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影狩り

 モミが仕留めた間者の遺体を本部建物内に持ち込むと、すぐに医務室に回された。

 そこには、すでに回収されていたもうひとり分の間者の遺体があり、黒装束を脱がされたうえ、細かい検分が始められていた。

 普段は怪我の治療等を行う、医療魔導官たちが中心になってそれを行っている。

 その結果をまとめているのは、別室からやってきた数人の文官騎士たちだ。

 どうやら、まだ、ユギンは街から戻ってきていないようだ。

 あいつがいないと俺の周りのいろいろが滞って仕方ないのだが……。


「……当然だとは思いますが、身元を示すものは所持していませんし、出身等をほのめかすものも見当たりません。ただ、顔つきからすると、我が国よりも東の地方の出身だろうとは考えられます」

「ビブロンは第十五街道沿いですからね。大陸の東西を繋ぐ魔導大街道の支線でもありますし、東方出身者がいてもおかしくはありません」

「それに、王都や他の都市よりは少ないといっても、〈雷霧〉からの難民は数年前から倍増しています。他国からの間者を出身地から識別するのは至難でしょう」


 魔導官と文官たちから口々にあがってくる報告と意見を聞いて、オオタネアは大きくため息をついた。

 精力旺盛な彼女にしてはとても珍しい仕草だ。


「森に入り込んだ間者の数も、放った国もサッパリというわけか。これでは影狩りだけで、年を越えてしまうぞ」

「……申し訳ありません、私のせいです」

「おまえは二人仕留めただけで大殊勲だ。他の面子では間者を狩り立てることすら難しいのだからな。しかし、これは改めて専門家を使わねばダメか……?」


 俺は隣に立っているモミに訊いた。 

 ちなみに、建物内に入ってから、こいつは面が割れないように持参した仮面を被っている。

 黄色い卵型の目をして、灰色の肌をもった四角いトサカのあるお面は、なにやら別世界のもののようだった。

 

「専門家ってなんだ?」

「今、閣下が言われた影狩りをする間者のことです。戦いにおいて手利きであることも重要なのですが、様々な場所に忍び込む間者の手口をよく知っている点から、各地で重用されているのです。だいたいの場合、特定の主には仕えず、傭兵のように金で雇われるという話ですね」

「……おまえたちの天敵ということか?」

「そうですけど、私みたいに防諜のための間者だと滅多に出会いません。工作や暗殺のために他国に忍びこむ間者にとっては、最悪の敵ということになりますが」

「じゃあ、そいつらを雇い入れるまでの辛抱といったところか」

「……難しいと思いますよ。私と戦った例の〈浮舟(うきふね)〉使いが、いつまでも手をこまねいて待っていてくれるとは、考えられません。ヘタをすれば、あいつだけで西方鎮守聖士女騎士団(うちのきしだん)の守りが抜かれるかもしれない相手ですから」


 とは言っても、実際に手合わせをしたのがモミだけという状況では、あまり敵を過大評価しすぎるのも問題だ。

 なぜ、あの泉でモミの息の根を止めなかったのかという疑問もある。

 運良くミィナとベーが来たからといって、しっぽを巻いて逃げ出しそうな相手には思えない。

 なんらかの理由があって、と考えるのがまともな話だろう。

 

「うちでそいつに勝てそうなのは?」

「確実に断言できるのは、将軍閣下ぐらいのものです。私から見ても恐ろしい程の手練(てだれ)でしたから」

「オオタネアに確実に勝てる奴は、大陸を探しても数える程だろう……」


 行き詰まったという感じだ。

 いくらなんでも俺ひとりのために、騎士団長を四六時中護衛に付かせるわけにはいかない。

 少なくとも、その手練の〈浮舟〉使いだけは見つけ出して殺し、禍根を断たなければならないということか。

 それに今回を凌いだとしても、また、何度も間者を送り込まれてしまったら、こっちの計画にも支障がでる。

 いつ、次の〈雷霧〉が発生するかわからない状況で、人間同士で争い続けていても仕方ないのに。


「……とにかく、しばらくは……その専門家さんを雇うまでの間、私たちがセシィを守るしかないよ、モミ」

 

