将軍ダンスロット・メルガン
ビブロンの代官所は、街の中央にあり、その他の重要施設も周辺に点在している。
西方鎮守聖士女騎士団の出張所も代官所に設置されていて、たまに文官騎士たちが交代で勤務をしていたりする。
俺たちは、その代官所にある講堂に通された。
百人ぐらいの人数を収容できそうな講堂であり、十三期の騎士全員とオオタネア、そして俺とトゥト、そしてタツガンが入ってもまだ余裕がありすぎるほどだった。
オオタネアが用意されていた椅子に座ると、騎士達もそれに倣う。
ただし、俺たちは名目上騎士の警護役ということで、四方の壁に配置されて立つことになっていた。
騎士たちが全員正装をしているのと同様、俺たちも戦闘用の軽鎧を着込んでいる。
これから会う連中はまがりなりにも正規の騎士団であり、充分に礼を尽くさなければならないからだ。
ただオオタネアだけは普段通りの私服姿だったが。
理由を訊くと、嘲笑しながら、
「フッ、何故に私がダンスロットなんぞのために正装せねばならんのだ? 私に道化を喜ばす趣味はないぞ」
と、言っていた。
確かに、彼女にとっては同格の相手でしかないのだが、いきなり挑発しなくてもいいだろうと思う。
俺の知っているダンスロットなら、ものすごく簡単に挑発に乗ってくれること間違いなしなのだから。
ちなみに俺が警護役に扮しているのは、ダンスロット・メルガンと顔見知りで、かつ、直接顔を合わせたくないからである。
しばらくすると、代官が数人の役人を連れて入ってきた。
そのあとを、身長七尺二寸(約二m十八cm)の金髪の偉丈夫が続く。
濃い系統の髪の色が多いバイロンにおいて、西方風の金髪を持つ一族は少なく、その偉丈夫は珍しいものといえた。
鼻もすっきりとして高く、目元も涼しげで、全体的に爽やかである。
ただ、眉間に一本太い皺があり、どうにも神経質そうな印象を与えるところが欠点であった。
俺の昔の記憶とほとんど変わらない、ダンスロット・メルガンがそこにいた。
ずらりと並んだ西方鎮守聖士女騎士団に怯みもしないのが、相変わらずクソ度胸満点の奴らしい。
まあ、その後ろに二十人近い部下の騎士を従えていることも関係しているのではあろうが。
「久しぶりだな、オオタネア。あまり会いたくはない顔だろうが」
「押しかけてきたのはそっちだからな」
代官が仲介の言葉を発する前に、ダンスロットが口を開き、対するオオタネアは不機嫌そうに応える。
二人ともこの国に七人しかいない将軍であるから、軍務や年始のパーティーなどで顔を合わすこともあるはずだが、いつもこの調子だとすると周囲が大変だろうなと思う。
ダンスロットの方は、まだ多少元の許嫁に未練があるっぽいのだが、自分を捨てた女に対して憎さを隠しきれないようである。
むしろ、面倒くさそうに渋々相手をしてやっているといった様子のオオタネアがドライすぎるのか。
一方的に絡まれるのに辟易といった感じだ。
「それで、ビブロンに何の用なんだ。おまえたちの本拠地は王都だろうに。わざわざこんな土地に来て、領民の迷惑というものを考えろ」
同格の将軍同士ではあるが、はっきり言って横柄な口の利き様に王都守護戦楯士騎士団の面々がいきり立った。
身分の違いというものがあるから、はっきりと口には出さないが、オオタネアへの反感で講堂の反対側が埋め尽くされる。
逆に、その反感を受けて、オオタネア麾下の騎士たちの雰囲気も変わった。
今までのおずおずとした態度から、はっきりと敵認定をし始めたのだ。
無意識的に、ダンスロットが女の敵であることを嗅ぎ取ったのかもしれない。
本人にそのつもりはないのだろうが、どうにもあいつには女を苛立たせる何かがあるのである。
「そんなことは知らん。私はおまえの様子を見に来ただけだ」
「なんのために?」
「おまえが、私からユニコーンの騎士となり、バイロンを守護するために命を賭ける機会を奪ったのであるから、それ相応の仕事をしているであろうことを視察に来てやったのだ。感謝しろ」
