合わせについてはユギンたち主だった文官騎士たちが担当していたからだ。

 唯一、俺に回ってきたのは、中堅戦に指名されたクゥとエリの調整ぐらいなものだった。

 それでも、エリはほとんどクゥの言いなりなので、特に俺が何かをしなければならないということもなかった。

 他の団員たちも、代表に選ばれた五人にほぼつきっきりで相手をしていたので、ユニコーンの馴致訓練は延期され、俺は仕方なく友達(ユニコーン)の世話に明け暮れることになっていた。

 馬房の掃除をして、運動不足になりがちな個体の散歩の世話をし、慣れない人里での生活による愚痴を聞いて解決法を一緒に考えるなど、意外にやることが多いのだ。

 食事に関しては、ユニコーンたちは大気中の霞が主食なので用意することがないことから、面倒がかからず楽ではある。

 水だけは定期的に一定量摂取しないといけないのだが、それを体外に排出することがないので、糞尿の世話をしなくていいという点も気楽ではある。

 ただ、四十三頭の世話を一人でしなくてはならないのは厄介だった。

 この世話という問題については、ある事情から騎士たちの手を借りるわけにはいかないので、完全に俺だけの仕事となっている。

 ある日、俺はそのうちの四頭の巨躯を水場で洗っていた。

 毎日、順番を決めて、五頭から十頭以上は洗わないと、なかなか馬房が清潔に保てないという事情がある。

 自ら水辺にいって水浴びをしてくるユニコーンもいることはいるが、たいていはものぐさがって外に出ようとしないので、俺が無理やり馬房から連れ出すことになる。

 桶で水をぶっかけ、皮にブラシをあて、場合によっては蹄の中から土を掻き出す。

 一頭にかける時間は四半刻ぐらいか。

 じっくりやらないと清潔にならないのだ。

 こいつらは聖獣とはいえ所詮は馬なので、衛生の観念が薄いのである。

 蠅が飛んできたりすると、微量な指向性のある魔力を発して追っ払ったりもするが、全体的に汚れを濯ぐという発想はないようだった。

 しかし、乗り手である騎士たちはさすがに若い女の子ぞろいのため、気持ちよく訓練してもらうための環境作りも大切なことから、こういう地味な作業を求められるのである。

 ちなみにある事情というのは、こいつらでいっぱいになった馬房に女子を入れると、興奮しきって中が大騒ぎになるからである。

 一度だけ、文官騎士がたまたま用事で顔を出した時、とんでもない数の嘶きが地響きのように発生して、あまりの恐ろしさに失神してしまうという事件があった。

 要するに、女に飢えた刑務所の囚人並みに扱いが大変というわけだ。

 なんといっても、半数以上が決まった乗り手のいない状態というのもあり、あまり刺激を与えるわけにもいかないのである。

 とはいえ、すべてのユニコーンは俺の友でもあり、親しく接することになんの不満もないのではあるが。

 俺はタナの相方イェルをブラッシングしながら、のんびりと現状を語り、その場限りの雑談に興じていた。


「……というわけで、あと数日はおまえたちも休めるということだ」

《なんと呑気なことを。処女(おとめ)たちの技術習得は今が大切な時期だというのに、なにをしているのか。君も君だぞ、人の仔よ。もっとしっかり訓練するように指導するべきではないか。なあ、シチャーよ》

《イェル殿の言うとおりだね。一日でも鍛錬を疎かにすると技倆は落ちるものだよ。花は常に陽の光にあたっていなければならないのだから》

《うむ、シチャーはさすがであるな。自らの乗り手の処女(おとめ)を花に喩えるとは。差し詰め、我が処女は深き渓谷に咲く一輪の蒼い百合といったところか。空のように青い衣がよく映える、楚々とした美しさを持つ処女なのだからな》


 ちなみに、最後の恥ずかしい台詞はナオミの相方であるエフのものである。

 ユニコーンの中でも、イェルと並ぶぐらいに生真面目で、女の胸だの尻だのばかりに熱中しないタイプだ。

 それはマイアンの相方であるシチャーも同じで、この三頭が群れの中では比較的エロにばかり走らない清純派といえた。

 比較的……ね。


《だが、結局のところ、我が乗り手こそが群れの中で最も見目麗しい、まさに傾城の美少女であろうな。太陽の化身とばかりに燦然と輝く初々しい美貌。闊達として、明朗な深い魅力を備える彼女こそ、我らの姫に相応しい処女よ》

《なんだと、イェル。汝、我が処女(おとめ)たるナオミよりも自分の乗り手が美しいと誇るのか? 笑止。愚かな馬よ、麒麟も老いては駄馬にも劣るわ》

《麒麟などという幻想上の聖獣と一角聖獣(われら)を同様に扱って(はばか)らんとは……さすが、知恵の足りんことには定評のあるエフよ。あと、汝の方が我よりも個体履歴が上であることを忘れるなよ》

《お二方、争いは止めてください。乗り手の美貌を競うなど、我らの品性が問われます。……ここは間をとって乗り手の胸の大きさで優劣を競うべきではありますまいか?》

《……ふざけるなよ、処女の魅力は美貌と尻だ。それは譲れん》

《いいや、太ももだ。太ももこそ至高である》

《お言葉ですが、そのようなもの、胸に比べれば誰にでもそれなりにあるものではありませんか。……別に、お二方の選んだ乗り手の胸が、まるで壁のようだとは口が裂けても言いませんが》