 黙って俺たちの話を聞いていたタナが言う。

 隣でマイアンがうんうん頷いていた。

 確かにな。

 できるかどうかはともかく、ただ危険だからといって手をこまねいていても仕方のない話だ。

 

「……夕方から、騎士たちの障害飛越の教練があったな。そろそろ準備しておかないといけないか」

「教導騎士が囮になられるということですか?」

「それで、虫のごとく涌いて出てきてくれれば助かるだろう。広くて見わたすことができる馬場にいた方が、接近を素早く察知できるはずだしな」


 そう言うと、俺たちはぞろぞろと馬場に向けて歩き出した。

 さっきまでの二人の護衛に加え、今度は灰色の仮面をかぶったモミが加わっていることから、正直な話、奇妙な光景であることは疑いようがない。

 いつもの集合場所に行くと、馬房から自分の相方を連れ出してきた騎士たちが既に揃っていた。

 昼はほとんど無理矢理に休みをとらせていたので、全員、体力が有り余っているように見える。

 一番、華奢なタナでさえ、動いたり走ったりするだけの単純なスタミナだけなら俺を遥かに上回る連中だからな。

 整列しているというのに、微妙に俺を見ていない。

 さすがに、俺から少し離れたところに立っている灰色の仮面には思うところがあるのだろう、ちょっとだけ視線がずれていた。

 

「……あー、これから日が暮れるまでの間、馬場に設置してある障害物を使って飛越の訓練を行う。もうわかっていると思うが、ただの馬の場合と違ってユニコーンに跳躍をさせるには、各自の相方の好きな間合いと距離を見極めなければならない。そのためにできることは……」


 俺がユニコーンたちから直接聞き取ったコツというものを話していると、ハーニェが突然、一点を指差し怒鳴った。


「火事だぁぁぁぁぁっ!!」


 俺たちが全員、その指の先を見ると、確かに宿舎の一画から黒い煙が出ている。

 炊事場のある一画ではない。

 となると、完全に火の手が上がったことによる煙であろう。

 一瞬、動きが止まると、すぐにタナが俺の前に立つ。

 横にはモミがくっついてくる。

 マイアンは四方を油断なく見据えていた。

 おそらく、あの火事と思われる煙が俺を狙っている間者たちによる陽動作戦の可能性があることに気づいたのだろう。

 しかし、俺ひとりのために火事を見過ごすことはできない。

 西方鎮守聖士女騎士団の本部に常駐している人員はあまりにも少ないのだ。

 ここでとどまっているわけには行かない。


「おまえら、すぐに消火に向かえっ! 多分、原因は放火だということを忘れるなよ。常に複数で動いて、警戒は怠るなっ!」

「「はいっ!」」


 俺たち以外の十一人の騎士たちは、こちらを軽く一瞥ぐらいはしても、それを振り切るようにして、火を消すために急いで走り出した。

 そのあとを俺たちも追う。

 開けた何もない外側から回り込んだ俺たちは、二階の部屋から火の手が出ていることに気がついた。

 入ったことのない俺には誰の部屋なのかはわからない。

 隣にいたマイアンが、「あそこの角部屋は文官騎士の人が使っていたはずです」と教えてくれた。

 窓から噴きだす煙はすでにかなりの量だった。

 今すぐにでも他の部屋に燃え移りそうな勢いがある。


「文官騎士と医療魔導官なら、燃焼物を吹き飛ばすことで火を抑制できると思いますが、急がないと間に合いませんね」

「くっ、おそらく陽動と分かっていても、消火活動に人を割かねばならないのは屈辱です」

「だけど、俺たちだって水を汲むぐらいはしないとならないだろ。うちの騎士団は人手が慢性的に足りないんだから」


 そのままタナを先頭にして宿舎の裏口の扉から入ろうとした時、いきなりマイアンが内部に俺を突き飛ばした。

 そして、俺の居た位置に割って入る。

 ゴシッと鈍い音がした。

 前に向かってすってんころりんと尻餅をついた俺が振り向くと、突然、出現してきた白い装束の人間とその突き出された拳を十字に組んだ腕で防ぐマイアンが目に映った。

 こいつがモミを倒した例の相手なのか?