「はァ」
大袈裟に胸を張り、まるで歴史上稀に見る発見を成し遂げたかのように自信満々なダンスロット。
懐かしい。
確かにこのノリが奴の普段の姿だ。
しかし、まだ真骨頂ともいうべき要素がでてきていない。
俺は、途中で準備していた丸めたこよりを耳孔に差し込みながら、いつでも大丈夫なように身構える。
「ふん、愚かなことを言う。おまえがユニコーンの騎士団を任されなかったのは、私の方が優秀な騎士だったからであって、機会を奪われたなどという妄言は聞きたくないな」
「なんだと……」
「違うのか?」
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
来た。
俺はだいたいダンスロットの挙動を予想していたので、すぐに耳を押さえることに成功した。
だが、他の連中にとっては不意打ち以外の何ものでもなかったろう。
代官所の外にまで轟き渡るような規格外の大音声。
間近に雷が落ちた時のような、人の出すものとは思えない爆音。
ある意味、神の破壊音。
声だけで十対一の喧嘩に勝ったという伝説は伊達ではないのだ。
正面に位置してはいたが俺と同じように予測していたオオタネアは、完全に耳を塞ぎきっていたし、さすがに奴の部下たちも一様に耐え切ったようだったが、代官と役人たちは目を白黒させて腰を抜かして倒れ込んでしまっている。
一人は泡を吹いて気絶していた。
ここに来る途中に説明を受けていたタナをはじめとする騎士たちもなんとか耐え切ったようだ。
ハーニェの鬨の声で慣れているということもあるだろうが、その彼女の三倍は大きいのがダンスロットの罵倒なのである。
よくぞ耐えた、と褒めてやりたいくらいだ。
「貴様がユニコーンの騎士団の団長に選ばれたのは、貴様が女だからであって、貴様の実力によるものではないぞっ! 陛下や大将軍閣下も、たぶん、そのおつもりなのだ。女であることのみで貴様は今の地位を手に入れたということを忘れるなっ! 貴様が、貴様が、貴様がァァァ!」
「まあ、確かに私が男を知らない乙女であったことが、推薦された最大の理由であったということは否定しないよ。ただ、おまえだって、当時は清らかな童貞だってだろう」
「……あ、え、確かにそうだったが……」
オオタネアはにやりと笑った。
そして、トドメを刺すように言った。
「ただなあ、ユニコーンの騎士になれなかったショックで色町に一週間以上泊まり込み、片っ端から散々娼婦を抱いた挙句、性病をごまんとうつされて半年以上も自宅療養する羽目になったような男が、今、私の後ろにいる清純な乙女たちの指揮を執るようなことがなくて本当に助かったとは思っているよ」
「うわぁァァァァァァァ!!」
その告発をかき消すように大声で誤魔化そうとするダンスロットだったが、発言内容はすべて騎士たちの耳に届いていた。
花も恥じらう無垢な処女ばかりである西方鎮守聖士女騎士団の面々は、聞いたばかりの情報を咀嚼すると、恐ろしい程の冷たい視線をもって眼前の偉丈夫を射抜いた。
数人ぐらいは、「あの将軍閣下、いいよね」と好意的な眼差しを送っていた娘もいたのだが、今となってはそんなことを思っただけでも穢れてしまうと言わんばかりの、道端の糞尿を見るが如き侮蔑で溢れていた。
「よかったぁ、オオタネアさまがうちの将軍閣下で」
「あんな人が上司だったら、私、すぐに妊娠させられちゃいそう」
「西方鎮守聖士女騎士団を自分のためのハーレムかなんかだと勘違いしそうだよねー、あの筋肉の人」
「さ、最低ですよね、ね」
「そもそも男のくせに、ユニコーンの騎士を目指すというあたり、実は頭が悪い人なんじゃないの?」
「だよねー」
「ですよねー」
と、ひそひそと実際には聞こえるように、あてこすりを言い始めた。
ダンスロットの部下たちも、敬愛する上司のそういう事情は知らなかったのか、なんとなーく白けた顔をしている。