《シチャー、汝、有罪なり》

《我の乗り手に代わりて粛清せん》


 まさにパカラッパカラッと左右から前蹴りを受けて、シチャーは不利を悟り逃げだし始めた。

 ユニコーンの世界にもそれなりの上下の関係というものがあり、個体歴と呼ばれる年齢の数え方については特に重視されている。

 俺が預かっている四十三頭は、まだ若いユニコーンばかりだが、最も個体歴の高いものでは五百七十歳前後のはずだ。

 一番若いエリでさえ、七十歳ぐらいである。

 通常の馬や人間とは比べ物にならない長寿も、こいつらが聖獣であることの理由のひとつにはなっているのだろう。

 いきなり馬場を全速力で追いかけっこをはじめた三頭をほうっておき、俺は最後の一頭であるゼーに向き直った。


「じゃあ、最後はおまえだ、ゼー」

《よろしく頼む、人の仔よ》

「おまえはさっきの議論には入らなかったのか?」

《んー、関係ないからな。我は、人の(かぞ)えで十年ほど一人の処女を乗り手としてきたおかげで、乗り手に対してそれほど初々しくはなれないのだ》

「確かにな。おまえの乗り手も老けたな」

《人の仔よ、思ってもいない憎まれ口は叩かない方がいいぞ。君が誰よりも我が乗り手を大切にしていることは我も理解している》

「……まあな」

《それに、我が乗り手はもう初老といってもよい年増になっても、相変わらず美しい。たまに遠乗りに出てくれるだけで我は幸せだよ》

「年増とかいうと怒られるぞ」

《人の仔が口をつぐめば良いだけではないのかね》


 俺は苦笑した。

 ゼーはさっき話題に出た五百七十歳の長老格で、ユニコーンの中では一、二を争う〈指向魔力〉の使い手である。

 だから、こいつに年増呼ばわりされればたいていの相手は傷つくだろう。


《……次の〈雷霧〉が来たら、今度こそ我が処女もあの薄汚い雲の中に赴かねばならんのか?》

「……わからん。今の十三期はかなり優秀だ。それに今までの先輩たちの培ってきた情報(ノウハウ)も、そろそろ十分なぐらいになっている。そうなれば、今度こそ全員が帰還できるということもありうるだろうな。だから、オオタネアが出陣()なければならない状態にはならないよ」

《我は、もう何年も我が処女のことが心配でならないよ。……戦場で乗り手をなくした同胞には悪いと思うが、我はできることならば〈雷霧〉には特攻したくない。我が乗り手の命だけが大切なのだ》


 ゼーは、西方鎮守聖士女騎士団の設立時からのオオタネア・ザンの相方である。

 もっとも、オオタネアはほとんどユニコーンに騎乗せず、他に出かけるときやこの間の〈手長〉との戦闘の時も、国王に下賜された栃栗毛の愛馬で済ませていることから、ゼーが実戦で使われたことはない。

 ただ、ある程度察しのいいものは気がついている。

 オオタネアまでがユニコーンの乗り手として戦場に出る時とは、すなわち、バイロンが真の国難に陥ったときであるということを。

 俺たちはそういう不測の事態が発生することも大分以前から予見して行動をしているのである。

 そのために、周囲を不安にさせないようにあえてユニコーンに乗ることを避けているのだと。

 当然、そのことはゼーもわかっている。

 だからこそ、無闇な自己主張もせずに乗り手大事で今までを過ごしてきたのだ。

 実力だけでなく、それだけの老獪さも兼ね備えている。


《……今回の公開試合とやらに、我が乗り手はでるのかね?》

「いや、その予定はない。五人の代表は、タナ、マイアン、クゥ、ナオミ、ミィナのはずだ。名前ぐらいは知っているだろう?」

《ああ、若いのが自慢しているからね。我の耳にも入ってきているよ。皆、若くても腕の立つ優秀な騎士揃いらしいな》

「今までとは比べ物にならんくらい無茶をしでかす奴らでもありそうだがな。厄介事は極力避けたいのだが……」

《ふん、時折、人の仔は素直じゃなくなるな。無理無茶無謀でくくるなら、君は他に比肩するもののない存在ではないのかね? ロジャナオルトゥシレリアをも屈服させた、じたばたとのたうちまわる、あのみっともない子供はどこに行ったのだろうね?》

「うるさいなぁ」

《泣くわ、喚くわ、はっきりと拒絶されているのに未練たらしくしがみつくわ、あれほどに惨めな交渉人は見たことも聞いたこともなかったよ》

「だから、昔のことは忘れろ」

《しかも、我は、我らの王ロジャナオルトゥシレリアが困って周囲に助け舟を求める場面というものを初めて見た。あれは、我らがうんざりするほどに君が執念深く戦ったせいだよ》


 十年前のことはあまり思い出したくない。

 こうやって当時の目撃者に語られることも実は避けたい。

〈ユニコーンの少年騎士〉なんて美化されているが、俺のしたことはまったくもってスマートでも綺麗でもなかったからだ。

 思い出すたびに恥ずかしくなる。

 死にたくなる。

 だから、もう口にすんな(〈念話〉だが)


「あー、言い忘れていたが、おまえも明後日の対抗戦の日には、街まで行くからな」

《なんのために?》

「オオタネアはうちの旗だからな。旗らしく、見栄えを良くしたいんだろ。その点、アクセサリーとしておまえたちほど押し出しの効く存在はないからな」

《なるほど、ようやく我も乗り手のために一仕事できるというわけか。それは重畳、重畳。けっこうなことだ》


 いい気分になってきたらしいゼーの背中を、何度も丁寧にブラッシングしてやる。

 そういえば、戦場にでることのなかったこいつにとって、初の桧舞台ということになるのか。

 お披露目も兼ねているのだろうが、こいつとオオタネアの組み合わせはどうしたって人目を引くだろうな。

 

 ……と、まあ、そんな感じで当日の朝を迎えることになったのだった。

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