 いったい、どこから現れたのか。

 マイアンはすぐ俺の後ろにいて、敵は彼女を挟んで反対側にいる。

 つまり、簡単な推理では白装束は外から俺を狙ったことになる。

 しかし、外には隠れられる場所はないはず。

 いや、あった。

 ―――敵は屋根の上から真っ逆さまに落ちてきたのだ。

 俺と護衛たちを瞬時に分断するために。

 この白装束が例の〈浮舟(うきふね)〉使いというのなら、そんなことは児戯にも等しいだろう。

 わかっていたというのに、予想もしなかった俺たちの失態だった。

 そして、二人ぐらいがなんとか通れる程度の扉を死線として、マイアンと白装束、二人の無手の戦士が一歩も引かぬ闘技の応酬を繰り広げ始めた。

 それをただ立って見物するなどという愚は犯さず、先に宿舎内に入っていたタナが、双剣を引き抜いて俺の前に立ち塞がる。

 すでに戦うための練気を始めており、「剛力」と「握」の二つの気功種が麗しき少女の全身にあまねく迸る。

「なんでもできる」天才少女の本気の戦闘態勢だった。

 邪魔にならないように、一歩だけ下がる。

 正直、俺は戦技にはまったくの自信がない。

 その時、またも俺の身体は自分の意思ではなく、他人の力によって強制的に動かされた。

 衿筋をぎゅっと掴まえられて、後ろに向けて引っ張り込まれたのである。

 

「うぉぉぉっ!」


 思わず叫んでしまった俺を、タナが振り向いて見る。

 その妖精のような綺麗な顔に、見たこともない悔恨の色が瞬時にして浮かび上がった。

 俺は首筋を締め上げられると同時に、左腕を鳥の手羽先のように固められ、完全に動きを封じられた。

 喉を腕で完璧に固定され、呼吸さえもまったく思い通りにはならない。

 嗅いだことのない匂いが鼻腔に届く。

 しかし、この甘い匂いはまちがいなく女のものだ。


「動かないで下さい、教導騎士。貴方を傷つけるつもりはありませんから」


 声には聞き覚えがある。

 誰だ。

 横合いから、俺の頬に短剣の先端がちくちくと刺さってくる。

 もう一人の陰に隠れていた間者が音もなくこの場に姿を現したのだ。

 これで合計三人。

 油断していたわけではないが、マイアンたちと分断された手際はまさに水際だったものだった。

 まさか、ここまで用意周到とは……。

 

「あなた……」


 タナが俺を、いや、俺の後ろにいる何者かを睨みつけてくる。

 今にも飛びかかってきそうな形相だが、人質となってしまった俺のことを慮って、その双剣の刃が煌くことはない。

 使い物にならない教導騎士ですまない、タナ。


「で、目当ての俺を抑え切ったとしても、どうやってここから逃げるつもりだ。さすがに無理なんじゃないか」

「そうとも限りません。これでも、長い間、準備をしてきましたからね。貴方がいつかここに招聘されるだろうことを見越して、ずっとずっと時間を掛けてきたんですよ」

「それはすげぇ。たいした努力だ」

「貴方にはその価値がありますよ。〈ユニコーンの少年騎士〉さま」


 ……ああ、よく色々と知っているな。

 それはそうだろう。

 何年、こいつはこの本部に勤めていたのだろう。

 そういえば、さっき本部別室に行った時、妙な予感がしていたのは、こいつのせいだったのか……。

 俺は、振り向かなくても、もう後ろにいる人物が誰かがわかっていた。


「なあ、本当のところ、ユギンはどこに行ったんだ?」

「残念でしたね、教導騎士。貴方の補佐は本当に昨日からビブロンに行っていますよ。貴方の周囲を少しでもかき混ぜるために、わざわざ用事を作ってまで追い出したのですから」


 勝ったつもりなのだろうか、後ろから俺を締めつける女はせせら笑った。

 さっきまでの真面目な態度とは打って変わった驕った態度だった。

 それもそうかもしれない。

 目と鼻の先で、間者がうろついていたことに気がつかなかった俺たちをあざ笑う資格がこいつにはある。


 女は―――さっきタナたちと訪れた本部別室で、俺たちに応対していた文官騎士なのだった。

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