「まあ、待て、おまえたち。ダンがな、ユニコーンの騎士団を目指したのには、理由があってな。それを知れば、きっとおまえたちの見る目も変わるぞ」
「え、それはなんですか?」
目の色が変わったのは、騎士たちだけではない。
あたふたとやばいぐらいの脂汗を流しはじめたのは、ダンスロット将軍もだった。
「あ、あ、あのネア……さん……、ちょっとやめてほしいのだけれど」
「ダンはな……」
「やめろや、ネアァァァ!」
すでに椅子から離れて、オオタネアの口を実力で塞ごうとしたが、もう遅かった。
けらけら楽しそうに笑いながら、我らの将は敵にトドメをさした。
「ダンはなあ、我らが〈ユニコーンの少年騎士〉セスシス・ハーレイシーくんに憧れて、彼みたいになりたくて志願したんだよ。いやー、忘れられないなー、国王陛下の御前でセシィに『私は、真剣にあなたのことが大好きですっ!』とか言っちゃったあの日の彼のことをっ!」
「ウガァァァァァァァァ! 貴様、ネア、もう過ぎ去ったことをいつまでもぉぉぉ!」
「それで、あまりの勢いに、セシィが『すまん、俺は衆道はちょっと……』って断ったもんだから、陛下はおろか直臣連中大爆笑で、もう会議にならなかったんだよな」
「ダァァァァァァァ!」
講堂内は爆笑の渦に包まれた。
特に西方鎮守聖士女騎士団のあたりで。
逆の側は笑うに笑えない様相を呈していたが。
少女たちは身悶えするダンスロットを見やりつつ、なおかつ、当時の最大の被害者でもあった俺の方も薄目で伺ってくる。
特に酷いのはミィナで、死ぬほど腹を抱えて笑いつづけ、そして俺を指差して息切れまで起こしそうだった。
だが、その騎士団の妙な視線に気づいたのか、限界まで取り乱していたダンスロットがついに壁際で警護役の振りをしていた俺を見た。
そして、お約束のように叫ぶ。
「セスシス・ハーレイシーィィィィィィィ!!」
もう「くん」は付けてくれないのだな。
ちょっと残念だ。
「なんで、あんたがここにいるぅぅぅ!」
「いや、俺も西方鎮守聖士女騎士団の騎士だし……」
「『聖獣の森』にいないと危ないじゃないですかぁぁ!!」
あ、心配してくれるんだ。
言っておくが、こいつは性格がちょっとアレなだけで悪い奴ではないし、実力だって相応に持つ、将軍職に相応しい人物なんだぜ。
今更だが。
「私が森から招聘したんだ。陛下の裁決も受けているし、おまえにとやかく言われる筋合いはないぞ」
「セスシスを〈雷霧〉に連れて行く気なのか、ネア!」
「……そのつもりはないが」
「あたりまえだぁ! いくら、セスシスが異世界人だからといって、あんなところに連れて行ったら殺されてしまうことだってありうるんだぞ、何を考えているっ!」
「おまえも何を考えている!」
「なにがっ!」
「国家機密を大声で喋るなっ!」
「だから、何をだっ!」
「セシィの素性だっ!」
「セスシスくんが異世界人だってことかっっっっっ!!」
「死ねっ!」
オオタネアの『貫』の気功のこもった拳が、ダンスロットのこめかみを撃ち、貫いた。
さすがに頑丈な筋肉ダルマでも昏倒する威力の打撃のはずだが、どういうわけか倒れずに踏ん張った。
本当なら、すごいと賞賛してやってもいいところだが、そんな気にはなれない。
俺の素性という国家機密をあんだけでかい声で暴露した間抜けさに何も言えなかったからだ。
まさか、こんな間抜けな形で機密が漏洩するとは……。
王都にいるバイロンの国王陛下がどれほど呆れるか、手に取るようにわかる。
騎士たちが不安そうな顔でこっちを見ている。
それはそうだろう。
いくらなんでも、異世界から来たというなんてことを簡単に受け入れられるものは普通いない。
ただ、彼女たちは完全に否定はできないはずだ。
情報源は、国家の要職につく二人の将軍の発言なのだから。
そして、それは事実なのだ。
―――そう、俺ことセスシス・ハーレイシーは、この世界の人間ではないのだ。




